インボイス制度に備える

「インボイス制度」で税負担が増える!? 年商1000万円以下の個人事業主への影響を考える

辛そうに納税する人のイラスト(「いらすとや」より)

 2023年10月1日に施行される「インボイス制度」に備えようという本シリーズ。前回は「インボイス制度とは何か」「なぜ制度が必要になったのか」といったあたりを、消費税の仕組みを踏まえて解説した。今回は、同制度の開始に伴う事業者への影響や、インボイス(適格請求書)を発行するために必要な手続きについて学んでいこう。

[目次]

  1. 消費税と密接に関わる「インボイス制度」。どんな仕組みか基本を学ぶ(別記事)
  2. 「インボイス制度」で税負担が増える!? 年商1000万円以下の個人事業主への影響を考える(この記事)
  3. 個人事業主が「適格請求書」を発行すべきどうか、会計ソフトベンダーの「弥生」さんに聞いてみた(別記事)

※この記事は、政府与党による「令和5年度税制改正大綱」が決定・発表される前に取材・執筆したものです。同大綱では、売上規模の小さい事業者を対象に、インボイス制度の開始に伴う課税負担・事務負担を軽減するための経過措置を講ずる方針が示されました[*1]。それら最新動向を踏まえた解説記事は追って後日、あらためて掲載する予定です。

今はもう「インボイス制度」完全施行に向けた準備期間

 インボイス制度(正式名称「適格請求書等保存方式」)は、非常に複雑な制度となっており、その導入にあたっては極めて慎重、かつ長期的視野での準備が進められてきた。

 インボイス制度が施行される2023年10月1日の実に4年前、2019年10月1日には、消費税が10%になったのと同時に「区分記載請求書等保存方式」が始まっており、現段階でも、同方式のもとで請求書・領収書を発行しなければならない。

 ただ、区分記載請求書等保存方式は、インボイス制度と比べると(あえて申し上げるが)規程は緩い。請求書には、10%・8%の税率ごとに区分された金額を書くだけでよく、もし記載がなくても、なんと請求書を受け取った側が自ら追記してもよい。また、消費税を実際に納税しているかどうかに関係なく、発行できる。

 しかし、2023年10月1日からのインボイス制度でこれは激変する。その日以降は、要件を満たした「適格請求書」でなければ、消費税の「仕入税額控除」が適用されなくなることはすでに前回述べた。

 では、適格請求書を発行できない/発行してくれない事業者としか取引していない会社は、その日から仕入税額控除がゼロになるのかと言えば、それもまた違う。制度の激変を緩和するための措置として、2023年10月1日から2026年9月30日までの3年間は、仕入税額の80%に相当する額を、また、2026年10月1日から2029年9月30日までの3年間は、同50%を控除できることとなっている。

消費税の仕組み(弥生が公開中の特設サイト「2大改正あんしんガイド」より。同サイトでは、小規模事業者向けに、2つの大きな法令改正――「適格請求書等保存方式(インボイス制度)」と「改正電子帳簿保存法」の理解促進・対策準備のための情報をまとめている)

 例えば、小売店が販売目的で商品を2200円で仕入れたとする。このうち200円が消費税10%分に相当する。この取引で発行された請求書が「適格請求書」であるなら、丸々200円を消費税計算時に控除できる。

 しかし適格請求書ではない場合、そして取引が2023年10月1日以降に行われたなら、控除額200円の80%にあたる160円に限って、消費税計算から控除してよい。控除が0円になるのと比べれば、遥かにマシだ。そして、同じ取引が2026年10月1日以降に行われたなら、控除できる額は200円の50%にあたる100円に減る。

 「区分記載請求書等保存方式」「80%控除」「50%控除」は、どれもインボイス制度の導入に伴う経過措置として扱われており、これらの期間を通算すると10年に及ぶ。逆に言えば、それくらいの時間がなければ制度が定着しないし、何より混乱が起こるだろうと国は考えているわけだ。

問題の核心:年間売上1000万円以下でも、消費税の納税が“事実上”義務化!?

 インボイス制度の影響範囲は広範だが、立場によって対応の難易度が変わってくる。

 すでに毎年欠かさず消費税を納税している事業者への影響は、比較的、軽微だと考えられる。仕入税額控除の仕組みを理解していなければ、そもそも消費税が申告できない。インボイス制度対応の会計システムを準備したり、運用ルールを策定するなどの準備は必要だが、それ以外は後述する「登録番号」を請求書に記載する程度の変化にとどまる。

 これに対して、消費税の納税義務が免除されていた小さな企業や個人事業主への影響は極めて甚大だと考えられる。正直なところ、この記事が企画されたのも全て、この部分に起因するといってよい。それくらい、インボイス制度に伴う変化の核心部分なのだ。

