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国民不在のTPP知財協議に待った──thinkTPPIPら有志が政府に緊急声明を提出

 「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム(thinkTPPIP)」は13日、都内で記者会見を開催した。TPP(環太平洋経済連携協定)の知的財産条項が近く妥結されるとの報道を受け、緊急声明を策定。68団体・238名からの賛同を得て、政府に提出したことを発表した。

13日の記者会見に出席した皆さん

作家、研究者らがTPP知財問題に警鐘

 thinkTPPIPによる緊急声明は、2月の段階でまず案として公開され、その後、賛同者を募っていた。知的財産をめぐるTPP協議が秘密交渉で行われ、その交渉過程が国民一般に公開されていないことへの懸念表明が主たる内容となっている。このため、TPPそのものへの賛否は声明内で言及していない。

 声明は、13日午前に内閣府副大臣へ提出した。同日午後の記者会見はthinkTPPIPが主催し、劇作家で日本劇作家協会副会長の平田オリザ氏、漫画家の赤松健氏ら6名はゲストスピーカーとして登壇。それぞれの立場から意見表明を行った。主な発言は以下の通り。

平田オリザ氏(劇作家、日本劇作家協会副会長)

平田オリザ氏

 本日は一個人として、また日本劇作家協会の代表としてお呼びいただいた。日本劇作家協会は著作権の権利者団体で、初代会長の井上ひさし以来、伝統的に著作権保護期間の延長には反対している。2006年の議論では、全員の劇作家が(反対に)賛同するかは分からなかったので、会としては“違和の表明”にとどめていた。しかし、ここに至って、著作権法違反の非親告罪化の問題は劇作家にとって脅威になるので、緊急声明に名を連ねることにした。

 私たちとしては(著作物が)70年後の孫・ひ孫に小銭程度の利益をもたらすより、とにかく劇を上演していただきたい。会の理事会の雑談レベルでは「(著作権の保護期間は作者の)死後20~30年程度でよいのではないか。女房には迷惑をかけているけれども、孫の生活まで面倒見るつもりはない」という話になる。これが一般的な意見ではないか。

 新しいメディアの誕生による問題もある。私は昨年、サルトルの「出口なし」という作品をノルマンディー国際演劇祭からの委嘱でフランス上演しようとしたが、最終的にできなかった。その理由は、主人公をロボットに演じさせる計画だったから。サルトルのいち遺族に反対された。

 サルトルは、自作をロボットが演じるとは想定していなかったろう。新しいメディア、科学技術が生まれ、人類の進歩、芸術文化の発展に寄与できることが明らかなのに、いち遺族の意思でそれを否定していいのかどうか。

 今後50年でメディアがどんな形になるのか、我々は全く予想が付かない。それを今の段階で、しかも政治的ネゴシエーションの中で決める権利が現在の我々に果たしてあるのか。ぜひ慎重に考えていただきたい。

 日本の演劇界は、チェーホフの作品をほぼ無償かつ自由に改変するかたちで上演してきたが、これはチェーホフが40代で亡くなった影響でもある。これがどれほど演劇文化の発展に寄与したか。

 TPPで保護期間が70年になってしまうと、発展途上国もこれに準じることになるだろう。私たちが受けた恩恵を、これら途上国から取り上げてしまっていいのか。

 東日本大震災以降、現地を多くのアーティストが慰問したが、最も多く人を慰めたのは、歌い継がれてきた唱歌であり、クラシック音楽であったと言われる。私たちが作った作品は100年後、200年後、地球の裏側にいる被災者や難民を勇気づけるのだと思う。

 私たちは、過去の著作物や文化遺産からヒントを得て、新しい作品を作る。それらは一定期間を経て、人類にお返しするものだと私は考えている。だからこそ、公的な資金をいただく形での文化活動も行っている。その理念を守っていくのが重要ではないか。

赤松健氏(漫画家、Jコミ代表取締役)

