インタビュー

移住エンジニアも増える沖縄の開発者コミュニティ、仕事とは違う「シビックテック」の原動力とは

新型コロナ対策緊急応援サイト「まいにちに。おきなわ」の開発メンバーに聞く

「まいにちに。おきなわ」ウェブサイト

 市民がテクノロジーを活用して社会の課題を解決する「シビックテック」という取り組みが全国で広がっている。最近では、各地のシビックテックコミュニティを支援する一般社団法人コード・フォー・ジャパンが東京都公式の新型コロナウイルス感染症対策サイトを開発したことが記憶に新しいが、ほかにも新型コロナウイルス関連で各地のシビックテックコミュニティはさまざまな動きを見せている。

 その1つが、沖縄県の新型コロナ対策緊急応援サイト「まいにちに。おきなわ」だ。同サイトは、新型コロナウイルス感染症によって大きな影響を受けている飲食業や宿泊業、ものづくり産業、農林水産業などの県内事業者を支援することを目的としたサイトで、県内外の消費者に自宅から気軽に沖縄県産品を楽しんでもらうことを目指している。県内の事業者が一堂に会し、県産品を購入できるポータルサイトの開設は沖縄県初の取り組みだという。

「まいにちに。おきなわ」の「テイクアウト・デリバリーマップ」

沖縄県 新型コロナ対策緊急応援サイト 「まいにちに。おきなわ」
県内事業者を支援するため、ECやデリバリー、テイクアウトなどの情報を集約し、県内外の消費者が利用しやすいように分野別に整理したプラットフォームサイトで、県内の飲食店を紹介する「テイクアウト・デリバリーマップ」、県産品や特産品が購入できる店を紹介する「ショッピングモール」、県内の文化・レジャー施設を検索できる「アクティビティリスト」、宿泊施設を検索できる「ステイングクリップ」の4つのウェブアプリを用意している。事業者が店の情報やECサイトを登録したい場合は同サイト内の登録フォームから申し込みが可能で、オンラインセミナーや補助金などEC参入に関する情報も提供している。

「まいにちに。おきなわ」の飲食店紹介ページ
「ショッピングモール」
「アクティビティリスト」
「ステイングクリップ」

 実はこのサイト、プロジェクトがスタートしたのは今年の6月のことで、サイトがオープンしたのは9月1日。このスピード開発を実現したのは、沖縄県のシビックテックコミュニティである「コード・フォー・オキナワ(CfO)」および一般社団法人シビックテックジャパン(CTJP)だ。CTJPは全国各地で活動するシビックテックコミュニティ同士の協力を支援することを目的とした組織で、2019年5月に設立された。

 CTJPには全国のシビックテックコミュニティに所属するプレーヤーが参加しており、代表理事を務める福島健一郎さんも、石川県金沢市を拠点とするシビックテックコミュニティ「コード・フォー・カナザワ(CfK)」の代表理事を兼ねている。CfKは新型コロナウイルス感染症の流行が始まった今年3月に、飲食店支援プロジェクトとして「金沢テイクアウトマップ」を作るプロジェクトをスタートさせ、CfKに所属する有志が集まって開発に取り組み、5月1日に公開した。「まいにちに。おきなわ」は、この「金沢テイクアウトマップ」のシステムやコードをベースに開発したもので、4つのアプリを短期間に完成させることができた理由はここにある。

一般社団法人シビックテックジャパン代表理事の福島健一郎さん

 プロジェクト発足のきっかけは、以前から福島さんと交流のあった沖縄県庁の友人が「金沢テイクアウトマップ」を見て気に入り、「これと同じことを沖縄でもできないか」と福島さんに相談したことだった。ただし、新型コロナウイルス感染症による経済への影響は大きく、待ったなしの状況であるため、できる限り早くサイトを開設する必要がある。そこで、CTJPが地元のシビックテックコミュニティであるCfOに協力を要請することにした。

「金沢テイクアウトマップ」

“シビックテック的手法”は、要件ベースではなく対話ベース

 沖縄におけるシビックテック活動は全国的にも早い段階で立ち上がり、CfOは2013年に活動をスタートしている。しかし、過去にゴミの収集日を確認できるアプリ「5374.jp」や「おきなわ子育てマップ」、災害・救急・環境保全マップ「八重山ハザードマップ」などさまざまなアプリやデータ整備などの成果を残したものの、近年では活動が休止していた。

 そんな中、沖縄市で創業支援などを行っている「Startup Lab Lagoon」の豊里健一郎さんが中心となってCfOの活動が再びスタートした。2019年9月に“リブート”のミーティングを開催し、現在は総勢39名がメンバーとして活動している。

 コロナ禍が起きた今春、CfOのメンバーが最初に取り組んだのが、沖縄県版の新型コロナウイルス感染症対策サイトだ。このサイトは、東京都公式の新型コロナウイルス対策サイトの仕組みを活用したもので、CfOの有志がボランティアで開設した。「まいにちに。おきなわ」はこれに続くプロジェクトで、4つのアプリを作るという大がかりなプロジェクトとなった。ちなみにCTJPを通じて沖縄県から謝金は支払われているものの、プロジェクトへの基本的な参加姿勢は「地域を良くしたい」という想いであり、支払われた金額以上の仕事をこなしているという。

沖縄県版の新型コロナウイルス感染症対策サイト

 「沖縄県庁の担当者と話して、今回のプロジェクトをシビックテック的な手法で行おうと思ったときに、沖縄にCfOというコミュニティがあることは知っていたので、一緒にやろうということになりました。ただし、CfOというコミュニティ自体は再スタートしたばかりで、すぐに大きなプロジェクトを行える状態ではありませんでした。そこで、CTJPのほうで必要な全体設計を県庁の方々やISCO(一般財団法人沖縄ITイノベーション戦略センター)さんと準備して、それをCfOのエンジニアの方たちに『こういうふうに作りたい』と説明するとともに、シビックテックとしての活動の仕方についても説明しました。」(福島さん)

