インタビュー

旅の専門家・JTBが考える“超スマート社会”とは? サイバー&フィジカルの融合社会における「交流」の意義

株式会社ジェイティービー(JTB)グループ本社執行役員国内事業本部法人事業部長(法人事業推進・観光戦略推進担当)の古野浩樹氏

 国内屈指の規模を誇る電機・情報通信ネットワーク展示会「CEATEC JAPAN 2017」が、幕張メッセで10月3日より開催される。IoT関連の出展が加速する中、今年は“Society 5.0”が開催テーマとして大きくフィーチャーされている。

 Society 5.0とは、政府の「第5期科学技術基本計画」の中で提唱されている概念。ネットワークやIoTなどの技術をモノづくり以外の分野にも広げ、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合した「超スマート社会」の実現を目指すという。ちなみに6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」でも、その副題が「Society 5.0の実現に向けた改革」となっている。

 その超スマート社会の実現に向けて、企業も動き出している。株式会社ジェイティービー(JTB)グループ本社執行役員国内事業本部法人事業部長(法人事業推進・観光戦略推進担当)の古野浩樹氏にお話をお伺いした。

JTB流・超スマート社会の軸は「交流」

――Society 5.0の実現に向けて政府などが今まさに動き出しています。JTBではどのような取り組みをスタートさせていますか。

 JTBでは「地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する」という経営理念を掲げ、すべての事業をこの理念に沿って進めています。

 中でも、「交流を創造する」という観点が軸になります。(JTBが強みとする)旅行も、当然「交流」の1つです。例えばビジネス関連の旅行の分野では「MICE」という概念があります。これは「Meeting(ミーティング)」「Incentive(報奨)」「Convention/Conference(大型会議)」「Exhibition/Event(展示会)」の頭文字を並べた言葉ですが、こういった催事の際にはやはり交流が生まれます。

 そして交流が生まれれば、人の流れ、モノの流れ、お金の流れが伴います。つまり、交流の創造は、地域活性化に繋がるんですね。

 Society 5.0では(サイバーの反対概念としての)フィジカルの体験価値にも重きが置かれています。交流、つまり旅という観点からSociety 5.0を捉えてみますと、まず各地域の特有の文化、食、歴史などが、旅行者にとって非日常的かつ魅力ある体験、つまりフィジカルの領域です。

 しかしフィジカルと一口に言っても、現場における受け入れ体制や、(集客のための)情報発信が当然重要になってきます。そのためのインフラ整備にあたる部分を、JTBが外部のテクノロジー企業と協力して担っていきたいと考えています。

既すでに取り組んでいる「LUGGAGE-FREE TRAVEL」訪日観光客の「手ぶら観光」をサポート

LUGGAGE-FREE TRAVELによって訪日観光客の手ぶら観光を推進するという。取次店募集も始まっている。
LUGGAGE-FREE TRAVELの予告サイト。サービス開始は2018年の1月から。

――すでにサービスとして形になっているものもあるのでしょうか。

 21日に発表しました「LUGGAGE-FREE TRAVEL」がそうですね。観光のために日本を訪れる外国人は近年、非常に多くなっています。かつては「ゴールデンルート」と呼ばれる、主に東海道筋に訪日観光客が集中していましたが、今やその段階を超え、日本各地に海外からのお客様が足を運んでいただいています。

 お客様が観光を楽しむ上で、ハードルとなってくるのが「大型手荷物」なんです。海外からのお客様ですと荷物がどうしても大きく、その大きなスーツケースを引いて電車に乗っている訪日客を毎日目にされると思います。

 また、ホテルに手荷物を預けて周辺を観光するのも一般的ですが、その量があまりにも多くて、宴会場を1つ潰して荷物置き場にするケースも出てきています。ホテル側にとっては、機会損失とも言える事態が現に発生しているんですね。

