地図と位置情報
カーナビでおなじみ“マップマッチング”をクラウド化、GPS軌跡ログの補正技術がお手軽に
2019年2月21日 06:00
衛星測位で取得した位置情報のログを、地図に合わせて実際の軌跡に近付けて補正する“マップマッチング”という技術がある。カーナビなどで使われているこの技術をクラウドサービスとして使えるようになると、どんなことが可能になるのか? マップマッチング技術のクラウドサービス化を発表した株式会社インフォマティクスに話を聞いた。
素のGPS軌跡ログは不安定、前後関係を考慮して道路上に補正
マップマッチングとは、GPSなどによって取得した位置情報を、地図上の道路などの位置をもとに補正する技術のことで、スマートフォンのナビアプリや車載カーナビなどで使われている。マップマッチングの処理が施されていない素のGPSの軌跡ログは、さまざまな要因による誤差のため、静止状態でも位置が安定せず、直線的に移動した場合でも左右に揺れてギザギザした線となってしまう。これを補正して、実際の動きに近い、道路上の整った軌跡として出力するのがマップマッチング技術だ。
この技術そのものは新しいものではなく、インフォマティクスが自動車メーカーに対して初めてマップマッチングの技術を提供したのは10年以上前に遡る。「当時、他社のマップマッチング技術を採用していたメーカーから相談され、より高精度な処理ができる技術が欲しいという依頼を受けて、当社は初めてマップマッチング処理を行うためのソフトウェアを開発しました」と池田氏は当時を振り返る。
そのときに提供したのは、カーナビのように位置情報を測位しながらリアルタイムに補正するものではなく、蓄積した大量の軌跡ログを後処理で補正するソフトウェアだ。同社がマップマッチングの開発に取り組むのは初めてだったが、実際に自動車メーカーがこの技術を使って軌跡ログを処理したところ、99%の正確さで実際の位置に補正できた。同ソフトウェアを使用したところ、処理速度については、当時のパソコン能力でも、自動車メーカーが望むパフォーマンスに仕上がっていた。
マップマッチングが最も狂いやすいのは“碁盤の目”
マップマッチング技術は、道路の中心線と交差点のポイントで構成されるネットワークデータ(経路情報)をもとに、測位した位置情報を補正するのが基本原理だが、池田氏によると、単純に測位した各地点から最も近い道路の線へ寄せればいいというわけではないという。
「当社のマップマッチングでは、軌跡ログを取得する時間の間隔や、そのときの移動速度をもとに、前後関係を考慮して推測しています。例えば、速度が出ている状態で急に測位誤差が大きくなって、測位の結果が隣の道路に近い地点に移ってしまった場合、『クルマはそんな速いスピードで、その角度を急に曲がることなんてありえない』ということを考慮してパラメーターを設定しておくことで、それは交差点を曲がったのではなく、測位誤差によるズレなので無視して軌跡を真っ直ぐにするという処理が可能となります。そのようないくつかのパラメーターを調整すると、非常に正解率が高くなるわけです。」(池田氏)
パラメーターの項目としては、速度や曲がり角度、測位間隔などさまざまな条件があり、これらをチューニングすることで精度を高めることができる。また、このパラメーターを調整することで、クルマ以外の移動手段に適用することも可能だ。インフォマティクスでは自動車メーカー以外にもいくつかの企業にマップマッチング技術を提供した実績を持っており、クルマだけでなく、バス、自転車、歩行などさまざまなシチュエーションに応じたパラメーターを用意しているという。
「マップマッチングが最も狂いやすいのは、道路が碁盤の目に並んでいるようなケースです。街区のブロックの大きさが均等に近いものが並んでいる場合に交差点を右左折した場合は、実際に通った軌跡と違う結果を出してしまう可能性は大きいです。また、位置情報の取得間隔が長ければ長いほど間違える可能性は大きくなります。位置情報の取得間隔が細かいログを使えば、地図情報と照合させることにより、いろいろな交通手段のユーザーが入り交じった移動ビッグデータから特定の乗り物に乗っている人を抽出することも可能となります。例えば、バス停のある箇所で止まっている時間が長い場合は、マイカーではなくバスの利用者だということが分かります。将来的にはこのような、より高度な取り組みもしていきたいですね。」(池田氏)
サイクリングのGPSログを、ウェブ上で手軽に補正可能に
今春よりインフォマティクスでは、同社独自のこのようなマップマッチング技術をクラウド化した「マップマッチング・サービス」として提供する。
具体的には、サービス提供用のウェブサイトを用意し、スマートフォンやGNSS受信機で得た軌跡ログをアップロードすると、クラウド上でマップマッチングの処理を行い、補正された軌跡を出力するというかたちを予定している。価格は未定だが、池田氏によると「法人だけでなく、個人でも使用できるようにしたい」とのこと。処理するファイルの量にもよるが、個人でも利用可能な程度のリーズナブルな価格設定を期待したい。
コンシューマー向けの用途としては、マラソンやサイクリングなどの際にGPSウォッチやスマートフォンで取得したログや、GPS搭載ドライブレコーダーで取得したログを補正するといった使い方が考えられる。
配車アプリのGPS誤差でタクシーが来ない!問題を解消?
