進化するインターネット技術/IETFトピックス2016-17

第1回

「IETF」30周年、IoT分野で新WG、トランスポートレイヤーで大きな動きも

インターネット技術の普及に向け、IPv6、DNS、HTTPなど基本となるプロトコルを定めてきたIETF(The Internet Engineering Task Force)。今年11月には、100回目の会合(IETF 100)がシンガポールにて開催される予定である。IETFがこれまで手がけてきたインターネット技術も、技術の進歩と普及により、現在も多くの分野において議論が継続され、まだまだ目が離せない状況が続いている。本連載では、インターネットの普及と発展を目的に日ごろIETFを中心に活動を行っているISOC-JP(Internet Society Japan chapter)メンバー有志が、ここ最近のIETFでの活動状況について紹介していく。

 IETFでは、扱う技術領域ごとに8つのAreaが存在し、配下に約100のWG(Working Group)が存在。多岐に渡った活動を展開している。従って、近年のIETFの活動をひとくくりにして説明するのは困難であるが、それでも各会合で開催されるプレナリーでのプレゼンテーションやIETFが発行しているブログ(IETF Blog)情報から大まかな傾向が見て取れる。

IETFプレナリーの様子。近年は水曜日午後から開催される。チェアからの報告・受賞式などが行われ、1000人ほどが集まる大きなイベントだ。写真は、IETF 98(2017年3月、シカゴ)での様子

 そこで初回は、IETFが30周年を迎えた昨年(2016年)を中心に振り返り、その中でいくつかのトピックを簡単に紹介する。なお、各技術の詳細な動向については、この先の連載で個別に解説する予定である。

IoT分野でIPv6をワイヤレス転送するための技術検討

 まずは、最近注目のIoT関連。この話は2015年11月の話になるが、94回目のIETFが横浜で開催された(ちなみに、日本開催はこの横浜で2回、そして広島で1回開催され、アジア・パシフィック地域では最多の開催である)。このときに、直前の週に開催されたW3C(World Wide Web Consortium)との連携を深め活動を盛り上げることが発表されたほか、WGでセキュリティを義務化することを確認した。実際、IETFの一組織であるIAB(Internet Architecture Board)が主導し、IoTにかかわるワークショップを継続的に開催している。

 また、IoT基盤においてはIPv6技術を主にワイヤレス上で転送するための技術検討が進められ、ROLL、6LOなどのWGが存在するが昨年はこれらに加え、BoF(Bird of Feather:WGを立ち上げる前段階で開催される集まり)がいくつか開催された。例えば、LPWAN(Low-Power Wide-Area Network)、IPWAVE(IP Wireless Access in Vehicular Environments)といった具合で、これらは2016年11月開催のIETF 97(ソウル)で新WGとして活動を開始した。

セキィリティ、トランスポートにも大きな動きが~TLS1.3への期待とQUIC WG設立

 続いてはセキュリティ。2016年は、セキュリティイベントメッセージを交換する手法について検討をするSecurity Events(Secevent) WGが誕生した。また、TLSを第三者が終端する技術を検討するBoF Lurk(Limited Use of Remote Keys)が複数回、開催された。LURKはWGとして誕生はしなかったが、TLS 1.3への期待は大きく、2016年4月開催のIETF 95(ブエノスアイレス)では、ウェブブラウザーにTLS 1.3を実装する試みがIETF Hackathonを通じて行われた。

IETF Hackathonの1コマ。写真は、IETF 94(2015年11月、横浜)での様子。このときのレポートは、写真中央の内藤憲吾氏(NTTコミュニケーションズ株式会社)から報告(PDF)が上がっているので参照されたい。

 そして、トランスポートレイヤーにおいても大きな動きのあった1年であった。2016年は、UDP(User Datagram Protocol)を発展させたQUIC(Quick UDP Internet Connections)という新たなWGが設立されたが、これは従来のTCP/IPが中心であったインターネットモデルに対して、低遅延などの要求に伴い変化が求められた1つの結果であるとも言える。

