地図と位置情報
失敗しないフリーアドレス化にはWi-Fi測位が不可欠?
まるでキャンプ場のようなオフィスでいろいろ実践しているPhone Appliの働き方改革
2019年8月29日 12:00
近年、オフィスに“フリーアドレス”を導入する企業を見かけることが増えたが、フリーアドレス導入に欠かせないシステムとして“社員の位置情報把握を”提案しているのが、ウェブ電話帳システムの最大手である株式会社Phone Appli(フォンアプリ)だ。同社は、社内での社員の位置情報を把握するサービス「居場所わかるくん」を提供。2018年2月に開設した同社のオフィス「CaMP」は、キャンプ道具を多用したユニークな内装でフリーアドレスを導入するとともに、「居場所わかるくん」のショールームも兼ねている。「CaMP」における実践例など、オフィスのフリーアドレス化を失敗に終わらせない秘訣とPhone Appliの働き方改革へのさまざまな取り組みについて、同社マーケティング本部の北村隆博氏に話を聞いた。
まずは“クラウド電話帳”で社内の連絡先情報を一元管理、コミュニケーションを促進
2008年に創業したベンチャー企業のPhone Appliは、その名の通り電話のアプリケーション事業を中心とした企業で、シスコシステムズ社のIPフォンと連携したWeb電話帳からスタートした。現在は、社内でバラバラに管理されている社員や顧客の名刺の連絡先情報をクラウドで一括管理し、スマートフォンやPCから参照できる「連絡とれるくん」というクラウドサービスをメインに提供している。IPフォンと連携可能な連絡先共有ツールというのはPhone Appli以外に提供している企業はほとんどなく、この分野では長年の間、トップシェアを維持し続けているという。
「連絡とれるくん」は、メールアプリで管理しているメールアドレスや紙の内線番号表、個々の社員が管理する名刺、従業員の携帯電話に登録されている番号、会社がファイルで管理している連絡先、一般公開されている顧客連絡先などを一元管理でき、既存の社内データベースや名刺取り込みのシステムと連携させることも可能。登録した連絡先は、メールやカレンダー、チャット、固定/携帯電話、ウェブ会議システム、ビデオ会議システム、対面など、必要に応じた方法でコミュニケーションを取れる仕組みを提供する。
「連絡とれるくん」のウェブ画面では、内線番号や電話番号、メールアドレス、チャットツールなどの連絡先を一覧表示させることが可能で、「出勤」「会議」など現在の状況や、IM(インスタント・メッセージ)がオフラインかどうかといった情報も分かる。また、各人の趣味嗜好や保有資格なども登録できるため、同姓同名や似た名前の人でも簡単に見分けられる。このような連絡先情報はすべてクラウドに保存されているため、端末の紛失や盗難などが起きた場合でも情報漏えいのリスクがない。
社員の居場所が可視化されるだけで、フリーアドレスの成功率が格段に上がる
この「連絡とれるくん」のオプションサービスとして2018年2月に提供開始したのが、オフィス内の社員の位置情報を把握できるサービス「居場所わかるくん」だ。同サービスは、無線LAN測位やビーコンによる屋内測位技術を使って社員や社員が持つノートPCなどの位置を把握し、「連絡とれるくん」のリストや屋内地図上にリアルタイムに表示する。主にフリーアドレスを導入しているオフィスでの使用を想定したものだ。
「フリーアドレス自体はもう何年も前から導入する企業はありましたが、導入して失敗に終わった企業は少なくありません」と語るのは、Phone Appliマーケティング本部の北村隆博氏。「失敗する理由としては、『部下は自分の見えるところで働いて欲しい』と思う上司が多かったり、郵便物を届ける際にどこに誰がいるのか分からなくて不便だったり、プロジェクトチーム同士で近くにいるほうが効率が良かったりと、さまざまな原因があります。それを解決するために提供開始したのが『居場所わかるくん』です。『連絡とれるくん』と組み合わせることで誰がどこで何をしているのかが可視化されるため、“失敗しないフリーアドレス”を実現できます。」
IPフォンやビデオ会議システムを数多くの企業へ提供し、その過程でさまざまなオフィス移転の事例を目にしてきた北村氏によると、誰がどこにいるのかが可視化されるだけで、フリーアドレスの成功率は格段に上がるという。
社員の位置情報を追跡するツールではなく、直接会うためのツール。Wi-Fi測位の精度にはこだわらない
