インタビュー
現実になっていく「空飛ぶクルマ」の今日と明日、国と大企業、ベンチャーが協力していく近未来像とは?
CEATECで「次世代空モビリティシンポジウム」、10月23日に開催
2020年10月21日 17:49
経済産業省は日本の産業政策の舵取りを行う省庁として、様々な産業育成政策などを立案し実行する官庁だ。その経済産業省が今取り組んでいるのが通称「空飛ぶクルマ」こと、次世代の空のモビリティだ。
経済産業省は、空飛ぶクルマを実現すべく、国土交通省とともに2018年から「空の移動革命に向けた官民協議会」という官民一体の協議会を設置。これまでの6回の会議が開催され、2023年の事業開始や2030年ごろの本格的な実用化を目指し、制度整備や技術開発に関する議論が行われている。
その経済産業省は、10月23日の10時から「CEATEC 2020 ONLINE」のコンファレンスにおいて、「次世代空モビリティシンポジウム」を開催する予定だ。2つの基調講演とパネルディスカッションで、「空飛ぶクルマ」の現状について紹介される計画となっている。
このコンファレンスを主催する経済産業省 製造産業局 産業機械課 次世代空モビリティ政策室長 川上悟史氏に、「空飛ぶクルマ」の現状やコンファレンスの見どころなどについて伺ってきた。
【記事目次】
経済産業省の若手有志の発想から「ボトムアップ」で始まった、空飛ぶクルマへの取り組み
空飛ぶクルマの実現に重要なのは「社会受容性」
CEATECのシンポジウムは「電子電機産業のエンジニア」に注目してもらいたい
経済産業省の若手有志の発想から「ボトムアップ」で始まった、空飛ぶクルマへの取り組み
――空飛ぶクルマの取り組みは、その名前だけでは夢のような話ですが、逆に言えばそんな夢のような話を、どうして経済産業省がリーダーシップをとってやってみようという話になったのでしょうか?
[川上氏]具体的には経済産業省の若手有志の発想から始まり、ボトムアップで取り組みが始まりました。
海外でも空飛ぶクルマが注目され始めた2017年頃から、製造産業局の航空機を担当している航空機武器宇宙産業課とドローンを担当している産業機械課のメンバーで検討を始め、2018年に官民協議会を立ち上げて、今に至っています。
空飛ぶクルマは空を飛んでいくモビリティなので、技術開発や制度整備が当然必要ですが、それ以上に「社会受容性」が極めて重要だと考えています。
つまり、「世の中の皆さんに、どうとらえていただくか」が重要になってくるので、その辺りも意識して進めています。
――空飛ぶクルマの特徴はなんでしょうか?
[川上氏]空飛ぶクルマのイメージは「ドローンと同じ技術を大型化していく」あるいは「ヘリコプターの次世代版」ということになりますね。
ヘリコプターと比べると、ヘリコプターはエンジンで飛ばすため、どうしても部品の数が多くなる。それを電動にしていこう、というのが「空飛ぶクルマ」ということになります。ガソリン自動車と電気自動車、というイメージでしょうか。
この結果、空飛ぶクルマは、ヘリコプターよりも部品点数が少なくなり、機体価格も下がり、整備費用も大きく下がります。
こうしたことで、例えば、今まではドクターヘリを導入するのが難しかった病院や自治体などでも新しい活用を考えられるでしょうし、現在は超富裕層をターゲットにしているヘリコプタービジネスも、利用者層を広げることができるでしょう。
米国だと「ちょっとしたタクシー代わりに大空港から小空港までセスナを飛ばす」といった利用例がありますが、コストが下がれば、日本でも「空港からタクシー移動する代替として空飛ぶクルマを使っていく」というような、新しいビジネスが立ちあがるかもしれません。
――自動操縦のようなことも出来るようになるのでしょうか?
