10代のネット利用を追う

ネットいじめ“脱傍観者”の雰囲気を独自授業で醸成~千葉県柏市、市内の中学校全生徒にいじめ通報アプリ提供も

柏市立土中学校

 傍観者の視点に立って、ネットいじめを許容しないクラスの雰囲気を醸成するための授業を、柏市教育委員会が千葉大学・敬愛大学と連携して開発、同市立土中学校で5月下旬、その授業が報道関係者などに公開された。これとあわせて柏市では、ネットいじめを報告・相談できるアプリとして「STOPit(ストップイット)」を、市内20の中学校の生徒全員に提供する。ネットいじめの早期発見を目的として行われた授業の模様をレポートするとともに、こうした授業が生まれた背景と同アプリについて紹介する。

クラスの雰囲気を反映する「私たちの選択肢」

 当日は、1年生を対象として「私たちの選択肢」という授業が行われた。授業で使われたオリジナル動画は以下のようなものだ。

 舞台は中1のあるクラスで、主人公はおとなしい女子生徒だ。テストが返されたとき、クラスメイトのある男子生徒が、ほかの生徒たちの点数を見て「何だみんな俺より下じゃないか」と言う。「そういうのはやめて。みんな嫌がってるでしょ」と言われるが、彼は教室を出ていってしまう。

 その夜から、「アルファトーク」というLINE風のクラスグループや、「waratter」というTwitter風のサービスで少年の悪口で盛り上がるようになる。徐々に学校でも陰で男子生徒の悪口を言う人が増えていく。あるとき、その男子生徒の上履きが隠される事件が起き、クラスの雰囲気は最悪になってしまう。それに対して別の生徒がアルファトークで「やりすぎでは?」と書き込むが無視されてしまい、悪口がもっとひどくなってしまう。

 ここで動画は一度止まり、自分が主人公の女子生徒ならどうするかという2択が提示され、授業を受けている生徒たちに投げ掛けられる。

1)男子生徒に対する悪口をやめるようアルファトークに書き込む
2)アルファトークに何も書き込まない

 クラスの生徒22人のうち、18人が1)を、4人が2)を選ぶという結果になった。

 1)を選んだ生徒は、「自分が勇気を出して言わないと止まらないから。おかしいことだからトーク内で反対されても言うべき。ほかにもおかしいと思っている人がいるのでは」「自分が止めないといじめが悪化して、クラスの雰囲気も悪化するかもしれないから」などと回答。

 一方、2)を選んだ生徒の中には、「自分がやっても変わらないかもしれないし、次は自分がいじめられるかもしれないから」と、自分に火の粉がかかることを恐れて書き込まないという考えが目立った。

 動画には、1)と2)の2つの未来が用意されている。クラスにおけるそれぞれの選択肢を選んだ割合を入力し、それによってドラマが進む未来を決定する仕組みだ。確率なので人数が多いほうの選択肢へ進む可能性が高くなるが、少数が選んだ選択肢が未来となる可能性もあるというわけだ。

 このクラスでは、1)になった。主人公の生徒がアルファトークに書きこんだところ、クラスのみんなが同調してくれて、いじめが止まった。クラスの雰囲気もよくなり、書き込みをきっかけに新しい友だちができたという、全体にハッピーエンドな結末だった。

 では、2)ならばどうなっていたのだろうか。動画の続きはこうなっている。

 いじめがさらに広がり、男子生徒は一人でいることが多くなってしまい、主人公は「自分はどうすればよかったのか」と悩んでいるという結末だ。

 感想・意見を発表する時間には、「見ているだけでは変わらないので、行動を起こさなければと思った」「誰かが止めないとエスカレートしてしまう」「自分の意見を言うことは大切」といった声が挙がった。

傍観者が行動を起こすことが大切

 授業の最後に講師から、いじめには加害者、被害者、観衆・傍観者がいるという構造を解説。「クラスの雰囲気がいじめを止められるかどうかに関係しているという研究を参考に、多数決をクラスの雰囲気として反映させた。傍観者も行動を起こすことができるし、クラスの雰囲気もひとりひとりで変えられる。ただ見ているだけではなく、行動を起こすことが大切」とまとめた。

