インタビュー

ゼロ知識の強化学習、学習30回で「匠の技」に! AIシステム「FKDPP」を横河デジタルがCEATECでデモ

「AIはコストダウンではなく、ビジネスの拡大に」

 2024年10月15~18日に、幕張メッセでCEATEC 2024が開催される。今回で25周年目の節目を迎えるCEATECでは、特別企画として、23社が出展する特別企画「AI for All」を実施。その中に、今回がCEATEC初出展となる横河デジタル株式会社も名を連ねている。

 同社の親会社である横河電機株式会社は、プラント向けの工業計器・プロセス制御システムの専業メーカーで、100年以上の歴史を持つ老舗。売上の7割を海外が占めており、高い品質と技術力に定評があるグローバル企業だ。

 製造現場のデジタル化が進む中で、横河電機でもITソリューションを手掛けるようになった。しかし、現場系のシステムとITシステムは分離しているという課題があり、顧客からも両方を統合したソリューションが求められるようになった。そのようなニーズに応えるため、現場のオペレーションテクノロジー(OT)とITを融合させるソリューションを提案すべく、2022年に横河デジタルが設立された。

 今回の出展では、AIを中心に横河デジタルの技術とソリューションが紹介される。

FKDPPの実験装置である三段水槽。

 中でも注目なのが「Factorial Kernel Dynamic Policy Programming」(以下「FKDPP」)という自律制御AIアルゴリズムだ。世界で初めてプラントの制御に成功したAIアルゴリズムで、ブースでは実際に動作している様子を目にすることもできる。

 今回はFKDPPを開発した経緯や技術、そしてCEATEC 2024に初出展する意気込みなどを、横河デジタル株式会社の鹿子木 宏明氏(代表取締役社長)にお伺いした。

 ちなみに鹿子木氏は、開発初期からFKDPPに関わっていた開発者の一人でもある。AI専門家としての視点と経営視点の双方から、実際の活用に関するイメージを語っていただいた。

コストダウンではなく、ビジネスの拡大にAIを使うのが「AIファースト」

 CEATEC 2024には初出展だが、横河デジタルが手掛けるソリューションは現場とITを統合するものだ。IoTやAIなどの技術を活用してサイバー空間とフィジカル空間を融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立させるというCEATECのテーマ「Society 5.0」のど真ん中にあると言える。

「プラントは持続性も重要です。サステナビリティという観点では脱炭素経営を支援するソリューションであるカーボンフットプリントトレーサーを用意しており、CO2の排出量を減らすためのコンサルティングも提供しています。もちろん、セキュリティにも注力しており、ITだけでなく、現場のOTを監視するシステムも提供しています」(鹿子木氏)

横河デジタル株式会社 代表取締役社長 鹿子木宏明氏

 プラントとは複数の設備が組み合わさってできている工場のことで、例えば石油プラントでは石油から原油を精製したり、天然ガスを生産したりする。横河電機のソリューションは、これらのプラントにセンサーなどのシステムを提供している。例えば、石油であれば不純物を取り除いたり、成分ごとに分離させたりする。エネルギーだけでなく、食品や薬を生産するプラントもあり、横河電機の顧客はほぼ全ての製造業に広がっているという。

 出展するブースのテーマは「AIファースト」。

 AIを中心に事業戦略を立てて、業務プロセスを再構築するという考え方だ。業務改善のツールというところにとどまらず、ビジネスの中核にすることがキモとなる。

「Googleをはじめ、AmazonやMicrosoftもAIファーストになっていますが、日本ではAIファーストと言う言葉そのものもあまり広まっていません。日本では、AIをコストダウンに活用しているところが多いです。一方、海外ではビジネスを拡大させるためにAIを使っています。コストダウンが目的だと大きな投資ができないので、海外の競合と戦うために日本でもAIをビジネス拡大に活用しようと訴えていきたいと考えています」(鹿子木氏)

 横河電機がAIに本気で取り組み始めたのは2013年ごろ。奈良先端科学技術大学院大学の松原崇充教授と共同でAIのビジネス活用を模索している中、鹿子木氏はペットボトルのキャップを開けるAIを見せてもらった。ゼロ知識から目的に向けて試行錯誤するAIで、最終的にはキャップを開けてしまう。センサーのデータを解析し、AIが自分で考えてモノを動かすところを目の当たりにした鹿子木氏は、これならプラントにも活用できるのではないかと考えた。そして、2018年、FKDPPという強化学習技術を用いた自律制御AIアルゴリズムの論文を、共同で発表することになった。