赤松健氏

 昨日、共同通信の報道で「非親告罪化を義務づけず」との報道があったようだが、(声明の提出先である内閣府の)副大臣に確認した限りでは、誤報だという。我々はこういった報道に右往左往しているが、これは(協議過程が)透明化されていないから。

 TPPについての私の立場は微妙。手塚治虫が亡くなったのが1989年で、2039年には著作権の保護期間が終わる。私は日本漫画家協会の理事でもあるのだが、大御所先生の中には「それが許せない。保護期間が延びたらいい」という人もいる。

 ただ、保護期間が延びても、一部の作品を除けば、オーファンワークス(孤児著作物)が増えるだけ。どちらにしろ、協議の透明化を訴えるのは大賛成。

甲斐顕一氏(株式会社ドワンゴ 会長室室長)

甲斐顕一氏

 ドワンゴは、ご存じの通り「ニコニコ動画」の運営会社。二次創作の育成・擁護を大きなテーマとして掲げてきた。一次創作者と二次創作者の信頼関係に基づき、それが発展して、成立してきた。

 そこに公が関与した時、果たしてどうなるのか懸念がある。また、TPP協議を巡る情報が少なすぎて判断できないのが実情だ。(声明発表などをきっかけに)議論が闊達になり、その中から結論が生まれることを期待したい。

大久保ゆう氏(青空文庫)

大久保ゆう氏

 青空文庫はパブリックドメイン、つまり社会の共有物となった作品を集め、公開している。日本国内はもちろん、在外邦人、あるいは日本が好き、日本について研究したい人の利用も多い。

 社会の共有財産が増えれば、国益が増すことはあっても、減らすことはないと考えている。文化の共有は、インターネットの登場によって初めて実効性を持ち、さらに簡便な電子端末によって、その益を広く享受できるようになったのではないか。どうしてそれに水を差すような真似をするのか。TPPは文化の面において、国益を減じるものではないかと危惧している。

 青空文庫の呼び掛け人である富田倫生が生前述べていたことだが、「表現の自由」などは、経済の枠組みであるTPPに収まるものではない。経済の要素を超えた“文化”を、経済で扱うことには憂慮がある。このことから、青空文庫も今回の声明に賛同した。

田村善之氏(北海道大学大学院法学研究科教授)

田村善之氏

 日本の知的財産法を研究しているが、その最大の問題点は、日本人が一般的に考えている著作権と、著作権法の条文が大幅にズレていること。例えば、企業内複製は条文的には許されていない。(複製した)PDFを送信したり、インターネットの情報をコピペしてメールで送るのも、条文を真剣に守ろうとすれば違法になる。著作権を厳密に守ろうとすれば、日本経済が停滞することは明らか。

 だが、現実には経済は回っている。それはなぜか。常識的に権利が行使されていないからだ。最近は(フェアユースならぬ)「Tolerated Use」という言葉があって、私は「寛容的利用」と訳しているが、著作権が行使されないからこそギリギリ社会的均衡が保たれている。

 今回のTPPについて漏れ聞くところによれば、この均衡を崩す政策が盛り込まれるかもしれない。一番大きいのは非親告罪化。権利者が寛容でも、警察によって事件化されてしまう。

 「日本の官憲はそこまでバカなことはしないだろう」とも言われるが、日本人の意識に与える影響は無視できない。経済が回っているのは、寛容的利用があり、なおかつ「使おうとしている」から。最近は小・中学校でも著作権教育をしているが、細かい話をせず「他人のものを盗んではいけない。著作権も同じ」となっては、どんどん使われなくなっていく。均衡も崩れていくだろう。

中村伊知哉氏(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)

中村伊知哉氏

 私は政府知財本部の座長を務めており、中立の立場だが、TPPの決着次第で、国内の法制度をどうするか、現実的に対策を講じなければならない。いずれにせよ、知財が日本にとっての重要なテーマで、重大な局面を迎えているとの認識を高めてもらうため、声明にも参加した。

