天国へのプロトコル
第5回 デジタル遺品を考えるシンポジウム
「デジタル遺品」を直接規定する法律はない――相続制度から考えるデジタル遺品
2023年12月20日 07:30
12月7日に実施した「第5回 デジタル遺品を考えるシンポジウム」の模様をお伝えします。3つ目のセッションで登壇したのは、日本デジタル終活協会の代表理事を務める弁護士で公認会計士の伊勢田篤史さんです。「相続制度から考えるデジタル遺品」というテーマで、法律の観点からデジタル遺品の現状を解説しました。
プログラム
- 今のままデジタルが遺品になると何が起こるのか?(動画)
(古田雄介) - 遺言「新時代」到来!デジタル社会に適する『lastmessage』(動画)
(株式会社パズルリング 牛越裕子氏) - 相続制度から考えるデジタル遺品(動画)
(弁護士:伊勢田篤史氏) - パネルディスカッション(動画)
(Whatever Co. 富永勇亮氏、株式会社パズルリング 牛越裕子氏、伊勢田篤史氏、古田雄介)
「既存の法制度を基準として考えざるをえない」
まず前提として、日本でのデジタル遺品の位置づけについては、直接規定する法律がありません。2020年1月の国会財務金融委員会でも、金融庁監督局長が「デジタル遺品につきまして明確な定義があるというわけではないと承知しております」と答弁しており、官庁でも一般的な枠組みで捉えていることが伺えます。
「直接規定した法律がない以上は、既存の法制度を基準として考えざるをえないと思います」(伊勢田さん、以下同)
なお、国会で言及されたデジタル遺品には、スマホやPCなどのデジタル機器は含まれません。デジタルの環境に残されたデータや契約などのみを指します。セッション内でもこの枠組みを前提に解説しています。
オフラインとオンラインで分けて考えると分かりやすい
それを踏まえてデジタル遺品を捉えるとき、オフラインのものとオンラインのものに分けて考えると分かりやすいといいます。
オフラインのデジタル遺品は、スマホやPCの中に保存されている写真や文書データ、閲覧履歴などのデジタルデータを指します。オンラインのデジタル遺品は、SNSのアカウントなどのインターネットサービスのアカウントを指します。
このうち、オフラインのデジタル遺品には所有権が認められないそうです。「所有権は物(ぶつ)に対する権利とされています。この「物」とは、民法上「有体物(ゆうたいぶつ)」(形があるもの)を指します。オフラインのデジタル遺品であるデジタルデータは、民法上「無体物(むたいぶつ)」とされ、「有体物」ではないため、所有権が成立しないのです」。
一方で、オフラインのデジタル遺品が保存されているスマホやPCは「有体物」であり、所有権が成立します。オフラインのデジタル遺品の処分については、所有権という権利が認められるスマホやパソコンを介して行うことでクリアすることができるといいます。
ただし、著作権などの他の権利が検討されることもあり、「オフラインのデジタル遺品にどんな権利が認められるのかというところは、今のところはファジーな状況にあると想像していただけるといいと思います」とのことです。
一方のオンラインのデジタル遺品は、一種の契約(債権)という位置づけで捉えることになります。サービスを利用する契約、アカウントを使う契約、というイメージです。
「これらを相続することができるかどうかは、各アカウント(各契約)が一身専属性であるかどうかで決まると思われます」
一身専属性とは、権利や義務が相続人を含む第三者に移らない性質を指します。「たとえば、サラリーマンのお父さんが亡くなったとします。お父さんは勤め先と労働契約を締結して、労働提供義務を負っているわけです。この労務提供義務を相続人が相続することになると、次の日から家族がお父さんに代わって勤め先に対して労働を提供しなければならなくなります。現実は、そうはならないですね。このように一身専属性を持つ権利や義務は、相続されないということになります」。
オンラインのデジタル遺品には、一身専属性を有するものとそうではないものが混在しています。このため、各サービスの内容次第で一身専属性の有無も変わってくるわけです。
日本では、遺品の現状把握は遺族の仕事
以上のような法律の現状を踏まえると、元気なうちからデジタル遺品に備える「生前対策」の要点が見えてきます。
「まず情報の格差を認識して対応する必要があります。PCやスマホの中身、オンラインで利用しているサービスについて、本人であればどこに何があるのか何となく分かっていても、家族を含めた他人が理解するのは大変です。
それを前提にした上で、情報へのアクセス性を考える必要があります。先ほど古田さんも話していましたが、ロックされたスマホやPCはアクセスが難しいわけです。そこに備える。
また、それらの事後的な解決に要する時間を考慮する必要もあります。とくにスマホはロック解除を検討してくれる専門会社が限られていますが、そこにお願いしてうまくいっても作業に半年や1年かかることはザラです。
そして、日本の場合、これらの作業を担うのは裁判所から選任された「人格代表者」などではなく、遺族がやらなければならないのです」
だからこそ本人がデジタル終活に取り組まなければならないと伊勢田弁護士は強調します。
打てる対策はたくさんあります。従来の終活の方法でいえば、「エンディングノート」などにデジタルの持ち物の要点を書いたり、亡くなった後の作業を委ねる「死後事務委任」の契約を交わしたりといったことも可能です。スマホのパスワードだけ名刺大のカードに書き出して「スペアキー」化し、修正テープでマスキングした上で重要書類と一緒に保管するといった方法も有効でしょう。
また、パズルリングの「lastmessage」(セッション2のレポート参照)のようなデジタルツールを利用する手、法的拘束力のある遺言にデジタルの財産について言及するといった手もあります。
「一番のポイントはスマホやPCのログインパスワードです。生前知られたくないという方も多いと思いますが、万が一のときには遺族がしっかり共有できるように態勢を整えておくことが大切だと思います」