「居場所が分かるソリューションとしては、数多くの企業が同様のサービスを提供していますが、当社では、『電話帳の中から、探したい人をすばやく見つけてコミュニケーションを取る』方法の1つとして、電話やメール、メッセージに加えて“1対1の対話”という手段があり、それを実現するためのツールであると捉えています。どこにいるのかを追いかけるためのツールではなく、直接会うためのツールということですね。」
屋内測位技術は無線LAN測位とビーコン測位の2方式から選択可能で、現在は、無線LAN測位はシスコシステムズが提供する「Cisco CMX」および「Cisco Meraki」と、アルバネットワークスが提供する「Aruba Central」および「Aruba Airwave」に対応している。ビーコン測位については、WHEREが提供する高出力のEXBeaconを採用している。
「無線LAN測位の場合、ソリューションごとの性能の差を追求するよりも、アクセスポイントの台数を増やして高密度化するほうが精度は良くなりますが、そもそも居場所を把握すること自体がゴールではないので、精度にはそれほどこだわっていません。社内の大体どの辺りのエリアにいるのかが分かれば、その場に行けばすぐに見つかるし、逆に場所が厳密に分かってしまうと、監視されているようで不快に思う社員もいるものです。」
「居場所わかるくん」は、多くのフリーアドレス採用企業に導入されているほか、病院などフリーアドレスではない企業においても、スタッフの位置を把握するためのツールとして利用されているという。フリーアドレス採用企業への導入例としては、音楽会社のエイベックスが挙げられる。同社グループのオフィスビルでは6階から15階までの執務フロアでフリーアドレスを導入しており、2000名以上の社員がお互いどこにいるかすぐに確認できるという。
オフィスとは何か? 「人が対面で会って話せる場所こそがオフィス」
「居場所わかるくん」が提供開始されたのとほぼ同時期に開設し、同サービスのショールームにもなっているのが、キャンプ道具を多用した新コンセプトのオフィス「CaMP」だ。CaMPとは、Collaboration and Meeting Placeの略称であり、オフィスを“協創や対面を行う場所”として定義したものだという。
「移転する前のPhone Appliのオフィスは、人数に対して明らかに面積が狭く、ちょうど社員数が100名を超えたころから雰囲気が悪くなっていくのが感じられ、中には会社に来ないでテレワークばかりになってしまった人も少なくありませんでした。ほかにも、フローからストック型への販売モデルのシフトや、場所に依存した働き方の脱却など、社会の働き方に対する考え方も変わっていく中で、オフィスとは何かということをもう一度考えたときに、『人が対面で会って話せる場所こそがオフィス』という答えにたどり着いたのです。そこで、最高のオフィス空間と日本一のIT環境を融合させたオフィスを目指して、CaMPを開設しました。」
キャンプ道具はオフィス家具の革命!? テントの中で打ち合わせも
“最高のオフィス空間”を追求するために、テーマは「自然と、自由に、コミュニケーション」とした。社員同士のコミュニケーションを促進するために、緑と木にあふれた落ち着いた空間を実現。CaMPの広さは273坪(900平米)で、社内の随所に植物が置かれており、視界に占めるグリーンの割合はおよそ25%だという。各エリアは壁で仕切られていないオープン空間で、天然アロマの香りが漂う中、小鳥のさえずりなどの自然音も聞こえてくる。
自然をイメージした開放感のあるエントランスから入って少し進んだところにあるエリア「Park」は、このオフィスのコンセプトを最も象徴するスペースであり、アウトドア用のキャンプチェアや木製テーブル、焚き火台などが設置されている。焚き火台には薪が並べられ、赤いランプが光って炎のように見える。さらに、Parkの奥には大型テントが設置されており、使われていなければいつでも誰でも利用可能で、この中で作業や打ち合わせなどを行える。
「キャンプを趣味にしている方はご存じだと思いますが、スノーピークのキャンプ道具は品質が良く、長年使える設計になっています。折りたたむと軽くて持ち運びが簡単で、従来のオフィス用品よりも価格が安い。実はCaMPの設備の中では、スノーピークのキャンプ道具が最もお金がかかっていません。それにもかかわらず、オフィス内ではこれが一番目立っている。ある意味、これはオフィス家具の革命だと思いますね。」
固定席の社員も気分転換にフリーアドレス席OK。居場所が可視化されているからこそ可能な制度
