10代のネット利用を追う

家庭科の学習ゲームを千葉大生らが制作、小学校の授業で検証する教育演習~GREEと千葉大学教育学部が取り組む“ゲーム×教育”

ファッションコーディネートで家庭科の知識を身に付ける学習ゲーム「SHOW TIME」

 将来“教育の情報化”を担う教員の養成を目的に、グリー株式会社(GREE)と千葉大学教育学部が共同で「メディアリテラシー教育演習」を開講している。千葉大生とGREEのエンジニアがアイデアソンやハッカソンを経て学習ゲームを共同制作し、実際にそれを用いた実証研究授業を小学校で実施。ゲームを活用した学習の効果や課題を検証するものだ。2013年度から毎年開講しており、今年度で4回目となる。今年度は2016年10月にアイデアソン、12月にハッカソンを開催し、2017年1~2月に実証研究授業を実施した。優秀作品は後日、アプリとしてリリースすることも検討するという。

 千葉大学教育学部附属小学校で2月8日、家庭科の学習ゲームを用いて行われた模擬授業の模様をレポートするとともに、参加者たちに話を聞いた。

今回取材したのは家庭科の模擬授業だが、「メディアリテラシー教育演習」では社会科の学習ゲームも制作され、1月25日に模擬授業が行われた。「そちの名は。-sochi name-」は、2~3人で1台の端末を使って歴史の問題を協力しながら解いていくことで、歴史の復習ができるアプリ。主人公は歴史上の人物と入れ替わってしまい、自分が誰と入れ替わってしまったのか、問題の中に隠されたヒントをもとに推理していくストーリー
「ぼくにとどけ~愉快な妖精達と流通を学ぶ物語~」は、流通の仕組みを擬似的に体験することで、普段食べている食材がどのように私たちのもとへ届いているか実感できるゲーム。ある日の夕食、食べているイワシがどうやって届いているのか興味を持った主人公。気が付くと漁港に飛ばされ、イワシを運ぶ運送業者の社員になっていた。無事にイワシを届けるべく、正しい輸送手段をグループで話し合いながら選択していく――というストーリー。千葉県産の梨、豚肉を運ぶステージもある

ファッションコーディネートで家庭科の知識を身に付ける「SHOW TIME」

 模擬授業の当日は、5年生のクラスで2つのアプリを使った授業が行われた。まずは、ハッカソンで優秀賞を受賞した家庭科の学習ゲーム「SHOW TIME」だ。

模擬授業ではまず、千葉大学教育学部の学生が「ファッションモンスター」を呼び出すと、身体を黒い布で覆った男性が登場。みんなの掛け声とともに男性が布を取ると、ストライプのジャケットに明るい色のシャツの派手目のファッションが現れた。胸ポケットに小さなぬいぐるみが入っており、「動物園デートを意識してコーディネートした」という

 SHOW TIMEは、デザイナーの姉から家庭科に関する問題が出され、正解するとファッションアイテムを借りることができるという設定。ファッションアイテムでコーディネートが完成したら「SHOW TIME」を押してアップロード。コーディネートはお互い見せ合うことができ、「おもしろい」「かわいい」「かっこいい」で評価できる。

 隣同士の男女2人でペアを組み、1台のiPadが配られる。アプリを起動すると、それぞれ自分のキャラクターを決め、割り当てられたグループ名と名前を登録。児童たちは、「うわ、わかんない」「わー、やった!」と盛り上がる。男女ペアなので、選んだキャラクターも男性キャラクターと女性キャラクターが1つずつとなっている。

 コーディネート時は、男女どちらかのキャラクターを選び、ファッションアイテムを選んでドラッグ&ドロップで着せていく。上半身・下半身だけでなく、帽子などの小物や背景も選ぶことができる。出来上がったらアップロード。個性豊かなさまざまなコーディネートが出そろった。

 最後に、お互いのコーディネートを見て評価。評価時も「これかわいい」「へー、おもしろい」と良い反応が見られた。「おもしろい」「かわいい」「かっこいい」の1つの評価しかできない仕組みなので、「これは“おもしろい”でしょ」など話し合って決めている姿が見られた。