 その後、いじめを匿名で報告・相談できるアプリ「Stopit」の紹介があった。行動することは大切だし、みんな本当は行動したいと思っているが、言えないこともある。そんなときに、このアプリを使ってほしいという。「強制ではなく選択肢の1つとして使ってほしい」と紹介された。

 授業のあと、実際に授業を受けた女子生徒に感想を聞いてみた。この生徒はスマホは持っておらず、書き込みをしたことはないが、「クラスLINEはおそらくある」という。「インターネットは便利だが、いじめに発展するのはよくない。もし、いじめにあったらアプリを使いたい。傍観者になったらできるだけ早く行動を起こしたい。先生に言ったりしてもいいかもしれない」。

ネットいじめの研究を反映させて授業を開発

 授業終了後、千葉大学教育学部教授の藤川大祐氏による授業の解説があった。傍観者がそのままではいけないという“脱傍観者”、クラスの雰囲気を理解していじめを止める雰囲気を作ってほしいという願いがテーマになっているという。「ネットいじめによって、より一層この2つが大切になっている」。

千葉大学教育学部教授の藤川大祐氏

 ネットいじめは2007年にピークを迎え、その後、落ち着いていたが、2013年ごろから再び増えている。「2007年はプロフなどで問題が起きていたが、2013年以降はLINEなどの見えない場で行われており、スマホの影響が大きい」と藤川氏は言う。今のいじめは外から見えにくく、対策しづらいところが特徴だ。「ネットいじめは、早く見つけて対応する必要があるが、ネットパトロールもフィルタリングも通用せず、従来の枠組では対応しづらい」。そこで、関係している人が自分でアクションしてもらうしかないと考え、今回のテーマ“脱傍観者”につながっているのだ。

 藤川氏らがネットいじめの研究を進める上で、クラスの雰囲気がいじめを止めるために役立ちそうだということが分かったため、それを反映させて作ったのが今回の授業だ。「『教室の私達の選択肢である』という仕掛けをしないと他人事に考えてしまうので、我が事として考えてほしいと思って作った」。

 今回の公開授業は、取材に来た人が多かったために、過去の授業と比べて1)を選ぶ生徒が多かったが、プレ授業では半々か、2)が多いくらいだったという。また、この授業では発表者の指名はすべてコンピューターによるランダム指名だ。これも、普段発言しないクラスメイトの声を聞くことが相互理解につながり、結果的にいじめ防止につながるという想定で取り入れた仕掛けだ。

 動画内では、具体的に主人公がどう書き込んだのかという部分は描いていない。例えば、生徒から「あれで止まるのか」という疑問が出てきたら、「じゃあ、どうして主人公が言ったら止まったのか、最初に書き込んだ少年とは何が違うのかなど話し合うといい」という。

 ただし、身の危険を犯してまで生徒に言わせるかという問題もある。「選択肢2)が間違いとは思わせないでほしい。いろいろな選択肢があっていいし、自分の身を守ってもいい。しかし、クラスの誰かが動ける雰囲気を作ってほしいし、そのくらいは貢献してほしいと考える」。

 柏市では授業の講師をNPO法人企業教育研究会に委託しているが、「学校の先生が使うことを前提として作っている」と藤川氏。「今後、この授業を行うための映像や指導案の無料提供をしていきたい」という考えだ。

匿名でいじめを報告・相談できるアプリ「STOPit」

 続いて、STOPitを提供するストップイットジャパン株式会社の谷山大三郎氏によるアプリの紹介があった。谷山氏は、小学5年から中学くらいの時期にひどいいじめを受けたという。いじめられても、「迷惑かけたくない」という思いで誰にも相談できなかったという経験がある。結局、担任の先生が止めてくれてたが、そのときの体験は今も心に残る。「僕は家に帰れば居場所があったが、今は24時間いじめられる可能性があり、逃げ場がない」。

 谷山氏が海外の記事を読んでいるときに、いじめを匿名で通報できるアプリの市場は26億円くらいと非常に大きいことを知る。そのときにSTOPitの存在も知り、早速、運営会社にメールを送った。2015年8月に米国を訪れ、日本版を担当できることになった。

 ストップイットジャパンは日本支社ではなく総代理店であり、パートナー的な立ち位置となる。今後、日本人向けにカスタマイズした機能を入れていくことも考えているという。スタートしたばかりだが、柏市以外にも、私立3校、岡山県の公立高校などが導入済みだ。

