第428回:ついに日本上陸を果たした「Pogoplug」
Cloud Engines社CEOに聞く「パーソナルクラウド」の狙い


 2月4日から国内での販売がスタートしたCloud Engines社の「Pogoplug」。そのコンセプトとして掲げる「パーソナルクラウド」とは何なのか。日本市場への取り組みや今後の展開は――来日したCloud Engines社CEO(最高経営責任者)のダニエル・プッターマン(Daniel Putterman)氏とCTO(最高技術責任者)のブラッド・ディートリッヒ(Brad Dietrich)氏に話を聞いた。

広い層を見据えた日本での販売戦略

2月2日の記者発表会で、「iPhoneの発売が開発のきっかけ」と語ったCloud Engines社CEO ダニエル・プッターマン(Daniel Putterman)氏

 おそらく、多くの人が思っている以上に、Cloud Engines社の「Pogoplug」という製品は深く、そして魅力的な製品だ。

 2月2日、Pogoplugの発表会の後、同社CEOのプッターマン氏とCTOのディートリッヒ氏に話を聞き、あらためてそう感じた。

 Pogoplugについては、本コラムでも以前にレポートしたが、基本的にはUSB HDDをNAS化することでパーソナルクラウドを実現する製品だ。

 Pogoplugに接続したUSB HDDを、場所を問わずに、ローカルドライブのように扱えたり、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンからHDDのデータを参照したり、インターネット上のファイル転送サービスのように大容量のデータの送信に利用できたり、USB/ネットワークプリンタにドライバレスで印刷したりと、さまざまな機能を備えている。

 「クラウドとは、少々、大げさな……」と思う人もいるかもしれないが、このあたりのコンセプトについてはプッターマン氏が記者発表会で開発経緯を紹介、本誌でもニュースでお伝えしているが、iPhoneの発売がきっかけになって開発が始まった。

 発表会当日もプッターマン氏はiPhone4を手にしていたが、“月額費用なし・容量制限なしで、スマートフォンから使えるパーソナルなオンラインストレージ”というのが、今のPogoplugのパーソナルクラウドというコンセプトにつながっている。

サービスやiPhoneアプリなどは無料で提供され、PogoPlugを購入すれば、追加費用は一切かからない。HDDを増設すれば容量も自由に増やせる接続は驚くほど簡単だ。PogoPlug本体に装備されたNAT越えなどの技術が簡単接続を支える

 とは言っても、まだわかりにくい部分も多い。このあたりについてプッターマン氏に聞いてみた。まずは、この製品がターゲットとしている顧客層についてだが、「私個人としては、クリエイティブプロフェッショナルやプロシューマーと呼ばれる層の人々にフィットする製品だと考えていますが、まずは、より広いコンシューマーをターゲットとして日本で製品を展開します。ただし、これはマーケティング戦略上の話であり、製品の機能としてはSOHOや中小といったビジネスシーンでもそのまま使えますので、将来的な展開を考えています」とのことだ。

 確かに、実際に使ってみる限り、このPogoplugは、筆者のようなフリーランスの層には実にありがたい製品だ。原稿や写真、動画などの素材の受け渡し、評価用ソフトウェアのやり取りにおいて、これまで支払ってきた月額料金、容量制限の壁、アップロード時間のロスをすべてPogoplugが取り除いてくれた。もちろん、同じ悩みを抱えている人は少なくないはずなので、ターゲットとしては、まずは広くとらえることにしているのだろう。

 実際、海外での販売についても、「現状はコンシューマー層の伸びが高くなっています。大手量販で販売するなどのマーケティングが功を奏しているとも言えますが、Pogoplug自体がコンシューマー層にとって、もっとも良いソリューションになっていることは間違いありません(プッターマン氏)」とのことだ。

 ちなみに、国内での販売についても、ソフトバンクBBとの提携の効果も大きく、大手家電量販店、そしてAmazon.co.jp(2月17日から販売予定)での扱いとなっている。海外製、それも規模の小さな企業の製品としては、異例の広い販売体制と言って良いだろう。

日本向けの機能やサポート~サーバーを国内設置でアクセスを快適に、DTCP-IP対応も検討

CEOのプッターマン氏。日本市場参入にあたり、日本国内でのサーバー設置をはじめ、快適に利用できるようさまざまな準備を進めてきた

 次に、日本での展開におけるさまざまな施策について聞いてみた。「私たちは、今回のPogoplugの発売において、日本に適切に導入することにさまざまな努力をしてきました。ユーザーインターフェイスの日本語化、インフラの整備、さまざまな安全基準への対応。製品によっては、海外性のパッケージに日本向けのステッカーを貼っただけのものもありますが、そのような製品とは一線を画すものとなっています(プッターマン氏)」と言う。

