地図と位置情報

「新しい生活様式」での商圏はどこにある? スマホ位置情報の「人流ビッグデータ」解析AIツールで飲食店などを支援

クロスロケーションズの「Location AI Platform」2カ月間無償提供

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う緊急事態宣言が発令されて以降、外出自粛要請の効果を推し量るために、スマートフォンから収集した位置情報ビッグデータをもとにした各地の人出の増減率を公表することが一般的になった。また、そうしたデータを各種施策や報道に役立ててもらおうと、位置情報ビッグデータの解析ツール/サービスを提供している各社が自治体やマスコミなどに自社のツールを無償提供する動きもある。

 クロスロケーションズ株式会社が提供する「Location AI Platform(LAP)」もその1つだ。商圏分析や出店計画、集客や販促など、マーケティングのためのツールとして提供されているものだが、同社は3月以降、新型コロナウイルスに関連した人流の変化について、LAPに基づいた興味深い調査レポートを相次いで発表している。さらに5月8日からは、テイクアウト/デリバリーサービスを行う地域の飲食店などを対象に、LAPの2カ月間無償トライアル提供も開始した。

 LAPではどのようなデータをもとに、どのような分析を行っているのか? また、ビジネスにどう活用可能なのか? 同社の広報を担当する秋山友希氏に話を聞いた。

繁華街・観光地の人出が減った一方で、増えていた場所は……

 クロスロケーションズが3月23日に発表したレポートでは、「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」が2月25日に発表されたことを受けて、繁華街や観光地で訪問者数が減少傾向となり、小中高等学校の休校が始まった3月2日からの週は、都内の公園に日中に人が集まる傾向なども見られた。また、都内の駅前スーパーでは、昨年同週比で来訪者が100~120%と増加傾向を示した。

新宿エリアの来訪率の変化(3月23日発表)。新宿エリアを訪れた人がどこから来ているのかをヒートマップで示した図で、昨年に比べ、今年は遠方から来る人の数が減っていることが分かる
都内の駅前スーパーで来訪者数が増加(3月23日発表)
公園を訪れる人も増加(3月23日発表)

 さらに4月22日に発表したレポートでは、7都府県への緊急事態宣言が4月8日に発令されたことを受けて、その前後の人流を可視化した。このレポートでは、首都圏から静岡/山梨方面・北関東方面、関西圏から中国地方・四国地方など、長距離の移動について可視化を行っている。全体の傾向としては4月でも大都市圏から地方への移動が発生しているが、緊急事態宣言のあとは若干、移動の自粛傾向が見えた。

緊急事態宣言の前後の大都市圏からの移動傾向(4月22日発表)

 例えば首都圏から北関東エリアへの人の移動については、緊急事態宣言発令前は1都3県の多くのエリアから移動する傾向が見られたのに対して、緊急事態宣言後の最初の週末(4月11日・12日)は北関東方面へ向かう人は減少している。ただし、翌4月13日の月曜日は増加傾向を示し、前日比で約60%増加した。

首都圏から長野・群馬エリアへの移動傾向は、緊急事態宣言の発令前は首都圏を中心に1都3県の多くのエリアから移動する傾向が見られたが、発令後の1週間は訪れた人数が約30%減少し、首都圏からのアクセスは東京23区を中心へと変化が見られた。また、前橋や桐生など計測地に近いエリアからの移動も見られた(4月22日発表)

 5月8日に発表された最新のレポートでは、4月末に機能強化を図ったLAPの訪問推計速報「Visit Analysis」を使った調査を発表している。この機能強化は、前日24時までのデータを翌日13時に反映する「翌日更新機能」を軸に改良したもの。同機能を活用し、緊急事態宣言前からゴールデンウイークの祝日初日の4月29日までの都心繁華街や観光地での人流変化を解析し、グラフ化した。

 これによると、緊急事態宣言の発令前の週末(4月4日・5日)と、発令後2週間以上たったゴールデンウイーク前の週末(4月25日・26日)を比較すると、新宿で約30%、渋谷で約10%、六本木で約15%減少。東京都の週末外出自粛要請を受けて休日の繁華街の人出は3月末よりも減少し、直近の週末へかけて減少傾向の継続が見られた。