 そもそも消費税は、課税期間(通常は毎年1月1日~12月31日)における課税売上高が1000万円以下の事業者は、納税義務が免除されている。

 例えば、個人事業主として働いているプログラマーが年500万円で仕事を請け負えば、取引先は消費税10%分の50万円をプラスした総計550万円を払ってくれる。一方で、仕事用PCや電気代など経費が110万円かかり、そのうち10万円が消費税だとするなら、50万円から10万円を差し引き、40万円を消費税として納税するはずだが、そうしなくてもよい。すなわち、50万円を丸々、手元に残しても法的には問題がないのである。繰り返しになるが、年間売上が1000万円以下であれば消費税の納税義務が免除されているからだ。

 売上が年1000万円以下の人にとって、この50万円にどれだけ価値があるかは言うまでもないだろう。それこそ「50万円が懐に残る」との前提で、家賃やローンの支払いを計画していてもおかしくない。これが「益税」と呼ばれる存在で、徴税上、問題視されてきた。

 インボイス制度はここに一石を投じる。2023年10月1日以降、このプログラマーに仕事を発注している事業者は、仕入税額控除に必要な「適格請求書」の発行を求めてくることも考えられる。だが、適格請求書を発行できるのは「適格請求書発行事業者」だけ。そして、適格請求書発行事業者になるには、消費税を納税することが大前提となる。

 つまり、件のプログラマーが適格請求書発行事業者となれば、手元に残るはずのお金が(今回の例では)年40万円減る[*2]。かなり残酷な現実だが、もしプログラマーがこれを嫌って適格請求書の発行を拒否したら、企業は果たして取引を継続してくれるだろうか。

 ここでは、プログラマーを例に挙げたが、インボイス制度は特定の事業・業種だけに限ったものではない。原則として全ての製品・サービスの取引に消費税は課税されるからだ。よって、街のお店の経営者、個人で活動するアーティストやパフォーマー、工事現場で活躍する一人親方まで、ありとあらゆる分野が対象となる。

適格請求書に必要な「登録番号」を取得すると、消費税の納税が義務になる

 ここで「適格請求書発行事業者」について確認しておこう。消費税の仕入税額控除に欠かせない「適格請求書」は、誰もが無条件に発行できるものではない。企業や個人事業主が任意で、管轄する税務署に対して「適格請求書発行事業者」の登録申請を行わなければならない。

 そして、この申請が受理されて以降は、原則全ての適格請求書発行事業者において、消費税の納税が免除される規定がなくなる。この事実がとにかく重く、例えば年間売上100万円の超零細企業であっても消費税の納税が義務になる。

 また、適格請求書発行事業者になった企業・個人事業主に対しては、専用の「登録番号」が割り当てられる。この番号は適格請求書に記載すべき必須要件の1つ。つまり、経理担当者が請求書を見て、登録番号が書いていなければその時点でもう「あ、これは適格請求書じゃないので仕入税額控除できないね」と判断できる。

 登録番号は「T+13桁の数字」で表される。また、会社の設立登記などをすでに行って「法人番号」を取得している場合、その法人番号の頭に「T」を付け加えた文字列が、適格請求書発行事業者の登録番号になる。

 インボイス制度の施行は来年2023年の10月1日だが、発行事業者登録の受付は昨年2021年の10月1日に開始されており、すでに番号の割り当ても始まっている。

適格請求書の記載事項(国税庁が公開している「適格請求書等保存方式(インボイス制度)の手引き」令和4年9月版より。詳細は、同手引きを参照のこと)

 「T+13桁の数字」が請求書に書いてあったとして、それが本当に有効な登録番号であるのか? それを確認する方法もある。国税庁が「適格請求書発行事業者公表サイト」で登録番号の検索機能を提供。番号を検索すると、問題なく登録されているか、あるいは登録が取り消されたかなどが分かる。

 適格請求書発行事業者として一度登録したあと、これを取り消す(=適格請求書を発行しないことにする)という手続きも存在する。取り消したとはいえ、「T+13桁の数字」は世に残るため、その正当性を確認するためには「適格請求書発行事業者公表サイト」が使われる。

 ここまで2回にわたって、消費税の仕組み、インボイス制度の概要、適格請求書を発行するために必要な手続きまでを解説した。かなり複雑だが、ここまでを理解していただいたうえで、「じゃあ、どうすればいいの?」「いつまでに何をやればいいの?」といったあたりは、次回をご覧いただければ幸いだ。

[*1]…… 令和5年度税制改正大綱(令和4年12月16日 自由民主党 公明党)
https://storage.jimin.jp/pdf/news/information/204848_1.pdf

この中で、インボイス制度施行に際しての基本的な考え方として新たに示されことは以下の通り。

① インボイス発行事業者となる免税事業者の負担軽減
 これまで免税事業者であった者がインボイス発行事業者になった場合の納税額を売上税額の2割に軽減する3年間の負担軽減措置を講ずることにより、納税額の激変緩和を図る。この措置により、簡易課税制度の適用を受ける場合に比べ、更に事務負担が軽減される。

