俺たちのIoT

第23回

衣服のIoTが「洗濯」という難敵を解決するには?

 IoTは最先端技術としてではなく、私たちの身の回りにも少しずつ普及が進んでいます。日本では生活に欠かせない存在を表す「衣食住」という言葉がありますが、このうち「食」は料理IoT、「住」はスマートホームとして紹介してきました。今回は「衣」である衣服のIoT化について考えてみましょう。

「ウェアラブルデバイス」として普及する衣服のIoT

 衣食住の中でも、衣服に関するIoT化は比較的普及が進んでおり、「ウェアラブルデバイス」という名前でいくつものIoT製品が登場していますが、ウェアラブルデバイスは「日常生活の中で利用するかどうか」という利用シーンに応じて大きく2つに分類できます。

 体に装着するデバイスという意味では、VR(Virtual Reality)などの用途に使われるヘッドマウントディスプレイもウェアラブルデバイスですが、外の様子が一切見えなくなるヘッドマウントディスプレイは、映画やアトラクション体験に使うことはあっても、外出中に取り出して使うようなデバイスではありません。

 VRのほかにも、現実の世界に付加情報を表示するAR(Augmented Reality)、現実と仮想の世界を混在して表現するMR(Mixed Reality)といった技術もあります。これらのデバイスであれば、外出時などに装着することも技術上は可能ではあるものの、こうしたゴーグル型のデバイスを装着して日常生活を過ごすことは、まだ一般的とはいえないでしょう。

 今回取り上げるのはVRを含めた広義のウェアラブルデバイスではなく、「衣食住」という日常生活の中で使うことを目的として、日常生活で使われる衣服のIoT化について考えてみます。

衣服のIoTの強敵は「洗濯」(水・衝撃・熱)

 日常生活で身の回りにあるものをIoT化していくにはいくつもの課題がありますが、その中でも衣服のIoT化には大きな強敵がいます。それは「洗濯」です。

 最近では防水機構を備えたデバイスも増えていますが、それでも洗濯機の中で洗えるほどの防水機構は備えていません。防水の等級を表すIP(International Protection)コードという規格では、最も高い8級でも「継続的に水没しても内部に浸水しない」という基準になっており、水中で激しい衝撃を受けるようなシーンは当然のことながら想定されていません。

 また、洗濯した衣服は自然乾燥だけでなく、時には高熱を発するアイロンで乾かすこともあります。最近では乾燥機一体型の洗濯機も多く、大量の水の中で回転して衝撃を与えられた上でさらに高熱で乾燥するという、ハードウェアの大敵とも言える「水」「衝撃」「熱」に対抗しなければいけないという点が、衣服のIoT化における一番の難敵と言えるでしょう。

IoT化しやすい「腕時計型」にも課題が

 こうした課題を解決する1つの方法が「洗濯を必要としない」もののIoT化です。代表的な例が「Apple Watch」「Android Wear」「Fitbit」といった腕時計型のIoTデバイスです。衣服と異なり、アクセサリーは洗濯の必要がないため、汗や急な雨程度の防水を備えていれば十分であり、洗濯機の衝撃や乾燥機の高熱を考える必要はありません。

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 IoTのウェアラブルデバイスとしては腕時計が主流になっており、街の中で見かける機会も増えてきました。もともと「腕時計」という文化があったからこそ、腕にガジェットを装着すること自体はさほど違和感もなく受け入れられているのかもしれません。腕時計以外にもイヤリングやネックレス、ネクタイピンといった洗濯の必要がないアクセサリーであれば、IoT化が進めやすいでしょう。

 一方、こうしたアクセサリー類の課題は重量です。腕時計やイヤリング、ネックレスなどはサイズが非常に小さく、その中に通信機能やバッテリーなどを搭載する必要があるため、重量と機能のバランスが非常に難しい製品です。Apple WatchやAndroid Wearといった高機能なウェアラブルデバイスは、バッテリーが長くても1、2日程度しか持ちませんが、1週間以上持つようなスマートウォッチは、腕につけるには不向きな重さになってしまうでしょう。他のIoT機器よりも重さの概念が重要になるのがウェアラブルが持つ特徴の1つです。

着衣型では「外付けIoT」が当面の解決策か?

 こうしたアクセサリーに加えて、人が着衣する衣服もIoT対応が徐々に進んでいます。こうした衣服のIoTは、選択という大きな壁に対して、洗濯できない機器類を取り外しできる機構とすることで対応することが1つの手法となっています。

 「BioMan」は、心拍計機能を備えたシャツです。シャツには心拍数を計測するためのスチールファイバーが埋め込まれており、さらに心拍センサーを装着することで心拍を測定することができるようになります。洗濯の際はセンサー部を取り外す必要はありますが、シャツはそのまま洗濯することができます。

 東レがNTTグループと開発した「hitoe」も、シャツに電気を通す高分子化合物である導電性高分子が使われており、着るだけで体から発している微弱な電気信号である生体信号を収集することができます。NTTドコモではhitoeに対応した「hitoeトランスミッター」というデバイスを提供しており、hitoeで取得した情報をスマートフォンへ転送することができます。

「hitoeトランスミッター」

 GoogleとLevi Straussが開発した「Project Jacquard」は、センサー機能を埋め込んだジャケットで、袖口に専用端末を装着することで、スマートフォンの操作をジャケットの袖で行なうことができます。2017年秋の発売が予定されており、製品のコンセプトムービーもYouTubeで公開されています。

 VRの世界でもこうしたウェアラブルの取り組みは行なわれています。Xenomaの「e-skin」は、センサーを内蔵したスーツで、装着した人の動きをデータとして取得し、VRの世界で反映することができます。この製品はKickstarterでのクラウドファンディングが行なわれ、先日、目標を達成したばかりです。

 繰り返しながらIoTデバイスのみならず電気を用いる電化製品にとって洗濯は非常に大きな難敵ではあり、洗濯機で洗える家電製品というのは当面相当に難しいでしょう。しかし以前に紹介した「外付けIoT」のような外付け型のIoTが当面の間、活用されることでしょう。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」