インタビュー

アトラシアンの中の人に聞いた。「Jira Work Management」は「Jira Software」と何が違う?

開発エンジニア以外の人にも、表計算ソフトのように使え、より見やすい形で閲覧できる

アトラシアン Head of Technical Teams ノア・ワズマー氏

 オーストラリアのSaaS(Software as a Service)提供企業のアトラシアン(Atlassian Corporation Plc、以下アトラシアン)は、「Jira Software(ジラ・ソフトウェア)」や「Trello(トレロ)」といった働き方改革を促進するようなクラウドベースのツールを多数提供している。4月の末にアトラシアンが開催したイベント「Team'21」では、「Jira Work Management(ジラ・ワーク・マネージメント)」という新しいツールの提供が明らかにされた。

 本記事ではそうしたアトラシアンが発表したJira Work Managementなどの新しいツールの方向性、さらにはアトラシアンが目指している働き方改革などについて、アトラシアン Head of Technical Teams ノア・ワズマー氏に話しを伺う機会を得たので、その方向性を紹介していきたい。

メモ書きや書類などの非効率なビジネスプロセスをモダン化するためのツールとなるJira Work Management

Jira Work Managementに用意されているテンプレート、マーケティングや人事、法務などに適したテンプレートが用意されている

――従来のJira Softwareと今回のJira Work Managementの違いは何ですか?

[ワズマー氏]Jira Softwareは、主にソフトウェア開発チームのための、ソフトウェアの開発を加速するためのツールで、アジャイルなソフトウェア開発を支援するためのものです。

 そうしたJira Softwareを提供して分かったことは、開発チームのメンバーが増えてより多くの開発者が参加するようになると、ソフトウェア開発者だけでなくユーザー体験を規定するようなデザイナーやプログラムを管理するマネージャーなどソフトウェア開発者以外の参加者が増えていったと言うことです。

 さらに発展すると、ビジネス関係者の参加も増えました。例えば機能を宣伝するマーケティング部門や、データの保護や管理に関係する法務部門などです。つまりJira Softwareから始まり、IT運用部門向けのJira Service Managementの誕生、そしてJira Work Managementへと、ソフトウェア開発に関わる部門から組織全体に合わせて製品を拡充させていきました。

 Jira Work Managementの特徴は、テンプレートを利用して組織が迅速に仕事を始められるようにしていることです。例えば、ソフトウェアの開発が遅れてしまった場合に、ビジネスに関わる全ての部門がそれを知ることが可能になり、理解する助けになり、関連する部門にもっとも迅速に伝えることが可能になります。重要な事は市場の変化に対して早く反応することで、Jira Work Managementではそうしたことを実現する助けになりたいと思っています。

――Jira Softwareをそのままマーケティング部門や法務部門などに使ってもらうというのではだめなのでしょうか? なぜJira Work Managementが必要なのですか?

Jira Work Managementのリストビュー

[ワズマー氏]それは良い質問です。例えば、Jira Softwareでは、開発部門がソフトウェアコードを参照して、それを手直ししたい、あるいはコードを本番環境に組み込むために自動化を利用したいなどのニーズがあって、それに対応した機能を備えています。

 ですが、マーケティング部門にとっては、そうした機能は必要ではありません。いずれも用語が違うだけでなく、仕事のやり方そのものが少しずつ違うのです。

 例えば、マーケティング部門においては、表計算ソフトウェアを使うことに慣れているユーザーが少なくないでしょう。このため、Jira Work Managementでは表計算ソフトのように見ることができるリストビューを用意しました。この表計算ソフトのようなリストビューを使えば、日付けを追加したり、担当者を追加したりということが、まるで表計算ソフトのように作業できます。

タイムラインビュー
カレンダービュー

 その一方でほかのビューも用意しています。例えばガントチャートビューを利用すれば、異なるプロジェクト間での依存関係や、タイムラインがどうなっているのかを判断することができます。ガントチャートビューが優れているのは、同じデータを軸にして異なる表示ができることで、適切な相手に対して適切な表示によってデータを眺めることができ、異なる視点を持つすべての部門でそれを共有することができます。

――このJira Work Managementの競合は何になるのでしょうか?

