サラリーマンも個人事業主も知っておきたい インボイス制度

第3回:個人事業主編

インボイス制度の主役(標的?)、個人事業主の選択は増税? 廃業?

(イラスト素材:いらすとや)

 インボイス制度がスタートした。第1回ではインボイス制度を理解するために知っておきたい「仕入税額控除」「免税事業者」「課税事業者」などのキーワードを中心に“消費税とは”について説明した。第2回はインボイス制度の説明に加え、「サラリーマン編」としてサラリーマンの経費精算の変化や取引先との関係の見直しについて考えてみた。第3回となる今回は、インボイス制度の主役(標的?)となる個人事業主の今後の選択について解説しよう。

インボイス制度の“標的”となる人・ならない人

 インボイス制度の導入の表向きの目的は「軽減税率8%の導入で分かりにくくなった消費税を正しく把握するため」とされているが、実際の目的は免税事業者の“益税”を減らす増税だ。直接的な影響がないはずのサラリーマンも経費の精算が面倒になり、企業の経理部門は膨大な事務負担の増加で疲弊するなど日本中で悪影響を受ける人が増えそうだ。

 悪影響を最も受けそうなのは免税事業者だ。第1回のおさらいとなるが、免税事業者とはどのような仕事をしているのか。細かな例外はあるが、基本は2年前の売り上げが1000万円以下だと免税事業者、1000万円を超えると課税事業者。皆が知っている大手企業も近所の株式会社○○もほぼ課税事業者だ。例えば売り上げ1000万円で従業員が5人いたら、利益率50%でも社員1人あたり100万円の利益しかない。従業員がそこそこいる会社は売り上げ1000万円を超えないと事業として成り立たない。ただし開業から2年間は前々年の売り上げがないので免税事業者となる。

基本は売り上げが1000万円を超えた2年後に課税事業者となる

 免税事業者には法人も個人事業主もあるが、法人は課税事業者が多く、免税事業者は少ない。逆に個人事業主は課税事業者が少なく、免税事業者が多い。前述のとおり、免税事業者は複数の従業員を雇う規模ではないごく少人数の事業形態となる。

法人は課税事業者が多く、個人事業主は免税事業者が多い

 業種で見ると、小売業・販売業など仕入れがある物販系(形を変えずそのまま販売)は利益率が低いので売り上げは1000万円を超え、免税事業者にはなり得ない。仕入れがあっても飲食店など肉や野菜などの素材を仕入れ調理して(形を変え加工して)報酬を得る業種の利益率は高くなる。行列のできる人気店は客数=売り上げが増えるので課税事業者となるが、こぢんまりとお店を営んでいる場合は免税事業者もあるだろう。

 こうして絞り込んでいくと、免税事業者の多くは仕入れがなく、少人数、小規模の事業形態が多くなる。具体的にはフリーランス/クリエーター系(ライター、フォトグラファー、イラストレーター、デザイナー、漫画家、声優、プログラマー、スタイリスト……)や個人タクシー、“一人親方”と呼ばれる建築・土木系の職人、個人経営の学習塾や音楽教室、ネット通販などの配達・運送の請負、フードデリバリーなど多岐に渡る仕事が思い浮かぶ。業種ごとの実情に詳しくはないが、ブレイク前のミュージシャン、アーティスト、プロスポーツ選手なども免税事業者である可能性が高い。

 インボイス制度で影響を受けるのは、取り引きする対象が法人の免税事業者だ。取引先企業は仕入税額控除ができない免税事業者との取り引きは支払税額が増えるため避けたい。現在、主な取引先が企業で、報酬が振り込まれる仕事をしている人はインボイス制度の対象者、被害者、標的となりそうだ。

企業は仕入税額控除ができないと支払税額が増える

 一方、個人経営の学習塾や音楽教室は個人から報酬を受け取る。支払った消費者は仕入税額控除を行わないため、免税事業者のまま継続しても影響はない。飲食店で「領収書ください」と言われたことがないお店はお客が経費精算している可能性が低く、免税事業者のままでよい。キッチンカーなどもスーパーの駐車場に出店し領収書不要なら免税事業者、オフィス街に出店し領収書を求められる場合は課税事業者になることが望ましい。

消費者は仕入税額控除を行わないので、インボイス制度の影響は受けない

 ご自身の取引先企業が免税事業者との取り引きを望まないのであれば、適格請求書発行事業者になるしかない。その際の登録申請の手順などは別記事『インボイス制度の「適格請求書発行事業者」登録申請をする手順を図解【10月以降対応版】』を参考にしていただきたい。

大丈夫、世の中もインボイス制度への対応は遅れ気味

 個人事業主でインボイス制度への対応にすっかり、うっかり、やっぱり出遅れてしまったと思っている読者がいるだろう。大丈夫、気にすることはない。世の中の個人事業主の多くが出遅れているし、出遅れたことがラッキーな状況となっているので、まずは世の中の現状を確認しておこう。

 8月にMM総研が調査したインボイス制度に対する対応状況の記事を見てみよう。

 調査が行われたのは6月なので、現時点では対応が進んだ事業者が増えていると思われるが、規模が小さい事業者ほど対応が遅れていることが分かる。最も影響の大きい個人事業主は、9月末までに対応が完了すると回答したのは2割程度だ。出遅れていても大丈夫、9月末までに完了していない人は多数派、主流派と思ってよい。

規模が小さい事業者ほど対応が遅れている

 次は免税事業者に仕事を発注する企業側の回答。インボイス制度施行後の免税事業者との取引方針を見ると、現時点では「今までと変わらない」が24.6%となっている。逆に「消費税分の取引価格の減額」が17.6%、「一部取引をやめる」が7.0%、「完全に取引をやめる」が2.0%となっていて、支払い額の減額や取引停止は計26.6%。

