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NTT、世界最短グラフェンプラズモン波束の発生・制御・測定に成功。回路上のTHz信号制御に新たな可能性

実験の概略図。チップ上でパルス幅が1.2ピコ秒のTHz電気パルスをグラフェンに加え、グラフェンプラズモン波束を発生・伝搬させ、その実時間波形をサブピコ秒の時間分解能で計測。なお、図中の「hBN」は六方晶窒化ホウ素

 日本電信電話株式会社(NTT)は7月22日、テラヘルツ(THz)領域において、パルス幅として世界最短(1.2ピコ秒)となる「グラフェンプラズモン波束」を電気的に発生・伝搬制御することに成功したと発表した。今回の成果は回路上でTHz信号を制御する新たな方法を示すものであり、将来的に、超高速での信号処理実現に期待できるとしている。

 テラヘルツ領域は、光波と電波の中間に位置する周波数領域のこと。現在の技術では、THz領域の無線通信やセンシング、イメージングについては社会実装への道筋が見えつつあるが、回路上のTHz電気信号の制御技術は未だ発展途上にあり、既存のエレクトロニクス技術の単純な延長で回路上のTHz帯を扱うことには限界があり、新しい方法論が模索されていた。

 なお、THzよりも低周波であるギガヘルツ(GHz)領域ではエレクトロニクス技術が、THzよりも高周波の領域ではフォトニクス技術が発達している。

 今回の実験では、「THzエレクトロニクス技術による超短電気パルスの発生・検出」と、THz電気信号の新しい制御技術としての「グラフェンプラズモン」に着目した。

 レーザーパルスを使って発生させたTHz領域の超短電気パルスをグラフェンデバイスに入射することで、グラフェンプラズモン波束の伝搬特性とその制御性、プラズモン発生効率を評価する実験が行われた。

テラヘルツ周波数でのロス減や制御性が期待される「グラフェンプラズモン」

 グラフェンプラズモンの「グラフェン」は、炭素原子が網目のように六角形に結びついたシートのことで、厚さは炭素原子1個分に相当する。強度がありながら折り曲げも可能で、電子機器の素材のほか、繊維素材としても注目されている。

 「プラズモン」は、電荷密度の振動のこと。光のような波としての性質を有しながら、自由空間の光に比べ、極めて小さな領域に電磁場を閉じ込められる特徴がある。

 グラフェン中の自由電子の振動であるグラフェンプラズモンは、THz領域でロスが小さいことが知られており、電子密度を変化させることにより、波長や伝搬速度などを制御できる。同社によれば、本実験以前に、電気的に発生させることができたグラフェンプラズモン波束の最短パルス幅は25ピコ秒で、これはGHz領域に留まる。

 これまでのプラズモンに関する研究などにおいて、金属上に発生した表面プラズモンが用いられてきた。しかし、研究における金属使用は、ロスが大きいことや、制御性が乏しいことが問題として挙げられている。

 対して、グラフェンではプラズモンの特性を電気的に制御可能であることが知られている。また、グラフェン上のプラズモンの速度は遅く波長が短い。波長が短いほど狭い領域に閉じ込めることができ、金属の表面プラズモンでは不可能な領域での応用が期待されている。

 しかし、THz領域において、電気的にグラフェンプラズモンを発生・制御ができることが明らかになっていなかったという。今回の実験では、実際にグラフェンデバイス上でプラズモンを発生・制御し、それを計測した。

上図左「a」は、計測装置のイメージ。レーザーパルスおよび光伝導スイッチを組み合わせたポンプ・プローブ分光によって導波路上でTHz電気パルスの発生・検出を可能にしたもの。右「b」は実際に計測したTHz電気パルス。1.2ピコ秒のパルス幅は、周波数成分として0〜2THzの帯域を有する
上図左「a」は、グラフェンデバイス上のプラズモンのイメージ。導波路上にグラフェンデバイスを挿入することで、THz電気パルスをグラフェンプラズモンに変換した。右「b」はグラフェンデバイスの断面模式図。金属ゲートによりグラフェンプラズモンの位相・振幅を制御し、ZnO(酸化亜鉛)ゲートにより、電気パルスとプラズモンの変換効率を高めた

グラフェンプラズモンの制御が可能であることが明らかに

 今回の実験の結果、1.2ピコ秒の超短グラフェンプラズモン波束をチップ上で発生・伝搬制御・計測することに成功し、このパルス幅が入射前の電気パルスの時間幅と同等であり、電気的に励起されたプラズモン波束として世界最短であることが分かった。これは、THz領域における電気信号を、歪ませることなく伝送できることを示すとしている。

 次に、グラフェンの電荷密度をゲートにより電気的に変調することで、プラズモン波束において、信号処理を実現するための基本的な操作である「位相と振幅の制御」ができることが分かった。これは、THz領域の電気信号を扱う新しい素子動作を実証できたことを意味するとしている。

上図左「a」は、金属ゲートの電圧が1.5Vときのグラフェンプラズモン波束の実時間波形。9ピコ秒以降に存在するピークは、回路中の多重反射によるもの。右「b」は、プラズモン波束のゲート電圧依存性。プラズモン信号の振幅が電圧により変化し、信号の伝搬時間が電荷中性点に近づくにつれて長くなっており、位相が電圧によって変化していることが分かる

 そして、ゲート電極の材料を最適化することで電気パルスからグラフェンプラズモン波束への変換効率が最大35%に達した。

金属ゲートとZnOゲートのデバイスの模式図と、プラズモン波束の性質の比較。4つの特徴がゲート電極の材料によって大きく変化している

 この値は、従来の光からプラズモンへの変換効率を数桁上回るもので、グラフェンプラズモンは、THz領域の電気信号を扱うことに本質的に適しているといえる、としている。

 また、変換効率だけでなく閉じ込め効果や伝搬速度、パルス幅がゲート電極によって大きく変化することを明らかにした。これらにより、目的に応じてデバイス構造を最適化することが可能になる。

 グラフェデバイスとTHzエレクトロニクス技術の2つを初めて同一のデバイス上に統合することで、超短グラフェンプラズモン波束の電気的発生・伝搬制御・計測に成功し、さらにその特性を詳細に理解することが可能になったことが、今回の実験のポイントだとしている。本実験を踏まえ、同社では、より高度な信号処理素子(周波数可変フィルター、増幅器、変調器など)をTHz領域で実現することを目指すとしている。