インボイス制度に備える

「デジタルインボイス」がもたらすメリットとは? デジタル庁とベンダー4社が普及に向けて議論

パネルディスカッションの模様(本稿では、主催者提供のオフィシャル画像素材を使用しています)

 請求書のデジタル化に関する日本向け規格「Peppol BIS Standard Invoice JP PINT Version 1.0」が10月28日に正式公表された。今後、会計・金融などさまざまな分野で同規格に対応した製品のリリースが進むとみられる。デジタルインボイス推進協議会(EIPA)が同日に開催したパネルディスカッションでは、JP PINT対応製品のリリースを計画しているベンダーと、JP PINT策定に携わったデジタル庁の関係者が登壇。JP PINTへの期待、そして課題について議論した。

「日本版Peppol」が正式決定、国内ベンダー企業はどう見ている?

 パネルディスカッションは、EIPA主催によるイベント「請求から『作業』をなくそう。~今だから考えるデジタルインボイスの利活用~presented by デジタルインボイス推進協議会(EIPA)」の中で開催された。2023年10月のインボイス制度施行を前に、請求書のデジタル化=デジタルインボイスによって、法令対応と業務効率化を同時に実現しようという観点から、講演などが行われた。

 これまで請求書といえば、紙で印刷したものを郵送したり、あるいはPDFにして電子メールで送信するのが一般的だった。こうした作業を、発行から取引先との送受信まで含めて全てデジタル化しようというのが、EIPAおよび会員各社の考えだ。

 すでに世界では、デジタルインボイスの動きは広がっている。このほど公表されたJP PINTは、欧州の「Peppol」規格をベースにしたものだ。

 パネルディスカッションでは、日本における請求の実務を分析しつつ、PeppolおよびJP PINTを日本でどう活用していくかが議論された。参加者は、株式会社インフォマートの中島健氏(代表取締役社長)、株式会社マネーフォワードの山田一也氏(執行役員 マネーフォワードビジネスカンパニー CSO)、株式会社TKCの富永倫教氏(執行役員 企業情報営業本部 本部長)、株式会社ROBOT PAYMENTの藤田豪人氏(執行役員 フィナンシャルクラウド事業部長)。

 モデレーターはデジタル庁の加藤博之氏(国民向けサービスグループ 企画調整官)が務めた。

デジタル庁の加藤博之氏(国民向けサービスグループ 企画調整官)

――基調講演でお話がありましたが、デジタルインボイスによってさまざまな業務が変わっていくと思います。まずは会計の分野ではどうなっていくのか。本日のメンバーでいきますと、TKCの富永さんにお聞きしたいのですが、いかがですか?

富永氏: 仕訳データとの連携が当たり前になる世界、というのをまずは目指しています。一昔前、会計における仕訳は手書きでやっていたわけですが、今はコンピューター入力が当たり前になりました。デジタルインボイスが届けば自動で仕訳されるというのが普通になるような製品が登場してくると思います。

株式会社TKCの富永倫教氏(執行役員 企業情報営業本部 本部長)

 また、仕訳の自動化によって作業負担が減りますが、それ以上に、仕訳データの粒度が上がることによる効果も大きいと考えています。月締めの請求が都度請求になったり、合計額請求だったものが商品単位請求になったり。結果、会計データがリッチになりますので、経営に役立つデータがより多く蓄積できるようになるでしょう。

 TKCでは、Peppolインボイスを仕訳データに変換するにあたっての特許も取得しました。年内には対応製品をリリースすべく、頑張っています。

――仕訳の自動化はデジタルインボイス導入効果の中でも軸になる部分ですね。では、受領した請求書をもとにした「振込」の作業はどう変わっていくでしょうか。 マネーフォワードの山田さん、いかがでしょう?

山田氏: Peppolによってデジタル化されると、それまで紙の請求書をOCR処理していたのと比べてデータ精度が圧倒的に高くなります。100%正確なデータとなれば、銀行APIと連携して振込まで自動化することも可能になるでしょう。

 中小企業ですと、資金繰りにも好影響が出るかもしれません。例えば、支払いデータが蓄積されていくと、ベンダーはそのデータを元に与信して、法人版リボ払いのようなサービスも提供できるかもしれません。

株式会社マネーフォワードの山田一也氏(執行役員 マネーフォワードビジネスカンパニー CSO)

――業務効率化が改善するのは当然として、そこでさらにプラスの価値・機能を提供できるということですね。今のお話は請求書を受け取る側のものでしたが、送る側のメリットも恐らく出てきますよね?

藤田氏: 企業と消費者の取引、いわゆるB2Cの領域では買い手(消費者)側が決済手段を選択します。現金なのか、クレジットカードなのか、といった具合です。しかしB2B、企業間取引の世界では、支払い方法を売り手が決めます。これは、紙の請求書を軸にした掛け売り・掛け買いでは、そうしないと取引の真実性が確保できないからだと考えられます。

 それがデジタルインボイスになると、(第三者から見ても)正しいデータが正しく送れるようになる。となれば、(実際の金銭を収受するまでもなく)デジタルインボイスだけで判断がつくようになる。個人なら「今月は現金が少ないからクレジットカードで買っておこう」というのはよくあると思いますが、企業でもそうした行動がとれるようになるでしょう。

――ところで「デジタルインボイス」というと、何か全く新しい概念のように聞こえますが、それってもうEDI(編注:電子データ交換。注文処理などを企業間などで処理するための仕組みで、業界別・業種別に構築されていることが多い)ならできているよね?という指摘はよくあるところです。インフォマートはデジタルインボイスの登場以前から、まさに企業間取引プラットフォームを独自に作られていますが、その立場からすると、Peppolをどうご覧になっていますか?