「消費税分の取引価格の減額」「一部取引をやめる」「完全に取引をやめる」は計26.6%

 「今までと変わらない」と「減額・取引停止」の合計は拮抗しているが、今後「減額・取引停止」は増えると予想され、数年後にはインボイス制度に対応しない個人事業主は仕事がもらえなくなる可能性は高い。また、複数回答なので「登録事業者になってもらう」「未定」は7割を超えていて、これらの企業が「減額・取引停止」に向かうと、免税事業者のまま事業を続けると廃業に向かう可能性は否定できない。

 インボイス制度がスタートしたので、立て続けにアンケート結果が発表された。1つは税理士ドットコムが実施したもので、調査は9月15日~21日、対象は個人事業主444人。もう1つは帝国データバンクが実施したもので、調査は10月6日~11日、対象企業数は1494社。

 気になった結果だけお伝えすると、税理士ドットコムのアンケートの「インボイス制度の導入後、今後についてどのようにお考えですか?」との問いに「インボイス制度導入後に、廃業する・廃業を検討している」が5.0%、「経過措置終了後に廃業を検討している」が2.0%と、廃業を考えている個人事業主が計7%ほどいるようだ。

 もう1つ、帝国データバンクのアンケートの「インボイス制度の導入による懸念事項」の問いに「懸念事項あり」と答えた企業は91.0%。その懸念事項で最も多かったのは「業務負担の増加」の71.5%。寄せられたコメントには「領収書へ登録番号の記載確認、および記載漏れがある場合の先方確認、従業員への周知徹底といった業務負担が増えることで、通常業務が遅れて残業になり人件費が増える」と書かれている。

 アンケートなども踏まえインボイス制度の影響を受ける個人事業主の想像できる今後のシナリオは、現時点での出遅れは仕方ない(自分だけではない)が、将来的なリスクを考えると、法人取引がある免税事業者はインボイス制度への対応を進めるべきだろう。「いつやる?」「今じゃないでしょ」となる人もいそうだ。

<コラム>インボイス制度で廃業・引退

 ニュース映像で、高齢の個人タクシーの運転手が、インボイス制度を機に廃業すると発言していた。適格請求書発行事業者になると、レシートを発行する機材の更新・購入の費用が発生する。加えて消費税の納税もしなければならない。そこに踏み込んで傷手を負うより、その前に引退するようだ。全国の5000社あまりが加盟する「全国ハイヤー・タクシー連合会」の調査で、新型コロナ前の2019年3月から2023年3月の4年間で、タクシー運転手(個人タクシーは含まず)は29万1516人から23万1938人へ20.4%減少している。インバウンドの再開でタクシー利用者が増えそうなときに、インボイス制度が足を引っ張ると、地域によってはタクシー利用が難しくなりそうだ。

 筆者も還暦を過ぎ高齢者の1人だが、同世代には、社会、会社、地域、家庭など何かしらの事象をきっかけに引退する人は多い。高齢化や人手不足を耳にする運送業、建築業、タクシー業など、インボイス制度を引き金に深刻な人手不足に陥る可能性がありそうだ。

大手企業は様子見? 公正取引委員会の考え方

 出遅れていても大丈夫っぽい情報をお伝えしよう。第2回の「サラリーマン編」では、大手企業のサラリーマンは免税事業者に対し「減額・取引停止」などの発言は慎重に行うようにと書いた。公正取引委員会は「課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあります」と注意事例を出している。

 これに関するニュースを追うと、公正取引委員会が注意した事例が9月末で36件。企業名が公表されたこともあり、大手企業に対する牽制効果はあったと思われる。

 こうした背景もあり、大手企業はしばらく免税事業者への対応は様子見をするところが増えそうだ。実際、筆者のところにはいくつかの大手出版社からお知らせが郵送されてきて、インボイス制度への対応状況の確認とあわせて「免税事業者であってもこれまでと同様に消費税を支払う」と書かれていた。

 主な取引先企業が大手出版社のライター、フォトグラファー、イラストレーター、漫画家や、大手建設会社と取引する一人親方などは当面、免税事業者のままでも大きな減額や取引停止はなさそうだ。人手不足が叫ばれる建設業界では“腕の立つ職人”はずっと免税事業者のままでも職を失うことはないかもしれない。

 ただし、公正取引委員会の文面には“一方的に通告”と書かれている。見方を変えると「今後消費税は一切支払わない」「取り引きを停止する」であっても合意すれば問題ないとも受け取れる。企業が全ての免税事業者に書面を送り、署名捺印をさせ合意を取るというケースもあるかもしれない。その行為も優越的地位の濫用と言えそうだが、ご自身の取引先の方針を確認しておくことは大切だろう。

出遅れてラッキーな人も

 出遅れたことがラッキーな人もいそうだ。筆者は起業して十数年となる。記憶が怪しい部分もあるが最初は免税事業者、その後、売り上げが1000万円を超え課税事業者となり簡易課税を選択した。リーマンショックの翌年に売り上げが減少し2年後に免税事業者に戻り、台湾のNASベンダーの日本でのPRを担当した際に、輸出取引に対応するため意図的に課税事業者となり一般課税を選択した。輸出取引が終わったので免税事業者に戻り現在に至っている。やっと免税事業者に戻ったらインボイス制度の情報を耳にし「おいおい、やめてくれよ」というのが正直な思いだった。

 インボイス制度の登録は2年前の2021年10月にスタートした。それから現在まで、コロコロとルール変更や特例が顕在化してきた。代表的なのは、登録期限が2023年3月末から9月末に変更されたことだ。筆者が気になったのは、いつから課税事業者(=消費税を納める)になるかだった。

 9月30日以前にe-Taxで申請を行ったときも、10月1日を過ぎて申請手順の記事を更新したときも、確認画面の2つ目に「消費税の申告は登録日を含む課税期間分になります。課税期間は1月~12月のことをいいます。」と書かれている。この文を見ると10月から課税事業者になると1月~12月分の消費税を申告・納税せよ、となる。

