インタビュー

水も電気も自給自足!トレーラーで移動する「居住ユニット」はまるで国際救助隊? CEATEC会場でリアル体験!

岩手のガス会社が作る「療養にも使える、落ち着ける空間」、それは3.11から始まった………

海運コンテナではなく、コンテナトレーラーの上に木造住宅を建築したというイメージ。天井には太陽光パネルがならぶ(写真は製作中の車両)。電気も水も自給自足でき、移動もできる居住ユニットだ。CEATECのリアル会場(10月18日~21日)では中に入って体験できる
北良株式会社の事業所。一見平凡な事業所だが、災害時でも稼働できるよう、実はしっかりとした対策をとっている
北良株式会社 代表取締役社長 笠井健氏。3.11の悔しさが全ての原動力になっている

 岩手県北上市。広大な田んぼが広がり秋には金の稲穂が一面を覆う中、突如現れる大型タンク。それが岩手で1、2を競うガス会社の北良だ。

 「ガス会社」と言っても色々あるが、同社は家庭用にはプロパンガスを供給し、産業用には二酸化炭素や窒素、アセチレンやヘリウムなどのガスも供給する、総合的なガス会社だ。

 そして特に力を入れているのが「医療用の酸素」だ。人より大きい病院用の大型ボンベから、プロパンガスのボンベを細くしたような小型のもの、さらにペットボトルサイズの小さなものもある。

 代表取締役の笠井健氏は、歩いて何分もかかる敷地内を紹介してくれながら、「これらの酸素ボンベは、病院から退院して自宅治療を続けるためのものだったり、人工呼吸器を必要とする医療的ケア児用のものです。車椅子に載せて移動できる小さなものから、家庭で使う大きなものまでさまざまあります」と話してくれた。

比較的小さな酸素ボンベ。車椅子にも乗せられる小型ボンベもあるという笠井氏
とにかくたくさんのボンベがあって充填口も違うので、充填口の変換アダプターも自前で作るという

 そんな北良がCEATEC 2022に出展するのは、完全独立型の移動式居住ユニット「WHOLE EARTH CUBE」、通称「WEC」だ。

 外見を見ると「あぁ、いわゆるトレーラーハウスね」………と早とちりしてもらっては困る。そもそも、コンセプトからして大いに違う。

 なんと、外部からの供給なしに水や電気を自給自足でき、「ライフラインがダメージを受けている被災地でも人が生活できる」のがポイントだ。トレーラーヘッドを繋げば、日本全国どこにもでも移動できるし、「自給自足」「移動可能」という変わった特徴を持っているとは思えないほど居住性がいい。

 この「移動体居住スペース」は、Society 5.0を具現化した未来の家であり、また障害を持つ人とその家族、そして被災者が利用するための避難所であり、コミュニティセンターなのだ。

 しかし、誰でも思うのが「なぜガス会社が、こうしたユニットを作り、そしてCEATECに出展までするのか?」。その背景には、笠井氏の深い思いがあった。2011年3月11日に始まる、その経緯から語ってもらった。

全ての始まりは3.11から……「医療用のガスを届けても、電気がない!」

 北良をどん底に突き落としたのは2011年3月11日。誰もが記憶に新しい「東日本大震災」である。

 事務所を置く北上市は岩手県の内陸部にあったが、それまで医療用の酸素を届けていた人々や子どもたちの中には沿岸部に暮らす人も多い。その多くが被災したのだ。

在宅用医療機器も稼動できる発電機を何台も備えメンテナンス工具と一緒に被災地へ急行する
いつでも出動できるように災害支援車両が同社のガレージに待機している

 自らも被災するも、人々の命をつなぐため、酸素ボンベを持って被災直後の現場を駆け回る。しかし在宅用の多くの医療機器は、電気がなければ使えないものが多い。せっかく酸素ボンベを届けられたのに……だ。

