デジタル雑誌が雑誌にさらに価値を加える~Adobe Systems・Ricky Liversidge氏


 アドビシステムズ株式会社は2月1日、電子出版に関するフォーラム「Adobe Digital Publishing フォーラム 2011」を開催し、来場した出版関係者などに電子出版ソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」などの紹介を行った。

 Adobe Digital Publishing Suiteは、Adobe Creative Suite製品やグラフィック製品などをベースとしたコンテンツ作成環境と、電子雑誌の作成・配信・決済・効果測定などのオンラインサービスを組み合わせて提供する電子出版ソリューション。現在、日本でも出版社などに向けてプレリリースプログラムを開始している。

 今回、イベントに合わせて来日した米Adobe Systemsのメディアソリューションズ部 プロダクトマーケティング担当バイスプレジデントであるRicky Liversidge氏に、Adobe Digital Publishing Suiteについて話を聞いた。

100タイトル以上の雑誌コンテンツが既にマーケットに

米Adobe SystemsのRicky Liversidge氏

―― Adobe Digital Publishing Suiteの現状を教えてください。

Liversidge氏:この1年ほどで、電子出版を取りまく状況が急速に変わっています。昨年の今頃はまだiPadも出ていませんでした。このスピードの中で、Adobeはうまくやれていると思っています。Adobe Digital Publishing Suiteのプレリリースプログラムには全世界で3000社以上が参加し、100タイトル以上のコンテンツが販売されています。既に、質の高い雑誌をマーケットに投入し、発行部数を伸ばして、新しいタイプの広告で広告主を魅了するための準備ができたと言えるでしょう。

 100タイトルが販売されていることも重要ですが、私はそれ以上に売れたダウンロード数に感動しています。雑誌がどれだけ作られたかより、どれだけ売れたかが重要だからです。

 今回日本に来た理由の1つとしては、日本での勢いを加速させることがあります。今回のイベントでは、みなさんとても熱心に話を聴いてくれました。コンテンツを持っている会社やデバイスを製造するメーカーなどと、良好なパートナーシップを結べればと思います。

―― 現時点ではタブレット端末をターゲットにしたソリューションなのでしょうか。

Liversidge氏:現在のAdobe Digital Publishing Suiteはタブレット端末をメインターゲットにしています。タッチインターフェイスや質の高いスクリーン、ポータブルさなどに依存しています。スマートフォンは、ベストな読書体験を提供できるとは今の時点では言い難いです。タブレット端末も、iPadのほかにこれからAndroidやBlackBerry Playbookなどの機種が増えていきます。市場のスイートスポットはしばらくはタブレット端末にあると考えています。

―― Kindleのような電子書籍端末への対応は?

Liversidge氏:われわれとしては、Adobe Digital Editionsのような「電子書籍」(eBook)と、Adobe Adobe Digital Publishing Suiteで提供する「電子出版」(Digital Publishing)は、まったく違うソリューションとして分けて考えています。書籍と雑誌の違いと言ってもいいでしょう。私は電子書籍にはほとんど関わっていません。電子書籍が進化することもあると思いますが、より幅広いソリューションを提供することを考えています。

「MARTHA STEWART Living」電子版に掲載されたティファニーの広告

―― Adobe Digital Publishing Suiteでは新しい広告が提供できるという話がありましたが、具体的にはどのように変わるのでしょうか。

Liversidge氏:お見せするのが早いでしょう。(iPadを操作しながら)これは雑誌「MARTHA STEWART Living」の電子版ですが、紙の雑誌と同じようにページをめくると、記事と記事の間に広告が入っています。この中にあるティファニーの広告では、動画やBGMなどを使って、店に入ったときのような体験をブランドイメージに沿ってどんどん深く展開してくれます。しかも、次の記事に行くと音楽が終わって、元に戻ります。読者を強引に自分のほうに向かせるのではなく、読者を引き込むやりかたで製品やブランドを訴求することができます。このような手法は、紙の雑誌における広告の3~4倍の効果があります。

 すべての広告がみなティファニーと同じわけではありません。いまは、広告主がいろいろ試しているところです。ティファニーの広告はすばらしい例ですね。実は、私もこの広告を見て、妻にアクセサリーをプレゼントしました(笑)。