確認画面の2つ目に「消費税の申告は登録日を含む課税期間分になります。課税期間は1月~12月のことをいいます。」と書かれている

 加えて、原則は簡易課税を選択する人は前年に届出を出す必要がある。2022年の年末「自分が登録申請をする最大の目的は記事で手順などを紹介すること。もらえる原稿料より1年分の消費税の納税額が多かったら損じゃん」と迷い、当時は取引先企業も態度を決めかねていたし、筆者の理解度も低く様子見を決めた。仮に免税事業者のまま税込55万円の仕事をして、消費税分の5万円が2割減額されても1万円。1年分の消費税を納税するよりは減額の方が得しそうな気もしていた。

 その後、10月1日登録であれば消費税は10~12月の分だけ納税と公示され、出版社からは「当面、免税事業者であっても消費税はこれまでどおり全額支払います」というお知らせが届いた。あせって2022年に登録しなくてよかったと思っている。

10月1日登録であれば消費税は10~12月の分だけ納税

 さらに、まだ登録申請をしていない人はラッキーかもしれない。出版社などの取引先企業が「これまでどおり消費税を支払う」と確約があるなら、適格請求書発行事業者の登録を先延ばしすればするほど、消費税の課税事業者とならず免税事業者の現状を先延ばしできる。延ばせば延ばすほど得することとなる。

 相手あってのことなのでそれがいつまで続くのかは不明だが、可能性としては先方の決算期の変わり目、インボイス制度開始1年となる2024年10月、仕入税額控除の80%特例が50%に変わる2026年10月、仕入税額控除の50%特例が終わる2029年10月あたりが、取引先企業の言う“当面”が終わる時期になりそうだ。

節目節目は要注意だ

 時期は分からないが、消費税の税率が12%、15%、20%と改正されたときは高い確率で「これまでどおり消費税を支払う」は終了すると思われる。節目節目が近付いたら取引先企業の免税事業者に対する方針を確認しよう。

 準備しておくとすればe-Taxへの対応だ。仮に4月から方針が変更されることが3月上旬に告知されたとしよう。e-Tax環境があればすぐに15日先の日付から登録申請ができる。4月1日から適格請求書発行事業者となる申請を3月上旬に行い、4月中に“Tで始まる登録番号”が入手できれば、4月末の請求書に記載することができる。ちなみに筆者はe-Taxで登録申請をして、ちょうど1カ月後に登録番号が通知された。

 e-Taxで確定申告を提出している人は、便利だし、控除が増えて節税にもなるし、手放せない存在になっていると思う。読者の中にはe-Taxの前提となるマイナンバーカードに対し不安を感じている人がいるかもしれない。報道機関のニュースが「コンビニで他人の住民票が発行された」「他人の健康保険証情報が紐付けされた」と、実態を理解せずにあおり立てた影響かもしれない。

 住民票発行のトラブルは発行枚数全体の0.00059%、原因は富士通Japanのシステムの問題と分かっていて、マイナンバーカードの問題ではない、という説明がImpress Watchの記事『マイナンバーとマイナンバーカードの歴史 似て非なる2つの仕組みを理解する』に詳しく解説されているので一読いただきたい。

 この記事で筆者が気になったのは「コンビニ交付利用可能自治体数は1,166(全国の自治体の67%)」という部分。筆者が住民票を置く名古屋市は、河村市長の反対でコンビニ交付が利用できない。「いいかげん頼むよ~河村市長」。

 「よし、出遅れてラッキー。また3年後に考えよう」という人はここで終了。次項から実務的な話に移る。

<コラム>急激な環境変化にそなえ準備をしておこう

 3年放置も選択肢の1つだが、時として予想できないことは起きる。新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、業界の景色が一変した人がいるだろう。例えばコンサートなどのイベントは長期にわたり中止となった。それに関連した企業はもちろん、バックダンサー、メイクアップアーティストなど仕事が激減した個人事業主がいたと思う。消費税の税率アップなどは告知されてから実施されるまでに時間はあるが、こうした事象は突然やってくる。大きな打撃を受けた企業は「これまでどおり消費税を支払う」を撤回する可能性は高い。

 日本は自然災害が多い国だ。地震、噴火、台風などが一部の地域に大きな災害を及ぼすことは避けられないし、予測も難しい。加えて、昨今はロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの問題などを見ると、日本と隣国との関係、台湾有事への懸念など紛争も対岸の火事とは言えない状況だ。インボイス制度はこうした事象と比べると小さなことかもしれないが、取り巻く環境の突然の変化に対応できるように“準備をしておくこと”が大切だろう。

 余談だが、隣国との関係で日本と台湾は良好な関係が続いていると思う。IT業界にいると台湾企業との接点は多く、前述のように台湾NASベンダーなどから仕事をいただいていたこともあるし、現在も台湾のネットワークベンダーなどとSkypeでミーティングをしたり、台湾出身で日本在住の人と仕事をしたり食事をしたりしている。ニュースなどで台湾の総統選挙の話題が出ると気にして見ることが多い。

 少し前まで韓国との関係は良好とは言えなかったが、韓国の政権が変わってから日本との関係は急速に改善された。筆者自身は韓国ドラマもBTSも興味はないが、隣国と良い関係になったことはうれしく思っている。良い関係が続いて欲しいと思いつつ、政権が変わったら元に戻る?と危惧しているのは筆者だけではないだろう。

 個人的な思いは、文化交流の促進だ。韓国で人気のある日本のアーティストが誰かは知らないが、例えばあいみょん、YOASOBI、King & Princeといったアーティストが両国政府の支援(渡航費用は日本政府、会場、滞在費用は韓国政府が負担とか)で、韓国でコンサートを定期的に開催すれば、韓国の若者は「日本との良好な関係が続いて欲しい」と思うことが期待できる。こけら落としのステージに岸田総理と尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が挨拶に立てば、政権の長期化の一助になるかもしれないと思っている。