 これを機に笠井氏は、医療機器をバックアップできる非常用の電源開発に乗り出す。

 ガスの専門家ではあるものの、電気については分からないこともあり、独学で勉強したり、いろいろな人に相談したとのこと。本当に偶然な話なのだが、2016年に笠井社長から「家電Watchの発電機の記事を読んだ。詳しい話を聞かせてほしい」と連絡を頂き、非常用電源の正弦波の品質について、話をしたこともある。

「電気は用意できたが、衛生的な水も欲しい!」

笠井氏が目を付けたのはWOTAが開発した水処理技術。写真の「WOSH」という製品は、内蔵タンク20Lの水を循環・除菌することで500回の手洗いが可能になる(プレスリリース「WOTAが「2020年ドバイ国際博覧会」日本館の感染症対策に協力」より)

 電気の見通しが付くと次の問題が見えてきた。衛生面、とくに水だ。

 在宅患者の中には、たん吸引チューブの洗浄や、チューブから食事を取る患者のために衛生的な水が必要になる。そこで利用後の水を様々なフィルター、紫外線、RO膜(※1)などを使って濾過、循環させるシステムを開発していたWOTA株式会社と提携し完全独立型の水循環システムの開発に着手する。

西日本豪雨で設置した循環型シャワーユニット。15分で設置できる(WOTA株式会社ホームページ「WOSHで実現する、商業施設のサステナブルな衛生対策」より)
AI浄水器「WOTA BOX」でろ過・精製されたキレイな水は、98%が再度シャワーの水として利用できる(WOTA株式会社Twitter「台風15号で被災した避難者の皆様へ」より)

 2018年の西日本豪雨では水循環システムでシャワーを提供、翌年には新幹線が水没した長野にて水循環システム+北良の移動型給湯器を組み合わせ温水シャワーを提供した。

 さらに災害時に不衛生になりがちなトイレもWOTAと協力し、トイレ専用のAIを利用した完全独立方水循環システムを開発するなど、生活空間のモビリティ・オフグリッド化を具現化しているのだ。

生活用水とトイレを別系統にしてAI浄水器「WOTA BOX」でろ過・精製。水をそれぞれ再利用する。自然蒸発した水は雨から補給する(WOTA株式会社ホームページ「住宅規模の全排水に対応した小規模分散型水循環システムを開発ー生物処理を加えた亜寒帯利用の実証に成功」より)

 このように北良は、2011年3月11日の東日本大震災での災害支援の経験から、災害弱者を一人でも多く救うという行動原理の元、今も邁進し続けているのだ。

人工呼吸器が必要な医療的ケア児と家族がWECへの宿泊したこともある。電源だけでなく水道、トイレが自由に使えることで日常のケアがそのまま可能で家族が一緒に安心できると高評価

※1 旅客船が海水から真水を精製したり、ウォーターサーバーの水を精製するときに使われる、非常に目の細かいフィルターを筒状にしたもの。加圧してフィルターを通すと塩分や菌、ウイルスなどを取り除ける

「落ち着ける空間」と「人とつながる空間」、それを持ち歩く……という発想

 そして、これらが結実した最新ユニットが「WHOLE EARTH CUBE」(WEC)だ。

WECの内部。入って過ごしてみると、想像以上にゆったりと過ごせる。構造体も全て木製で温かみのある空間。窓ガラスは全てトリプルガラス。サイドはプラグドア式の引き戸になっている
WECの外形はほぼ海運用の40ftコンテナ車両(12x2.5x3.8m)。独立型上下水道、自立型電力、給湯、エアコン完備

 WECで利用する電気は、太陽光発電と蓄電池、そして天候不良時のガス発電機を組み合わせて利用。外部からの電源供給なしで利用できる(HV/EVなど車両のACコンセントによる給電も可能)。暖房用の灯油タンクもあり、冬場はこれで暖を取れる。