 個人的には、まだおかしな日本語が目に付くこともあるが、しかしながら、インフラ、つまりサーバーが国内に設置されている効果は非常に大きいと感じた。

 将来的な法人向けの展開を考えると、データは手元にあるとは言っても、海外のサーバーを経由することが導入の障壁になるケースもある。この点をあらかじめ考慮しているあたりはさすがだ。

 また、高速化のメリットもある。高速化と言っても、筆者のように海外製品を使っていたユーザーにしか意味のない違いではあるが、実は海外モデルは海外のサーバーを経由したアクセスとなるため、ファイル転送の際にダウンロードに時間がかかるなどの欠点があった。しかし、プッターマン氏によると「日本モデルは国内設置サーバーに接続されるため、海外製品を使う場合よりもアクセス速度が向上する」とのことだ。

 大きな動画ファイルを編集部宛に送った場合などに、「ダウンロードがちょっと遅い」と言われた経験があったが、日本モデルを利用することで、これが解消されるのは個人的に非常にありがたい。なお、どこのサーバーに接続するかは出荷時に設定されておりユーザーは変更できないため、海外からの輸入品は継続して海外サーバーへの接続となる。

 続いて、今後の日本展開に際して、日本独自の機能強化をする予定があるかどうかを聞いてみたところ、発表会の質疑応答でも触れていた「DRMコンテンツの配信への対応(DTCP-IP)のサポート」をプッターマン氏は挙げた。

 「Guessing」と言っていたので、あくまでも将来的な検討項目でしかないのだが、プッターマン氏、およびCTOのディートリッヒ氏は、最初に起業したMediabolic社でDLNA技術を手がけていただけに、特殊と言っても良い日本のDRM事情に非常に明るく、特にデジタル放送のネットワーク配信に対して非常によく研究しているようだ。

 また、すでにPogoplugに搭載されているメディアサーバー機能において、DTCP-IPを実装することを真剣に検討している様子だった。実際に導入されるかどうかは別として、通常、海外の製品担当者や技術担当者にDTCP-IPの話をしても、理解されない、もしくは話を真剣に聞いてもらえないケースが多いのだが、非常に前向きな検討がなされていることに、むしろ驚いたほどだ。

日本国内販売モデル。ボディカラーは黒だが、パッケージ外箱と、前面の接続を示すLED部分にイメージカラーのショッキングピンク(マゼンタ)を採用している日本における販売では、グループでiPhoneやIDC事業を持つソフトバンクBBと手を組んだ。図は発表会のソフトバンクBB資料より、日本市場でのロードマップ

 このほか、サポート体制についても聞いてみた。発表の通り、国内での販売はソフトバンクBBが提携しているが、製品のサポートについてはCloud Engines社自らが対応することになっている。

 プッターマン氏によると、「サポートについては、日本語を理解できる人員による対応を予定しています。当初はEmailの対応となりますが、電話での対応も近日中に整えられるように体制を構築中です」とのことだ。

 また、海外ではフォーラムによる質問やユーザー同士での交流が非常にさかんだが、これについても、時期は明確ではないものの日本での展開を検討している(プッターマン氏)とのことだ。

 正直なところ、当初はサポート体制が強力とは言えないが、本製品のセットアップは正直サポートなど必要ないほどに簡単にできるようになっている。さまざまな機能を活用したり、高度な使い方をしようとすると若干とまどうこともあるかもしれないが、導入初期に関しては十分に対応可能と言えそうだ。

独自の暗号化やプロトコルを実装

CTOのディートリッヒ氏。CEOのプッターマン氏とともにMediabolic社を起業した。Mediabolic社で培った経験と技術がPogoplugに活かされているという

 続いて、製品の機能について聞いてみた。まずは、競合との差がどこにあるのかを聞いてみた。最近では、NASやルーターにリモートアクセス機能やiPhone連携機能が搭載されることも珍しくなくなってきた。これらの機能との違いはどこにあるのだろうか?

 プッターマン氏によると、「そもそもの哲学に大きな違いがあります。NASは、FTPやSMB、リモートアクセスなど、既存の機能を組み合わせて外部からのアクセスを実現していますが、Pogoplugは外部からのアクセスというやりたいことを前提として、それに必要な機能を作り込みました。NASはそれぞれの機能が個別に存在し、ベースとなるソフトウェアの設計も古いものが採用されていますが、Pogoplugは1つの目的のために作り込んだ機能が密接に連携しています」と言う。

 実際、詳細に話を聞いてみて驚いたのだが、本製品ではサーバーとの通信に利用するプロトコルも独自に開発したと言う。最高技術責任者のディートリッヒ氏によると「iPhoneを手に入れた日から開発を始め、どんどん簡単に、どんどん使いやすくするためにさまざまな開発をしてきた」という。

