天国へのプロトコル

第5回 デジタル遺品を考えるシンポジウム

70歳以上のネット利用が2年で217万人増――今のままデジタルが遺品になると何が起こるのか?

3年ぶりに開催した「デジタル遺品を考えるシンポジウム」

 12月7日、東京・神保町のインプレス セミナールームにて「第5回 デジタル遺品を考えるシンポジウム」を実施しました。

 筆者が代表を務める「デジタル遺品を考える会」が主催し、亡くなった方がこの世に残すデジタルデータやサブスクリプションの契約などのデジタル遺品をめぐるさまざまな問題について話し合うことを目的としたイベントです。コロナ禍の影響でオンライン開催とした2020年11月の第4回から3年振りの開催で、会場はプレス席を含めて満員となりました。

 本連載では、プログラムに沿って、各セッションおよびパネルディスカッションの模様をお届けしていきます。本稿では、筆者(古田)のセッション「今のままデジタルが遺品になると何が起こるのか?」を紹介します。

プログラム

変わらない「スマホのロック問題」、広がる「世代」

登壇する筆者

 筆者は「デジタル遺品」という言葉がまだ世の中に浸透していなかった2010年から、デジタルで残された遺品や故人のオンライン契約に関する調査を始めています。やがてデジタル遺品の対処に困っている遺族や相続の専門家などから相談を受けるようになり、現実に浮上する悩みを肌で感じるようになりました。

 その経験を踏まえて2023年末現在のデジタル遺品問題を概観すると、当時から変わらないリスクの上に、ここ数年で急増したリスクがのしかかる二層構造が見えてきます。そこで、最近受けた相談をベースに、現在のデジタル遺品問題を解説しました。

 象徴的なのは、今年受けた「夫(70代)が急逝しました。スマホとパソコンが開けません。どうすればいいですか?」という相談です。

事例紹介のスライド

 「故人のスマホのロックが開けない」は、デジタル遺品という言葉が広く認識されるようになった2015年頃から、最もよく届いていた悩みです。スマホはセキュリティが厳重なうえ、iPhoneやGalaxyシリーズのように、複数回の入力ミスで初期化を実行する設定まで施せる機種もあります。

 しかも、通信キャリアやメーカーがサポートとしてマスターキーを提供するといった仕組みもないため、持ち主が生前に設定したパスワードが分からなければ、遺族がログインすることは相当難しくなります。これが「当時から変わらないリスク」です。

 そこに最近プラスされているリスクのひとつが、スマホの社会的な役割の増大です。スマホの内部には思い出の写真や直近の仕事のやりとりだけでなく、コード決済の残高やサブスク契約、各種金融資産の情報などが残るようになりました。マイナンバー関連やおくすり手帳といった重要な個人情報も残るようになっています。それらが本人の没後にスマホに閉じ込められてしまうと、相続や遺品整理まで、遺族がやらなければならない広範な作業が滞ってしまうのです。

 さらに、スマホを使う年代が急激に拡大していることもリスク要素となっています。セッションでは年代別のインターネット使用率の推移を例に出しました。総務省の「通信利用動向調査」によると、60代以上の使用率は2020年から2022年の間に軒並み5ポイント前後の上昇がみられますが、各年時の世代別人口で計算すると大きな差が現れます。

 60代でインターネットを使用する人の増加はわずか約3万人なのに対し、70代では約103万人、80歳以上では約114万人となっています。この2年の間に70歳以上の人口が伸びたことが背景にあります。

シニア層のインターネット使用率が急上昇している

 2010年代前半のデジタル遺品の相談は、壮年期の働き盛り世代の人が急死したケースが大半でした。しかし現在は、事例にあるように高齢の人がスマホを使いこなし、やがてそれがデジタル遺品になるケースが珍しくなっています。わずか数年の間でも状況が変化しているのです。

とかく、デジタルは見えづらい。

 そのほかにも、「親(60代)の遺品整理中です。謎のサブスク契約があり、解約できません。」や「10年前に亡くなった子。SNSにヘイト的な投稿が。しかし、削除申請が通りません。」といった事例を解説しました。

 それらの変化を勘案すると、つまるところ、「デジタル遺品を考える」必要がある大きな理由は、とにかくデジタル環境は遺族に見えにくいという特性にあると思われます。

デジタルの持ち物の見えやすさ。持ち主の視点から
一方、遺族の視点だと、影のエリアが非常に大きくなる

 遺族の立場で見えにくい部分も、いつかは整備が進んでクリアになっていくかもしれません。しかし、デジタルのサービスは一般に普及してまだ30年程度しか経っていないうえ、日進月歩で新機軸が誕生します。いつまで待てばユーザーの死後まで考慮したサポート体制が整うのかというと、ちょっと予想がつかないところがあります。

 その一方で、デジタルを使いこなす世代が広がっていて、相続や遺品整理の局面でもデジタルの存在感が日増しに大きくなっている現状があります。この板挟みはどうすれば解消できるのか。

 この問題を、最前線に立つ様々な専門家が考える機会として、本シンポジウムを企画しました。この後に続く各セッションやパネルディスカッションのレポートも合わせて読んで、この問題を共有してください。

とかく、デジタルは見えづらい
古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 著書に『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)、『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)など。 Twitterは@yskfuruta