 広告以外に、もちろん記事自体にもいろいろなインタラクティビティが入っています。たとえば料理の記事では、読者がキッチンにiPadを立てかけてレシピを見ながら料理ができるよう、1ページの中でレシピの部分だけスクロールして読めるようになっています。このように、1つの雑誌にいろいろなインタラクティビティが入っています。

「The New Yorker」電子版は週刊で発行

―― 主にどのような雑誌がAdobe Digital Publishing Suiteを利用しているのでしょうか。

Liversidge氏:参加企業を地域で見ると、5割はヨーロッパ、3割が米国、2割が日本を含むアジアです。

 ジャンルとしては、ライフスタイル系やホビー系の雑誌がほとんどです。最近見た中では、「死ぬまでに弾いてみたいトップ50のギター」といったタイトルのコンテンツもありました。ゴルフクラブのバイヤーズガイドを毎年出している会社が、今年はデジタルバージョンを作ったという例もあります。

 スウェーデンのBonnier社は、ニュースのデジタルバージョンを提供しています。速報にはウェブのほうが向いていますが、解説中心の日曜版のようなコンテンツを出す場合には、われわれがお手伝いできると思います。

 別のジャンルとしては、企業内で使うコンテンツも考えられます。たとえば医療会社や金融会社などで、カタログや説明用のコンテンツを作り、営業担当や顧客に渡すといった用途です。ここにも大きな機会があると思います。

―― 速報にはウェブの方が向いているという話でしたが、Adobe Digital Publishing Suiteを週刊や日刊のメディアで使っている例はあるのでしょうか。

Liversidge氏:対象ユーザーを考えるうえで、われわれは雑誌というマーケットを選びました。美しい写真や動画が載り、月刊や隔週のペースで発行されるもので、スピードはウェブほど重要というわけではないというコンテンツです。

 とはいえ、週刊の例もあります。「The New Yorker」誌は週刊で発行していて、内部ではHTMLスタックを使っています。HTMLスタックを使うことでやや表現力は劣りますが、スピードを重視した対応ができます。日刊に向けたカスタマイズは現時点では対応していませんが、やらないというわけではありません。

―― 紙と比較した場合、電子雑誌のコストはどうなのでしょうか。

Liversidge氏:コスト構造の話でいうと、紙の雑誌のビジネスモデルでは、ニューススタンドでの販売に手数料を払い、流通にもコストがかかります。Adobe Digital Publishing Suiteでは、年次のプラットフォーム料と、ダウンロード1部あたりの手数料の2つのコストが出版社とAdobeの間でかかります。このコスト構造の関係は紙の場合と似ていて、大きくは変わらないと思います。

―― 動画などリッチコンテンツへの対応で制作コストが増えることについては?

Liversidge氏:既にレイアウトなどをアウトソースしている場合には、あまりコストは変わらないのではないかと思います。WIREDのScott Dadich氏の講演では、デジタル版に合わせた広告の制作も編集部が請け負うことで、売り上げを伸ばしたという話がありました。そうした形で、新しいビジネスにつながる話も生まれてきています。

 雑誌は、発行部数を上げて広告主を集めなければ勝てません。デジタルと紙を組み合わせるということも含めて、Adobe Digital Publishing Suiteを使うことで雑誌にさらに価値を加え、消費者の需要を盛り上げていくことができます。

―― 最後に、ご自身で、Adobe Digital Publishing Suiteを使ったこういう雑誌が読みたいというものはありますか。

Liversidge氏:私はゴルフをやっています。よく飛行機に乗るので、飛行機の中で読めばゴルフスイングがうまくなる雑誌があれば読みたいですね。日本初の事例となった「ゴルフトゥデイ」を読むといいのでしょうが、日本語は読めないので(笑)。

 また、ギターを練習しているのですが、なかなか上達しないのが悩みです。レッスンしてくれる雑誌があれば素晴らしいと思います。

 ほかに、私はランナーでもあって「NIKE+」の大ファンです。NIKE+のいいところは、ほかのランナーと知りあえることです。そうしたソーシャルな機能を持ったランナー向けのデジタル雑誌ができればうれしいですね。

―― ありがとうございました。


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(高橋 正和)

2011/2/17 06:00