特別企画

マストドンが照らす21世紀型インターネットのありかた

ディケイド単位の視点でみたマストドンムーブメント

「マストドン」ブームは「セカンドライフ」バブルと似ている――今まさに“ファーストウェーブ”が訪れている分散型SNS「マストドン(Mastodon)」について、KNNの神田敏晶氏によるコラムをお届けする。Twitterはもとより、Friendster.com、Orkut、mixi、FacebookといったSNSの歴史を振り返りつつ、2007年にブームを巻き起こした3D仮想空間「セカンドライフ」にも言及しながら、“マストドン現象”の課題と今後を考察。来るべき“セカンドウェーブ”への備えについて重要性を説く。

※この記事は、近く発売される書籍「これがマストドンだ!使い方からインスタンスの作り方まで」(マストドン研究会編/インプレスR&D刊)から、神田敏晶氏が執筆した第7章「マストドンが照らす21世紀型インターネットのありかた――ディケイド単位の視点でみたマストドンムーブメント」を転載したものです。

ベーコン数が可視化させたスモールワールド理論

 SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)は2002年、Friendster.comが誕生した時産声を上げたといっても過言ではないだろう。

 1967年、イェール大学のスタンレー・ミルグラム教授の「狭い世界、スモールワールド」現象として発表した理論では、たった6人の人の隔たり(6Degrees)で人々は知人につながるという実験が郵便物によって行われた。それから32年後の1999年、米俳優のケビン・ベーコンと共演した人とその人と共演した俳優の隔たりを検索できるデータベース「https://oracleofbacon.org/」が発表され、ハリウッドは平均してベーコンを中心にしてほぼ4人の隔たりで網羅できることが映画タイトルで証明された。これが作られたのは、1990年に作られたimdb.comの映画データベースのAPI公開があったからだ。

 データベースを自由に利用できる仕組みを作ることによって、広くユニークなデータベースの利用方法を世界の誰かが考えてくれたのだ。まさにこれは「インターネット的」だった。1998年にimdbをamazonが買収。ハリウッドにおける「ベーコン数」は、32年前のミルグラム教授の「狭い世界」現象を再びリサージェンスさせ、友達の友達にリンクを貼ったらどうなるのか?というSNSの土壌を作った。そしてFriendster.comが登場することによって、ミルグラムの実験は「友達の友達の友達」でさえ同時に可視化できる世界を実現した。

 自分の知人の知人がつながるサービスの初のヒットは、世界中でSNSのクローン開発競争となった。2003年にはGoogleの社員が開設したOrkutが登場、2004年にはGreeが、mixiが、Facebookがサービスを開始する。まるで「101匹目の猿」の進化のように、全世界でSNSの開発がリアルタイムにはじまった。「6ディグリー理論」のスモールワールドは、ネットを介することによって、可視化することができた。

 そして、「フォロー」という概念を引っさげて、知人とは全く異なる「興味・関心」でのつながりを、140文字というSMSに似た文字制限で「タイムライン」というストリームによって表現するTwitterの登場によって、SNSブームは加速する。2006年にサービスを開始したTwitterは、2007年のサウス・バイ・サウスウエストで受賞したことにより先進ユーザーを獲得したが、日本でブームを巻き起こすのはその2年後の2009年、「tweet」が「つぶやき」と翻訳されてからだった。筆者の「Twitter革命」も発売は2009年11月だった。

「マストドン」ブームは2007年の「セカンドライフ」バブルと酷似している

 Twitterのブレイク前、まず私たちは3D仮想空間の「セカンドライフ」ブームのバブルを思い出しておいたほうがよさそうだ。2007年5月2日、セカンドライフの世界全体のアカウント数は600万人。日本のmixiのID数は930万人だった。セカンドライフ内の中国系女性が土地の売買で億万長者になったニュースは世界をかけめぐり、海外の有名企業がセカンドライフに続々と参入したことは日本企業を震撼させた。セカンドライフの土地を早く買っておく、同業社よりも先に顧客を獲得するなど、2007年に「セカンドライフバブル」が勃興した。すぐに3Dコミュニティーや3D制作会社によるカンファレンスやイベントが毎週のようにおこなわれ、新聞、雑誌、テレビのメディアがニュースとして扱う。その要因は、ちょうど日本では「Web2.0」ブームの真っ只中であり、『「セカンドライフ」、これぞ本命』的な扱いを受けたことだ。また、企業にとって見ればほんの数百万円で参入でき、話題になることができたことも大きい。

