期待のネット新技術
QLogic、市場シェアを拡大も、2012年にはInfiniBand部門をIntelへ売却
【InfiniBandの現在】
2019年12月17日 06:00
「InfiniBandの現在」では、規格としての歴史と現状、今後の動向をまとめて紹介している。大半の読者にとっては「InfiniBandって何?」というところだろうが、僚誌クラウドWatchをご覧になっておられる読者の中には「何で今さら」という方も居られるかもしれない。
そう、InfiniBandという規格は、1999年に作業が始まり、2000年に最初の規格策定が行われたという「えらく古い」規格なのである。
「InfiniBandの現在」記事一覧
- 汎用的なInterconnectへ進化しつつあるInfiniBandの成り立ちは?
- ラック間やサーバー間で2.5GT/sの転送速度を実現する「InfiniBand 1.0」
- Intelが開発中止、発熱対処に難、サーバー間接続一本化は実現せず
- 低コスト低レイテンシーでHPC向け分散型構成に活路
- InfiniBandで高性能を実現するMPIの仕様策定と、その実装「MPICH」
- HBAとMPIとの組み合わせで、低レイテンシーを安価に実現する「RDMA」
- RDMAでパケットを高速転送する「SDP」、これをiSCSIで実現する「iSER」
- 売上から見るInfiniBand市場規模の推移、急速な世代交代もポイント
- SDRの2.5GT/secに加え、DDRの5GT/secとQDRの10GT/secを2004年に追加
- 低レイテンシ―かつ高速なMellanox初のDDR対応HCA「InfiniHost III Ex/Lx」
- 「QDR」に初対応のInfiniBand HCA「ConnectX IB」と10GbEカード「ConnectX EN」
- InfiniBand QDR/Ethernet両対応「ConnectX-2」、324ポートスイッチ「MTS3610」
- 14GT/secの「FDR」と25GT/secの「EDR」、64b66bでのエラー増に「FEC」で対応
- InfiniBand FDR対応の「ConnectX-3 VPI」カード、HPC向けが中心
- SANスイッチ向けにInfiniBand市場へ参入したQLogic、撤退の後、2006年にはHCA向けに再参入
- QLogic、市場シェアを拡大も2012年にInfiniBand部門をIntelへ売却
- Intel、QLogicから買収したInfiniBandからOmni-Path Fabricへ
- InfiniBandが主戦場のMellanox、独自の56GbEでイーサーネット関連を拡大するも……
- Mellanox、100Gbpsの「EDR」製品を2014年リリース、2017年は売上の中心に
- 4x構成で200Gbps超の「InfiniBand HDR」、Mellanoxが2018年後半に製品化
- データ量と演算性能増によるメモリ帯域不足解消へ、Gen-Z Consortiumへ参画
- Gen-Zに加え、競合InterconnectのCAPI、CCIX、CXLにも参画するMellanox
- PCIeの処理オーバーヘッドを36分の1に、IBM独自の「CAPI」から「OpenCAPI」へ
- DRAMサポートを追加、メモリI/F統合も考慮した「OpenCAPI 3.1」
- 3種類の接続形態をサポートする「Gen-Z Ver.1.1」
- HDRは好スタート、InfiniBandのこの先は?
