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IT企業の社員が週1~2日×3カ月間だけ自治体職員となる研修制度「地域フィールドラボ」で得られる経験・成果とは

ある一般社団法人コード・フォー・ジャパンの公式サイト

 全国のシビックテックコミュニティを支援する組織である一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan:CFJ)は、民間企業の社員向けに提供するアクティブラーニング型の人材育成プログラム「地域フィールドラボ」を今年度も実施する。地域の自治体で3カ月間、週に1~2日程度のペースで自治体職員として出勤し、自治体や地域のコミュニティとともに地域の課題を探り、ツールの開発や事業創出などを行うことで課題解決を目指す。こうしたフィールドワークを通じて“共創型人材”を育成していくのが狙いだ。

 こうしたプログラムがスタートした背景には、日本国内の課題が多様化し、ビジネス環境の変化のスピードが上がったため、従来の囲い込み型の企業モデルが通用しない時代になってきたことが挙げられる。このような環境の中では、部門横断的に行動し、組織の枠を越えて新たな価値創造を行える共創型人材の育成が急務となっている。

 そこで、顧客や取引先などの関係者を巻き込み、調整しながら新たな事業を創り出すことのできる人材を育成するための方法としてCFJが提案しているのが、地域フィールドラボだ。昨年までは「コーポレートフェローシップ」という名称で行われていたもので、これまでに約40名の民間人材に提供されてきた。

囲い込み型の自社開発から、共創型開発へと移行

 地域フィールドラボでは、まず、自治体が解決したい課題をCFJのウェブサイトや募集説明会で提示し、それに興味を持った企業が応募する流れとなっている。その後、自治体職員や住民などさまざまなステークホルダー(利害関係者)にヒアリングなどを行った上で、ワークショップなどを通じて課題を探索。その上で、ツールの開発や企画の立案、事業創出などを行う。

「地域フィールドラボ」の流れ

 昨年度は、秋田県湯沢市、福島県会津若松市、神奈川県鎌倉市など12自治体において行われ、富士通、NECソリューションイノベータ、ヤフー、GitHubなど8社から18名が地域でのフィールドワークを経験した。

2017年度の参加自治体と企業

 今年度は、7月から9月までと、11月から2019年1月までの計2回のプログラム実施を予定。1人あたりの研修料金は、大企業の場合は50万円(税別)、中小企業の場合は25万円(税別)で、各地域の旅費交通費などの費用も企業負担となる。

派遣先の自治体では、いったい何をやるのか? 昨年度の参加者が経験を語る

 5月16日、地域フィールドラボの今年度上期(7月からの派遣)に向けた募集説明会が都内で開催された。初めにCFJ代表理事の関治之氏が登壇し、地域フィールドラボの概要やスケジュールを説明。続いて、昨年度に派遣された人材の中から2名が登壇し、同プログラムの体験や成果を語った。

一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事の関治之氏

 登壇者は、富山県南砺市に派遣された、富士通株式会社の江波龍一氏(デジタルフロントBG デジタルイノベーター推進統括部 プロデューサー室)と、静岡県掛川市に派遣された、NECソリューションイノベータ株式会社の立野州芳氏(東海支社 第二ソリューション事業部 主任)の2名。

富士通株式会社の江波龍一氏
NECソリューションイノベータ株式会社の立野州芳氏

 富士通において新規事業開発などを担当している江波氏は2017年11月から3カ月間、南砺市が市外の人の力を借りて地域課題を解決する「応援市民制度」の改善・改革をテーマに取り組んだ。江波氏は、応援市民の登録者数および応援活動の実施数を増やすために、地方自治体の事業へのリーンスタートアップ(高速仮説検証)を適用して、短期間でさまざまな仮説検証を行った。

 具体的には、初期仮説として「応援市民のインセンティブ設計が必要」を設定し、インタビュー検証を行ったところ、すでに市民有志が応援市民制度に似た取り組みを行っていることや、庁内にも関連施策が多数あることが判明した。それを踏まえて、「今ある活動の横連携の促進や下支えする制度が必要」という新たな仮説を立ててワークショップによる検証を実施し、応援市民制度に応募するインセンティブとして、非日常性や達成感を味わえたり、人とのつながりを得られたりすることが必要だと分かった。

 その結果、「地域課題とコーディネートする人と、それをサポートするプラットフォームが必要」という仮説を導き出し、さまざまな改善を施した「応援市民制度2.0」の企画書を作成するとともに、どのような体制とスケジュールで進めるかも提言し、実証実験の市町承認を取り付けた。また、地元のメディアに取り上げられることで、同制度のPRも行われた。この結果について、市長からは、改善内容について賛同を得られただけでなく、短期間に仮説検証を繰り返す手法そのものについても高く評価されたという。