[ワズマー氏]今の時点での競合は、表計算ソフトだったり、メモ帳だったり、さらに言えば事務手続きにありがちな紙の書類です。これまで、人々はビジネスを発展させるために、さまざまな記録を取ってきました。そして、その記録というデータをどう活用するかは企業が発展し、部門が発展していくときに重要になってくるのです。

 我々には世界中に20万社ものお客様がいらっしゃいます。これには非常に小規模なお客様から大規模なお客様までさまざまなお客様がいることを意味しています。実際、我々のサービスは10ユーザーまでは無料で利用することができますので、実際にそうした小規模のお客様はいらっしゃいます。我々がそうしたお客様から売上を上げるためには、そのお客様のビジネスの規模を一緒に大きくしていく必要があるのです。したがって、我々にとっても、そうしたお客様が効率よくビジネスを始めることを支援することは、とても重要だと言えます。

 現在、おそらく多くのビジネスの現場では、依然として表計算ソフトや電子メールを使って仕事をしているでしょう。そうしたビジネスのやり方を刷新していくために、企業のCIOが、ソフトウェア開発の効率化のために使い慣れたJira Softwareを、マーケティング部門、人事部門、法務部門などに使わせるという例がこれまでも多くありました。

 しかし、実際に使い始めていただくと、そうした部門には必要の無い、ソフトウェアコードのバージョン管理といったツールにアクセスしなければならないといった混乱が発生してしまいます。

 そこで、我々はそうしたCIOが必要としていたツールの“哲学”のようなものを、マーケティング部門などにも彼らが必要とする形で導入していきたい。そう考えて導入したのがJira Work Managementになります。そうした“哲学”の部分では共通していますが、それぞれの部門に適したツールを使っていただくことで、例えばマーケティング計画で何か変化があった場合にも迅速に自動的に組織全体がそれを共有することが可能になるわけです。

アトラシアンが顧客の抱えている悩みを理解して次世代製品に反映させるプログラムが「Point A」

Jira Work Managementのボードビュー

――新しく始まった、「Point A(ポイントエー)」プログラムというのはどういうものでしょうか?

[ワズマー氏]我々の社内では、非常に多くの製品を開発し、テストしています。そしてそれらの製品の多くは、我々が社内でそれをどう使っているかに由来していることが多く、これまで我々がリリースしてきたソフトウェアの多くも同様です。

 我々がTeam'21で発表したのは「Point A」という新しいプログラムで、これまで我々の社内だけで試していたものを、ほかの組織などに役立つであろうと思われるソフトウェアとしていち早く提供していきます。

 我々が実現したかったことは、アトラシアンの社内において、異なる課題を解決する新製品を開発する方法を見つけることでした。というのも、異なる組織には異なる解決すべき課題があるからです。それを社内の開発チームが理解し、新しいことを試し、解決する新しい方法を見つけたかった。

 実は既にそうしたやり方でいくつかの新製品を発表しましたが、それらはPoint Aというプログラムの下で開発が行われています。そうして開発されたソフトウェアは、準備が整えばアルファ版と呼んでいる初期バージョンの提供を開始し、お客様にも参加していただいて、一緒に設計を手伝って頂くのです。その段階ではまだ初期段階ですので、ユーザーインターフェースの微調整なども必要ですし、上手く動かない場合もあるかもしれませんが、実際に使っていただき、そのフィードバックをしてもらいます。そしてそれを製品に反映していくのです。

 Team'21では、Point Aの対象だった初期製品群として5つの新製品を発表しました。我々はこれらの製品をかなり初期の段階で提供することを目指していますが、実際の製品化の前からお客様に参加していただいて試していただくことで、さまざまなフィードバックを頂き、そのフィードバックを聞いて製品を開発してきました。

 現在、製品として一般提供が開始されている2つの中にはJira Work Managementが含まれ、すべてのお客様にお使いいただけるようになっています。このプログラムはアトラシアンが確信を続けるための手段で、既存製品の成功にあぐらをかくのではなく、お客様の新たなニーズを理解して新製品を市場に投入し続けることを目的としているのです。

――今日本ではDXの進展が大きな話題になっており、私企業だけでなくパブリックセクターのDXも大きな話題となっていますが、そうしたDXを効率よく進めて行くにはどうしたらいいと思いますか?

