【特集】
ホットスポットの2.4GHz帯は誰のもの?今年に入り、過熱気味となっている無線LANアクセスサービス。いわゆる“ホットスポット”は、試験提供を開始する大手通信事業者や無料スポットの普及を促す機器ベンダーらの取り組みとは裏腹に、これによってエンドユーザーの利便性が向上するとは必ずしも言い切れない状況だ。セキュリティーに対する技術的な問題が指摘されているほか、果たして採算ベースに乗るのかというビジネス面の課題も残されている。 しかしそれだけでなく、特に事業者にとってスポットの展開、すなわち基地局の設置が円滑に進められるのかという大きな疑問もある。現在、ホットスポットで主に採用されている2.4GHz帯の無線LANシステムは、ご存知のように免許なしで誰でも基地局が設置できるものだ。他社の基地局からの電波干渉を防ごうと、まるで“陣取り合戦”のような混乱も起きつつある。ファーストフードやコンビニエンスストアチェーンとの提携がその典型だ。 さらに今年春から夏にかけては、駅構内への基地局設置をめぐって、モバイルインターネットサービス(MIS)とJR東日本で紛争が繰り広げられた。この議論は、ホットスポットにおける2.4GHz帯という周波数の位置付けについて考えさせられるものだった。本特集では、この紛争から浮かび上がってきた、特に公共性の高い空間において無線LANアクセスサービスが普及するうえでの課題について考える。 ●電気通信事業法に足元をすくわれたMIS
ただ、注意しなければならないのは、同規定はいわば土地収用法の方向性をくんだ規定であり、MISがこの申請で狙ったのは、同規定に基づく基地局設置スペース等の「公用使用権」の取得だったという点だ。2社の間で争点となっていた電波干渉などの問題を棚上げにして、基地局を設置することだけをあせった行動だったという印象は否めない。 確かに、同社のようなベンチャーにとって、無線LANアクセスのような新規市場でいかに早くサービスを確立できるかが事業の成否を左右する。話し合いではらちが開かず、MISが電気通信事業者法第73条第1項を拠り所に突破口を開こうとしたのもわからないではない。 また、この申請の結果、MISに公用使用権が認められることは、無線LANアクセスの普及を考えれば、それはそれで意味があったかもしれない。実際、総務大臣が電気通信事業紛争処理委員会に諮問した6月の段階では認可する方針が示されており、MISの取締役最高技術責任者で理学博士の太田昌孝氏も、総務省が同規定の適用について時代に見合った解釈を示していたことを評価していた。 しかし、紛争処理委員会の答申はこれを覆すもので、MISの公用使用権を認めるのは適当でないというものだった。これは、裏を返せば、そもそも同規定が無線LANアクセスの存在に対応できるほどアップデートされたものではないことを示している。答申では、あくまでもこの公用使用権を取得する資格がMISにあるかどうかという観点からの判断に止まっており、電波干渉などの問題については言及されていないのだ。 電気通信事業者法第73条第1項というMISのとった手段は結果として、2.4GHz帯の無線LANアクセスをとりまく本質的な問題とはずれたポイントでの結論を、それも自社に不利となるかたちで導くことになってしまった。 それでは、そもそもMISとJR東に本の間で議論のきっかけとなった問題とはなんだったのか? ●議論のきっかけは電波干渉
実はJR東日本でもこの直前、日本テレコムと共同で、駅における無線LANアクセスの試験サービスを開始することを発表していた。また、駅員が列車の運行情報や乗り場案内をPDAから参照できるようにするための業務用の情報システムを、2.4GHz帯の無線LANを使って駅構内に整備する計画も進んでいた。 異なるチャンネルを割り当てることで電波干渉を回避可能だという指摘もあったが、この情報システムは駅構内のあらゆる場所をカバーしなけらばならないため、複数のチャンネルが必要になるという。さらに、MIS以外にも基地局の設置を申し入れてくる事業者が現われることも考慮した。「すでに世間に広く認知されているサービスならば早い者勝ちで基地局の設置を認めてもいいだろうが、無線LANネット接続は黎明期のサービス。