[川上氏]空飛ぶクルマのもう一つの特徴が自動飛行です。はじめは操縦者が搭乗することが想定されていますが、ゆくゆくは操縦者なしで飛行できることを期待しています。
自動車でも自動走行の実証実験はいろいろやられていますが、空の方が例外的な処理は少ないと思うので、自動飛行が実現しやすい可能性があると考えています。
――具体的な活用のイメージは?
[川上氏]「渋滞問題への解決など都市内での活用」「災害時の活用」「離島や中山間地域での活用」といったイメージを想定しています。
例えば、離島を船で移動しているところを空飛ぶクルマで移動するとか、山間部で道路網がなかなか発達していないところを空飛ぶクルマで移動するとか、そうしたインフラが十分でない地域での用途があると考えています。
また、災害で道路が寸断された場合に、人や物資を運ぶのにも効果を発揮するでしょうし、「都市部の渋滞を回避するために空飛ぶクルマを利用する」というニーズもあると考えています。
――将来的な市場はどのような規模感になっていくのでしょうか?
[川上氏]市場は今後急速に立ちあがっていくと考えています。モルガン・スタンレーの調査によれば2040年には1兆4620億ドル(約154兆円)のTAM(Total Addressable Market、実現可能な最大の市場規模、産業全体で予測される最大の売上高のこと)が期待されています。
――具体的にはどのようなサービスが展開されていくことになるのでしょうか?
[川上氏]国内でのビジネスモデルは、ANA、JALなどが様々な形で検討しています。
そして、彼らが検討しているのは「二次航空」です。空港まで旅客機で来た後、空港から先の目的地にお連れするには今は「車や電車を利用して」ということになっていますが、それを空飛ぶクルマでも実現したい、ということです。
例えばANAでは、関西空港から夢洲まで空飛ぶクルマでお送りしたい、そういうことを検討されています。
また、AirXが西武グループと連携して「東京から箱根や下田へ、ヘリコプターを活用して観光のお客様を運ぶ」という実証実験を実施したり、三井物産が大阪・関西万博での空飛ぶクルマの活用に向け、ヘリコプターでの実証実験を実施したりと、実際にビジネス化に向けた取り組みも始まっています。
空飛ぶクルマの実現に重要なのは「社会受容性」
――空飛ぶクルマを実現する上で課題はなんでしょうか?
[川上氏]以下の4つの課題があると考えています。
(1)技術課題
(2)インフラ・制度整備
(3)担い手事業者発掘(サービス)
(4)社会受容性の向上
特に重要なのが(4)の社会受容性の向上だと考えています。
「国民の皆様に、どうやって空飛ぶモビリティを受け入れていただくのか」という観点では(1)や(2)を実現し、安全と安心を確立しなければ社会的受容性の向上はおぼつかない、そう考えています。
私は皆様の前でお話しさせていただくこともあるのですが、飛行機がお好きな方も多い反面、「やっぱり空を飛んでいくのは怖い」という方もいらっしゃるのが現実です。そのため、きちんと安全と安心を確保し、社会的受容性を向上させていくことが大事だと考えています。
――官民協議会での取り組みの状況について教えてください。
[川上氏]「空の移動革命に向けた官民協議会」では2018年に第1回目を行い、2020年6月に第6回をおこなっています。2018年12月にはロードマップを作り、しっかり時間をかけて取り組んでいます。議論も進んできたので、実務者レベルの協議会もこの8月末に立ち上げ、実務的な検討も始めています。
また、地方自治体でも非常に関心が高まっています。
福島県は「福島ロボットテストフィールド」という世界に類を見ないテストフィールドの整備を進めておられ、その中で空飛ぶクルマの試験や検証をサポートしていく予定ですし、三重県では、伊勢志摩観光の移動手段や防災の観点からも空飛ぶクルマの導入を検討されています。
そのほかにも、航空産業が盛んな愛知県や2025年大阪・関西万博の開催地である大阪府などの地方自治体にも集まっていただき、昨年8月に構想発表会を行いました。
――社会的受容性についてお伺いします。自動車の自動運転では、Uberがアメリカで実証実験中に事故が発生し、様々な議論を呼びました。そのように社会的受容性に関してはこうした新しい技術で最も重要といっていいかもしれません。「空飛ぶクルマ」でそうした社会的受容性を獲得する上で重要な事はなんでしょうか?