「FKDPPは強化学習という機械学習を行っています。ディープラーニングでは膨大なデータを元に試行錯誤させますが、現実のプラントでそこまで膨大な学習を行うことはできません。ロボットをAIで動かすには、数十回の試行錯誤で学習する必要があるのです。松原先生は徹底して早く学ぶAIを研究されており、そのおかげで共同でFKDPPを開発することができました」(鹿子木氏)

ゼロ知識の強化学習で、匠の技を学ぶ「FKDPP」試行錯誤20回で「上手な人並み」、30回で「驚くレベル」に

 FKDPPはゼロ知識から強化学習を行う際、計算負荷を軽減し、効率的に学習できるようにしたアルゴリズムだ。従来のDPP(Dynamic Policy Programming:動的方策計画)を基本に、カーネルトリック(K)を用いて有効なサンプルのみを使って計算するのが特徴。FKDPPを利用することで、効率的かつ柔軟に制御を行うことができる。

「シミュレーターでうまく動作したので、次は若いメンバーの提案でFKDPPを使った三段水槽という実験装置を作りました。上の人間はプラント全体を制御するAIの開発を考えていたのですが、まずはリアルなモノを作ることにしました。すると、想像以上の結果が出たのです」(鹿子木氏)

 三段水槽とは、三段に設置された水槽をパイプでつなぎ、貯水タンクからポンプでくみ上げた水を流していく装置だ。ポンプと一番上の間に流量を調整できるバルブが用意されている。このバルブを調整することで、一番下の水槽の水位を狙ったところにキープするのが目的だ。

三段水槽の実験装置

 既存の技術や人の手で調整することもできるが、ゆっくりとバルブを開け閉めして、試行錯誤を重ねて水位を合わせていくことになる。AIでもこれが実現できればいいと考えていたところ、想定外の動きをしたのだ。ゼロ知識なので、最初はいきなりバルブを全開にして飽和して終了してしまう。しかし、このような試行錯誤を20回繰り返すと、上手な人間くらいのレベルで調整できるようになった。そして、30回目にはあっという間に水位を安定させるようになった。

三段水槽のモニター

「AIは一度、手掛かりを発見するとその後の学習でぐっと自分を最適化していきます。FKDPPを使うことで最速の制御ができるようになったのです。従来の機械や人の手では到底できない制御で、大変驚きました」(鹿子木氏)

AIの性格付けで学習を制御「勇気はどれぐらい?」「どこまで先を予見する?」

 ゼロ知識で学習されたAIだと突拍子もないことをしそうに思えるが、そのあたりも考慮済みだという。

 データに対して、センシティブに”しない”ように設計しており、過激な反応をしないようになっている。もちろん、30回学習させてもうまくいかないこともある。そんな時は、AIのパラメーターを調整して再学習させる。どのくらい勇気を持つか、どのくらい先まで予見するか、どのくらいセンシティブにするか、といったパラメータが用意されているという。

 2022年にはENEOSマテリアルと共同で実証実験を行い、すでにFKDPPの実用化も進められている。工場から出る排熱を活用し、蒸留塔の省エネルギーを実現しようというものだ。ボイラーを焚くよりも、排熱で温められるならそれに越したことはない。

 とはいえ、気温が低くなれば排熱量は減るし、工場がフル稼働すれば排熱量が増えるなど、不安定で制御しづらいという課題がある。排熱効率と品質の両方を維持するために、これまでは匠の職人が手動で制御していた。1時間に何度もチェックし、雨が降ったらバルブを開くなどの調整を行っていたという。そこで、この作業をFKDPPで自律制御するようにした。

 もちろん、プラントの制御というミッションクリティカルなオペレーションでトラブルを起こすわけにはいかない。そのあたりは、長い歴史を持つ横河電機のノウハウが生かされている。

 まずは、サイバー空間上にプラントのデジタルツインを作り、制御するためのシミュレーターを構築。その上で、FKDPPの学習を行った。学習結果はプラントのエキスパートに見てもらい、問題なしと太鼓判をもらえたため、実際に動かすことになったという。