中島氏: 確かに弊社では、デジタル化された請求書サービスを80万社以上のお客様にご利用いただいています。そういう状況ですから「わざわざPeppol対応サービスを作る必要がないのでは?」「利用客が減るんじゃない?」といった質問はよくされます。でも、それは違う。Peppolには弊社にとっても期待のサービスです。

 というのも、インフォマート1社で日本全国全ての会社の取引を囲い込むのは現実的ではないからです。ただ、他社プラットフォームとデータをやり取りできないのは単純に言って不便です。ですから、それを繋ぐPeppolが普及していくのは間違いないでしょう。

 こう考えるに至ったのは2019年、スウェーデンとイタリアへ視察にいったときの強烈な体験が原点です。Peppolに関する取り組みを現地企業にいろいろ聞きました。Peppolは制度としては便利ですが、ベンダーから見ると顧客流出にも繋がりかねない。それでもなぜPeppolを推進するのか聞くと「当たり前だろう。顧客がハッピーになるのだから。それとも、日本の携帯電話は会社が違うと番号が繋がらないのか?」と言われまして……。ベンダーがPeppolに繋げるのは必然ですし、インフォマートももちろんやっていきます。

――(オープンなネットワークというのは)重要な視点ですよね。標準化の議論になると、同じフォーマットやテクノロジーを全社が使うのか、という話になりがちです。そうではなく「繋がる」ことがまず重要であって、各社のサービスはそのままでもよい。これは2年前の段階でも、関係者の間ですごく共感されていたと思います。

目指せ400万社!「JP PINT」普及の鍵を探れ

――ここからは皆さんにちょっと質問をしていきます。今、中島さんから「繋がる」ことの重要性が指摘されましたが、規格としてのPeppolを見ると、その接続には「アクセスポイント」を経由することになります。TKCはすでにアクセスポイントの認証を受けていますが、それは自社のサービスのため?

富永氏: TKCでは税理士の皆さんと協力して中小企業を広くサポートしています。Peppolへのアクセスは社会的インフラと捉えておりますから、外部の企業にもぜひご利用いただきたいと考えています。

――インフラである以上、広がりや、利用者をどれだけ増やせるかが重要ですね。そのためには「デジタルインボイスを発行する企業」を増やす必要があると感じています。そのための工夫って、何かもう一声ありませんか?

藤田氏: 請求書って、同じ会社でも発行部署によって微妙に書式が違っていたりして、マージがなかなか難しいんですよね。これが今後、インボイスの登録番号によって簡単に統合処理できるようになります。消込の管理もすごく楽になるでしょう。例えば「この番号の会社は必ず3日、支払いが遅れるな」「遅れてはいるけど、いつも通り3日遅れだから逆に安心」とか。

 一方、日本では“BNPL”と呼ばれるような新手の金融サービスの立ち上がりが遅いと言われますが、これはマネーロンダリング対策の複雑さが一因とされます。お金の流れがデジタルインボイスで分かりやすくなれば、それはマネーロンダリングの抑止にもなる。企業経営にあたっての資金の選択肢も増えるでしょうから、これもデジタルインボイス普及によるメリットかと思います。

株式会社ROBOT PAYMENTの藤田豪人氏(執行役員 フィナンシャルクラウド事業部長)

――Peppolの枠を越えた、かなりスケールの大きな話です。でも、藤田さん、山田さんのお話を聞くと、「正確性」はPeppolのキーワードかもしれません。ただ、それだけデジタルインボイスの発行に利があっても、やはり「紙の請求書ください」みたいな話は、完全にはなくならないでしょうね。

山田氏: 確かに、業務ツールと金融ツールの間に分断はあります。その垣根をなくすことが弊社の使命だと考えていてます。

――インフォマートのサービスは、デジタルインボイスの目指す世界をすでに80万社に提供されています。JP PINTもそれくらいの規模になれるといいのですが……。

中島氏: JP PINTはその規模を超えると思います。ただ、規格を決めたらそれだけで上手くはいきません。これからが大変なのは間違いないです。われわれのノウハウでいくと「電子で受け取るのはイヤだ」という方をどうするか、そこが核心です。

 人は変化を嫌うもので、良くなると分かっていてもなかなか進められない。弊社も20年以上サービスをやっていますが、そこで本当に苦労しました。それこそ説明会を繰り返し実施したり、浸透するための仕組みを作らないといけません。国とベンダー協力してやっていき、そうですね……400万社を目指しましょう!

株式会社インフォマートの中島健氏(代表取締役社長)

――これで私も部署で大きい顔ができます(笑)。本日は皆さんありがとうございました。