QLogic、2006年からの数年間はInfiniBand市場で健闘
QLogicにおいて、InfiniBand関連の売上がどの程度を占めていたかに関する正確な情報は、直接的には存在しなかった。というのは、Form 10-Kなどを見ても、Mellanoxと異なりInfiniBandだけで切り出した項目がないためだ。
QLogicの場合、売上比率のカテゴリーが、Host Products/Network Products/Silicon Products/Otherの4つしかなく、InfiniBand関連製品はHost ProductsおよびNetwork Productsとして、ファイバチャネル関連製品などと合算された数字しか示されていないためだ。
ちなみに、2006~2008年におけるNetwork Productsの売り上げ額は7070万~1億180万ドル、売上比率で言えば14~17%といったところだった。ただし、2008年のForm 10-Kには、"Network Productsの売り上げが伸びた主な要因はInfiniBand switchesがラインナップに加わったことで、ファイバチャネル関連製品の売り上げは4%ダウンだった"とされていて、それなりの売上があったことが分かる。
InfiniBand HCAの方はというと、こちらはHost Productsに属しており、2007~2008年の決算では売り上げが4億1060万ドルから4億3790万ドルへと増えてはいるものの、その主要因は"ファイバチャネルのMezzanin Cardを追加した結果、売り上げ数量が150%増加。平均小売価格そのものは12%ほど下がったが、売上は21%増大した"だそうだ。
つまり、InfiniBand HCAの売り上げはこれに及ばない程度でしかなかった模様だ。とはいえ、これでQLogicのなかで無事にInfiniBand向けのビジネスが立ち上がったことになる。
2012年2月、QLogicはInfiniBand部門をIntelに売却
ところで、冒頭で“直接的には”と書いたのは、間接的であれば、QLogicにおけるInfiniBand関連の売上規模を知る方法があったからだ。以下の表は、QLogicの2003~2012年のForm 10-Kに掲載されたSelected Financial Dataの中から、総売上(Net Revenue)、営業利益(Operating Income)、純利益(Net Income)をピックアップしたものだ。
年度 | 総売上(Net Revenue) | 営業利益(Operating Income) | 純利益(Net Income) |
2003 | 3億178万ドル | 7503万ドル | 1億347万ドル |
2004 | 3億8715万ドル | 1億2941万ドル | 1億3367万ドル |
2005 | 4億2871万ドル | 1億5361万ドル | 1億5759万ドル |
2006 | 4億9407万ドル | 1億6785万ドル | 2億8358万ドル |
2007 | 5億8669万ドル | 1億3791万ドル | 1億541万ドル |
2008 | 5億9786万ドル | 1億3369万ドル | 9621万ドル |
5億7092万ドル | 1億7040万ドル | ||
2009 | 6億3386万ドル | 1億6687万ドル | 1億878万ドル |
6億19万ドル | 1億9855万ドル | ||
2010 | 5億4907万ドル | 9910万ドル | 5494万ドル |
5億1847万ドル | 1億2628万ドル | ||
2011 | 5億9719万ドル | 1億3959万ドル | 1億3909万ドル |
5億58375 | 1億4771万ドル | ||
2012 | 5億58608 | 1億2946万ドル | 2億2943万ドル |
ここで2008~2011年に項目が2つあるのは、2012年に訂正が入ったためだ。そしてQLogicは2012年2月末、InfiniBandのビジネスを丸ごとIntelへ売却する。この結果、2012年度のForm 10-KからはInfiniBand関連の数字が全てなくなったのだが、過去4年についても同様の措置が取られたようだ。その結果として、2008~2011年のInfiniBand関連の総売上と営業利益が分かることになったわけだ。
これを算出したのが次の表だ。売上そのものは2008年に約2700万ドル、2011年には約3900万ドルだから、決して大きい数字ではない。
年度 | 総売上(Net Revenue) | 営業利益(Operating Income) |
2008 | 2693万ドル | -3670万ドル |
2009 | 3367万ドル | -3167万ドル |
2010 | 3059万ドル | -2718万ドル |
2011 | 3882万ドル | -811万ドル |
ただ、以前にも掲載している以下のグラフからも分かるが、Mellanoxにしても2008年度が1億770万ドル、2011年が1億9410万ドルとしているから、売上ベースで言えば16~20%のシェアを占めている計算になる。後から参入したにしては、割と健闘した方ではないか? というのが筆者の感覚だ。
むしろ問題は営業利益の方だろうか。要するに、InfiniBandビジネスは売上こそ立ったものの、儲けどころか持ち出しが続いていたことが分かる。それでも、少しづつ持ち出しの金額は減っていたから、ひょっとするとあと2年位頑張れば、黒字化も可能だったのかもしれない。
だが2012年度は、次の規格であるInfiniBand FDRに向け、さらに投資が必要な時期だった。このあたりでQLogicの首脳部がさじを投げた可能性は高い。Intelは1億2500万ドルの現金でQLogicのビジネスを丸ごと買収したが、2008~2011年の営業赤字を合算すると1億368万ドルといったところで、2006~2007年度の赤字もあわせると、おそらく1億2500万ドル前後となる。QLogicからすれば、この先の黒字転換も難しいし、累積赤字を一掃できるだけで御の字、というあたりだったのではないだろうか?