 Cloud Engines社の創業は2007年だが、プッターマン氏とディートリッヒ氏は1999年にMediabolic社を起業。Mediabolic社は、デジタル家電品をネットワーク接続するためのミドルウェア開発などを手がけ、日本のバッファローも2005年にMediabolic社のSDK採用を発表するなど、DLNAメディアサーバーソフトなどで知られる。2007年にMediabolicはマクロヴィジョン(当時、現在はRoviに社名変更)に売却したが、そこで開発した技術は今もNAS製品やDLNA対応の家電品に数多く採用されている。

 「Mediabolic社での経験――家電をネットワークに接続するためのミドルウェアを開発した経験が、Pogoplugに活かされている。」(プッターマン氏)

 おそらく、この手の製品を使ったことがあるユーザーにしてみれば、既存の技術を組み合わせた組み込みLinuxと考えるかもしれない。もちろん、ベースはそうだが、実際にはNAT越えやサーバーとの連携、通信の暗号化など、あらゆる部分に独自技術が詰め込まれているとのことだ。

 これはセキュリティの確保にも大きく役立っている。プッターマン氏は、既存のオンラインストレージに比べて、Pogoplugのセキュリティ機能が優れている点について次のように紹介した。

 「一般的なクラウドストレージサービスの場合、セキュリティはログインするときのパスワードで保護されます。つまり、1つのレイヤーでしか保護されません。これに対してPogoplugは複数のレイヤーでセキュリティを確保します。Level1は、クラウドストレージと同じIDとパスワードです。ここまでは同じです。Level2は、暗号化です。ユーザー宅のPogoplugとサーバーの間の通信は独自の暗号化によって保護されています。そしてLevel3は、独自のプロトコルです。ユーザーはルーターのNATやファイアウォールの設定を一切変更する必要はありません。既存のリモートアクセスソリューションでは、ここがセキュリティ上のリスクになりかねませんが、Pogoplugではその心配がありません。最後のLevel4は、心理的な話で、技術的な話ではないのですが、万が一の場合にPogoPlugとHDDを接続しているUSBケーブルを抜くことで、物理的にネットワークから切り離すことができる。これも初心者層のユーザーにとっては心理的に大きな助けになっているようです」という。

 最後のケーブルを抜いて切り離せるという話は、半分冗談ととらえた方がよさそうだが、Pogoplugの通信の仕組みは実は非常に深い。実際、NASなどのリモートアクセスソリューションの最大の障壁であるルーターの設定が、Pogoplugでは一切不要というのも納得がいった。彼らは、いかに簡単に接続するか、いかにセキュアに接続するかを真剣に考えて、そのための機能をPogoPlugに実装している。個人的には、この点はもっとアピールした方がいいポイントなのではないかと感じた。

使ってみるのが近道

 このほか、OEM展開についても話を聞いてみた。CES2011でバッファローがPogoplugのソフトウェアを搭載したNASを展示していたが、今後、こういった展開が増えるのだろうか?

 プッターマン氏によると、「我々がもっとも重要視しているのはPogoplugを自分たちで販売すること。これが何よりの主要市場だと考えています。ただし、その近接市場、たとえばNASやルーターなどの市場ではパートナーと提携することも考慮しています。ただし、パートナーとの提携で重要なのは、クオリティです。パートナー企業が自社の製品の差別化を打ち出すためにPogoplugの技術を採用することはかまいませんが、それによってPogoplugのエクスペリエンスが損なわれるようなことは許可できません。このため、非常に限られたパートナーに限定的にOEM供給をする予定にしています」とのことだ。

 ちなみに、プラットフォームについては、現状はARMベースのCPUを採用しているものの、「プラットフォームを問わず、さまざまな機器で動作するように設計してあります(プッターマン氏)」とのことだ。今後、パートナーがどこになるかはわからないが、NASなどの製品の機能として登場してくることも十分に考えられるだろう。

 以上、Cloud Engines社CEOダニエル・プッターマン氏とCTOのブラッド・ディートリッヒ氏の話をご紹介してきたが、手軽で簡単、しかも見た目がかわいいだけの製品では決してないことがおわかりいただけたと思う。PogoPlugは簡単な接続や使いやすさを前面に押し出しているため、筆者も実際にはネットワーク製品開発のノウハウが詰め込まれており独自の暗号化技術を搭載しているなど、技術面の話はあまり目にする機会がなかった。こういった部分をあらためて知ると、彼らが言う「パーソナルクラウド」という言葉が決して大げさなものではないことがわかる。

 とは言え、実際の製品の魅力は、使ってみないと伝わりにくいのも事実だ。iPad、iPhone、Androidでもアプリをインストールすればすぐにファイルが共有可能で、USB接続のHDDをつなげれば、すぐにパーソナルクラウドが体験できる。9800円と価格も手頃なので、ぜひ一度試してみて欲しい製品だ。


関連情報


2011/2/8 06:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。