 CfO側で開発の中心となり、県庁およびISCOとのコミュニケーションの窓口となったのは、県内のIT企業に勤める宮城真海さんだ。

宮城真海さん

 「家づくりに例えると、設計の部分をCTJPが担当し、増築や改築の部分についてはCfOとISCOが話し合いながら作ったというかたちです。『まいにちに。おきなわ』の核になる部分はCTJPに作っていただけたのですが、もともとはテイクアウトマップとして作られたアプリなので、これをそのままショッピングモールや宿泊案内のアプリにしようとすると変えなければいけない部分も出てきます。また、アイコンや配色についても沖縄に合ったデザインにする必要があるし、テイクアウトマップで料理ジャンルを追加するといった細かい点についても変更する必要がありました。」(宮城さん)

料理ジャンルに「沖縄料理」を追加し、配色も金沢版に比べて明るくした

 開発に際して最も大切にしたのは、要件や仕様ありきの進行ではなく、関係者間の対話を主軸に制作を進めることだった。関係者間のコミュニケーションはメッセージツールのSlackをベースに行われ、制作課題や相談などを日々投稿し、迅速に結論が導き出されたという。また、CfO側はプロトタイプのアウトプットを迅速に提示することを心がけて、スピーディーにフィードバックを受けることで短期間の改善を実現した。

 「『これは聞いていないのでやりません』とか、そういうことを言っていると、県民にとっていいサービスにはなりません。仕事として行うと、『追加でお金をいただかないと』という話になってしまいがちですが、シビックテックの場合は『この地域を愛しているから、ちょっと大変でもがんばろう』という思いが原動力となっているので、そこが違うところですね。ただし、いくらボランティアだからといっても、『ごめんなさい、できませんでした』というのは良くないので、8月中の完成という期限はしっかり守るように意識しました。

 2カ月間でいかにみんなが満足するものを作るかというところにポイントを置いたので、当然ながら切り捨てたこともあります。金沢テイクアウトマップは、技術的にはGlideというノーコードツールを使っているのですが、これは早く簡単に作れるというメリットがある反面、WordPressなどのCMSとの親和性が低く、現状では事業者がフォームから登録した情報を事業者自身が直接修正することができません。無事にサイトのリリースを終えて一段落したので、この点についてもこれから改良していきたいと思います。」(福島さん)

 「今回プロジェクトに参加した人たちは、みんな沖縄が大好きで、スケジュールや作業の進め方など難しい面が多くあるから、企業で受けるには難しい案件だけど、『沖縄のためになるなら』ということで集まった人たちで、そのような沖縄に対する思いがモチベーションだったと思います。」(宮城さん)

地域同士のコミュニティが連携しながら、足りないリソースを補完

 CfOの一員として「まいにちに。おきなわ」のサイト制作やアプリ開発に取り組んだ宮城さんに、沖縄の開発者コミュニティの現状について聞いてみた。

 「沖縄は、PHPやPython、Rubyなど言語ごとや、フロント、サーバーなど分野ごと、男女別など、さまざまな開発者コミュニティがあります。沖縄県民は人当たりがよく、おおらかな人が多いので、そんなところが気に入って近年はエンジニアで本土から移住する人も増えてきているようです。本土でプログラミングのスキルを積んだ上で、沖縄が気に入って、それで起業した方もいますし、外国人のエンジニアで沖縄に移住した人もいます。複数の開発者コミュニティに所属する人も多くて、CfOのメンバーの中にも他のコミュニティから来ている人もいます。

 CfOは社会課題に対して意識のある人が集まっているので、エンジニアだけでなくデザイナーやプランナーの方も多く、いろいろな人に会えるのも魅力です。シビックテック活動について知人に話すと、私が育児をしながら仕事以外の活動をしていることに驚く人もいますが、私は自分が何かスキルを身に付けて沖縄に還元したいと以前から思っていて、同じ気持ちで集まっている人たちと交流するのは本当に楽しいです。シビックテックをしている人たちは全国、全世界にいるので、シビックテックのコミュニティに参加することで、ほかの地域の人の話をいろいろと聞けたりするのも楽しい。楽しさが一番のモチベーションですね。CfOのエンジニアの中には、『シビックテックは本業とは別の活動として、良い気分転換になる』と言う人もいます。」(宮城さん)

 日本において早くからシビックテック活動を始めた福島さんも、シビックテックの魅力は「楽しさ」にあると語る。

 「私はもともとITのエンジニアだったのですが、あるときウェブサイトに地図を載せて、そこにピンを落とすと消火栓の場所が分かるサービスなど、米国のシビックテック活動で生まれたサービスを見て、『技術者がプログラムを作るだけで社会に良いことをもたらすことができるのはすごい』と感動しました。それが、自分にとってのシビックテックの魅力ですね。自分の技術が直接、社会貢献になり、それが仕事とは全く違う領域でやれるというのはとても楽しいし、だからこそ非営利の活動というのは必要だと思います。

 今回のプロジェクトは、CfKが開発したテイクアウトマップの仕組みを、たまたま別の地域のコミュニティが活用したかたちとなりますが、CTJPとしても、いろいろな地域のシビックテックコミュニティが連携しながら、やりたいことをきちんとやれるようにサポートしたいという思いが強かったので、今後も各地域のコミュニティが足りないリソースを補い合うというかたちを促進していきたいと思っています。『地域のために何かしたい』と考えているけど、単体では未成熟で、やりたいことをできないという開発者コミュニティはほかにもあるので、CTJPはそのような開発者の思いを支援していきたいと考えています。」(福島さん)