イベントレポート

BIT VALLEY 2019

及川卓也氏が語る「あるプロダクトマネージャーの試行錯誤」

及川卓也氏(Tably株式会社代表取締役/Technology Enabler)

 MicrosoftやGoogleでプロダクトマネージャーとして活躍してきた及川卓也氏(Tably株式会社代表取締役/Technology Enabler)が、「BIT VALLEY 2019」で13日に登壇。特に現場の経験が少ない学生に向けて、プロダクトマネージャーとは何か、なぜ必要か、どのような役割かといったことについて、「執念とこだわりで社会を変える あるプロダクトマネージャーの試行錯誤」の題で解説した。プロダクトマネージャーの仕事についてポイントを伝えつつも、村上龍氏の小説「希望の国のエクソダス」から引用した「この国には何でもある。ただ、『希望』だけがない」という言葉で始まり、「プロダクト愛」で終わる、エモーショナルな講演となった。

「プロダクト」は今ではほぼ「事業」

 まず「プロダクト」とはなにか。及川氏は昔のモデルとして、事業の中でプロダクト(製品)が中心となり、営業やマーケティング、顧客サポートなどが周囲を支える構造を挙げる。それに対して今では、プロダクトに営業やマーケティング、顧客サポートなどが一体化しているという図を示した。

 例えば、昔は製品を知るにはTVなどの広告から知ることが多かったが、今はオンラインで友人から流れてきた情報を元にサービスにオンラインで加入するというように、プロダクトとマーケティング、営業などが一体化している。これにより「プロダクトが事業にほぼ近くなっている」と及川氏は語った。

プロダクトマネージャーがBTCの3軸のバランスをとる

 その事業で大切なことは何か。及川氏は、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3軸で考える「BTCモデル」(Takram田川欣哉氏提唱)を示し、「この3軸をバランスをとり、ユーザー体験と収益を上げていく」と語る。

 「例えばビジネスとクリエイティブの2つの軸でいうと、コンテンツに広告を貼りまくると、短期的な収益は上がるが、ユーザー体験が下がる。このバランスが難しい。」(及川氏)

 この3軸を日々考えて、バランスをとっていく役割が求められるのが、プロダクトマネージャーだと及川氏は説明した。

ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3軸で考える「BTCモデル」

プロダクトマネージャーはミニCEO

 このビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3軸には、もちろん1人ではなく、チームであたる。

 ただし、うまくメンバーを配置できるとは限らない。例えば、クリエイティブが足りなければ、プロダクトマネージャーが人をアサインするか、場合によっては自分が入る。同様にマーケティングが必要かもしれないし、法務の確認が必要かもしれない。

 こうしたことから、「プロダクトマネージャーはミニCEOと言われることもある」と及川氏。「CEOというとスマートなようだが、スタートアップのCEOの仕事は泥臭い。全部がそろっていないので、そこで自分でやるか、近い人にアサインする必要がある」。

チームメンバーがブレないための骨太の方針が重要

 さらに及川氏は、プロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャー、エンジニアの役割について、5W1Hで説明した。

 いわく、プロダクトマネージャーはWHAT、WHY、WHENを決める。それをエンジニアリングマネージャーが、誰がやるかというWHOを決める。それにもとづいて、エンジニアはHOWを考えて実行する。「実際にはグレーのエリアがあるが、最終的に誰が軸足を置くかで分けた」(及川氏)。

 また、プロジェクトの進み方も説明した。企業や事業のミッションからロードマップを決め、そこから機能や要件を決める。そこから各種仕様に落として、エンジニアが物を創る。

 ここで大事なこととして「一度決めても、ブレてしまうことはよくある」と及川氏。特に、期限が近づいて機能を引かなくてはならないときや、営業から機能を足すよう要望が出たときなどだ。「そのときに、何を足していいか、何を引いていいかという骨太の方針が必要。チームメンバーがブレないようにしておくことが重要だ」と及川氏は語った。

プロダクトマネージャー、エンジニアリングマネージャー、エンジニアの役割

権威によらずチームを率いるのは人間力

 プロダクトマネージャーはいかにしてチームのメンバーに言うことを聞かせるか。「プロダクトマネージャーは上司でもなんでもないので、上司パワーで言うことを聞かせることができない」と及川氏。「言うことをきかせるのは人間力だ」。

 及川氏はプロダクトマネージャーの人間力を、「権威に頼らずプロダクトチームを率い、プロダクトを成功に導くこと」と定義する。

 人が人に従う条件として及川氏は、パッション、ロジック、信頼を挙げた。

 「私がMicrosoftからGoogleに移ったときに、とても優秀な人たちばかりで緊張したが、Microsoftでの実績を知っていて、信頼してくれた。そういう信頼が、人に信じて付いてきてもらいたいというときのもとになる」(及川氏)。

人間力とは

プロダクトマネージャーとして経験した成功例と失敗例

 及川氏は、自分のプロダクトマネージャーとしての経験から、失敗例と成功例も紹介した。

 失敗例が、DECに入社した若手のころに、JISキーボードを作るプロジェクトリーダーになったときの話だ。「ユーザビリティを上げることがゴールだったはずだが、金型ができたらOKで、ユーザビリティの結果も見なかった。これでは工程管理をしているだけのプロジェクトマネジメントであり、プロダクトマネジメントではなかった」と及川氏は反省する。「自分の意思が入っていないとマネジメントできないことが分かった」。

 成功例の1つめは、日本語版Windows NTのAlpha CPU版を開発するプロジェクトで、DECからMicrosoftに出向して取り組んだ。このときは、Alphaの長所を生かすために、浮動小数点演算でIntel版より速くなることをゴールに設定した。具体的には、当時デモに使われていたマンデルブロ曲線の描画の速さだ。「目に見えるゴールを設定したことで、成功した」(及川氏)。

 成功例の2つめは、Google日本語入力だ。プログラムはGoogleの天才エンジニア2人が作った。このリリース版開発にあたり、変換精度や、もっさり感がないことに目標を絞り、そのほかのファンシーなUIや機能などの機能を削ることを判断した。このとき決めたメッセージが「空気のように日本語入力」。その結果、アナウンスを出したとたんに大量にダウンロードされ、広く使われるようになった。「小さいことが世界を変えた」と及川氏は感慨を述べた。

全員がプロダクト指向に、その中心がプロダクトマネージャー

 及川氏はしばしば、企業から「うちもプロダクトマネージャーを置きたい」と相談を求められる。そのときにの要望を聞くと、ただのビジネス部門と開発部門の調整役で、両方より下の立場ということがあるという。

 「対等な立場でなくてはいけない」と及川氏は言う。「そして、メンバー全員がプロダクト指向でなくてはならない。その中心がプロダクトマネージャーだ」。

 そこで必要なものとして及川氏が語ったのが「プロダクト愛」だ。「Google Chromeがまだアーリーアダプターにしか使われていなかったころ、電車の中で隣の男性が開いたPCでChromeとGoogle日本語入力を使っていた。それを見て、愛おしくて抱きしめたくなった(笑)」と及川氏。「チームの全員が誇りと愛を持っていれば変わるはず」。

チームの全員が誇りと愛を持つ