「一般課税」と「簡易課税」の違い

 ここからは、適格請求書発行事業者の登録申請をした人の実務的な話に移ろう。従来のルールでは、課税事業者になると一般課税による申告。前々年の売り上げが5000万円以下であれば、簡易課税の選択届けを出すと簡易課税による申告となった。

 簡単に説明すると、一般課税は難易度が高く面倒くさい。簡易課税は簡単。両方の課税方式を経験した筆者の肌感は、一般課税の難易度を10とすると簡易課税は1くらいだ。一般課税の申告はほぼ理解不能で、筆者が使う申告ソフト「やよいの青色申告」を信じて、信じるしかなくて消費税の確定申告をしたと記憶している。以下の画像は一般課税の付表。「課税資産の譲渡等の対価の額の合計額」と書かれていて、最初に見たときは「はぁ、何言ってんだ」と思ったことを記憶している。

「課税資産の譲渡等の対価の額の合計額」? ザックリ訳すと課税売上の合計額

 輸出取引をすることになり一般課税に切り替え、理解不能で提出した消費税申告。想定より2カ月ほど遅れて消費税の還付金が振り込まれた直後に、筆者のもとに税務調査がやって来た。税務調査で指摘をされたのは、ETCの利用料が出版社に立替請求しつつ自分の経費に二重計上されていたのと、もう1つも同様でNASの貸出機の出版社への送料を台湾NASベンダーに請求しつつ、自分の経費にしていた二重計上。消費税申告そのものに間違いはなかったようだ。

 一般課税を選択するべき人は輸出取引のある人。海外の企業からは消費税を受け取ることができないので、国内の仕入れで支払った消費税の還付を受けることができる。もう1つ、一般課税にした方がよさそうなのは高額な資産を購入した年。クルマとか機械とか数百万円の資産を購入した年は支払った消費税が増えるので、一般課税なら消費税の納税額を減らすことができる。ただし、基本は“2年縛り”で、課税事業者になると2年間は免税事業者に戻ることはできない。簡易課税を選択すると2年間は一般課税に変更することはできない。また、一般課税の期間にクルマや機械など100万円(税別)以上の仕入税額控除を行った場合、3年間は一般課税を継続する必要があるので注意しよう。

選択するのは一般課税? 簡易課税? それとも

 インボイス制度(適格請求書発行事業者)の登録をして免税事業者から課税事業者になったとしよう。課税事業者は一般課税と簡易課税のどちらかを選択しなければならない。確定申告の難易度を考慮すると、簡易課税が無難な選択だろう。

 簡易課税は仕入れや経費で支払った消費税は無視して、売り上げで受け取った消費税に業種ごとに決められた「みなし仕入率」を掛けて納税額を算出する。一般課税で必要となる「受け取った請求書(インボイス)が正しく記載されているか」「領収書にTで始まる登録番号が記載されているか」「その登録番号を国税庁のサイトで確認して正しいか」――など、細かな確認も一切不要となる。仕入税額控除をしないので、仕入れ・経費の相手が課税事業者、免税事業者、適格請求書発行事業者は関係なし。従来と同じように経費を記帳すれば確定申告ができる。

 第1回で紹介したみなし仕入率を具体的に確認しよう。

事業区分みなし仕入率
第1種事業(卸売業)90%
第2種事業(小売業)80%
第3種事業(製造業)70%
第4種事業(飲食業)60%
第5種事業(サービス業)50%
第6種事業(不動産業)40%

 みなし仕入率――言葉のとおり、各業種の平均的、代表的、多分これくらい的な仕入率だ。第1種事業の卸売業であれば、1万円で販売店に卸した商品の仕入れは、90%の9000円で仕入れるのが平均的な価格ということだ。販売店であれば、1万円で消費者に売った商品の仕入れは、80%の8000円で代理店・問屋から仕入れるのが平均的な価格となる。当然、業界によって異なるし、同じ業界でも企業の方針で薄利多売の企業もあるし、その逆もある。

 INTERNET Watchの読者に近いパソコン系の販売店を例にすると、CPU、ハードディスク、メモリなどは仕入率が高い(利益率が低い)。その代わり平均単価がそこそこ高く、販売数も多い。在庫の保管場所を取らないのも魅力だ。売れ線の8TBの3.5インチHDD(←最近高い)を1万5000円前後で売っても、利益は1000円以下の店があると思う。

 同じパソコン店でもLANケーブルは種類が豊富なので売り場の場所を取る。カテゴリ(5e~8)、形状(極細、フラット、標準……)、長さ(0.5m、1m、2m、3m、5m……)、色(青、白、黒、赤、緑……)など、1社でもかなりのラインアップだ。複数のメーカーのケーブルをお店に並べるのは不可能なほどで、単価が安く、1種類のケーブルで見ると数が売れないため、仕入率は低い(利益率が高い)。

 例えばCPU、ハードディスク、メモリを専門に売る自作PCショップの仕入率(電気代等の経費を含む)を90%としよう。売り上げ4000万円として一般課税と簡易課税で消費税の納税額を比較してみると、簡易課税より一般課税を選択した方が納税額は少なくなる。

一般課税 400万円-360万円=40万円
簡易課税 400万円-(400万円×80%)=80万円

 次はLANケーブルの専門店(←筆者は見たことがない)で、経費を含む仕入率を60%として比較すると、簡易課税を選択した方が納税額は少なくなる。

一般課税 400万円-240万円=160万円
簡易課税 400万円-(400万円×80%)=80万円

 フリーランス、クリエーター系の個人事業主は第5種事業(サービス業)で、みなし仕入率は50%となる。

 一般課税と簡易課税のどちらが得かは、“みなし仕入率”と実際の“仕入税額控除”を比較し選択しよう。フリーランスライターで自宅にこもって原稿を書いている人は経費が少ない。支払った消費税が少ないので、一般課税を選択すると受け取った消費税の大半を納税することになる。よって、簡易課税を選択した方が納税額は少なくなる。