人によって異なる希望を汲み取って物件を紹介する「地球留学相談所」

 授業後半は、もう1つの学習ゲーム「地球留学相談所」の時間。こちらは、宇宙人が地球に留学しに来たという設定だ。「留学するときに何が決まっていないと困る?」という質問に対して、児童から「住む場所」という回答が出た。このアプリは、留学しに来た3人の宇宙人に対して、希望に合った家を見つけて紹介する手伝いをするというもの。1カ月後には、満足度に応じてA~Cで評価が得られる。いい家を紹介できたら、特別な画面が見られる仕組みだ。

人によって異なる希望を汲み取って物件を紹介する学習ゲーム「地球留学相談所」

 1人目の宇宙人は、「お金はあまり気にしていない」「学校や駅に歩いていける場所がいい」「ラーメンが大好き」「ネコはかわいい」という希望を持っている。これに対して児童たちは、家賃、学校や駅までの距離、近隣施設などをチェックし、一軒の物件を選んだ。

 結果、すべてのチームで「A評価」となった。1軒目について、学生と児童たちで「なぜその物件を選んだか(なぜ他の物件を選ばなかったのか)」を話し合い、「家賃は高くてもいい」「学校や駅に近い」「ラーメン屋が近くにある」「ペット可」というチェックすべき視点を確認し合った。

 児童たちはそのほかにも、「日当たりがいい」「学校まで自転車に乗るのが楽しみなので距離は気にしない」「サッカーが好き」という宇宙人の希望に合った物件などを見つけた。ほとんどのチームがA判定だったため、後半には他の物件を選んだらどうなるか確認する時間が設けられた。

 最後に、児童が「依頼者の希望に寄り添って選ぶのが難しいけれど面白かった」という感想を発表。それを受けて、教育学部の学生が「人によって価値観や大切にしていることは違う。細かいところまで気を使ってあげることが大切」とまとめた。

「知識が身に付いてやる気になる」と児童には高評価

 授業を受けた感想を児童たちに聞いてみた。彼らは家にiPadなどのタブレット端末があり、主に調べ物に使っている。ゲームに使うこともあり、利用には慣れている状態だ。普通の授業とアプリを使った授業では、「圧倒的にアプリを使った授業がいい」という児童たち。「やる気になるし、集中できる。算数とかほかの授業でももっと使いたい」。

 2つのアプリのうちSHOW TIMEの方は問題が難しかったが、何度も同じ問題が出てくるため、かなり知識が得られたという。「例えば、『W』は『ウェットクリーニング』の意味。『かがり縫い』もどんな縫い方か覚えた」。さらに、「ほかの人のコーディネートを見たら、自分で思い付かないようなコーディネートがあったり、シンプルが好きな人もいれば派手なのが好きな人もいて、かなり違うのが面白かった」という。

 また、「正解しないとアイテムがもらえないので、もっと正解してアイテムをたくさん手に入れて違うコーディネートがしたくなった」という。「人のコーディネートの中に、自分が欲しかったアイテムを使っているのがあって、自分も欲しい、あったらもっと違うコーディネートができるのにと思った」と、見せ合うことが動機付けにつながっているようだ。

 地球留学相談所は、「1つの条件だけなら簡単に決められるのに、条件が複数あるので、総合的に判断しなければいけないところが難しかった」という。特に3人目の宇宙人の希望が、家賃の観点だけならほかの物件になるが、そのほかの希望もあわせて総合的に考えると違う物件になる点が難易度が高かったようだ。

 1人の児童が、「やっているうちに『こんなゲームできないかな』とアイデアを思い付いた。自分でも作ってみたくなった」と語っていたことが印象的だった。

参加する大学生・小学生にとってプラス

 千葉大学教育学部副学部長/教授の藤川大祐氏に、この授業の意義や終わってみての感想を聞いた。

 「最終的には広く使ってもらえるアプリを作ることが目標。いいアプリを作ることができ、なかなか満足行く結果になった」と藤川氏。過去にはアプリが安定して動かないこともあったため、安定して動いたところも良かった点だ。「スムーズに安定して動くようにした上、ネットワーク環境が脆弱なこと(※後述するように、トラフィック負荷に弱いという意味)も汲み取って調整していただいた」とGREEを高く評価した。