 もちろん観光するお客様自身にとっても、大きな荷物を伴っての移動は大変で、かつ、観光できる時間も制約されます。この大型手荷物は観光を楽しむ上では大きなハードルの1つとなっていて、観光産業全体から見ても、大きな課題です。

 日本の観光客ですと、そこで宅配便を使いますが、外国からのお客様は荷物を送ることに対して、「遅れる、無くなる、壊れる」と3つの不安を持っている方も多いです。また、日本語伝票にも言葉の壁があります。

 こういった課題を解決しようというのが、LUGGAGE-FREE TRAVEL(※)で、パナソニック様、ヤマトホールディングス様と一緒に、このたび開発しました。

 僭越ながらJTBは旅のプロとして、観光客の皆さんの課題を見つけ出し、今後はそれをテクノロジーで解決する。Society 5.0で言われる超スマート社会を実現するための1つのステップになったのではないか――そう考えています。

※:LUGGAGE-FREE TRAVELでは、ウェブサイトでの利用申し込み後、各地の窓口でQRコードをかざせば、空港やホテル間との荷物発送を手続きできる。事前申し込みだけでなく、スマートフォンなどで気軽に申し込めるのも特徴になるという。

「旅行手配」を超えた時代を意識長期滞在ニーズを満たす新事業やスタートアップとの連携も視野に

――旅行業のイメージが強いJTBですが、その他の事業にもすでに取り組んでいるのでしょうか。

 宿泊や交通の手配が、現在でもJTBにとって大きなウェイトを占めているのは間違いありません。ただ、旅行会社の窓口に行って端末を操作してもらわなければ旅行の手配が一切できないという時代ではなく、もうお客様のお手元のデバイスでさまざまな手続きができてしまう。現在はさらに領域を広げ、「交流の創造」を軸に、さまざまな事業に取り組んでいます。

 例えば、厚生労働省が掲げている「ヘルスケア」の推進事業もその1つです。地方は今まさに人口減少を迎えていますから、外部から観光に来てほしい、長期滞在してほしい、もっと言えば移住してきてほしいというニーズがあります。そこでは定年を迎えたシニア層がまず有力なターゲットになってきますから、そういった方が住める施設、あるいは病院などを地元の行政や企業と共同で設置する構想が今まさに動き出しています。「CCRC(Continuing Care Retirement Community)」と呼ばれるものですが、JTBではこれを岡山県玉野市でスタートさせました。

 このほか、最近のビジネス潮流として、「複数の企業の協力によるエコシステム構築」があると思います。当然、スタートアップ企業との連携も視野に入ってきます。JTB自体はCVC(Corporate Venture Capital)を持っていませんが、グローバル・ブレイン社のファンドへの出資を通じて、シリコンバレー、イスラエル、韓国、シンガポールなどのテクノロジー系スタートアップ企業の情報も集めています。

JTB各支店は「旅の手配だけ」から、「観光資源の発掘」も担う拠点に

――JTBは全国各地に営業支店・窓口があるのも強みかと思います。

 ただ、その支店の性格は今後、変わっていくかもしれません。従来のJTBの営業支店は、その近隣に根付くお客様の旅行の手配が主眼でした。しかし10年ほど前から、支店に新たなミッションが加わるようになりました。支店のある地域へ外から旅行客をお迎えする――「地域交流事業」です。規模の大小はありますが、全国で1000近いプロジェクトが立ち上がっています。

 支店は全国47都道府県にありますが、それぞれの地域には“宝”、つまり観光資源がまだまだ眠っています。地元の人にとっては「こんなものが珍しいの?」というようなものでも、地元のマネジメント力とJTBのマーケティング力が一体になって磨き上げていくことで、事業化させるといった方向性ですね。

 JTBでは全国各地に「観光開発プロデューサー」を配置しています。彼・彼女らは旅行商品を販売するのが目的ではなく、地元の方々と一緒になってその“宝”探しをして、磨き上げ、商品化に向けた整備を行っています。

 それに加え、お客様を迎える上でのホスピタリティ、それこそ現場での人員オペレーションですとか、いかにマネタイズするかについてもJTBはノウハウを持っています。永続的な事業として地元に定着できるところまで、どう持っていくかも重要です。

スマートスピーカー、自動運転などの新技術台頭に備える?

