ニュース

「年末調整の課題」どうやって解決? 根本的なデジタル化で「確定申告の効率化」「電子インボイス」も

弥生・岡本浩一郎社長が語る業務ソフトベンダー/業界としての取り組み

弥生株式会社の代表取締役社長の岡本浩一郎氏

 弥生株式会社が9月中旬にオンラインで開催した「弥生 PAPカンファレンス2020」において同社代表取締役社長の岡本浩一郎氏が講演。会計事務所向けに提供する「記帳代行支援サービス」など、弥生が注力していく分野について詳細に解説した。

 「弥生PAP(Professional Advisor Program) 」とは、弥生が運営しているパートナープログラムのこと。弥生では、個人向け会計ソフトの開発・販売だけでなく、会計事務所向けの業務効率化製品を数多く手がけている。PAPには全国各地の会計事務所が会員として登録しており、今年1月には会員数が1万を突破した。

 カンファレンスは例年であれば会場に会員各社を招いて開催していたが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響でオンラインとなった。岡本氏も、会場で直接交流できないのは残念だとしながらも、それでも約800名という多くのPAP会員が参加表明してくれたことに感謝の意を示した。

「紙を電子化する」のではなく「最初からデジタル化」

 2020年上半期はまさに新型コロナウイルス問題が社会を席巻した。各産業にも大きな爪痕を残しているが、弥生としての業績は非常に堅調だったと岡本氏は振り返る。

 「日本はもちろん、世界をも巻き込む災難の中でも結果を出せたことは喜ばしいこと。だが、お客様、会計事務所、さらには会計事務所の顧問先となる企業にとっては大変な苦難のときを過ごされているはず。そこで弥生として何ができるかを常に考えていた。」(岡本氏)

 まず取り組んだのが情報発信の強化。公的機関による支援情報などを取りまとめ、特設サイトを通じて公開している。弥生製品のテレワーク活用などについても、このサイトで紹介中だ。

 一方、経理を巡る長期的な課題解決に向けては、「社会的システム・デジタル化研究会(通称:Born Digital研究会)」を2019年12月に立ち上げた。弥生をはじめ、SAPジャパン株式会社、株式会社オービックビジネスコンサルタント、ピー・シー・エー株式会社、株式会社ミロク情報サービスの業界5社が発起人として参画。また、税理士会や政府省庁もオブザーバーとして名を連ねている。

 研究会が標榜するのは、“社会的システム”全般の根本的なデジタル化だ。例えば確定申告や年末調整をはじめとした税務関連手続きの多くは紙での処理を原則に、e-Taxなどによって一部が電子化されている。

 しかし、研究会ではそこからさらに踏み込むことを目指す。「紙を電子化する」のではなく、「そもそも最初からデジタル化」することにより、業務プロセスを根本的に見直そうというアプローチだ。

「社会的システム・デジタル化研究会(通称:Born Digital研究会)」の概要

 岡本氏によれば、発足のきっかけとなったのは2018年の年末調整が、極めて複雑難解になってしまったことにある。「年末調整は本来、確定申告の簡易版だったはず。それがいまや、むしろ年末調整のほうが難しくなった実情すらある。」(岡本氏)

 1年間の所得を集計し、支払うべき税金額を確定させるのが確定申告である。1~12月を集計単位とし、控除すべき金額などを計算して翌年の2~3月に税務署へ申告するのが通例だ。

 これに対して年末調整は、主に会社員を対象に、申告を文字通り年内に済ませようという手続き。雇用主である企業が、その実務のほとんどを担うのだが、1年間の収入が厳密には確定していない12月途中のタイミングで、最終収入を“見積もり”し、税金額をはじき出すなど、業務量は多い。加えて、近年複雑化が著しい配偶者特別控除をも考慮しなければならない。

年末調整の課題

 「年末調整が始まったのは戦後。(国や役所が税金額を計算して通知する)賦課課税から、(納税者自身が税金額を計算する)申告課税へガラッと切り替わるタイミングだったが、一般個人の税制知識はまだ不十分だった。そこで事業者(勤め先)に申告手続きを肩代わりさせようというのが、年末調整導入の意義だった。」(岡本氏)