[川上氏]経済産業省としては、国民の皆様にご理解いただくために「安全な機体をしっかりと開発し、試験や実証を積み上げていくこと」がとても重要だと考えています。
福島のロボットテストフィールドなど、安全が確保されている試験場で、産業界と一緒にきっちり積み上げていく、ということです。
言うまでもなく信頼を失うのは一瞬です。そのため、信頼を失わないよう、近隣の皆様の理解も得ながら開発や試験に取り組んでいくことが大事です。
日本には、積み上げてきた航空機やヘリコプターの技術があります。
機体そのものもそうですし、運用、操縦なども含めた積み上げをきちんと利用して、より安全な機体を開発していただくことができると思いますし、非常に重要になってくると思います。
日本の航空産業技術は裾野が広く、例えばボーイングやエアバスに部品を納入しているサプライヤーもたくさんあります。例えば、炭素繊維で知られる東レ、バッテリーで言えばGSユアサなどがよく知られているかと思います。
SkyDriveのようなベンチャーと、日本を支えてきたモノ作りを担ってきた大企業がしっかり手を携えて開発に取り組んでいければ、日本でも空飛ぶクルマの機体開発ができるのではないか、そう考えています。
主役はあくまで民間企業ですので、我々はそれに寄り添ってしっかりサポートしていく、それが大事だと考えています。
――そうした中で政府の役割といえば、規制緩和ということになると思います。
[川上氏]この世界は、単なる「規制緩和」という従来型の議論より、新しい制度を創出している、そういう側面が極めて強いです。その中で、認証のやり方などをどう位置づけていき、どう作っていくかが重要になってくる、そう考えています。
このため、我々も国土交通省に情報を提供をしながら、新しい制度を作っていただけるようにお願いする、そうしたスタンスで取り組んでいます。
一方、規制緩和も必要になってくるかと思いますので、そこは関係各所と協力しつつ、「ただ壊す」のではなく「よりよいビジネスモデルを実現するにはどうしたらいいか」という観点で議論を進めていく必要があると考えています。
――プロジェクトを進めてきて一番困ったこと、あるいは不安に感じたことはなんですか?
[川上氏]例えば、ドローンの場合は「既に実際に飛んでいる機体があるので議論が進む」側面があるのですが、空飛ぶクルマの場合、まだ機体が試験飛行の段階で、型式証明も出ていないので、まだまだ手探りです。
ただ、制度がなければ機体を飛ばすこともできないわけですから、今からやっていかなければいけない。
民間の方も行政も、手探りで模索しながら進めているのが今であって、そこが難しさでもあり面白さです。
我々も現実的な道筋を考えているつもりですし、民間の皆様には夢を持っていただきつつ、現実的な開発やビジネスモデルを考えていただいてるのですが、「この方向性が本当に正しいのか」という不安は常に持ちながらやっています。そこがまた、このプロジェクトの楽しいところでもあります。
――なるほど、ほかに楽しかったこともありますか?
[川上氏]私自身、これまでもイノベーション政策には関わってきましたが、イノベーションをこの国で実現するには技術開発ベンチャーを育てていくことが極めて重要だということを実感しています。
一方、スケールアップしていくときには、日本市場に強みを持つ大手メーカーの力を使っていくのがいいかたちだと思います。だから、「大手メーカーとベンチャーの力をどうやって組み合わせていこうか」ということをずっと考えてきました。この空飛ぶクルマの世界では、それがまさに起きようとしているわけです。
空飛ぶクルマではSkyDriveというベンチャー企業がNECなどの大企業と組んで、それぞれの強みを生かしてイノベーションを起こしています。こうしたことに携わることができるというのは、これ以上ない喜びです。
まさに新しい日本の産業政策を自分の手でやっているということを実感できることが、最大の喜びです。
CEATECのシンポジウムは「電子電機産業のエンジニア」に注目してもらいたい
――23日に行われるCEATEC 2020 コンファレンス「次世代空モビリティシンポジウム」ですが、どのような内容になる計画でしょうか?また、どのような方に見ていただきたいのでしょうか?