 また、最近のIT業界でのトレンドでもあるデータセンター接続や仮想化ネットワーク構築に伴い、新たな伝送フォーマットの定義に関する議論も盛り上がった。例えば、サービスチェイニングを検討するSFC(Service Chaining Function)WGで検討されているNSH(Network Service Header)がその一例であるが、一方で多くの事業者が似て非なる提案を行うため、フォーマットが乱立。IETF 96(ベルリン)のプレナリーではシンプルに統一することも考えるべきというプレゼンテーション(「Keep it Simple The Cost of (too many) Standards」、PDF)も行われたほどだ。

運営面での課題も、ベンダーだけでなく多様な参加者層が求められる状況

 このように記すと、IETFで万事がうまく進んでいるようにも見えるが、IETFだけで進めるには課題も明確になった1年であった。この課題については、IETF 95におけるプレナリーでのプレゼンテーション(「IETF at 30: Plan for the Next 15」、PDF)またはドラフト(「IETF Trends and Observations」)にも記してあるが、以下の3つが挙げられる。

IETF 95(2016年)のプレナリーにて紹介された、これからの15年についての計画についてのスライド「IETF at 30: Plan for the Next 15」(PDF)。30周年である2016年を節目に、これからのあり方について課題提起を行った

 まず1つめは、collaboration toolを有効利用した進め方についてである。すでにIETF会合では、Jabberなどでのオンラインでの参加の場を提供してきたが、特に最近では、WebRTCなどを用いたツール(Meetecho)の充実により遠隔地からの参加をより容易にし、2016年は遠隔地からの参加が急増した年でもあった。また、多くのWGではGitHubを導入し、インターネットドラフトやコードの更新が柔軟に進められる環境を提供し、実際にどうWG活動に反映するか議論も始まった。

 一方で、遠隔地参加によりコミュニティとしての一体感が損なわれるというリスクもあるので、このようなツールをどう有効活用するかということを問われる状況にもなった。

リモート参加者向けに提供されるMeetechoのスタート画面(例:Meetecho @ IETF98)。ここから各WGの議論にリアルタイムにリモート参加ができ、意見・コメントなども出すことができる

 2つめは、オープンソースまたはオープンソース団体への付き合い方である。これまでIETFでは、“We reject kings, presidents and voting; we believe in rough consensus and running code.”という言葉に基づく標準化プロセスで進められ、Running Codeの重要性を謳ってきた。この思想は、以前から開催されているCode sprintというプログラミングを行うセッションのほか、最近では会合直前に開催されるIETF Hackathonにも反映され、多くのインターネットドラフトにかかわった実装が行われ発表されている。

 ところが、Open Sourceによる開発のスピードは近年ますます加速され、IETFをしてもそのスピードについていけているか不安視する意見もあるほどだ。最近では、IETFとは異なる多くのOpen Source Communityからの成果の紹介に場になっているところも少なくない。こういう環境の中でのIETFでの立場が問われていることも事実だ。

 最後、3つめのポイントは、より広い参加への呼び掛け、または技術に拘らないIETFとしての認知の向上についてである。IETF会合の実参加者は1つの会合あたり1000人以上と比較的大規模にも見えるが、実はベンダーが中心であり、オペレーターはもちろんエンドユーザーまでより多様な参加者層が求められるという意見も聞こえている。

 以上、簡単ではあるが、2016年を中心にIETFの主な出来事を振り返ってみた。技術的な動向については、この先の連載で個別に解説する。

「IETF報告会(98thシカゴ)」5月12日に都内で開催

今年3月下旬にシカゴで開催された第98回IETFミーティング(IETF 98、本記事冒頭の写真参照)における旬の話題や議論の動向を解説するセミナー「IETF報告会(98thシカゴ)」が、ISOC-JPと一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の共催により、5月12日に開催される。会場は、JPNIC会議室(東京都千代田区内神田)。参加費は無料で、5月11日17時まで参加申し込みを受け付けている。