 さらに、4月29日までの30日間の観光地の人流変化を調査したところ、片瀬江ノ島駅入口交差点付近は4月19日は多くの人が集まっており、前週の日曜日と比べて2倍以上に増加したが、4月29日は19日と比較すると約45%減少した。また、2月の早い時期から来訪者の減少が顕著だった横浜中華街は4月29日も訪問者数は少なく、昨年の同日と比べて10分の1の人出だった。

都心繁華街の訪問者数の変化(5月8日発表)
片瀬江ノ島交差点付近の訪問者数の変化(5月8日発表)

「その場所にどこから人が来ているのか」をAIですばやく可視化

 これらのレポートのベースとなったLAPは、スマートフォンのアプリから取得されるGPSの匿名の位置情報データを集めたプラットフォームだ。生活支援系のアプリを中心に、複数のアプリからデータ提供を受けている。この位置情報データは、アプリユーザーからの許諾を得た匿名の位置情報データだという。

 収集されたデータには、識別IDおよび時間、緯度・経度が含まれており、一部、性別・年代情報も保有している。LAPは、これらの匿名位置情報ビッグデータをAIによる独自の処理ですばやく分析・可視化し、販売促進やマーケティング、需要予測などに活用できるようにしている。流通・小売、外食、不動産などさまざまな業種・業界の企業に活用されている。

 人流の測定や増減などのモニタリング情報に加えて、特定地点への他エリアからの移動を地図上に表示し、そのエリアの特性を把握したり、そのエリアから来訪する可能性のある人の数をAIで推計したりすることもできる。さらに、エリアの解析結果データからそのエリアへのマーケティング機能も併せ持っている。優良顧客の居住エリアや行動傾向の把握、競合比較などのマーケティング、出店計画、需要予測など幅広い業種に活用することが可能だ。

店舗などの分析地点を登録することで、優良顧客の居住地を判定したり、曜日時間帯ごとの性別・年代別の利用傾向を把握したりすることができる

 秋山氏によると、他社サービスと比較した場合のLAPの強みは、そのデータ保有数にあるという。

 「当社のデータ保有数は約1000万IDで、位置情報データは2000億レコード以上蓄積しており、スマホアプリのデータを使ってビッグデータ分析をしている企業の中では最大級です。また、携帯キャリアと比較した場合の強みとしては、キャリアやアプリを問わず幅広くデータを収集している点で、より網羅性があると言えます。さらに、分析だけにとどまらず、施策立案や広告配信、効果計測までの一連の流れをカバーできるのも強みです。」

 サービス提供価格は、1ライセンス月額30万円(税別)。同一企業内であれば、1ライセンスであらゆる部署で使用可能で、ユーザーアカウントは希望の数だけ発行できる。ユーザー単位で課金されるサービスに比べ、社内での展開を行いやすく、部署をまたいでの利用が可能となる点もLAPならではの特徴だ。

 LAPでは、店舗・施設などの特定地点やエリアへの来訪率が高い地域、来訪ポテンシャルが高い地域をマップ上で可視化する「ポテンシャル分析」、特定地点やエリア間の来訪者数・占有率の比較や、時間帯別の来訪傾向をグラフで比較できる「エリア内訪問分析」、特定地点やエリアを訪れた人がほかにどのような場所を訪問しているかを可視化する「Hot Placeランキング」、特定地点やエリアへの日ごとの推計来訪者数をグラフで表示する「デイリー来訪分析」、キャンペーン前後の特定地点やエリアへの来訪状況の変化などを測定できる「キャンペーンレポート」といった機能を提供している。

 これらの機能を使うことで、属性ごとの実勢商圏や競合シェア率、買い回り傾向などの行動傾向をすばやく把握することが可能となり、性年代別ターゲットのタッチポイントを理解した上で最適なエリアを選択し、販売促進活動と効果測定が行える。顧客データを保有しない店舗でも利用可能だ。