Jira Work ManagementにはAutomation機能も用意されている

[ワズマー氏]Jira Softwareは、ビジネスの現状を理解するのに役立ちます。既存のビジネスプロセス、つまりは仕事のやり方を理解するのにも有効だと言うことです。

 日本に限らず、現在多くの企業において、アジャイルとまではいなくても、仕事の最適化や自動化、ワークフローの可視化などにJira Softwareが利用されています。今ビジネスの現場で何が起きていて、部門のビジネスが機能するために何が必要なのかをデータで理解するということは非常に重要です。我々はそれを「学習ループ」と呼んでいます。

 例えば、そのループを1年に一度は振り返るとしましょう。次はそれを9カ月に一度、その先はもっと短くしていけば、そのプロセスの最適化をさらに短期間で進めることができるようになります。そうした取り組みそのものもアジャイル化していき、ツールの連携やプロセスの自動化を進めていけば、実現することができるのです。

表計算ソフトや電子メールなどの便利なところとSaaSの拡張性の両方を兼ね備えているのがJira Work Management

 今回のワズマー氏とのインタビューで最も印象的だったのはJira Work Managementの競合とは何かを問うた時に返って来た「今の時点での競合は、表計算ソフトだったり、メモ帳だったり、さらに言えば事務手続きにありがちな紙の書類」という答えだ。

 これは何も表計算ソフトがだめだという意味ではなくて、表計算ソフトと同じ機能を実現しながら、もっとビジネスの生産性を上げられるツールがJira Work Managementになるということ。ワズマー氏も言っているように、Jira Work Managementにはリストビューと呼ばれる表計算ソフトと同じようにデータを編集したり、閲覧したりというビューが用意されている。それと同時に、ガントチャートビューやカレンダービュー、タイムラインビューといったビューが用意されていて、表計算ソフトウェア的に使いながら、より生産性の高い形でのデータ閲覧が可能になるのだ。

 また、Jira Work Managementではすべてのデータはクラウドに置くことが可能になっているので、ほかのSaaSツールと連携させればより効率の良いデータ活用ができる。従来であれば、そうしたデータは社員個々人のPC上にしかないということが一般的で、必要なデータが全社的に共有されていないことはよくあったし、それが全社的な生産性の向上への妨げになっていた。しかし、SaaSツールであるJira Work Managementでは、コラボレーションツールのSlackやTeamsとも連携できるし、ほかのツールとも連携することが可能だ。

 例えば、あるプロジェクトで外注が発生する場合、その請求書の受け取りから支払いまで外部ツールと連携してすべてオンラインで済ませる、そういうことも可能になるだろう。そうしたことが可能になるのが、PCのローカルアプリケーションである電子メールや表計算ソフトとの大きな違いになる。

 また、Point Aも印象的なプログラムだ。要するに、まだ大規模ベータリリース前の開発中のソフトウェアを実際に顧客に利用してもらい、そのフィードバックを製品に反映するものだ。こうしたソフトウェアは、通常ソフトウェアベンダー内の知見に基づいて設計され、テストされ、より大規模なテストをベータテストとして行うのが一般的だ。それをアルファ段階から顧客にも参加してもらうというのはユニークなやり方で、顧客のニーズがどこにあるのかを理解するのにも役立つだろう。

 アトラシアンがTeam'21で発表した「Jira Work Management」、「Jira Product Discovery」、「Team Central」、「Compass」、「Halp」はいずれもこのPoint Aで顧客にもまれて、そのフィードバックが反映される製品となっている。この点でもこれらの5つの新製品は注目に値する製品と言えるだろう。