どうする!? ネットの誹謗中傷、最新事例で知る悲惨さとリスク

1000件もの誹謗中傷に晒され5年、匿名掲示板の書き込み人物を特定するまで

弁護士への早めの相談で早期解決に

 ネットの誹謗中傷が社会問題となっています。ネットの匿名性を悪用し、掲示板やSNSで誹謗中傷の投稿を行ったことが原因で、被害者の人生が破壊されたり、場合によっては命を落としてしまうこともあります。

 2021年2月26日、政府はプロバイダ責任制限法の改正を閣議決定しました。これは、ネットで誹謗中傷を受けた被害者が訴えやすくするように、裁判手続きを簡略化するというものです。それほど、問題が大きくなっているのです。

 今回は、1000件以上の誹謗中傷に晒され、5年間戦ってきた被害者に取材しました。今でも被害が完全に回復されたわけではありませんが、事件のあらましを聞くことができました。なお、個人情報を守るために、情報の一部は改変しております。

ネットの匿名性を悪用する誹謗中傷が社会問題になっています。誰もが被害者になりえますし、無意識に加害者になってしまう可能性もあります。この連載では、筆者が所属する「DLIS(デジタルリテラシー向上機構)」が独自に取材した情報を共有し、実際に起こった被害事例について紹介していきます。誹謗中傷のない社会を目指しましょう。

ある日、知人から「ネットに晒されている」と連絡が来た

 システム開発会社を経営しているTさんは、2017年11月ごろに知人から「Tさんとその会社がネットの掲示板で晒されている」と連絡が来ました。慌てて検索すると、いくつも投稿が見つかりました。

 「システム開発を受注した案件でトラブルが起きていたのですが、その内容が歪曲されて書き込まれているのです。お金だけ取ってまともなシステムを納品しない、と誹謗中傷されていました。」(Tさん、以下同)

 事の発端は2015年3月ごろです。ある企業のX社長からシステム開発を依頼されて、契約がスタートしました。そこから2年以上の付き合いが続き、何度か請求と支払いが行われています。その間は良好な関係でしたが、2017年初め頃にその会社が資金繰りに困り、Tさんは貸し付けをしたまま業務を進めました。

 「基幹システムとなるシステムをやりますといって受けたので、手を止めてしまうと業務全体が止まってしまいます。そのため、経費の立て替えも含め、そのままずるずると引っ張ってしまったのです。」

 そして、2017年6月ごろ、X社長にTさんが呼び出されます。立替金の約1000万円ほどを支払ってもらえるのかと思いきや、いきなりの契約解除を言い渡されました。しかも、2カ月後にはこれまで報酬としてもらっていた費用の返還を求める訴訟を起こされてしまいました。システムに文句があるので、支払い済みのお金を返せ、というわけです。

 Tさんは交渉を続けますが、取り付く島がありません。そこでやむなく、X社長に対して未払い金を求める訴訟を提起した、というのがトラブルのあらましです。

被害はネットの中だけにとどまらず、取引先に怪文書が送りつけられるように

 筆者はIT業界の原稿も書くことが多いので、この手のトラブルはよく聞きます。どちらにも何らかの言い分があり、裁判所が判断を下してくれます。今回もこの是非には触れません。しかし、Tさんが裁判を起こしてから、状況が一変しました。

 Tさんの知人から知らされたように、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)などの掲示板に、「Tさんの会社はぼったくりでひどい会社だ」と投稿されるようになったのです。

 ローカル掲示板サービスにも書き込まれるようになりました。犯人は誹謗中傷のスレッドを立てるのですが、レスがついたら返信も行っていたそうです。

 さらには、Tさんの会社の取引先に、怪文書が送りつけられるようになりました。「掲示板にこんなことを書かれている会社と付き合うのはいかがなものか」と言った内容が、何十通も送付されるのです。

 被害拡大を防ぐために弁護士に依頼し、掲示板サービスにIPアドレスとアクセスログを請求したところ、すんなり入手できました。そのため、すぐにプロバイダーに情報の割り出しを依頼したところ、こちらも回答してくれました。

 即、弁護士に依頼したのが、功を奏しました。被害者だとしても、弁護士に依頼する際には報酬が発生します。サイト管理者とプロバイダーのそれぞれに開示請求するために20~30万円、対応しなかった場合は裁判所に仮処分命令申し立てや契約者情報の開示請求訴訟を行いますが、こちらも同程度以上のお金が発生します。