 一方、NECソリューションイノベータの立野氏は、掛川市において、「市役所の働き方改革推進に向けたICT利活用の支援」をテーマに、株式会社クレアンの山口智彦氏とともに同市の企画政策部企画政策課で2017年11月から翌年1月まで業務に携わった。立野氏は、事前に庁内でとっていた業務スクラップ&リフォームのアンケートを基に職員にヒアリングを行った。また、行政と関わりを持つ活動を行っている一般市民や市議会議員、地元の地方新聞の記者にもヒアリングを行った。

 その結果、イベントが多く、休日に多くの職員が動員され、時間外労働や休日出勤が多いことに加えて、業務量が年々増える一方で終わらせる仕組みがなく、行政改革推進によって職員数が減少したために創意工夫するだけの心の余裕がないという課題が見えてきた。

 その上で、「市民や企業と市役所が協働できる場を検討」「業務のリフォーム」「イベントの統廃合」「会議の活性化」「人事の見直し」といった5つの施策を提案した。例えば「業務のリフォーム」については、障害福祉の2業務について運用を可視化し、運用を見直すことにより、月平均120件処理について、1件あたり4分の短縮、月間で480分の改善に成功した。掛川市では2月下旬から、立野氏が提案したこの運用に移行しているという。

5つの施策を提案

フィールドワークがきっかけで、自治体と新たな関係を構築

 江波氏と立野氏は、いずれも所属する企業が自治体向けのサービスを提供しており、これまで自治体とは「クライアント」と「ベンダー/サプライヤー」という関係だったが、地域フィールドラボ(昨年は、コーポレートフェローシップ)では自治体の一員という立場となって働くことにより、今までにない、さまざまな経験を積むことができたという。

 江波氏は講演後のパネルトークにおいて、「富士通の社員という立場でありながらも、同時に南砺市の地方創生推進課の一員として『地域の課題をどうしたらいいか』と考えるというのは初めての体験です。今回は住民の方と話す機会も多かったのですが、普通に自治体から発注を受けた場合、住民と話す機会などまずあり得ません。これもこのプログラムならではだと思います」と語った。

 立野氏も講演において、企業としての立場では関わることのなかった人と接することができるメリットを強調していた。「庁内で行ったヒアリングの内容をまとめて市長に報告を行ったのですが、市長と直接話をする機会など民間企業の立場であれば、普通ならありません。ほかにも職員や議員への報告会も行い、貴重な経験をしました。今回のプログラムで生まれた人脈は、私にとって貴重な財産となりましたし、派遣終了後も掛川市役所との交流は続いています」(立野氏)。

 このほかに、立野氏は研修での成果として、「委託関係では知り得なかった庁内の動きや状況を知ることができた」という点を挙げている。「職員の一員として活動することで、委託関係では全く見えなかった部分がよく分かり、毎日のように新しい発見がありました。民間企業としては、このようなフィールドワークを経験することで、自治体と企業との間で新たな関係を構築するきっかけが生まれると思います」(立野氏)。

2018年度上期の研修先は11自治体、システム開発から働き方改革まで多彩なテーマ

 募集説明会ではこのほか、フィールドワーク先の自治体の担当者によって、地域の状況や課題、今回の募集テーマについてプレゼンテーションが行われた。2018年度上期は、前述した南砺市や掛川市が引き続き募集を行うほか、大阪府豊中市、福井県鯖江市、神奈川県鎌倉市、愛知県春日井市など、全国11自治体で募集を行う。

2018年度上期フィールドワークテーマ
富山県南砺市「なんとポイント」制度の運用設計とその情報伝達支援
大阪府豊中市地域包括ケアシステム推進に向けたネットワークの見える化
静岡県掛川市「働き方改革、働きがい改革、新しい働き方の実現」のための支援
福井県鯖江市特定健康診査の受診率向上で健康なまちづくり
大阪府枚方市RPAの推進とオープンデータの拡充
神奈川県鎌倉市民間企業のノウハウを導入した市役所働き方改革の推進
愛知県春日井市ICTを活用した業務改善とデータの利活用
福島県会津若松市災害要支援者の避難支援に向けたシステムの検討
秋田県湯沢市官民連携による業務改善
奈良県生駒市ナレッジ共有からはじめる、生駒式ワークスタイル改革
兵庫県神戸市AI/IoT分野からはじめる、自治体のプロトタイプ文化
兵庫県神戸市神戸市の業務フローをハックする!
兵庫県神戸市老朽公共施設の事故防止支援システムの開発

 今後の予定としては、5月25日に企業からの応募を締め切り、企業と自治体のマッチングを図った上で、6月8日に派遣先を決定する。その後、6月27日に派遣前研修を行った上で、7月2日から正式に派遣開始となる予定だ。

 また、下期のスケジュールについては、7月に各自治体のテーマが発表され、8月に募集説明会を開催する予定。さらに、9月に企業からの応募を受け付けた上で、自治体とのマッチングを図り、11月から派遣を開始する予定だ。

テーマの紹介後、自治体ごとの個別相談会も行われた
各自治体によるテーマの紹介