 バルブの調整なので、極端な話、PCを持ち込んでAIを動かすこともできる。しかし、プラントで事故を起こすわけにはいかないので、横河電機の「CENTUM」という制御システムにFKDPPを組み込んだ。「CENTUM」は定評のある統合生産制御システムで、センサーが壊れたり電源が落ちたりプログラムにバグがあったりしても、きっちり異常停止する仕組みになっている。ここにFKDPPを入れることで、万一何かあっても止まるようにしたという。

 その結果、35日間にわたってAIにより化学プラントを自律制御することに成功。2023年に、世界で初めて強化学習AIであるFKDPPを正式に採用することになった。また、その技術の革新性が認められ、FKDPPは第52回 日本産業技術大賞の内閣総理大臣賞を受賞している。

FKDPPは「汎用AI」、在庫調整やビール醸造のレシピ開発などにも活用可

 ENEOSマテリアル化学プラントの事例があるので、FKDPPはプラント用制御AIといったイメージがあるが、実は汎用のAIとして作られている。

 人がデータを見て判断するのと同じことができるAIを目指し、単なる人間の模倣だけでなく、きちんとインテリジェンスを持ち、時には人間よりも賢く判断できるという。

 例えば、在庫調整にも使える。営業部署は欠品したくないので製造量を増やして欲しいが、たくさん作れば在庫が増えてしまう。製造量1つとっても関係者の主張が衝突してしまうことがあるのだ。そんな時、FKDPPを使えば、在庫を抑えつつ、失注をもっとも減らせる製造量を判断できるようになる。従来、複数の部署の思惑がぶつかるところでは、偉い人が出てきて決めていたが、AIで正確な判断ができるようになれば、ビジネスの効率もスピードもアップすることになる。

 ユニークなのが、FKDPPによるビール醸造のレシピ開発だ。まだテスト段階だが、醸造する際の温度管理をFKDPPで効率化して、ビールの製造工程を短縮することに成功している。将来的には、短期間でお酒を100種類開発するといった、人の手では到底無理な業務もFKDPPで解決できる可能性があるという。

CEATECの目玉はFKDPPのデモ、もちろん「AIファースト」で!

 CEATEC 2024のブースでは、「AIファースト」をテーマに展示を行う。その中では、横河グループの大きなビジョンであるIA2IA(Industrial Automation to Industrial Autonomy)とSoS(System of Systems)も紹介される。

「IA2IAは自動から自律へという意味で、AIでシステムが自分で考えて動くようにしたいと考えています。SoSはいろいろなシステムを連携させて統合し、シナジーを生み出すシステムです。企業レベルだけでなく、社会全体で連携することで、多くの社会課題を解決できるようになります。私個人としては、FKDPPがSociety 5.0の切り札になるのではないか、と考えています」(鹿子木氏)

 実際に動作するデモは2つ用意する予定とのこと。

 1つ目が、前出の三段水槽。ポンプを動かし、FKDPPがバルブを調整して水位を安定させるところを見ることができる。アナログなバルブの開け閉めをAIが行い、匠の調整よりも高い精度で高速調整する様子は必見だ。

 2つ目が、石油プラントや化学プラントで使われるような成分を分離させるシステムだ。例えば、50℃で気体になる物質と49℃で気体になる物質が混ざった液体を49.5℃にして分離する際、実際の現場では一定量が混ざってしまうという。

 従来は、「匠の技」を持つ職員がOTを駆使して分離の精度を高めていたのだが、例えば一気にプラントを増やしたり、生産量を多くする際は人手が足りなくなってしまう。しかし、そこにFKDPPを導入することで、分離の制御をサポートできる。展示では液体だと見分けがつかないので、2色のビーズを使う。混在したビーズを流し、綺麗に分離させるデモを行う予定だ。

 最後に、来場する人に向けてコメントを頂いた。

「製造業は長年改善を繰り返してきたので、残っている課題は枝葉に関するものが多いです。しかし、ここで1回立ち戻って、作り上げてきた工場の中でも、FKDPPというAI技術を活用することで、諦めていた根本的な難問を改善できる可能性があります。三段水槽で予想を超える結果が得られたように、すごい解が出るかもしれません。最新のAIでどんなことができるのか、ぜひブースに来ていただき、われわれの技術を見ていただければと思います」と鹿子木氏は語ってくれた。

 なお、会場では鹿子木氏によるコンファレンスも数回予定されている。17日18日はコンベンションホールでの実施で要予約、15日はブース近くでの実施で予約は不要だ。