 水についてはWOTA水処理システムを活用。トイレ専用の水循環システムとそれ以外の水循環システムを別々に搭載している。最初の給水こそ必要だが、あとは全てリサイクルするため、普段は給水管を接続せずに利用できる。室内には洗濯機も設置されているが、「実は洗濯で衣類に水を吸われるのが、一番水を消費するんですよ」というぐらい、リサイクルが徹底している。ちなみに、水の補給は、「流しに水を流せば、補給水として扱われる」そうだ。地域や季節によって降水量が異なるので、年間通じてどのくらい雨水から補充できるか、今後、実証実験を行うとのこと。なお、水循環システムは電力を必要とするが、その電力はもちろん、先ほど説明した「自前のもの」だ。

 また、躯体は木造。外気の熱を遮断でき、窓ガラスにもトリプルガラスを採用して空調効率を上げている。

WECはSociety 5.0そのものではなく、その先の目標を具現化したもの

 そして、コンセプトのひとつにもなっているのが「落ち着ける空間」であること。

 これは、障害を持つ人とその家族がもっとも求めるものが「落ち着ける空間」だからとのこと。健常者でも「体育館のダンボールパーティーションで何カ月も暮らせ」といわれたら相当な苦労を強いられるが、障害を持つ人と介護する家族にとってはなおさらだ。

 とはいえ人は一人で生きていくのが難しく、何らかの形でコミュニケーションを取らねばならない。そんなときに北良が出会ったのが住友林業MUSVIだ。

WOTAの水処理システムと接続された水回り。トイレ横には洗濯機スペースとシャワー室がある。トイレの奥の部屋は水循環システムの機械室
外壁は住友林業が協力している耐風雨日光で防腐加工されたパネル。40mmごとにパンチ穴があり、フックなどを掛けてタープを貼ったり、棚や物干し竿を掛けたりできる(停車中のみ)。黒いボックスは灯油タンク

 住友林業は雨風に晒されても大丈夫な外壁用木材を開発し、MUSVIは「」という製品を開発。この「窓」は、大手電機メーカーで長年、認知や感覚の研究を積み重ねてきた阪井氏が立ち上げたベンチャー企業。大型画面と特殊な音響技術で「あたかも、空間がつながり、そこに人がいるかのような雰囲気」を感じることができるコミュニケーションシステムだ。

 温かみのある木の家は自宅のようにゆっくりくつろげ、人の目を気にせずに自宅療養や介護ができる。また人里はなれた山間部や被災地にあっても、医者やおなじ病を患う人とのコミュニケーションが取れる手段は重要だ。

サイドの壁には大型液晶パネルを付け、MUSUVIのコミュニケーションシステムを導入予定。会場では内外の同じ場所にパネルを付けて、あたかも透明になっているかのような演出をするかも?と

 このWEC、いまは北良が試作し、CEATEC 2022に展示する車両しかないが、将来災害が起きたとき、トレーラーヘッドがWECを牽引して被災地に向かう姿が想像できるだろう。

 WECは完全にオフグリッドな空間に合っても、人がいつものように生活でき、サイバー空間とフィジカル空間をシームレスにつなぐコミュニケーションが取れるというわけだ。

「助けたい一人ひとりのためにすること」がユニバーサルになっていく

 災害時の人工呼吸用酸素を届けるために奔走した北良は、在宅医療の現場や被災地を見て、10年以上を経てWECにたどり着いている。

 しかし、これまで一回も政府や地方自治体の支援や援助を受けたこは一切ないという。それはなぜか? 「行政はまず一般市民に向けたユニバーサルなサービスを目指すから」だと笠井氏は言う。

「自治体の支援もなく自腹でここまで作る会社なんて、どうかしてますよ(笑)」。人の心の求心力が桁違いに高い笠井氏。社員だけでなく、地域や大学病院などさまざまな人の協力を得て邁進している