2008年にはInfiniBand QDRにも対応し、市場シェアを拡大したものの……
ちょっと進みすぎた話を2007年に戻そう。この当時、InfiniBand DDR対応製品を投入したQLogicだが、続くのはQDRへの対応だった。
実はこの頃のプレスリリースが参照できない(Web Archiveで強制的にCaviumのプレスリリースへ飛ばされてしまう)関係で、正確な日付が分からないのだが、2008年11月25日のHPCWireによれば、2008年6月には、DDRおよびQDR向けHCA用のコントローラーチップ開発を完了。同年11月にはInfiniBand QDR Switch向けASICの開発も完了したとしている。
実はDDR世代で言えば、HCAはPathScale由来となる独自のTrueScale ASICで製造していたが、「SilverStorm 9000」シリーズのスイッチは、Mellanoxのスイッチ向けチップをベースに構築されており、QLogicではこれを自社製造に切り替えることを決定していた。
11月に完成したチップがまさにこのためのもので、最小18ポートから最大864ポートまで拡張可能となっていた。この製品は2009年に入り、「SilverStorm 12000」シリーズとして販売開始されたが、消費電力は同社によればポートあたり7.8Wで業界最小だったそうだ。
ちなみにこの時点で、Mellanoxではスイッチ用ASICこそまだ販売していたが、スイッチそのものは販売していなかった。このためQLogicが自らスイッチ用ASICごと製造すれば、より売り上げも伸び、Mellanoxとの売上の差を詰められると考えたのかもしれない。
先ほど、Form 10-Kから当時の市場シェアを簡単に推定してみたが、2010年12月1日のHPCWireによれば、2010年第3四半期の時点で、QLogicはHCAで14%、スイッチで27%のシェアを持つとされていた。
ただこの記事は、MellanoxによるVoltaireの買収に絡んで書かれたもので、「MellanoxはVoltaire買収により、スイッチも自社で提供可能になったため、よりシェアを高めることが可能と見られる」とし、今後QLogicがさらにシェアを高めるのは、なかなか困難だろう、と締めている。
ただ、それでもQLogicも健闘はした。HPCWireの2011年6月26日の記事には、NNSA(National Nuclear Security Administration:米国家核安全保障局)の「TLCC2(Tri-Lab Linux Capacity Cluster 2)」に関して、Mellanoxを打ち破って契約を勝ち取った、という話もあった。
大型契約を獲得したものの、InfiniBand FDR/EDR対応に必要な投資を確保できず
米国において1990年代後半からHPCの市場を牽引したのは「ASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)」というプロジェクトである。これは米国がCTBT(包括的核実験禁止条約)に批准するという話が出てきたことで、核兵器の実験ができなくなる代わりに、コンピューター上のシミュレーションで実験を行わせよう、ということから生まれたものだ。
これはその後、ASC(Advanced Simulation and Computing program)へと名称が変更されるが、実質的には大して変わらなかった。この核実験シミュレーションに関わった、LLNL(米ローレンス・リバモア国立研究所)、SNL(米サンディア国立研究所)、LANL(米ロスアラモス国立研究所)という3つの研究所は、先に出てきたNNSAとともに、いずれも米エネルギー省の管轄の組織である。
さて、ASCI/ASCでは、1990年末~2010年代にかけて、さまざまな大規模スーパーコンピューターの構築・設置・運用を行っていた(所在は上記の研究所3つのどれか)が、これとは別に、普段使い(という言い方も変だが)できる、安価なスーパーコンピューターが必要、というニーズが現場の研究者から出てきた。
