地図と位置情報

カーナビでおなじみ“マップマッチング”をクラウド化、GPS軌跡ログの補正技術がお手軽に

 衛星測位で取得した位置情報のログを、地図に合わせて実際の軌跡に近付けて補正する“マップマッチング”という技術がある。カーナビなどで使われているこの技術をクラウドサービスとして使えるようになると、どんなことが可能になるのか? マップマッチング技術のクラウドサービス化を発表した株式会社インフォマティクスに話を聞いた。

株式会社インフォマティクスは、GIS(地理情報システム)やVR/AR/MRなどの空間情報サービスを提供する会社だ(画像は、同社が提供するGIS「GeoConic」)。今回、同社のマップマッチング技術の詳細と、同技術をクラウドサービスとして提供する意義について、プロジェクトの担当者である同社事業開発部・部長の池田昌隆氏に話を聞いた

素のGPS軌跡ログは不安定、前後関係を考慮して道路上に補正

 マップマッチングとは、GPSなどによって取得した位置情報を、地図上の道路などの位置をもとに補正する技術のことで、スマートフォンのナビアプリや車載カーナビなどで使われている。マップマッチングの処理が施されていない素のGPSの軌跡ログは、さまざまな要因による誤差のため、静止状態でも位置が安定せず、直線的に移動した場合でも左右に揺れてギザギザした線となってしまう。これを補正して、実際の動きに近い、道路上の整った軌跡として出力するのがマップマッチング技術だ。

 この技術そのものは新しいものではなく、インフォマティクスが自動車メーカーに対して初めてマップマッチングの技術を提供したのは10年以上前に遡る。「当時、他社のマップマッチング技術を採用していたメーカーから相談され、より高精度な処理ができる技術が欲しいという依頼を受けて、当社は初めてマップマッチング処理を行うためのソフトウェアを開発しました」と池田氏は当時を振り返る。

 そのときに提供したのは、カーナビのように位置情報を測位しながらリアルタイムに補正するものではなく、蓄積した大量の軌跡ログを後処理で補正するソフトウェアだ。同社がマップマッチングの開発に取り組むのは初めてだったが、実際に自動車メーカーがこの技術を使って軌跡ログを処理したところ、99%の正確さで実際の位置に補正できた。同ソフトウェアを使用したところ、処理速度については、当時のパソコン能力でも、自動車メーカーが望むパフォーマンスに仕上がっていた。

マップマッチングのイメージ

マップマッチングが最も狂いやすいのは“碁盤の目”

 マップマッチング技術は、道路の中心線と交差点のポイントで構成されるネットワークデータ(経路情報)をもとに、測位した位置情報を補正するのが基本原理だが、池田氏によると、単純に測位した各地点から最も近い道路の線へ寄せればいいというわけではないという。

 「当社のマップマッチングでは、軌跡ログを取得する時間の間隔や、そのときの移動速度をもとに、前後関係を考慮して推測しています。例えば、速度が出ている状態で急に測位誤差が大きくなって、測位の結果が隣の道路に近い地点に移ってしまった場合、『クルマはそんな速いスピードで、その角度を急に曲がることなんてありえない』ということを考慮してパラメーターを設定しておくことで、それは交差点を曲がったのではなく、測位誤差によるズレなので無視して軌跡を真っ直ぐにするという処理が可能となります。そのようないくつかのパラメーターを調整すると、非常に正解率が高くなるわけです。」(池田氏)

 パラメーターの項目としては、速度や曲がり角度、測位間隔などさまざまな条件があり、これらをチューニングすることで精度を高めることができる。また、このパラメーターを調整することで、クルマ以外の移動手段に適用することも可能だ。インフォマティクスでは自動車メーカー以外にもいくつかの企業にマップマッチング技術を提供した実績を持っており、クルマだけでなく、バス、自転車、歩行などさまざまなシチュエーションに応じたパラメーターを用意しているという。