 アプリ作成に関しては地道な作業が多いが、最近は絵を描くことが好きな学生が集ってくるようになったという。参加した学生にとっては、「チームで作る体験ができ、最先端のエンジニアの仕事を肌で感じる貴重な機会。コミュニケーション能力だけでなく、問題解決能力も身に付く。汎用性のある能力が身に付けられている」など、意義が大きかったという。

 参加した小学生の児童にとっても、「お互いに仲良く話し合って進めたり、認め合ったりする場面があった。そのような肯定的評価があることで、学習生活にプラスに働くだろう」と意義を強調した。「GREEさえ良ければ今後も毎年作っていきたい」。

千葉大学教育学部副学部長/教授の藤川大祐氏(向かっていちばん右)

アイデアを実現するのは大変

 参加した学生たちにも話を聞いてみた。アプリは10月から学生5名、エンジニア2名で協力して作ってきたが、「昨夜までかかってぎりぎりまで調整した」という。学部生、研究生、院生など、学年はバラバラだが、みんな自ら希望して参加している点は同じだ。当日の司会も務めた大学2年生の学生は、「YouTubeに上がっている動画を見て、入学前からこの授業があることを知っており、面白そうだと思っていた」と参加の動機を語った。「教育実習もまだなので、事実上、初授業だった。緊張したけれど成功してよかった」。

 アプリのアイデアやイラストなどは学生たちが担当し、アプリ制作の部分はGREEのエンジニアが学生の希望を聞きながら進めていくという流れになる。「アプリを作るのは大変だった」と学生たちは口をそろえる。一番困ったのが、頭にイメージしたことがうまくゲームにできない点だ。「イメージはあるのに、実際に作ってもらうと、レイアウトなど変えた方がいいところがたくさん見つかる状態だった」。レイアウトどおりに作るとキャラクターが小さくなりすぎたり、ユーザーインターフェース的にどんなボタンが必要かなどの細かい調整が続いた。

 「ゴールをどう位置付けるかも悩んだ」と学生たちは語る。「せっかく小学校の授業で行うので、得られるものが欲しいと考えた」。家庭科の教科書の内容に沿った問題にしたり、多様性を認めようというような内容に持っていくなどの点を工夫したそうだ。

作ったものを小学生が使ってくれるのはうれしい

 4年前から継続して参加しているというGREEのエンジニアにも話を聞いた。アプリは、学生から企画書をもらい、GREE本社で打ち合わせをし、ハッカソンを経た後は、LINEグループでやりとりしながら進めていった。ハッカソンの2日間では骨子だけで、その後、2人のエンジニアで2~3週間かけて作り上げたという。

 小学校のネットワークが、全員で一斉に利用するなどの負荷をかけすぎると動かなくなってしまうため、端末に負荷をかけすぎないやり方で、SNS的機能、つまりコーディネートを全員分表示したり、評価をすべてに反映させるという共有部分に苦心したという。今回はこの授業に最適化させて作ったため、もし今後、アプリを広くリリースすることになったらやり直す必要があるそうだ。

 「自分が作ったものを小学生が使ってくれているのがうれしい。普段はゲームを作っており、作ったゲームで遊んでいる人を見ることはまずないので。小学生はダイレクトに感想を言ってくれるのもうれしい」と、参加した感想を語ってくれた。最近は、「小学生ならどう使うかな」と考えるようになったという。

 今回の模擬授業で、児童たちはアプリを使った授業にとても楽しそうに参加していた。学習内容が身に付いたり、自分でも作ってみたいと想像が広がるさまを実際に見て、ICT教育の1つの理想的な姿を感じた。また、これからの教員はこのように外部の人材と協力して進めることも増えてくるはずだ。このような実践的な体験ができる場は、これからの教育現場にこそ求められているだろう。

高橋 暁子

小学校教員、ウェブ編集者を経てITジャーナリストに。Facebook、Twitter、mixi などのSNSに詳しく、「Facebook×Twitterで儲かる会社に変わる本」(日本実業出版社)、「Facebook+Twitter販促の教科書」(翔泳社)など著作多数。PCとケータイを含めたウェブサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持ってる。http://akiakatsuki.com/