そこで3研究所にまたがるかたちで、Linuxベースのクラスタを構築しましょう、というのが「TLCC(Tri-Lab Lonux Capacity Cluster)」であり、2007年に初代のシステムが設置された。ここで話が出てきたTLCC2は、その第2世代である。初代のTLCCはMellanoxが契約を獲得しており、TLCC2もMellanoxが有利とみられていたため、QLogicがこの契約を獲得したのは、少しばかり話題となった。
ただ、こうした努力を重ねても、InfiniBand FDRやInfiniBand EDRに対応するための投資がQLogicには難しく、だからといってQDRのままだとすぐにジリ貧に陥ったであろうということは、以下のInifiniBand QDR/FDRの売り上げ推移のグラフを見れば、よく分かる。
つまり、2012年は勝負できても、2013年以降はビジネスにならないのが明白であり、このあたりを勘案し、IntelへInfiniBandビジネスを売却したのは、経営判断としては正しかったと思われる。
「InfiniBandの現在」記事一覧
- 汎用的なInterconnectへ進化しつつあるInfiniBandの成り立ちは?
- ラック間やサーバー間で2.5GT/sの転送速度を実現する「InfiniBand 1.0」
- Intelが開発中止、発熱対処に難、サーバー間接続一本化は実現せず
- 低コスト低レイテンシーでHPC向け分散型構成に活路
- InfiniBandで高性能を実現するMPIの仕様策定と、その実装「MPICH」
- HBAとMPIとの組み合わせで、低レイテンシーを安価に実現する「RDMA」
- RDMAでパケットを高速転送する「SDP」、これをiSCSIで実現する「iSER」
- 売上から見るInfiniBand市場規模の推移、急速な世代交代もポイント
- SDRの2.5GT/secに加え、DDRの5GT/secとQDRの10GT/secを2004年に追加
- 低レイテンシ―かつ高速なMellanox初のDDR対応HCA「InfiniHost III Ex/Lx」
- 「QDR」に初対応のInfiniBand HCA「ConnectX IB」と10GbEカード「ConnectX EN」
- InfiniBand QDR/Ethernet両対応「ConnectX-2」、324ポートスイッチ「MTS3610」
- 14GT/secの「FDR」と25GT/secの「EDR」、64b66bでのエラー増に「FEC」で対応
- InfiniBand FDR対応の「ConnectX-3 VPI」カード、HPC向けが中心
- SANスイッチ向けにInfiniBand市場へ参入したQLogic、撤退の後、2006年にはHCA向けに再参入
- QLogic、市場シェアを拡大も2012年にInfiniBand部門をIntelへ売却
- Intel、QLogicから買収したInfiniBandからOmni-Path Fabricへ
- InfiniBandが主戦場のMellanox、独自の56GbEでイーサーネット関連を拡大するも……
- Mellanox、100Gbpsの「EDR」製品を2014年リリース、2017年は売上の中心に
- 4x構成で200Gbps超の「InfiniBand HDR」、Mellanoxが2018年後半に製品化
- データ量と演算性能増によるメモリ帯域不足解消へ、Gen-Z Consortiumへ参画
- Gen-Zに加え、競合InterconnectのCAPI、CCIX、CXLにも参画するMellanox
- PCIeの処理オーバーヘッドを36分の1に、IBM独自の「CAPI」から「OpenCAPI」へ
- DRAMサポートを追加、メモリI/F統合も考慮した「OpenCAPI 3.1」
- 3種類の接続形態をサポートする「Gen-Z Ver.1.1」
- HDRは好スタート、InfiniBandのこの先は?
【お詫びと訂正 12月18日14:12】
記事初出時、QLogicの2008~2011年InfiniBand関連売上について、営業利益がプラスとなっていました。お詫びして訂正いたします。