 毎年秋になると「iPhoneを注文した、届いた」というSNSのコメントを筆者は頻繁に見る。iPhoneを毎年購入する人はIT系メディアの関係者では珍しくない。スマホに限らずデジタルガジェットを自腹で買いまくって原稿を書く人は、経費の比率が高くなる。グルメライターで毎日外食をして情報発信をする人も、高級店が対象なら経費がかかりそうだ。売り上げの半分以上の経費を支払っているなら、一般課税を選択すれば納税額は減る可能性がある。

 一般課税・簡易課税の選択とは別に、もともと免税事業者で、インボイス制度開始により新たに適格請求書発行事業者として登録した人は、特例として「インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置」、通称「2割特例」が利用できるようになった。期間限定ではあるが、メッチャお得な内容なので、次項で詳しく説明しよう。

すごいぞ「2割特例」。免税事業者から適格請求書発行事業者になった人はこれ一択

 2割特例は、ザックリ言うと受け取った消費税の2割を納税する。簡易課税の第2種事業(小売業)みなし仕入率80%と同じとなる。単純に比較すれば、第3種事業から第6種事業の人は納税額を減らすことができる。

 2割特例は、インボイス制度を機に免税事業者から適格請求書発行事業者として課税事業者になった事業者が対象。もともと課税事業者の場合は対象外となる。期間限定で、令和5年(2023年)10月1日から令和8年(2026年)9月30日までの日の属する各課税期間に適用。令和8年9月30日の属する課税期間ということは、個人事業主は令和8年12月末まで2割特例を利用できる。今年2023年の10月1日に適格請求書発行事業者登録した人は、来年2024年から2027年まで4期の確定申告が対象期間となる。

「2割特定」は4期利用できる(国税庁から引用)

 免税事業者を継続、しばらく現状維持の人は関係ないが、適格請求書発行事業者に登録してしまい免税事業者から課税事業者になった人は2割特例一択と考えてよいだろう。

 2割特例のすごい……優れている点は、事前の届けが不要であること。確定申告書に「2割特例の適用を受ける」旨をメモ書きすることで適用を受けることができる。一般課税・簡易課税のように2年縛りはなく、確定申告書を提出するときに毎年自由に2割特例の選択が可能だ。素晴らしい、期間限定の特例ではなくずっと続けて欲しい。

 2割特例の注意点をいくつか。

 免税点制度による基準期間の売り上げ(2年前の売り上げ)が1000万円を超えた場合、その年は2割特例の適用は受けられない。例えば、令和4年(2022年)だけ1000万円を超えた人は、令和6年(2024年)だけ2割特例が受けられない。その令和6年の1年だけ簡易課税を選択する場合は、従来のルールでは前年の令和5年末までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を出す必要があったが、その年(令和6年)の12月31日までに届出を出せば簡易課税制度の適用が受けられる。

令和4年(2022年)に売り上げが1000万円を超えた場合(国税庁から引用)

 同様なルールで、令和8年(2026年)末までの2割特例の期間が終了し、令和9年(2027年)から簡易課税を選択する場合は、その年(令和9年)の12月31日までに届出を出せば、令和9年1月1日にさかのぼって簡易課税が適用される。

令和9年(2027年)から簡易課税を選択する場合(国税庁から引用)

 次の注意点は、筆者が昨年末に悩んだ点だ。準備よろしく昨年末(令和4年末)までにインボイス制度の登録に合わせ、消費税課税事業者選択届出書(=令和5年1月から課税事業者になります)や簡易課税選択届出書を提出した人は、今年(令和5年)1月から課税事業者になっているので2割特例の適用は受けられない。加えて1月から課税事業者を希望しているということで、1月~9月分の消費税も納税しなければならない。これは税の知識に疎い免税事業者に仕掛けた国税庁のトラップかもしれない。

昨年末(令和4年末)に届出をした人は2割特例が受けられない(国税庁から引用)

 真面目に早く手続きをした人は踏んだり蹴ったりだ。これも救済措置があり、課税期間中に(年内に)消費税課税事業者選択不適用届出書を提出すると、課税事業者選択届出書の効力を失わせる措置が設けられた。要するに昨年末の届出はなかったことにできる。これにより1月~9月は免税事業者、10月以降は2割特例が適用できる。

 踏んだり蹴ったり騙された~と憤慨する気持ちは察するが、国税庁の消費税課税事業者選択不適用届出書のページを見て早めに手続きをしよう。当然このページ内の説明は従来ルールで「免税事業者に戻ろうとする課税期間の初日の前日まで」(=令和4年12月31日まで)と書かれているが、今回は救済措置が受けられる。

 2割特例に関しては、国税庁の「2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)の概要」が参考になる。国税庁のウェブサイトは文字だけの説明で難解なページが多いが、このページは税の専門家ではない免税事業者を対象としているためか、図解を加えて分かりやすいので一読することをお勧めしたい。

 一応、一般課税・簡易課税・2割特例の納税額を比べて見よう。これまで免税事業者なので仮に売り上げを600万円、経費を150万円とすると、一般課税は45万円、簡易課税は30万円、2割特例は12万円となり、2割特例が圧倒的にお得となる。

一般課税 60万円-15万円=45万円
簡易課税 60万円-(60万円×50%)=30万円
2割特例 60万円×20%=12万円

 自分の売り上げは600万円より多い(少ない)、経費は……と、この事例と異なる人で、できるだけご自身の実情にあったシミュレーションをしたい人は、過去の確定申告で提出した損益計算書を用意して計算して欲しい。これから先の売り上げ・経費が過去のものと同じではないと思うので結果は目安程度と思うが、以下の手法を参考にしていただきたい。

 事例の損益計算書は、確定申告の手順を紹介した今年2月の記事『カードリーダー不要「青色申告ソフト+スマホ」でe-Taxが簡単になった[後編]』で掲載したものを使用した。