 (田村氏の話にもあったように)日本では権利者とユーザーのバランスが取れた環境だと認識している。これをTPPという外部要因で崩すのは避けたいし、(TPPが妥結した時に)「国内法でカバーできるか」という議論も高める必要がある。この重要性を、国民が十分認識していないのではないか。

 これからの日本は、想像力、クリエイティビティで食べていくしかない。知財が最重要テーマであることを強調したい。

thinkTPPIPの関係者もコメント

 記者会見における、thinkTPPIPの関係者によるコメントも一部ご紹介する。

津田大介氏(ジャーナリスト、MIAU代表理事)

津田大介氏

 主要な交渉国である米国は来年大統領選挙(でTPP妥結政策どころではなくなる)。その前に妥結するとして、議会に通さなければならず、それに3カ月はかかる。バッファー半年で逆算すると、今年6月が交渉期限ではないか。

 今回、政府に緊急声明を提出したが、いろいろな団体で同様の試みが行われていて、私たちの主張と違うケースもある。どれくらいの数があるか政府に聞いても答えてくれないし、「のれんに腕押し」とも感じるが、少なくとも真摯に意見を聞いていただいた。

 とはいえ、何もやらずにいたらそのまますーっと決まってしまう。そのためにも声を上げていきたい。

福井健策氏(弁護士、ニューヨーク州弁護士、thinkC世話人)

福井健策氏

 (TPP知財交渉についての一般的な注目度は)低いのかもしれない。何か事態を変えるにはまだまだ(努力が)足りないです。

 非親告罪、保護期間延長、法廷賠償金などのメニューが指し示す未来を想像してほしい。国外の密室で、誰かが作ったルールに我々は従うだけで、協議の過程には加われない。それを「しょうがない」と思えば、話はそれで終わり。

 それがイヤだと思う方は、ぜひ声を上げていただきたい。心の中だけでイヤだと思っていて、声を上げなかったら、その人たちは非親告罪化を“成し遂げた”ことになってしまう。

質疑応答

 会見後半では、記者からの質疑に応じた。

──提言を提出した際、政府と協議はあったか。

福井氏:内閣府の副大臣、TPP対策本部の審議官のいずれからも、共同通信が伝えた「非親告罪化見送り」の報については、全くの誤報であると明瞭に否定された。ただし、「非親告罪化するぞ」という訳ではなく、「決まった事実はない」という意味だと認識している。

 実際の交渉内容については、秘密協議のため、政府は何も答えていない。協議においては「さまざまな懸念が知財のメニューについてあることは十分承知している。保護期間の延長も、非親告罪化も、その他についてもである」「皆さんにご納得いただける最終案にすべく、交渉に全力を挙げたい」との立場は、繰り返し強調していた。

──平田氏が「とにかく上演してもらいたい」とおっしゃる理由は?

平田氏:劇作家の仕事は、脚本を書いて終わりではなく、上演してもらってはじめて完結する。例えば、作者の遺族の意向で「脚本を一字一句変えてはならない」となると、同時代性がなくなってしまうのだが、そういう(上演できない)作品は現実にあり、文化的には大きな損失だ。

 アマチュアへの奨励もある。つかこうへい先生は、アマチュアレベルであれば上演料をとらないと意思表示している。私自身もそういう環境で育ってきたわけで、(後進を育てる意味でも)、少なくとも非親告罪化は避けてほしい。

──漫画文化への影響について、赤松氏はどう考える?

赤松氏:やはり非親告罪化(は大きい)。私もそうだが、コミケで実力を付けた作家は多いし、プロ作家も(コミケで)パロディーを書く。それを潰してしまうと、商業作家のパワーが落ちるし、ファン活動もやりにくくなる。

TPPの知的財産条項、何が問題なのか?

 TPPの知的財産条項を巡る議論については、下記の弊誌バックナンバーをご参照いただきたい。

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(森田 秀一)