[川上氏]ドローンもそうですが、空飛ぶクルマも実はいろいろな最先端技術を組み合わせて実現してきた歴史があります。ドローンは始めはスマートフォンの技術を使ってフランスメーカーが2010年に始めたものです。我々は空飛ぶクルマも同じように考えており、航空関係のビジネスをやられている方以外にもご覧いただきたいと考えています。
その意味では特に電子電機産業の皆様にご注目いただきたいと思っています。我々としては日本の技術を結集して空飛ぶクルマを実現していただきたいと考えています。電子電気産業の皆様にも、ぜひ、空飛ぶクルマの世界をしっかり見ていただき、「ご自身の行っているビジネスでこれが使えそうか」ということを考えていただければ嬉しく思います。
――次世代空モビリティシンポジウムでは、2つの基調講演(キーノートスピーチ)とパネルディスカッションが用意されていますが、この概要を教えてください。
[川上氏]はい、まず2つの基調講演ですが、ドイツのVolocopterと日本のSkyDriveにお願いしています。
Volocopterには、海外の機体メーカーの進み具合や彼らが何を見ているのかというお話をしていただきます。そして、SkyDriveには日本での機体開発がここまで進んでいて、今後はここを見据えているということをお話しいただきます。それをCEATECに来ていただくエンジニアの皆さん、関係者の皆さんに知っていただくというのが2つの基調講演の狙いです。
続くパネルディスカッションでは、「機体を使ってどういうビジネスを作っていくのか」ということを実務者の方にお話をしていただきます。
ANAには「機体を利用してどういうサービスを提供していくのか」ということをお話しいただきますし、日本電気には「電機メーカーがどうやってこの空飛ぶクルマのビジネスに、自分達の知見で入っていくのか」をお話しいただきます。SkyDriveにも出資されたりしているので、電機メーカーとして関わり方も語っていただきます。
また、日本政策投資銀行ですが、実は先日SkyDriveに出資をされています。「日本の政府系金融機関がベンチャーに投資する」という、変化の状況についてお話しいただければと思っています。政府系の金融機関がベンチャーに投資することは、これまであまり多くなかったと思うのですが、最近は変化してきています。
この空飛ぶクルマのように、まだ市場が出来ていないところに投資するのは市場を活気づける意味もありますし、ベンチャーを中心とするイノベーションエコシステムが今後も続くという意味で大きな意味があるとも思っています。市中の金融機関にもその動きが注目されていると理解しています。
――なるほど、一般の来場者の見どころもあったりしましょうでしょうか?
[川上氏]今回のCEATECはデジタルイベントですので、東京周辺の皆様だけでなく、全国津々浦々の皆様に見ていただけるイベントです。
空飛ぶクルマは都心部の渋滞緩和だけでなく、地方での新しいモビリティの創造という側面があります。例えばスマートフォンのアプリで空飛ぶクルマを呼び、そのまま乗って移動する………、そういう形は地方で展開される可能性が高いと思います。
例えば、電話の発展は「まず固定電話があって、携帯電話になり、スマートフォンへと進化していく…」というのが我々の固定概念だと思いますが、アフリカなどではいきなりスマートフォンから普及しています。
インフラにも同じような可能性があるのではないか? 例えば「道路を作る前に空飛ぶクルマが移動を可能にする」そうした可能性もあるのではないか、そう考えています。
そうしたことを含めて様々な可能性を感じ取っていただけると嬉しいです。
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