Parkの横は7面の大型サイネージがあり、普段は社員ごとの収納ロッカーを兼ねた白い壁に写真のプロフィールが次々と映し出されたり、「ようこそ」といったメッセージが表示されたりしている。スクリーンを降ろせばParkはセミナースペースとしても使用可能で、降ろしたスクリーンの後ろは通り抜けられるようになっているため、セミナーを行いながらほかの社員は自由に社内を行き来できる。
Parkの横は「Fami-ress(ファミレス)」エリアとなっており、こちらは文字通りファミレスのような4人掛けの席と、窓際に並んだ2人席がある。このほか、リラックスした気分で休める「Lounge」や、壁に仕切られたミーティングスペースの「CockPit」、1対1の会話を行える防音ブース「1on1 Booth」など、さまざまなエリアがある。さらに、Phone Appliの電話帳サービスをフルに生かすため、名刺スキャナーなどを設置した文房具の収納スペース「Hub」も用意されている。社員はHubの設備を使って新たに入手した名刺をスキャンして、連絡先情報を簡単にクラウドに登録できる。
もちろん、経理などの重要な案件を取り扱う部署や、開発部門などは固定席で分けているが、固定席で作業している社員が気分転換にフリーアドレス席へ行っても構わない。これは「居場所わかるくん」でいつでもどこに誰がいるかが分かるからこそ可能な制度だろう。全ての会議室や打ち合わせスペースにはビデオ会議システムが導入されており、在宅勤務者や外出先、出張先からでも参加できる態勢が整っている。
このほか、Apple Watchを全社員に貸与して、ヘルスケアアプリ「CiRQLE」を活用。社員同士で健康を意識した健康経営の取り組みを行ったり、オフィス内の各所に環境センサーを設置して環境モニタリングを行ったりと、さまざまな取り組みを行っている。
「CaMP」によるフリーアドレス化&居場所の可視化、Phone Appli社員の感想は?
新オフィスの開設について社員がどのように感じたかアンケートを採ったところ、「オフィスの雰囲気が明るくなった」「コミュニケーションを取りやすくなった」「開放的で風通しがいいように感じる」「ストレスを感じにくくなった」といった感想がある一方、「集中しづらくなった」「ストレスを感じやすくなった」という声もあった。
また、フリーアドレスによる変化については、「簡単な会議(立ち話など)を行いやすくなった」「気分に応じて場所を変えられるようになった(気分転換を図れるようになった)」「部門を超えたコミュニケーションが増えた」「その日の業務に応じて最適な場所を選べることで、生産性が上がった」といった感想が聞かれた一方、「自分の使いたいエリアが使えないときにストレスを感じる」といった声も聞かれた。
さらに、「居場所わかるくん」を導入したことによる変化については、「同僚を探しに行く手間が減った」「外出先・テレワーク先から、誰が社内にいるかが簡単に分かるようになったため、コミュニケーションがスムーズになった」「相手の状況が分かるので無駄なコミュニケーションが減った」という好評な声がある一方で、「表示されている場所に本人がいないことがありイライラする」「居場所が管理されているようでストレスを感じることがある」といった声があった。
Phone Appliはこのような社員からのフィードバックに応えて、オフィス内のエリア配置を柔軟に変えているという。
オフィス設備やインテリアを変えるだけでなく、ソフト面においてもPhone Appliは働き方改革のためのさまざまな取り組みを行っている。組織の意思統一を図るため、Vision(全体的な目標)、Value(価値)、Methods(方法)、Obstacles(障害)、Measures(基準)の5項目から成る「V2MOM」を全社員が作って公開。また、社員同士が何らかの情報やアドバイスをやり取りしたことについて報償を与える「ピアボーナス」、週に一度は上司と対面でやり取りする「Weekly 1-on-1」などを導入し、社内コミュニケーションの活発化を促進している。
最近ではCaMPの近くにあるオフィスビルに新オフィス「CaMP2」を開設するなど、事業拡大を図っているPhone Appliは、今後も働き方改革を支援するためのさまざまな取り組みを続けていく方針だ。一方、「居場所わかるくん」についても、CiscoやAruba以外の無線LAN測位にも対応できるようにする予定で、今後も屋内測位の新技術への対応を進めていく方針だという。今後、「連絡とれるくん」や「居場所わかるくん」などのサービスの充実はもちろん、同社のオフィス改革への取り組みがどのように進化していくのか注目される。
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。