店舗などの特定地点を登録することで、性別や年代、曜日・時間別に解析することが可能
AIによる解析で来店客の居住エリアをランキング表示できる

人流を可視化することで、新型コロナ感染拡大防止の一助に

 平常時は、このような解析結果をもとに、モバイル広告やポスティング・DM、アンケートなど複数のメディアから最適なマーケティング方法を選択するなど、消費者行動傾向に合わせた情報提供・訴求活動を行うわけだが、今回はこの機能を新型コロナウイルスに関する調査に応用した。その理由について、秋山氏は以下のように説明する。

 「通常、LAPではお店などの比較的小さなエリアの解析を行なっています。今回のレポートでは、我々の持っているビッグデータと解析エンジンを使い、エリア解析を行いました。それは、エリア変化を定量的に可視化することで人々の行動をより分かりやすく表現し、感染拡大防止の一助になればよいと思ったからです。また、エリアだけでなく、都内のスーパーマーケットや街道沿いのファミリーレストランの平均的な利用傾向の変化なども解析しました。ビジネス面においても大きな変化が起きている中、少しでもビジネスに役立てていただけるようなデータ提供に努めています。」

 新型コロナウイルスでは、世代によって重症化する割合が異なることが指摘されており、単純に全ての世代を合算して人流を見るだけでなく、世代別に行動を分析することも必要となる。クロスロケーションズでは、消費者の行動傾向を性別・年代別、曜日時間帯別でAI解析し、分析できる新機能を今年1月に提供開始しており、新型コロナウイルス関連の調査報告は、この新機能も利用している。

「今後も来店しそうな人々」の居住エリア­をAIが抽出

 クロスロケーションズはこのほかに、LAPによる分析で明らかになった店舗周辺エリアでの消費者のライフスタイルや来店傾向のデータと、CRMシステムなどに蓄積されている顧客のデータを連携するサービス「CRMデータ連携」や、その導入支援を行なう「プロフェッショナルサービス」を3月12日に提供開始した。また、4月には新たに、アンケート/リサーチメディアとの機能連携も開始した。これにより、LAPで買い回り傾向や競合調査などの事前調査を行なった上での、より効果的な消費者アンケートなどのリサーチ活動が可能となる。

 さらに、同社は新型コロナウイルス感染症拡大防止策のための状況把握を目的として、前述した訪問推計速報「Visit Analysis」を利用できるアカウントを自治体・公共団体や報道機関向けに無償で発行するサービスも開始した。アカウント発行後は、希望する地点・エリアを設定することにより、日別・時間帯別の変化を把握することが可能となる。

 これに加えて、5月12日には、新型コロナウイルス感染症の影響で苦しんでいる地域の店舗を支援するために、飲食店などがテイクアウトサービスやデリバリーサービスの告知や営業拡大に役立ててもらうことを想定し、LAPを2カ月間、無償で提供開始すると発表した。

 これに先駆けて、クロスロケーションズは、同志社大学大学院の柿本昭人教授の研究室と連携して実証実験を実施。株式会社五十家コーポレーションが運営する京都の飲食店「酒場トやさい イソスタンド」において、テイクアウト/デリバリーサービスの利用が見込まれる町・丁目をLAPで解析した。この結果をもとに新たなエリアにポスティングによるマーケティング活動を行ったところ、配布2日後から「チラシを見た」という注文が急増した。特に女性からの注文が多い傾向だという。

「酒場トやさい イソスタンド」を訪れたことのある人の居住エリアを推計し、その中で今後も来店する可能性が高いと判断された人々の居住エリア(ポテンシャルの高い場所)を抽出した

 この取り組みによってイソスタンドの売上は増加。祝日や日曜の夜においては、新型コロナウイルス感染拡大前で通常営業をしていた時期と比較し、売上増加とはいかないまでも、回復傾向を示しているという。この結果を受けて五十家コーポレーションはテイクアウト/デリバリーサービスの周知活動にLAPを活用し続けており、「京都の町を元気付けよう」という意思に賛同した四条烏丸エリアの飲食店約10店と協力して共同のチラシも配布するなど、さまざまな取り組みを継続している。

 クロスロケーションズは今後も、直近の社会情勢を起因とした人流の変化について、位置情報ビッグデータを解析して得た考察を定期的に配信するとともに、企業だけでなく大学や公共団体とも実証実験を進め、さまざまなニーズに対応する機能開発を推進する方針だ。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。