損益計算書のそれぞれの金額を確認しよう

 損益計算書の左上「売上(収入)金額」【A】を確認する。フリーランス系の人で消費税8%の取り引き、非課税、不課税、免税の取り引きがない人は、この金額の110分の10が受け取った消費税となる。以降、基本的に税率10%のみとして話を進めたい。何かしら仕入れがある人は、その下の「売上原価」の「仕入金額」【B】 も確認する。この金額の110分の10が仕入れで支払った消費税となる。

 次は真ん中の列の下から2つ目、「経費の計」【C】を確認する。さらに経費の各科目の中で消費税が課税されない経費を選び出す。切手などもあるが、全体の額に対して無視できる金額であればスルー。おそらく消費税が非課税で額が大きそうなのは家賃だ。地代家賃の中で住居用の家賃は非課税、駐車場は課税、事務所・店舗の家賃は課税となるので、自宅で仕事をして按分したものを地代家賃に計上している人は、その額【D】を確認しよう。

 1円単位まで計算しても意味がないので、事例では【A】売上が969万円、【B】仕入れが147万円、【C】経費の計が291万円、【D】非課税の地代家賃が140万円となる。一般課税、簡易課税、2割特例を計算してみよう。

[一般課税]
【A】売り上げの消費税=969万円×10/110=88.1万円
【B】仕入れの消費税=147万円×10/110=13.4万円
【C】経費から【D】非課税分を引いた消費税
   =(291万円-140万円)×10/110=13.7万円
一般課税=売上の消費税-仕入の消費税-経費の消費税=61万円

[簡易課税]
簡易課税=88.1万円-(88.1万円×50%)=44万円

[2割特例]
2割特例=88.1万円×20%=17.6万円

 このような雑な計算でも、一般課税が面倒くさいことが分かる。損益計算書をパッと見て、経費が売り上げの半分を超えていない人は計算するまでもなく2割特例、3年後に簡易課税の選択をお勧めしたい。

 これまでの経緯・情報から総じて、適格請求書発行事業者の登録をして免税事業者から課税事業者に移行してしまった人は、以下のことを覚えておきたい。

  • うかつに届出書を出さない
  • 2割特例を確定申告書にメモ書きする
  • 2割特例が延長されたらラッキー(←筆者の願望)
  • 2割特例が終わってから(令和9年になってから)簡易課税に移行する
  • 罠にはまり令和4年に適格請求書発行事業者の登録申請をした人は、消費税課税事業者選択不適用届出書を提出する

 2023年3月31日の登録期限が9月31日まで延長、課税事業者・簡易課税・2割特例のルールが特例や経過措置、救済措置などでコロコロ変わるのがインボイス制度だ。筆者は執筆に際し膨大な量の資料を読み込んだが、書かれた時期によって2割特例がなかったり、登録期限が3月31日だったりと情報が錯綜している印象を持った。この記事に書いたことも数カ月後、3年後、6年後にルールが変わっている可能性は高いので、ご容赦いただきたい。

請求書の書き方など、事務作業が変わる

 インボイス=請求書。これからは国が定めた形式に対応した“適格”請求書を発行しなければならない。インボイス(適格請求書)に必要な記載事項は、以下の6項目が求められている。

  1. 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
  2. 取引年月日
  3. 取引内容
  4. 取引金額と消費税の適用税率
  5. 税率ごとに区分した消費税額
  6. 書類の交付を受ける者の氏名又は名称

 様式は定められておらず、必要な事項が記載されていれば、請求書や領収書といった名称も問わず、手書きでもインボイスに該当する。

 これに沿って適格請求書を作成してみた。筆者の従来の請求書には振込先の銀行口座が記載されているので、各自必要な項目を追加するなどして適格請求書に対応したフォーマットを準備していただきたい。

適格請求書のサンプル

 店舗、飲食業、タクシーなど不特定多数の人を対象とする事業者は、6.「交付を受ける者」の記載は省略が可能となる“適格簡易請求書”(レシート形式)の発行が認められる。

端数処理が統一化

 消費税は1円未満の端数が出ると切り捨てる。10円の消費税分(10%)は1円なので、支払い額は11円。9円の消費税分(10%)は0.9円なので、1円未満を切り捨てると支払い額は9円となる。9円のものを10個買うと90円+消費税9円で99円となる。ただし、9円のものを1つ1つ消費税分を算出して合計すると消費税は0円。このように単品ごとに消費税を計算するか、合計してから消費税を計算するかで差異が発生する。

 従来は、消費税額に1円未満の端数処理が生じる場合のルールは定められていなかった。そのため明細1行ごとに端数処理を行っても問題なく、端数処理の方法は各事業者の判断が認められていた。インボイス制度では「税率ごとに合計した額に税率を乗じて消費税額を算出」と端数処理のルールが定められた。

上段の単品ごとの計算はNG、今後は下段のように合計してから消費税を計算する。税率8%と10%が混在する場合は税率ごとに合計して消費税率を掛けて計算する

 請求書の1品目(行)ごとに端数を切り捨てると、切り捨てられる額が増えるので、これを防ぐために合計額に対し消費税率をかけて計算するルールとなった。明細の行数によるが、端数処理ルールの統一で数円の消費税が増えることになる。国税庁の1円でも多く税収を増やしたいという強い意志の表れかもしれない。

 請求書の要件、端数処理などを解説した国税庁の「適格請求書等保存方式の概要」も参考にしていただきたい。

インボイス制度の疑問…“国の益税”は許される?