 そして2017年5月。現在のマストドンは一部の先進ユーザーの間での話題はあるものの、マスメディア的にエポックメイキングな事象は未だごく少ない。テレビで報道されるには絵的にも地味で、仕組みを説明するのが難解すぎるのである。

 しかし、誰かにスポットライトが当たり(すでに本書でも執筆しているぬるかる氏は主人公の一人だ)、ヒーローやヒロインが生まれ、社会にインパクトが与えることによってメディアへの拡散は一気に登場することだろう。それには、2009年のTwitterのヒットを見ればわかりやすい。

Twitterのディケイド

 日本におけるTwitterのアーリーアダプターの大半は、2007年の4月に生まれた。Twitterはその年の3月に開催されたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)のウェブアワードを受賞し、実際にその機能がそのイベントでリアルタイムに体感できた。イベント中に行われた好みのバンドによるライブコンサートの状況を、それを見ている誰かをフォローすることによって瞬時に知ることができるツールとして活用されたのだ。

 しかし、本当のTwitterのヒットは2009年と2年近くの歳月を必要とした。その要因は3つあると筆者は分析している。

 まず最初の要因は前出の「セカンドライフ」バブルの陰に隠れていたことだが、2番目であり最大の普及要因は、スマートフォンが台頭する時期だ。初代iPhoneのアメリカ本国での発売は2007年6月29日だが、日本発売は翌年のiPhone3G(2008年7月11日)からだ。さらに2009年6月にはiPhone3GSが販売され、同時に iOSが3.0となり「コピー&ペースト」がはじめてできるようになった。2009年にはUSエアウェイズ1549便のハドソン川不時着水事故のTweet(2009年1月15日)が速報として世界をかけめぐった。

 3つ目の要因は、スマートフォンにおけるtwitterのクライアントアプリが多数登場するという年でもあったことだ。同時にこの年には、Twitterクローンが幾多も登場しては消えていった。この時Twitterクローンとして、マストドンがたとえ登場していても話題に上ることはなかっただろう。それは当時のTwitter社が、「#ハッシュタグ」の採用や「RT」などのユーザーリクエストを適時反映していくというベンチャーらしさに満ちていたからだ。

 しかし、日本人はいつも4年程度で同じサービスに対して「飽き」がはじまる。それはレイトマジョリティーの参入とアーリーアダプターの離散による歴史のくりかえしだ。

Facebookの日本上陸

 日本におけるFacebook(2006年一般サービス開始)は、映画「ソーシャルネットワーク(2010年9月24日米国公開)」の日本での上映(2011年1月15日)公開と前後して、徐々に浸透していった。

 つまり、日本ではネットのアーリーアダプター層のファーストウェーブがあり、何らかのお墨付きが得られ、トピックのある話題や社会的影響度の強い出来事があってマジョリティが動き出し、それをメディアが拡散するという動きを取るのだ。

 そして、2017年。Twitterの身売り話がいまだに成立せず、話題といえば、自動運転やAIやドローンと、まだまだ萌芽しそうにない遠い未来への期待ばかり。Facebookに代わるSNSも存在しない、そんなところにマストドンは24歳の個人が作った分散型サービスとして飛び込んできた。マストドンの話題は、あの2007年のキラキラ輝いていたTwitterの青春時代を垣間見た気にさせてくれたのだ。

 同時に日本での情報は一斉に、平均して拡散し、知れ渡る。日本人は「乗り遅れないように」大量に増殖するのだ。最初は英語だけだったタイムラインは2バイトの文字が圧倒的に侵略している。