今の段階でMISだけにチャンネルを割り当てるわけにもいかない」(JR東日本総合企画本部経営管理部の西野史尚担当課長)と判断した。 もちろん2社の間で交渉が重ねられたが、合意には至らなかった。JR東日本側は、電波干渉の問題を回避しつつ、MISのユーザーも駅構内で無線LANが利用できる方法として基地局のローミングを提案。一方、MISは独自のセキュリティーと基地局間のハンドオーバーをセールスポイントとしており、これらの機能が実現できないローミング案は到底受け入れられないものだった。 あくまで自社基地局の設置を求めるMISと、ローミングで対応したいとするJR東日本。その後、2社の話し合いが平行線をたどったことから、MISは2002年3月、電気通信事業法第73条第1項に基づく裁定を総務省に仰ぐこととなったわけだ。 ●駅構内の2.4GHz帯はJR東日本のものか?複数の無線LANシステムが同じ空間で運用されることで、電波干渉を懸念するのは当然のことだろう。しかもJR東日本の場合、インターネット接続サービスだけでなく、PDAを使った駅員用の情報システムにも無線LANを利用しているのだ。 その一方で、2.4GHz帯は「ISM機器からの混信を許容しなければならず、必ずしも良好な通信状態が確保されるわけではない」「特定の者が特定の周波数を占用することなく、各無線局が相互に協調して運用すべきものである」(今回の紛争を電気通信事業紛争処理委員会に諮問するにあたって、総務省がとりまとめた審査資料より)。JR東日本の本来の業務である鉄道業務に利用しているからといって、電波干渉だけを理由に排他的に保護されるべきものとは言い切れない。 もちろん、一般企業のオフィスビルや飲食店などの空間で無線LANアクセスの基地局設置を認めるかどうか、もしくはどの事業者を選択するかについては、当然ながらそのスポットのオーナーの意向が尊重されるべきだろう。しかし、今回は駅というきわめて公共性の高い空間である。ある無線LANシステムを保護するために、他の無線LANシステムの基地局設置を拒むことが認められるのかどうか? しかもMISの場合、携帯電話やPHSと同様に面的エリア展開を前提としている通信事業者だという点も考慮しなければならない。そのスポットの集客力に相乗りするかたちで、あるいはスポットのオーナーからすれば集客力アップにつなげることを目的とした、いわゆるホットスポット事業者とは性格が異なっている。 例えば携帯電話やPHSは、駅構内にも基地局が設置されている場合があり、ホームでもサービスが利用できるようになっている。「携帯電話やPHSは、広くあまねく提供されるサービス。駅だけ穴が空いたのでは公益性が妨げられるということで、JR東日本と通信事業者で互いに協力協定を結んで、駅構内でもサービスが受けられるようにしている」(西野担当課長)一方で、MISの基地局設置を受け入れないというのでは矛盾する。 確かに、現時点ではMISが本当に広くエリアをカバーしているとは言えない。実際、同社が総務省に裁定を求めたのは、乗降客のもっとも多い東京都内の6駅のみだ。「これでは駅の集客性に着目したものとしか言えず、公益性はない」(西野担当課長)との指摘もうなずける。 ただし、今後、無線LANアクセスが、携帯電話やPHSのように広いエリアをカバーするようなサービスとして発展することも考えられる。鉄道業務用の情報システムも含め、駅構内に自社の無線LAN基地局だけを優先するわけにもいかなくなる可能性があるが、たとえそのような段階になったとしても、「公共性が高いとはいえ、駅はJR東日本という民間企業の所有地。例えば、丸ビルの1階は公共空間と言えるかどうか? 公共性が高いかどうか、どうやって判断するのかが難しい」(西野担当課長)。 ●基地局設置のルール化に向けた課題