――テクノロジー面ではどんなことに取り組んでいますか。

 旅行事業へのロボット導入など、今まさに実験を進めています。また、チャットボットやスマートスピーカーなども今後、日本で導入が進んでいくでしょうから、事業として対応を進めていく必要があると思います。

――最近は自動運転を巡る話題も多いですが、旅行業界の皆様はどう捉えていらっしゃいますか。観光面でも非常に影響が大きいのではないかと思いますが……。

 自動運転とはややズレるんですが、JTBでは電気自動車の充電ステーションの設置に取り組んできました。全国2300カ所、例えば宿泊施設などに設置していて、一泊なさる夜の間に充電していただくというイメージですね。電気自動車の普及を阻んでいるのはやはり充電場所が少ない点にありますから、社会課題そのものを解消すべく、さまざまなことに取り組んできた実績があります。

 そしてその次の段階としての自動運転ですが、恐らくは自動運転車に乗っている間に「ここで休憩はしませんか」「こんなお土産があります」といったレコメンドが入ってくるでしょう。観光の有り様は大きく変わるかもしれません。

 MA(マーケティングオートメーション)のツールも発達してきていますから、それこそSNSで甘い物に興味を示している方に、近隣のお饅頭屋さんへ案内することもできるでしょう。新幹線・飛行機での旅行者と、自動運転の旅行者を比較した時、宿泊日数にも影響があるかもしれません。意識していく必要は当然あると思います。

 お客様とも少し話をするのですが、酒造所には(飲酒運転の心配がないので)好影響なのか、自動運転の普及で事故がゼロになったとして果たして保険に入ってくれるのか。いろいろなことが旅行に繋がってきますから、研究を進めていきたいですね。

CEATECのみどころ旅を楽しむための「タビマエ・タビナカ・タビアト」

――CEATEC JAPAN 2017の「IoTタウン」への出展は、JTBとして昨年に引き続き2回目となりますが、参加を決めた理由はなんでしょうか。

 今、日本は人口減少を迎えていて、労働力不足や、交通インフラ整備の遅れなど、さまざまな課題を抱えています。特に地方部はそれが顕著です。「地方創生」が国策となる中で、地域活性化策を直視すると、JTBは旅を通じた“人流”の創出によって少なからず貢献できているのではないかと考えています。

 しかし、今後はテクノロジーとの結び付きを強めていかないと、解決のための時間もかかるし、効果も薄くなってしまいます。JTBは旅の専門家ですが、CEATEC JAPANにお集まりの皆さんとさまざまなかたちで組んで協力・連携したい。そのための“気付きの場所に”なることを期待して、参加を決めました。

――会場での展示内容はどんなものになりそうでしょうか。

 コンセプトとしては、まず旅というものを「タビマエ」「タビナカ」「タビアト」の3つに分けて捉え、それぞれに応じた「テクノロジーの応用」を展示する予定です。

 申し込み前の情報収集や予約を行うのが「タビマエ」、旅行中の「タビナカ」、旅行で醸成された気分を他者と共有する「タビアト」で、それぞれがJTBとして重要な切り口になると考えています。

 CEATEC JAPANは技術の総合見本市ですが、JTBは必ずしも最先端の技術を持ってはいません。しかし、地域の課題を見つけ出して、解決のためのソリューションを実際に産み出すのがJTBの役割です。そのためにも新しい技術をお持ちの企業と出会えることを期待しています。

 また、ブースには、自治体の方や、観光を基軸として地方創生などに取り組んでいる団体の方にもぜひ足を運んでいただきたいです。