 筆者はインボイス制度の情報を聞いて、最初に疑問に思ったのは「免税事業者の益税をなくす目的に便乗して、国が益税を得るのはおかしくね?」だった。あまり話題になっていないので、筆者の考えがおかしいのかな、とも思いつつ、国の益税について説明しよう。

 次の図は消費税の課税事業者の取り引きを、単品を例に消費税の納税の仕組みを表したもの。この連載に限らず、多くの記事は消費税の説明を分かりやすくするため単品で説明をしていると思う。第1回の“消費税とは”でも説明したが、実際の事業では電気代、交通費、通信費など、事業者は仕入れ以外に消費税を払っているので、単品の説明と実際の事業では差異があることは認識いただきたい。

課税事業者の消費税納税の仕組み

 販売店が免税事業者の場合、インボイス制度の導入で取引先法人は仕入税額控除ができなくなり、消費税分の900円を納税することになる。

 次の図を見ると、免税事業者である販売店は200円分の消費税を納税する義務がなく、200円の益税を得ることができる。一方で、仕入れで支払った700円の消費税は、それを受け取ったメーカーが納税する。合計の納税額は1600円。本来900円に対し国は700円の益税を得ることになる。

インボイス制度は、国が益税を得る仕組みになっている

 次は多くの被害者が出るであろうクリエーター(免税事業者)で考えてみよう。これまでは取材などで経費5500円を支払い、原稿料1万5000円の仕事をすると、出版社から消費税分の1500円を受け取る。支払い済みの消費税との差額、1000円が益税となる。出版社は仕入税額控除を受けるので納税額は0円。クリエーターは経費で500円の消費税を支払っているため、500円が納税される仕組みだ。

インボイス制度導入前の免税事業者の消費税納税の仕組み

 インボイス制度が始まると(6年間の緩和措置はここでは無視)、出版社は免税事業者分の仕入税額控除ができなくなり、1500円を肩代わりして納税する。クリエーターは取材で500円の消費税を支払っているので、合計の納税額は2000円。国は500円の益税を得ることになる。

免税事業者と企業(課税事業者)のほぼ全ての取り引きで、国は益税を得る仕組みになっている

 この原稿のように経費が少ない仕事でも、パソコンの購入費0円、スマホ0円、電気代0円、通信費0円、仕事をする部屋0円=経費0円の仕事はあり得ない。第1回“消費税とは”において、「悪意を持った人が事務所なし社員なし経費なしの別会社(免税事業者)を作り、年間990万円(税込)の売り上げであれば、消費税90万円の益税を受けることとなる」と書いた。こうしたケース以外、まともに事業を行っている全ての免税事業者の取り引きにおいて、インボイス制度は国が益税が得る仕組みとなっている。

 これ、かなり重要な問題だと思うのだが、世の中では話題になっていないようだ。

ジワジワと迫るインボイス制度の実態

 先日、「Car Watch」で記事を書いたり写真を撮ったりするフリーランス系の人向けのインボイス制度説明会を同誌編集部がオンラインで行った。筆者はCar Watchで主にレース写真を担当している。最近は国内レースのみだが、過去にはマレーシアで開催されたレースの撮影などもしている。Car Watchは遠方の取材が多く、クルマ、高速道路、レンタカー、ホテルなどの利用が他の媒体の仕事より多い。そのため請求書関係の今後の対応について説明と質疑応答が行われた。

 インボイス制度が始まり、交通費の立替払いの請求は、レシートなどに記載されたTで始まる登録番号を記入することになった。まだ請求書を出していないので分からない部分もあるが、手間が増えることは間違いない。おそらく受け取った側はレシートと登録番号が合っていること、登録番号が正しいことなどを確認する作業が増えそうだ。

 その説明会で、編集部の人が早速インボイス非対応の領収書をもらったと聞いたので、本人に電話して確認した。箱根周辺のドライブイン(そこそこの店構えだったらしい)で取材メンバーと食事をして支払い時に、「インボイスに対応していますか」と聞いたら「うち対応していません」と言われ、お互いに苦笑いをしたとのこと。編集者本人も初めて、筆者もインボイス非対応のお店を利用した人の話を初めて聞くことができた。第2回の「サラリーマン編」で書いたが、サラリーマンはお店の利用は要注意だ。

 これは氷山の一角。10月分の請求書が日本中で行き交うのは10月末~11月初旬。トラブル、請求書再発行、経理担当の疲弊などといった台風がいよいよ上陸した。一般課税の課税事業者(=ほとんどの法人)の担当者は、すでに疲弊のウズに飲み込まれているかもしれない。

最後に

 「税の三原則」をご存じだろうか。国税庁のウェブサイトでも説明されているが、三原則は「公平・中立・簡素」だ。この中で「簡素」の説明はこう書かれている。「税制の仕組みをできるだけ簡素にし、理解しやすいものにします。」えっ、これってギャグですか。

税の三原則(国税庁のウェブサイトより)

 筆者が税金の原稿を書き始めて十数年。給与所得控除の上限、基礎控除の所得制限、住民税の調整控除など複雑になったものはパッと思い浮かぶが、簡素になった税制は思い浮かばない。筆者の税の知識は浅いので、専門家の人はツイートなどで近年簡素になった税制を教えていただきたい。

 税制を複雑化した改正ランキングで上位を争う、もしかしたらトップに輝くのがインボイス制度、かもしれない。筆者は、歴史に刻まれるであろうインボイス制度が日本全体に及ぼす悪影響がどこまで拡大するのか懸念している。

 インボイス制度の導入でどれだけ税収が増えるのか。公式?な数字は2480億円。これは2022年度の消費税収22兆1610億円の1.12%となる。これだけ大騒ぎして1%だ。この2480億円は、平成31年2月26日の第198回国会財務金融委員会の発言が一人歩きしている印象だ。ここで示された2480億円の根拠は、免税事業者から課税事業者への転換数が約161万者、新たに課税事業者となる人の税負担額は約15万4000円。よってインボイス制度導入の増収額は約2480億円、という試算だ。答弁を読んでいくと、免税事業者の課税売上高の平均額は550万円程度、粗利・利益は150万円程度で、消費税の負担は15万4000円となっている(※第198回国会財務金融委員会のページで「二千四百八十万割る百六十一万」でサイト内検索をすると、該当箇所が見つけられる)。

 これを鵜呑みにすると、粗利150万円のフリーランスは15万4000円の増税で、10%以上手取りが減ることになる。この物価高の時代にインボイス制度の影響で1割強の減収はかなり痛い。

