天国へのプロトコル

第8回

ロックがかかった故人のスマホ、困った遺族を助けてくれるサービスはある?

PCよりもはるかに厳重なスマホのロック

 先日、相続専門の税理士を紹介するウェブサイト「税理士のチカラ」(スタックインベストメント運営)が「第1回 相続あるある川柳」の受賞作を発表しました。応募された5874句のなかで大賞に輝いたのが、こちらの作品です。

 パスワード 持って天国 行った父 
(70代 ろんちゃん 男性)

 デジタル遺品においても、まさにあるあるの一句です。パスワードの多くはユーザー自身が決められます。その本人がパスワードを誰にも伝えずこの世を去ってしまうと、残された遺族はとても困ってしまうわけです。それでも天国に旅立ったと表現するところに愛情を感じますね。

 さまざまなところで使われるパスワードですが、なかでも特に遺族を困らせてしまうのはスマホのパスワードです。これは10年前から揺るぎません。

 PCや多くのウェブサービスは、設定したパスワードが分からなくても、ロック解除やログインを可能にするパスワードリセットなどの手段がいくつか用意されています。また、自分の手に負えないときに手助けしてくれるプロが全国に大勢います。しかし、スマホに関しては、パスワードが分からないと内部にアクセスする手段はほぼなく、デジタル遺品サポートを標榜する企業はあっても、対応の対象からスマホが外されていることが大半です。通信キャリアやメーカーも、この相談には基本的に応じてくれません。

 加えて、10回連続でパスワードエラーを起こすと中身が空になる設定が選べるiPhoneのような機種もあり、闇雲に解錠を試みることも危険です。本連載の第3回『自分の死後に備えて「パスワードを書き遺す」のはアリ? 適切な伝え方は?』では、「亡くなった父のスマホが開けない」と困ったXさんがiPhoneを初期化させてしまった事例を紹介しましたが、このリスクは現在も変わりません。それでいてスマホの重要度は、生活面でも、財産面でも、個人情報管理の面でも年々高まっています。世代を問わず使われるようになり、故人や困る遺族の年齢も広がりました。

 パスワードの分からない故人のスマホが残されたとき、誰が助けてくれるのでしょうか? スマホのロック解除サービスで実績のある数少ない企業に実情を尋ねました。

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について10年以上取材を続けている筆者が、実例をベースに解説します。

選択肢1――正面突破を試みるデジタルデータソリューション株式会社

 デジタルデータソリューション株式会社は、データサルベージの技術を駆使して2017年9月から「デジタル遺品の調査・解析」サービスを提供しています。2022年9月までの5年間で届いた相談件数はおよそ2500件。そのうち依頼に至るのは4分の1ほどで、その依頼の7割がスマホのロック解除に関する案件だといいます。

デジタルデータソリューション「デジタル遺品の調査・解析」サービス

 細部のアプローチは機種ごとに異なりますが、基本となる手法は、回数制限などを回避しつつ総当たりでパスワード入力をかけることです。作業に要する時間は読めません。1週間で開くこともあれば、3年以上かかってようやく開けたものや、現在も数年目にかかる解析を続けている端末もあるとのこと。

 同社のフォレンジクス事業部副部長を務める工藤宏将さんは「論理的に時間無制限ならいつかは開けられることになりますが、相続の関係で時間制限がある場合はご期待に応えられないこともあります。また、端末の状態によっても解錠の難易度は変わってきます」と語ります。

 解錠の成功率は、端末や個別の状況に大きく影響を受けるそうです。古めの機種や古めのOSのほうが過去のノウハウの積み重ねもあり、手がかりを見つけやすく、総じて成功率が高まります。その一方で、連続した入力ミスで初期化したり、重いロックがかかったりした場合は、可能性はゼロではないものの相当難易度が上がってしまうのは覚えておいたほうがよいでしょう。

 前述のようにiPhoneは10回連続ミスで初期化されたり、パスワード入力が試せない重いロックがかかったりします。AndroidもGalaxyの一部端末は15回連続ミスで初期化する設定が選べるものがあるので、やはり闇雲なロック解除を試みるのは数回までに留めておくのが無難です。

 料金は成功報酬で平均20~30万円。暗号資産の確認などのオーダーが加わる場合は、ここに加算されていきます。安くはありませんが、実績において国内で並ぶ存在がないサービスであることは間違いありません。