 「マップマッチングが最も狂いやすいのは、道路が碁盤の目に並んでいるようなケースです。街区のブロックの大きさが均等に近いものが並んでいる場合に交差点を右左折した場合は、実際に通った軌跡と違う結果を出してしまう可能性は大きいです。また、位置情報の取得間隔が長ければ長いほど間違える可能性は大きくなります。位置情報の取得間隔が細かいログを使えば、地図情報と照合させることにより、いろいろな交通手段のユーザーが入り交じった移動ビッグデータから特定の乗り物に乗っている人を抽出することも可能となります。例えば、バス停のある箇所で止まっている時間が長い場合は、マイカーではなくバスの利用者だということが分かります。将来的にはこのような、より高度な取り組みもしていきたいですね。」(池田氏)

サイクリングのGPSログを、ウェブ上で手軽に補正可能に

 今春よりインフォマティクスでは、同社独自のこのようなマップマッチング技術をクラウド化した「マップマッチング・サービス」として提供する。

 具体的には、サービス提供用のウェブサイトを用意し、スマートフォンやGNSS受信機で得た軌跡ログをアップロードすると、クラウド上でマップマッチングの処理を行い、補正された軌跡を出力するというかたちを予定している。価格は未定だが、池田氏によると「法人だけでなく、個人でも使用できるようにしたい」とのこと。処理するファイルの量にもよるが、個人でも利用可能な程度のリーズナブルな価格設定を期待したい。

 コンシューマー向けの用途としては、マラソンやサイクリングなどの際にGPSウォッチやスマートフォンで取得したログや、GPS搭載ドライブレコーダーで取得したログを補正するといった使い方が考えられる。

配車アプリのGPS誤差でタクシーが来ない!問題を解消?

 法人向けの用途としてインフォマティクスが想定しているのは、タクシー事業者が提供する配車アプリへのマップマッチングエンジンの実装だ。近年、GPSの誤差により、利用者が待っている場所とタクシーが到着した場所にズレが生じ、すれ違いになるケースが発生しているため、そのような測位誤差によるトラブルを解消するためにマップマッチング技術を生かせるのではないかと考えている。

 このほか、タクシーだけでなく、配送トラックやバス、鉄道など、さまざまな交通手段から得られるログを補正することにより、乗車需要予測などのシミュレーションや、新人ドライバーの教育などに活用できる可能性を持っている。

IoTデバイスでの活用、ビッグデータ解析の前段階にも

 また、IoTなどの技術を活用したスマートシティの実現や、インバウンド対策などにおいても、市民や外国人観光客の移動ビッグデータの解析が必要となるが、池田氏によると、マップマッチング技術はビッグデータ解析の前段階において個々の移動データを整える用途にも活用できるという。

 「どんな業種でも、人の動きに関係する業界であれば、当社のマップマッチング・サービスの顧客になり得るのではないかと思います。大企業であれば単体のツールとして提供するというかたちもありますが、クラウドサービスであれば、スポット的に移動データを処理したいという要望にも応えられるので、IoTデバイスを開発している企業や、それを製品に組み込んでいる企業など、さまざまな業種の方に気軽に利用していただきたいですね。」(池田氏)

HoloLens対応システムも提供するインフォマティクス

 インフォマティクスは1981年に設立したシステム会社で、自治体や企業向けのGIS(地理情報システム)の開発・販売・保守サポートのほか、建築・設計向けのCADシステムも手がけている。GISについては、英国製のWindows専用GISソフト「SIS」と、インフォマティクスが独自に開発したマルチプラットフォーム対応GIS「GeoConic/GeoCloud」の2つのラインアップがある。

GISソフト「SIS」
「GeoCloud」

 近年では、VR/AR/MRを使ったソリューション「GyroEye」も展開している。2018年1月には、ホログラフィックコンピューターとヘッドマウンドディスプレイを組み合わせた「Microsoft HoloLens」に対応したシステム「GyroEye Holo」を提供開始した。同システムでは、Hololensを通して、現実空間上に実寸大の図面データを表示させることが可能で、建築現場や工事現場、インフラ検査など、さまざまな用途に利用されている。

「GyroEye Holo」

 「これまで当社はGISやCAD、VR/AR/MRなどを自治体や企業などに提供してきました。これらの事業とマップマッチング・サービスとは、あまり関係が強くはありませんが、このマップマッチング・サービスを通じて『インフォマティクスってこんなことができる会社なんだ』と、技術力を評価していただきたいと考えています。」(池田氏)

 3月に提供開始を予定しているこのマップマッチング・サービス、どのようなサービスになるのか実に楽しみだ。

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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。