 アプリからは匿名でいじめの報告・相談ができるほか、見逃し防止アラート、適切な情報共有、匿名で返信できる機能なども用意されている。同アプリを利用することで、米国では抑止効果としていじめの減少が報告されているという。

 柏市では、生徒からの報告・相談は教育委員会のサーバーに届くようになっており、生徒指導室や少年補導センターなどが学校と連携しながら対応していく予定だ。アプリには学校ごとにアクセスコードを用意されており、匿名だが、学校名と学年だけ分かる状態で届くようになっている。柏市ではこれまで対策としてEメール相談、ネットパトロールをしてきたが、メール相談は激減してきたため、今後はこのアプリの対応もしていくという。

 なお、報告・相談が届けられる先は自由に設定でき、これまで導入した私立校では校長・副校長・教務主任などに連絡が行くようにしていたり、岡山県のある県立高校では学校に届くようにしているという。

 メッセージ対応は24時間ではないため、緊急性が高いときにはアプリから設定した相談機関などに電話もできる。柏市では子どもの人権110番、24時間いじめ相談ダイヤル、チャイルドラインなどの外部の相談機関を登録しているが、相談先は学校ごとに設定することができる。

「Filii」と「STOPit」は両軸として必要

 柏市は2016年、いじめ防止アプリ「Filii(フィリー)」を無償提供する実証実験を行っている。Filiiは、子どもが利用するスマートフォンやSNSの利用データを取得・分析するアプリであり、ネットいじめのほか、出会い系・犯罪に遭う可能性を保護者側で察知することができる。外から分かりづらいLINEにおけるいじめが発見できると期待されているが、LINEの書き込みが分かるのはAndroid端末限定であり、保護者からのアクセスを子どもに許可してもらわねばならないという前提がある。同市内の中学校5校の1年生のみを対象として実証実験を行ったが、34名が利用した。いじめの発見などはなかったが、利用状況はなかなか興味深いものだったという。

 「文部科学省いじめ防止等のための基本的な方針」が改定されたのは2013年のこと。柏市教育委員会学校教育部学校教育課の佐和伸明氏によると、柏市ではこの方針をもとに、いじめによる自殺を防ぐためにできる限りのことをしていこうという方針が決まっているという。今回、中学1年生を対象に授業を行ったのは、「この学年がいじめが多く、いろいろな小学校から進学してきてクラスを作る時期なので1学期中にやりたいと考えたから」。2015年の柏市のいじめ認知件数は952件、そのうち569件が中学1年生であり、小学校・中学校の全学年の中で一番多かった。

柏市における2015年度学年別いじめの認知件数(同市の2017年5月16日付プレスリリースより)

 アプリの利用は強制ではなく、何人の生徒がダウンロードしてくれるのかという問題はある。「彼らが必要なときに思い出してダウンロードできるように、ポスターなど情報を身近に提示できるかどうかが大切」という考えだ。いじめが起きないのが理想だが、必要性が出たときには手段の1つとして思い出してもらいたいと考える。

 柏市の中学生を対象とした昨年の調査では、「自分がいじめられた場合、相談する相手はいるか」という質問で、全体の5%にあたる60人が「誰にも相談できない」と答えている。「被害者自身が使ってもいい。セーフティネットになればいい。Filiiの場合は保護者の監視だったが、STOPitは生徒が自分でコミュニティを作ってほしいというもので、それぞれ別。両軸が必要」。

柏市教育委員会学校教育部学校教育課の佐和伸明氏

 傍観者もいじめを見過ごしているという点で同じだという見方がある。しかし、今回の授業で傍観者でも本当は止めたい気持ちがあることが分かっている。傍観者が行動を起こすきっかけとなり、いじめが止められるなら、このようなアプリは積極的に取り入れる価値があると感じた。

高橋 暁子

ITジャーナリスト。 LINE・Twitter・Facebook・InstagramをはじめとしたSNSなどのウェブサービスや、情報リテラシー教育などについて詳しい。元小学校教員。「ソーシャルメディア中毒 つな がりに溺れる人たち」(幻冬舎エデュケーション新書)ほか著書多数。書籍、雑誌、ウェブメディアなどの記事の執筆、監修、講演、セミナーなどを手がける。http://akiakatsuki.com/