「やむを得ないのですが行政は縦割り。全く新しいことの開発には向いてない。WECの場合は住宅として建築基準法や消防法、水道法に縛られ、トレーラヘッドで運ぶために道交法まで関わってきます。これは行政に相談してもダメだと思いました。私たちのアプローチは助けたい人々の顔を見ながらアイディアを出していくのです。それをつきつめていくことで、最終的に誰にでも便利なユニバーサルになるんです。WECの開発に当たってはたくさんのパートナー企業のみなさんにご協力いただいています。協力にあたってのお願いでは“こんな人を助けたい”というビジョンを伝えるんです。助けたい人の顔が見える、具体的などんな支援をしたいかを明確することで、パートナー企業の皆さんにご理解いただいているんです」

北良のガレージには水陸両用車やジェットボート、車いすごと運べる救助用ボートなども待機している

 Society 5.0というと、コンピュータに向かってプログラムを書いてたり、ビッグデータを解析することで新しい社会を実現するというイメージがあったが、北良のように泥臭く人情で構築していくSociety 5.0へのアプローチもあるということを思い知らされる。

まるで国際救助隊? CEATECでリアル展示!

 まるで国際救助隊のような心意気だが、笠井氏によれば「究極“国際救助隊のサンダーバード”を作りたいんですよね」という。

 一見するとWECとCEATECは、少しズレを感じる人が多いかも知れない。しかし「Society 5.0」そのものではなく、政府が掲げるその先にある目標には大きく合致しているのだ。

究極“国際救助隊のサンダーバード”を作りたいんですよね
  1. 2030年を目標にしたSDGsの達成を見すえ、持続可能な地球環境を実現する
     完全独立した電力システムや水循環システム
  2. いまの社会のニーズを満たし、将来の世代も豊かに暮らしていける社会にする
     暮らしや生活の多様性を提供
  3. 災害や感染症、サイバーテロなどの脅威に対して、強靱な社会を構築する一人ひとりの多様な幸せが実現できる社会
    WECの思想そのもの


  4. 能力を伸ばせる教育を等しく受けられる環境と、そうした人材をいかした多様な働き方の実現
    WECは障害を持つ人やその家族も含めた多様性を提供
  5. 生涯を通じて生き生きと社会に参加し続けられる環境の実現
    障害者やその家族、または被災者が普段の生活ができるプラットフォームに
  6. 夢を持ち、コミュニティの中でも自らの存在を肯定して、活躍できる社会の実現
    MUSUVIの「窓」によるさまざまなコミュニケーションの可能性を提供

 完全独立型の移動式居住ユニット「WHOLE EARTH CUBE」は、100の言葉で伝えるより、実際に見て体感したり、オンラインでその様子や人々のリアクションを見てもらうのが一番だ。

「活用アイデアや運用方法、ビジネスなどの意見を交わしたい」

ガス、ガソリン、電気で3,000kmを無給油で走れるプリウスも開発。トレーラーを牽引したまま岩手→名古屋往復1,800kmを走破した(北良株式会社ホームページ医療と防災のヒトづくり×モノづくりプロジェクトより)

 そしてWECを見て思いついたアイデアや運用方法、活用術やビジネスなど多数の意見を交わしたいという笠井氏。

 通常は会社の保養施設やテレワーク拠点として、災害時には「人の命を助けるチーム」として協力してもらえる企業と情報を共有したいという。

 最後に笠井氏は問題を提起する。

「災害の多い日本で災害弱者の命をどうやって守っていくか? エネルギーや環境の問題だけでなく、地方自治体の維持、他地域の人との繋がりなど包括的な課題を解決することで、次の日本の社会のあるべき姿を考えていきたいと思います」

 「国際救助隊のサンダーバード」は夢物語のSFではなく、CEATEC 2022のリアル空間に幻のサンダーバード6号として発進している。

CEATEC 2022での展示イメージ。リアル会場では、実際に中に入ってみることができる。なお、会場までの輸送はもちろん「トレーラーとして」輸送されるそう。