総務省総合通信基盤局電気通信事業部事業政策課によれば、検討の具体的なスケジュールは未定だが、仮に省内で「制度整備の必要性あり」との結論が出たとしても、法律を改正するためには次期通常国会まで待たねばならないという。 一方、紛争処理委員会の答申では、「本来、本件無線LAN設備を設置することについては、当事者間の話し合いによるべきである」と指摘している。法改正に時間がかかるというなら、このような話し合いが円滑に進められるよう、ガイドラインや事業者間協定などのかたちで業界内の調整を促すことも必要だろう。法的な拘束力がないとはいえ、即効的な対処法としても意味があるだろう。 ただし、いずれにせよルール化を進めるにあたっては、単に無線LANアクセスの整備を加速できるようにすればいいというものではない。例えばJR東日本は、自ら無線LANアクセスを提供している事業者であるとともに、駅という今後解放が期待されるスポットのオーナーという立場から、総務省が制度策定に取り組むのであれば「ユーザーが便利に利用できるか、駅が安全に利用できるか、事業として発展できるかという3つの観点からの検討が重要。これらを実現するためには、鉄道事業者の意向を無視したかたちで実施されてはならない」(西野担当課長)と強調する。 先述のように、JR東日本がMISの基地局設置を拒否した理由は電波干渉と、もうひとつ「安全性の問題」があった。MISがサービスを提供しようとした場所が駅のホームとコンコースだったためで、ラッシュアワーなどにホームの基地局周辺で立ち止まってノートパソコンなどを利用されては、乗降客の流動の妨げとなるというわけだ。ルール化にあたっては、基地局を設置する場所の条件についても考慮に入れなければならないだろう。 ●2.4GHz帯は通信事業者のものではないさて、今回の紛争の当事者となった2社に限っていえば、いったん法による裁定の場に持ち込まれた以上、「当事者間の話し合い」の場に戻るのは難しいかもしれない。それは、たとえ早急にガイドラインが策定されたとしても、法的な裏付けがないものでは効果がないためだ。2社の議論は「もう法でしか裁けない段階」に進展してしまったのである。実際、総務省の不認可処分が発表された後、MISからJR東日本に対してのアプローチはないという。 そして、無線LANアクセスの公共的な空間における提供の可否について判断を下せるルールが存在しないまま争点が店ざらしなっていることで、わりを食うのはMISだけではない。同社の加入者もしくは加入を検討しているようなエンドユーザーであり、これは何もMISのサービスだけに限ったことではないのだ。 無線LANの2.4GHz帯は本来、JR東日本が導入しているような業務用も含めて、エンドユーザーのものであったはずだ。しかし、今回の2社の紛争やホットスポット各社の“陣取り合戦”からは、まるでそれが通信事業者のものであるかのような印象を受ける。その結果、スポットによってエンドユーザーの2.4GHz帯利用に制限がかかってしまっている。 通信事業者の事業を円滑に進めるだけでなく、ホットスポットの2.4GHz帯をエンドユーザーのもとに取り戻し、無線LANアクセスが本当に利便性のあるサービスとして普及するために、基地局設置のルール化が急がれる。 ◎関連URL■モバイルインターネットサービス株式会社 http://www.miserv.net/ ■JR東日本「駅でワイヤレスインターネット体験!」 https://www.jreast.co.jp/musenlan/ ◎関連記事 ■MIS、JR東日本の駅へ無線基地局設置に関して総務省に裁定を求める(Broadband Watch) http://bb.watch.impress.co.jp/news/2002/04/08/misjre.htm ■MISの無線アクセス、JR駅への基地局設置に黄信号? /www/article/2002/0730/soumu.htm ■MIS、JR東日本の施設を使用する認可を求める要望書を提出(Broadband Watch) http://bb.watch.impress.co.jp/news/2002/08/02/mis.htm ■総務省、無線アクセス基地局設置の円滑化へ向けて制度検討へ /www/article/2002/0808/soumu.htm (2002/10/21) [Reported by nagasawa@impress.co.jp] |
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