 約161万者はもともとあいまいな試算に見えるので、実態をインボイス制度スタート直前、9月末の登録者数を確認してみよう。

 「適格請求書発行事業者の登録件数及び登録通知時期の目安について」によると、インボイス登録数は378万件。内訳は不明で、もともと課税事業者の法人・個人事業主も免税事業者からインボイス登録した人も含めて378万件だ。

令和5年(2023年)9月末のインボイス登録件数は378万件

 378万件の内訳(免税事業者の数)を国税庁は把握しているはずだが、公表されていない(隠したい?)。そのためいろいろな組織が推計を行っていて、例えば東京商工リサーチは3月時点(登録268万件)のデータに対し、法人登録数は182万4807件、全法人の97.1%または89%(分母となる法人数の出典により異なる)と予想している。

 試しに試算してみた。この記事の冒頭で掲載したグラフから課税事業者は法人195万人、個人事業主116万人、合計311万人。課税事業者が全て9月末までに登録した場合、登録した378万人から311万人を引くと免税事業者の登録人数は67万人になる。

 さすがに全ての法人が登録することはないので、東京商工リサーチの「全法人の97.1%または89%」の間をとって、311万人の93%の法人が9月末時点でインボイス登録済みとすると289万件となる。378万件から289万件を引くと、89万人の免税事業者が登録したことになる。推計に推計を重ねた試算では67万人~89万人、これも間を取ると約78万人。財務省が予想する(期待する)免税事業者から課税事業者への転換数が約161万者。9月末時点では、その半分弱の約78万人が免税事業者から課税事業者となった登録人数と推測される。それでも特例が終了する6年後には161万人になっているかもしれない。

 答弁は平成31年2月26日、令和おじさんと呼ばれた菅官房長官(当時)が「令和」の元号を掲げる1カ月ほど前だ。令和4年(2022年)の年末に決まった“2割特例”など影も形もない頃だ。免税事業者から課税事業者になったほとんどの人が、簡易課税を選択すると予想して立てた税収が2割特例に流れると、税収は5分の2に減る。登録者数が半分、1人あたりの納税額が5分の2、当面の期待できる増収は2480億円の2割程度、500億円程度にとどまる可能性もありそうだ。

 筆者の個人的な印象として、国や自治体の見積(予測)は当てにならない。例えば大阪万博の会場建設費の当初予算は1250億円。最新の情報では2350億円。東京オリンピックのときも似たような話を耳にしたと思う。新空港建設の利用者数予測、年金の将来予測など、支出は最小限、収入は理想的な最大限で事業計画を無理矢理進めているように見える。民間企業で一戸1250万円で建てる予定のマンションが、2350万円になることは許されないと思うのだが。

 税収は期待値を下回りそうとして、逆にインボイス制度で増える業務負担はどれくらいか。筆者がCar Watch編集部に立替払いの請求書を作成する場合、「首都高のT番号は、東名高速のT番号は、ガソリンスタンドのT番号は……」と、従来より作業時間が数分長くなることが予想される。受け取った側もレシートの登録番号を確認する手間が増える。サラリーマンは経費精算する度に登録番号を記入することになる。まとめて作業するならOCRなどの利用も考えられるが、半年・1年分の経費精算をまとめて処理することは許されないので、都度作業するなら手入力になるだろう。受け取った経理部門は莫大な時間を浪費する可能性が高い。

 法人支出管理サービス「バクラク」などを提供するLayerXの試算によると、経費精算は1件で5分、請求書支払処理は15分、これらを日本中で積み上げて、厚生労働省発行の賃金統計をもとに人件費を算出すると毎月3413億円、年間4兆円のコスト増が企業の負担増と試算している。

 あれ、あれあれ。マックス期待できる税収が2480億円。日本国内の企業負担は4兆円。まさに桁違いだ。インボイス制度導入で3兆7500億円の損失。税収が500億円に止まると3兆9500億円の損失ってマジですか。ぜひ、大損失を受けた大企業の人達は、集団訴訟でインボイス制度による損失を国から取り戻して欲しい。

旦那「お母さん、玉子いくらで買ってる」
奥さん「前は247円、最近下がって224円かな」(←筆者がOKで買う価格です)
旦那「このチラシのスーパー、198円で売ってるよ」
奥さん「そのスーパーまで片道30分はかかるよ」

 さて、読者の皆さんは奥さんの往復1時間と、玉子の出費のマイナス26円のどちらを選びますか? マイナス26円の支出削減を選ぶ人は、財務省へ履歴書を送ろう。

 もう1つ、インボイス制度で筆者が懸念しているのは漫画・アニメの世界だ。筆者は1961年生まれなので「巨人の星」「あしたのジョー」「タイガーマスク」などは初回放送世代だ。少し下の世代の人が熱くなる「ガンダム」や「エヴァンゲリオン」は見てみたが脱落。最近のアニメとは無縁なジジイだ。

 それでもメッシ、ネイマールといった世界のスーパースター達が「キャプテン翼」のファンと公言するなど、世界的に日本の漫画・アニメが愛されてることは、日本人として誇らしく思っている。漫画家を目指す人がどうやって育っていくのかは知らないが、おそらく貧乏クリエーターの中から、将来世界中で愛される漫画・アニメの制作者が生まれるのだと思われる。今、無名な貧乏クリエーターにとって、1割以上の減収となるインボイス制度は廃業へと追い込む決定打になりかねない。それは数十年後の日本人の誇りを握りつぶし、日本の経済にとって大きな痛手となりそうだ。「税収さえ増えれば、民間企業の負担は知ったこっちゃない。数十年後に大きな痛手になっても自分は引退・定年しているから関係ない」と考える政治家や役人はいないと思うが、インボイス制度は日本の衰退を加速させそうだ。

「INTERNET Watch」ではこのほかにも、サラリーマンと個人事業主がぜひ読んでおきたい税金に関する記事を多数掲載しています。まとめページ『サラリーマンと個人事業主の税金の話』よりご参照ください。