選択肢2――周辺の機器も活用して多角的に鍵を探す「ミチノリ」

 料金を抑えつつ打つ手を考えたい人には、ITセキュリティ部門を持つCross&Crownグループが提供する「ミチノリ」という選択肢もあります。2018年7月にスタートしたデジタル遺品整理サービスで、スマホのロック解除を成功報酬4万9800円で受け付けています。

ミチノリの料金体系ページ

 ただし、ウェブサイトで「スマホ単体でのお持ち込みの場合、解除は非常に難しくなります」と明言しているとおり、基本的は故人が使っていたPCなどとセットで解析を試みるアプローチとなります。ですが、スマホ単体の場合でも相談には乗ってもらえます。

 故人のPCには、スマホのバックアップデータや、Apple ID、Googleアカウントなどの共通のアカウント情報が残されていることがしばしばあり、それらの情報からロック解除のヒント、あるいは目当てのデータを復元する道筋を探るわけです。

 ウェブサイトの更新が数年前から止まっており、現在は積極的な営業活動を控えているそうです。ただ、それでも年間数十件、週に1回ほどの依頼が届いており、現在も実績を重ねています。故人がスマホのほかにパソコンやタブレットも残していった場合は強い味方になってくれるかもしれません。

選択肢3――初期化とバックアップ復元を請け負う「Lock Lift」

 より割り切ってサポートするサービスも登場しています。典型例は2022年8月に開業したデジタル遺品サービス「Lock Lift」です。

「Lock Lift」のウェブサイト

 スマホを含む「携帯電話のパスワード解除」の基本料金は2万円。パスワードを解析するのではなく、端末を初期化して再び使えるようにすることを主眼に置いています。ただし、Apple IDやGoogleアカウントが判明していれば、初期化した端末にクラウドに残っているバックアップデータを復元するところまで追加料金なしで対応してくれます。

 同名任意団体の代表を務めるのは、セキュリティツールの開発経験のあるプログラマーの名古飛鳥さん。発足時から全国から問い合わせがあり、現在は月10件程のペースで依頼が届いているといいます。

 依頼者の属性については「50~60代でスマホは不得手という方が中心です。ご家族が急死されて、混乱されるなかで弊社を検索して見つけていただいたということが多いですね」とのこと。名古さん自身、家族の急死をきっかけに開業した経緯があり、遺族の困惑は深く理解できると話していました。

 クラウドにあるバックアップデータはタイムラグがあり、保存容量も端末のストレージ容量より低いことが多く、完全な意味での復元は期待しにくいところがあります。それでも、「手出しできない状態のスマホをどうにかしたい」「少しでも情報を引き出したい」というニーズがあることも確かです。

選択肢4――遺族が対応できるよう、今のうちに備えを促しておく

 故人のスマホには、思い出の写真や直近の行動履歴、さらには暗号資産や○○ペイといった財産価値のあるデータまで詰まっていることがあります。2023年にはマイナンバーカードとの紐付けも予定されており(まずはAndroidのみ)、これからの時代は遺族にとって無視できない存在になっていくことは確実な情勢です。

 しかしこれまで触れてきたとおり、パスワードが分からないスマホと向き合うのは至難の業です。そうなってしまってからでは打てる手も助っ人も限られています。だからこそ、今のうちにリスクを共有して家族間で備えておくことが大切だと思います。

 第3回で紹介したことの繰り返しになりますが、もっとも確実で低コストな対策は、スマホを持つそれぞれの人が「スマホのスペアキー」(名刺大のカードにパスワードを書いて修正テープでマスキングしたもの。預金通帳などと保管しけおけば、平時は安全性を確保しつつ、何かあったときには家族が修正テープ部分を剥がしてパスワードを確認できる)を用意しておくことです。

 たった1分程度の手間をかけるだけで、家族に多大なストレスを与えずに済みます。年末年始に家族や親族と話し合う機会があれば、ぜひ検討してみてください。

「スマホのスペアキー」は、預金通帳などと一緒に保管しておきましょう。作成用のテンプレートデータを筆者のウェブサイトで公開しています
今回のまとめ
  • 故人のスマホのロック解除はパソコンやウェブサービスの何倍も難しい。
  • 手助けしてくれる企業は限られており、相応のコストがかかる。
  • もっとも低コストで確実なのは、今のうちに備えておくこと。
古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 著書に『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)、『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)など。 Twitterは@yskfuruta