 戦後間もなくのコンピューターもない時代に、紙ベースで発想された年末調整制度が一定の役割を果たしてきたのは事実だが、70年以上が経過したいまでも根本的なあり方は変わっていない現状には疑問符が付く。しかも、戦後税制の大きな指針となっている「シャウプ勧告」においては、年末調整を事業者に行わせるのはあくまで暫定的なものとされ、本来は税務当局が行うべき業務だと規程されていることも、研究会の調べで判明したという。

 海外に目を向けると、オーストラリアでは2018年7月に「Single Touch Payroll」制度が導入された。給与支払いが行われた場合、その事実を政府の税務当局にデジタルかつリアルタイムで報告することを義務付けるもので、これによって社会保険料の支払い漏れを防止する。また、年度の確定申告の際にはあらかじめ所得額が把握済みなので、申告者の手間も軽減する。

 研究会では、こうした事例なども踏まえて、今年6月に提言を発表。取り組みを着実に前へ進めたいとしている。

オーストラリアの事例

「電子インボイス」見据えた取り組みに着手

 そしてもう1つの重要なテーマが「インボイス」への対応だ。2023年10月の導入が予定されている制度で、請求書に記載する消費税の扱いが大きく変わる。大企業はもちろん、消費税が免税されている一部の個人事業主に至るまで、極めて広範な影響が出るものと予想されている。

 現実的な業務量を考慮すると、インボイスは電子化されるのが望ましい。そこで業務ソフトベンダーら10社は今年7月、「電子インボイス推進協議会(EIPA)」を設立。すでに50社弱が参画しており、弥生は代表幹事を務めている。

 協議会では、電子インボイスの標準仕様の策定などを目指す。ただ、その先にはやはりデジタルによる業務の効率化が視野に入っている。現在の取引では、商品の受発注、代金の収受などあらゆる場面で紙ベースの書類が飛び交っているが、電子インボイスとEDI(電子データ交換)などの併用によって効率化し、ゆくゆくは紙の証憑を一切使わない世界を実現させたいという。

インボイス関連の協議会も立ち上げた

自計化か記帳代行か――新サービス「記帳代行支援サービス」で何を狙う?

 このように会計事務所の業務がますます広がっていく中、弥生では会計事務所向けに「記帳代行支援サービス」を新たに提供すると発表した。

「記帳代行支援サービス」の概要

 もともと記帳代行は、会計事務所にとって重要な業務である。顧問先企業から取引伝票や預金通帳を預かり、これをもとに事務所スタッフが帳簿化を行う。企業にとって、複雑な経理業務をアウトソーシングできるのが何よりのメリットである。

 これとは逆に、企業自身が帳簿付けを行う「自計化」の道もある。経理の専任スタッフを社内に抱える必要があるものの、帳簿化を社内で行うため、売上などのデータに基づいた合理的な判断が素早く行えるようになる。また、会計事務所側から見ても、労働集約的な作業から解放され、より付加価値の高い業務(経営アドバイスなど)に集中できる。

 自計化と記帳代行は、どちらにもメリット/デメリットがあり、最終的には顧客が選択する。ただ、これまでの弥生の製品群は、自計化を促し、効率化するためのツールとして提供されてきたと岡本氏は説明する。

「自計化」「記帳代行」の比較

 「自計化か記帳代行か」は、いわば永遠の命題でもあった。しかしここにきて、テクノロジーの進歩によって「人の手を介さない自動化」が現実的になり、問題解決の最適解が変わってきていると岡本氏は指摘する。

 会社がなぜ帳簿を付けるのか。それは、企業が自身の経営状況を素早く正確に把握するためにほかならず、自計化それ自体が目的ではない。テクノロジーの発達によって記帳代行が現実的なものとして扱える以上、積極的に活用すべきだというのが、現在の弥生の考え方。これまでの「自計化」中心志向から、「記帳代行」をも併用する方向性へシフトさせたと岡本氏は断言する。

「自動化」によって、「自計化」「記帳代行」どちらにもポジティブな変化が期待される

 「皆様にお伝えしたいのは、弥生が『いまも将来も見ている』ということ。まずは法令改正にしっかり対応していくが、電子インボイスや記帳代行支援といったデジタル化はもちろん、確定申告や年末調整のあり方そのものを変えることにもチャレンジしていく。」(岡本氏)

直近、そして将来の両方に備える