② 事業者の事務負担軽減
 インボイス制度の定着までの実務に配慮し、一定規模以下の事業者の行う少額の取引につき、帳簿のみで仕入税額控除を可能とする6年間の事務負担軽減策を講ずる。加えて、振込手数料相当額を値引きとして処理する場合等の事務負担を軽減する観点から、少額の返還インボイスについて交付義務を免除する。

 これらの取組みを着実に進めつつ、制度への移行に当たり混乱が生じないよう万全の準備を進める観点から、改めて政府内の関係府省庁で連携して必要な体制を構築し、予算による支援措置や負担軽減措置を丁寧に周知する。こうした取組みも含め、引き続き、事業者が抱える問題意識や課題を、業界や地域ごとに丁寧に把握しながらきめ細かく対処していく。加えて、令和5年3月31日の登録申請の期限について柔軟な対応を行う。その上で、令和5年10月のインボイス制度移行後においても弾力的な対応に努めるとともに、新たな課題が生じた場合には、必要に応じて柔軟に対応策を講じていく。

令和5年度税制改正大綱> 第一 令和5年度税制改正の基本的考え方等 > 5.円滑・適正な納税のための環境整備 > (1)適格請求書等保存方式の円滑な実施について より

また、そのための税制改正の具体的な内容として示されたことは以下の通り。

(1)適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置

① 適格請求書発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間において、免税事業者が適格請求書発行事業者となったこと又は課税事業者選択届出書を提出したことにより事業者免税点制度の適用を受けられないこととなる場合には、その課税期間における課税標準額に対する消費税額から控除する金額を、当該課税標準額に対する消費税額に8割を乗じた額とすることにより、納付税額を当該課税標準額に対する消費税額の2割とすることができることとする。
(注1)上記の措置は、課税期間の特例の適用を受ける課税期間及び令和5年10月1日前から課税事業者選択届出書の提出により引き続き事業者免税点制度の適用を受けられないこととなる同日の属する課税期間については、適用しない。
(注2)課税事業者選択届出書を提出したことにより令和5年10月1日の属する課税期間から事業者免税点制度の適用を受けられないこととなる適格請求書発行事業者が、当該課税期間中に課税事業者選択不適用届出書を提出したときは、当該課税期間からその課税事業者選択届出書は効力を失うこととする。

② 適格請求書発行事業者が上記①の適用を受けようとする場合には、確定申告書にその旨を付記するものとする。

③ 上記①の適用を受けた適格請求書発行事業者が、当該適用を受けた課税期間の翌課税期間中に、簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を納税地を所轄する税務署長に提出したときは、その提出した日の属する課税期間から簡易課税制度の適用を認めることとする。

④ その他所要の措置を講ずる。

(2)基準期間における課税売上高が1億円以下又は特定期間における課税売上高が5,000万円以下である事業者が、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間に国内において行う課税仕入れについて、当該課税仕入れに係る支払対価の額が1万円未満である場合には、一定の事項が記載された帳簿のみの保存による仕入税額控除を認める経過措置を講ずる。

(3)売上げに係る対価の返還等に係る税込価額が1万円未満である場合には、その適格返還請求書の交付義務を免除する。
(注)上記の改正は、令和5年10月1日以後の課税資産の譲渡等につき行う売上げに係る対価の返還等について適用する。

(4)適格請求書発行事業者登録制度について、次の見直しを行う。

① 免税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請書を提出し、課税期間の初日から登録を受けようとする場合には、当該課税期間の初日から起算して15日前の日(現行:当該課税期間の初日の前日から起算して1月前の日)までに登録申請書を提出しなければならないこととする。この場合において、当該課税期間の初日後に登録がされたときは、同日に登録を受けたものとみなす。

② 適格請求書発行事業者が登録の取消しを求める届出書を提出し、その提出があった課税期間の翌課税期間の初日から登録を取り消そうとする場合には、当該翌課税期間の初日から起算して15日前の日(現行:その提出があった課税期間の末日から起算して30日前の日の前日)までに届出書を提出しなければならないこととする。

③ 適格請求書発行事業者の登録等に関する経過措置の適用により、令和5年10月1日後に適格請求書発行事業者の登録を受けようとする免税事業者は、その登録申請書に、提出する日から15日を経過する日以後の日を登録希望日として記載するものとする。この場合において、当該登録希望日後に登録がされたときは、当該登録希望日に登録を受けたものとみなす。
(注)上記の改正の趣旨等を踏まえ、令和5年10月1日から適格請求書発行事業者の登録を受けようとする事業者が、その申請期限後に提出する登録申請書に記載する困難な事情については、運用上、記載がなくとも改めて求めないものとする。

令和5年度税制改正大綱> 第二 令和5年度税制改正の具体的内容 > 四 消費課税 > 1 適格請求書等保存方式に係る見直し より

[*2]…… 政府与党が発表した「令和5年度税制改正大綱」では、「これまで免税事業者であった者がインボイス発行事業者になった場合の納税額を売上税額の2割に軽減する3年間の負担軽減措置を講ずる」との方針が示された(その基本的な考え方と具体的な内容は、上記注釈[*1]を参照)。