 この金額負担に驚いて様子見するケースも多いのですが、時間がかかってしまうと、ネットサービス事業者側の情報を保管している期限が過ぎてしまうこともあるそうです。

 この手続きをスムーズに進められるようにするのが、冒頭で紹介した法改正の趣旨となります。見逃せない誹謗中傷だと判断したのであれば、早い段階で弁護士に相談することで、早期解決につながる可能性が高まります。

「関わりたくない」……離れていく周りの人々、誹謗中傷の書き込みは1000件に

 今回のケースでは任意の請求に対応してもらえましたが、調査の結果、辿り着いたのは公衆Wi-Fiでした。

 ある施設が用意している、誰でも使える無料の公衆Wi-Fiを利用して掲示板に書き込んでいいたのです。自分の身元を隠すために、自宅や会社では書き込んでいませんでした。

 弁護士は「民事ではどうしようもないかもしれない」と言われたため、警察に出向いて被害者聴取を受けて、刑事告訴を受理してもらっていたのです。

 そのころには、掲示板の書き込みはトータルで100スレッド、書き込み件数は1000件を超えていました。関係者に対する誹謗中傷文書もばらまかれ、2018年4月には、とうとうそれまで受注していた案件は全て契約終了となってしまいまいました。

 そこでつてを辿って調査会社に素行調査を依頼し、警察と連携して調べてもらうことにしました。すると、IPアドレスで判明した施設にX社長が来て、PCで誹謗中傷を書き込んでいる現場の写真を撮影することに成功したのです。これを証拠として、警察が動き、2018年11月にX社長が名誉毀損で逮捕されることになったのです。押収されたPCにはログが残っており、証拠が裏付けられました。

「私は誹謗中傷が止まればそれでいいと思っていました。もうその時は、貸付金とか相手を罰するとかはどうでもよく、とにかく平穏な生活に戻りたかったです」

 犯人が逮捕されたことで、誹謗中傷はやっと収束しました。Tさんは、事態にケリが付くまで誹謗中傷投稿の削除依頼は出しませんでした。証拠として残しておくためです。

 ネットに誹謗中傷が出ると、不動産の契約が難しくなるそうです。Tさんの会社には十分なキャッシュがあったのですが、引っ越し時には相当苦労したそうです。また、ネットの書き込みを見た銀行が借り入れの一括返済を求めてきました。これだけ書かれていたら、商売にならないだろう、という理由です。ここではなんとか説得して、そのまま返済を続けたようです。

 「辛かったのは周りが弱気になってしまい、離れて行ったことです。強気な相手が言っていることが正しいんじゃないかと考えるようになったり、相手が悪いのは分かっているが関わりたくないという人がいて、とても悲しかったです。当時は退職する従業員も出ました。」

 状況が一段落してから、Tさんは各掲示板の投稿を削除してもらうようにしました。とはいえ、フォームから申請すれば消してもらえるわけではありません。裁判所に申し立てをして、法的に削除してもらう必要も出てきます。現在、掲示板からは投稿を削除できましたが未だに掲載されているところもあり、完全に消すためには時間がかかりそうです。

掲示板への投稿を削除する仮処分の決定書です。

 「未払い金は取り返せていませんが、有利な裁判になったとしても、お金を払う気がない相手からお金を取ることは難しく、結局こちらが損をしてしまいます。」

 兎にも角にも誹謗中傷との戦いは一段落しました。今でも、検索するとヒットするウェブページはあるのですが、少しずつ対応していくとのことです。

しっかりとした証拠集めと不用意な行動を避けることで解決へ

 ここまでの被害を受けるというのが誹謗中傷の怖いところです。

 いろいろ取材している経験から言うと、いくつもの条件が重なり逮捕に至ったのは、失礼ながらまだマシなケースでした。例えば、誹謗中傷が1000件でなく数件程度だったら、警察は動かない可能性が高いのです。100スレッドも乱立させたため、被害が認定されたと思われます。

 犯人は公衆Wi-Fiを使いましたが、同じ場所で書き込むという脇の甘い行為で証拠が得られました。もし、誹謗中傷しているのが見知らぬ第三者であれば、証拠を集めるのにはさらに苦労したことでしょう。

 しかし、しっかりと証拠を集め、不用意に動かず弁護士や警察に相談し、時間をかけて対応したことで解決に結びつきました。

 今のところ、まだまだ誹謗中傷を行なう側が有利な状況にあります。弁護士に依頼すれば対抗できることもあるのですが、安くないお金が発生してしまいます。法体制も関係する企業もネット文化も、全員が誹謗中傷を許さない、という姿勢で取り組んでいくことが被害を抑制するために重要なポイントになります。みんなで誹謗中傷のない社会を目指しましょう。

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