マストドン現象の課題と今後

 日本でのITトレンドの流れは、ファーストウェーブとセカンドウェーブが存在する。ビジネスになるのはセカンドウェーブからだ。しかし、もしビジネスにしたいのならファーストウェーブ段階で準備をしておかなければならない。

 そして、「マストドン」の場合、この本でもインスタンス立ち上げの詳細が掲載されているが、自ら立ち上げるためにはある程度?いやいや、相当なエンジニアリングに対する知識が必要だろう。残念ながら、筆者は途中でサーバー構築を断念せざるをえなかった。誰もが立ち上げられるインスタンスではなく、誰もが立ち上げられる“可能性がある”というのが正解だ。

 しかし、過去のインターネット技術へのトライ&エラーと同じく、エンジニアによるチャレンジが「マストドンの次の世界」を切り開いていくことは明確だ。たとえば、初期のインターネットエンジニアたちは、TCP-IPを理解し、メールサーバーを立ち上げ、DNSやWWWサーバーを動かしてきた。

 NTTのテレホーダイ(1995年開始、23時から翌朝8時まで)限定のWWWサーバーなどISDN電話回線利用の個人サーバー時代や、駅前でのYahoo!BBのADSLモデム無料配布などで、個人がチャレンジできる時代は今までもあった。自前でサーバーを持てる知識がなかった筆者は1995年、NECのMeshnet(現BIGLOBE)というプロバイダーと契約し、当時は、3.5インチのフロッピーディスク(もう今では生産されていない)にインターネットマガジン(これも休刊した)の付録で学んだばかりのHTMLで書いたHTMLドキュメントを保存。それを封書の郵便で送り、ウィルスチェックなどをした上で自分の契約しているサーバー上で更新してもらっていた。そこからPHS電話の登場によってノートパソコンでモバイルによる更新が可能となった。

 それから10年。マストドンのチャレンジは、個人が自宅やクラウド上にサーバー(インスタンス)を持ち、再びあの頃の可能性を見せてくれることだろう。新たなプロトコルを生む可能性も秘めている。Linuxが登場しApacheが登場し、MovableTypeが登場してきたように、「オープンソース」という共有の知識で個人が組織と台頭になれるという夢をまた見せてくれそうだからだ。AIやIoT時代におけるNapsterやBitTorrentのようなP2P的な技術も再燃するかもしれない。マストドンのファーストウェーブはまだ限られたコミュニティーだが、強固な“草の根BBS”の世界を21世紀のインターネットに復活させた。コミュニティーの住み分けも、所属するインスタンスによってロイヤリティや忠誠心で色分けされるだろう。このロイヤリティを企業がどう取り入れるのかも見ものだ。そこでは間違ってもセカンドライフの時のような一過性の考え方で飛びつくのではなく、自社製品やサービスの住人として真摯に向き合える人だけを厳選して招待するなど、コミュニティーの設計が重要になることだろう。

 何十万人のフォロワーを持つインフルエンサーや、ステマまがいの広告に冒されたネット社会ではなく、関心領域が近く互いに切磋琢磨できるような古き良きコミュニティーの形成。あらゆる個人がフラットにつながる理想のインターネットの可能性を、マストドンは現在進行系で見せてくれているのだから。

書誌情報

タイトル:これがマストドンだ! 使い方からインスタンスの作り方まで
著者  :マストドン研究会
定価  :電子書籍版800円(税別)、印刷書籍版1200円(税別)
ISBN  :9784844397724
発行  :インプレスR&D

神田 敏晶

KandaNewsNetwork,Inc.代表取締役。ITジャーナリスト、ソーシャルメディアコンサルタント。神戸市生まれ。ワインの企画・調査・販売などのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の編集とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」を運営開始。サイバー大学客員講師。ソーシャルメディア全般の事業計画立案、コンサルティング、教育、講演、執筆、政治、ライブストリーム活動、海外シェアハウス運用などをおこなう。ソフトバンク孫正義の後継者育成私塾ソフトバンクアカデミア外部一期生として在籍中。