俺たちのIoT

第8回

あらゆるモノがIoT化するために、通信機能よりも重要なもの

 ここ数回の連載では、BLEや無線LAN、LTEといったインターネットにつながるための通信について説明してきましたが、実はIoT機器には、これら通信機能よりももっと重要なものがあります。Internet of Thingsにおけるインターネットよりも大事なもの、それはいったい何でしょう?

 ひっかけやとんちのような答に思われるかもしれませんが、それは「電源」です。通信機器やコンピューター、センサー類などを搭載したIoT機器は、その機能を動かすための電源が必ず必要になります。IoT機器には電源が必要なんて当たり前、と思う人もいるでしょう。しかし、この当たり前であることが、IoTの世界では陰ながらとても重要な要素なのです。

バッテリーとコンセント、2つのタイプの電源の強みと課題

 IoTにおける電源は、大きく2つに分類できます。1つは家庭やオフィスにあるコンセントに接続して常時電源供給を受けるタイプ、もう1つは乾電池やコイン電池、バッテリーを利用することで、一時的に電源を供給するタイプです。ここでは前者を「コンセント」、後者を「バッテリー」と読んで区別することにします。

筆者が務めるCerevoのIoT製品でも、用途によって電源にバッテリーを用いるものもあれば、電源コンセントを用いるものもある。バッテリー方式の「cloudiss」(上)とコンセント方式の「Hackey」(下)。その使い分けの理由とは?

 コンセントの課題は、電源を取れる場所が限られることです。例えばお風呂場にはコンセントの口は存在しません。当たり前と言えば当たり前、なのですが、お風呂で便利なIoT機器を開発しようとしても、お風呂場そのものを改造しない限り電源を常時供給するのは難しく、必然的にバッテリーに頼らざるを得ないのです。

 同じことは玄関にも当てはまります。非常灯など玄関付近にコンセントが存在するケースもあるためお風呂場ほどではないものの、玄関そばにコンセントが設置されていない家庭も少なくありません。そのため、玄関をターゲットにしたハードウェアも、コンセントがない家庭でも利用できるよう、機器にはコンセントではなくバッテリーを使うことになります。

 最近ではスマートフォンで玄関の鍵を開閉できる「スマートロック」が人気ですが、スマートロックも多くの機種がバッテリーで動作するようになっています。BLEなどの技術を活用することで、バッテリーの持ちは長くなっていたり、バッテリー交換前にアラートを表示するような機能を搭載するなど対応はされているものの、それでも「バッテリーが切れたら使えなくなる」という課題から完全に逃れることはできません。もちろん、スマートロックでは通常の鍵も使えるような仕様になってはいますが、物理鍵ではなくスマートフォンでの鍵を渡された知人や家族がドアを開けようとしたときに、電池が切れていてドアを開けることができない、という状況をゼロにすることはできないのです。

 一方、バッテリーはこうした場所の制限がないため、どんな場所にでも持ち運べますし、本体に防水機構が施されていれば、お風呂場のような水を使う場所でも設置できます。しかし、バッテリーには「いつか電源が切れる」「電源が切れたら充電や交換をしなければいけない」という課題がついて回ります。また、「バッテリーが切れる前になんとかユーザーに交換してもらう」ための工夫も必要でしょう。

 バッテリーのサイズも製品を開発する上での大きな課題です。交換の手間を少なくするためにバッテリーの容量を大きくすれば、必然的にバッテリーのサイズも大きくなり、本体のサイズに大きな影響を与えます。本体がそもそも大きい機器であればさほど問題にはなりませんが、ウェアラブルのように小型が要求される製品では、バッテリーの容量とその大きさは非常に悩ましいトレードオフです。

 内蔵バッテリーか、交換バッテリーかというバッテリーの種類も、本体サイズやデザインにかかわる大きな要因です。内蔵のほうが交換のための仕組みもないぶん、小さなスペースで大きな容量を実現できるのですが、バッテリー交換のためにはメーカー修理などの対応が必要です。一方で交換型は使いやすく喜ばれるものの、サイズが大きくなるか、内蔵型と同サイズを実現する場合はバッテリーが持たなくなります。毎日のように起動するバッテリー消費の激しいスマートフォンが、バッテリー交換型ではなく内蔵型にシフトしているのも、サイズを小さくしつつできるだけバッテリーを伸ばすための努力、と言えるでしょう。

 バッテリーは本体デザインだけではなく輸送にも大きな影響を与えます。昨今はバッテリーの発火や爆発が世間でも大きな話題となっており、そのためバッテリーについては輸送はもちろんのこと、個人旅行でも扱いが厳しく、輸出入の手間もかかります。その点、コンセント型の製品はバッテリー不要のため、輸出入の手続きや持ち運びも楽になります。また、バッテリーは経年劣化という問題もあり、長期間使い続けるとバッテリー性能が劣化したり、場合によってはバッテリーが変形してしまって使えなくなることもあります。

IoT化が進むにつれて、宅内コンセントの設置場所も増える?

 コンセントかバッテリーか、内蔵か交換かといった電源の違いは、IoT機器のコンセプトにも大きな影響を与えています。筆者が務めるCerevoの製品を例に取り、電源が製品に与える影響を見てみましょう。

 第3回で紹介した「Hackey」は、「鍵をひねったら必ずメッセージが送信される」という機能を実現するためにバッテリーではなく常時給電するコンセント型を採用しました。一方、第5回で紹介した「cloudiss」は、目覚ましという点だけであればコンセントでも実現は可能であるものの、「振って止める」という機構や、旅行にも持ち運べるという機能を実現するためにバッテリーを搭載し、さらにBLEを採用することで長期間の利用を実現しています。

 PCを使わず高品質なライブ配信を実現するライブ配信機器「LiveShell」シリーズのうち、低価格モデルの「LiveShell 2」は、小型化に加えて低価格を実現するためにバッテリーを内蔵としました。一方、上位モデルの「LiveShell PRO」は、バッテリーを入れ替えて使うというメリットはもちろんのこと、常に電源に接続できる場所ではバッテリーを取り外すことで、バッテリーの劣化を心配せずに長期間にわたって連続動作することができるよう、交換型のバッテリーを採用しています。

PCレスでライブ配信を実現する機能を提供する製品「LiveShell」シリーズでは、同じバッテリー方式であっても、内蔵タイプとしている製品「LiveShell 2」(上)と、交換タイプとしている「LiveShell PRO」(中)、「LiveShell X」(下)がある

 IoTは、電化製品はもちろん、机や椅子、布団、扉など身の回りのあらゆるものが何かに「つながる」世界であると本連載では説明しましたが、それはあらゆるものがIoT化するために電源が必要になる、ということでもあります。これまではリビングや寝室など、電化製品を使うことが多い場所にコンセントがありましたが、これからIoT化が進むにつれて宅内にコンセントの設置場所も増えていくでしょう。また、お風呂場でも電源を供給できるような、コンセントとは違った電源供給の方法も生まれるかもしれません。

 当たり前のように見えて、IoTを支える重要な要素である電源。お手持ちのIoT製品にとって、電源がどんな役割を果たしているのかを考えてみるのも面白いかもしれません。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」