法人向けの用途としてインフォマティクスが想定しているのは、タクシー事業者が提供する配車アプリへのマップマッチングエンジンの実装だ。近年、GPSの誤差により、利用者が待っている場所とタクシーが到着した場所にズレが生じ、すれ違いになるケースが発生しているため、そのような測位誤差によるトラブルを解消するためにマップマッチング技術を生かせるのではないかと考えている。
このほか、タクシーだけでなく、配送トラックやバス、鉄道など、さまざまな交通手段から得られるログを補正することにより、乗車需要予測などのシミュレーションや、新人ドライバーの教育などに活用できる可能性を持っている。
IoTデバイスでの活用、ビッグデータ解析の前段階にも
また、IoTなどの技術を活用したスマートシティの実現や、インバウンド対策などにおいても、市民や外国人観光客の移動ビッグデータの解析が必要となるが、池田氏によると、マップマッチング技術はビッグデータ解析の前段階において個々の移動データを整える用途にも活用できるという。
「どんな業種でも、人の動きに関係する業界であれば、当社のマップマッチング・サービスの顧客になり得るのではないかと思います。大企業であれば単体のツールとして提供するというかたちもありますが、クラウドサービスであれば、スポット的に移動データを処理したいという要望にも応えられるので、IoTデバイスを開発している企業や、それを製品に組み込んでいる企業など、さまざまな業種の方に気軽に利用していただきたいですね。」(池田氏)
HoloLens対応システムも提供するインフォマティクス
インフォマティクスは1981年に設立したシステム会社で、自治体や企業向けのGIS(地理情報システム)の開発・販売・保守サポートのほか、建築・設計向けのCADシステムも手がけている。GISについては、英国製のWindows専用GISソフト「SIS」と、インフォマティクスが独自に開発したマルチプラットフォーム対応GIS「GeoConic/GeoCloud」の2つのラインアップがある。
近年では、VR/AR/MRを使ったソリューション「GyroEye」も展開している。2018年1月には、ホログラフィックコンピューターとヘッドマウンドディスプレイを組み合わせた「Microsoft HoloLens」に対応したシステム「GyroEye Holo」を提供開始した。同システムでは、Hololensを通して、現実空間上に実寸大の図面データを表示させることが可能で、建築現場や工事現場、インフラ検査など、さまざまな用途に利用されている。
「これまで当社はGISやCAD、VR/AR/MRなどを自治体や企業などに提供してきました。これらの事業とマップマッチング・サービスとは、あまり関係が強くはありませんが、このマップマッチング・サービスを通じて『インフォマティクスってこんなことができる会社なんだ』と、技術力を評価していただきたいと考えています。」(池田氏)
3月に提供開始を予定しているこのマップマッチング・サービス、どのようなサービスになるのか実に楽しみだ。
“地図好き”なら読んでおきたい、片岡義明氏の地図・位置情報界隈オススメ記事
- 人々はなぜ「位置情報エンジニア」を目指すのだろうか――その仕事の魅力とキャリア形成を賭けた理由
- ゼンリン、都道府県の形をしたピンバッジ全47個セットを発売。フレーム入り
- 「一億総伊能化」を掲げる 青山学院大学・古橋大地教授の授業がレジリエントだった。
- 大学の「地理学科」ってどんなところ? “駒澤地理”の中の人に聞いてみた
- 高校の「地理総合」必修化で、地理教員の有志らがGoogleスライドで教材を共有
- 地理空間情報の最新トレンドを札幌で俯瞰してきた。「MIERUNE MEETUP 2024」レポート
- 「チーム安野」は都内1万4000カ所の都知事選ポスター掲示板をどう攻略していったのか?
- まるで現代の伊能忠敬――その極みにはAIもまだ辿り着けてない!? 地図データ整備の最前線を盛岡で見た
- 「れきちず」が3D表示に対応 地図データをベクトルタイル化。「江戸切絵図」から町家領域の抽出も
- 「れきちず」が話題、開発者の@chizutodesignさんが“地図とデザイン”の魅力を語る
- これはいつまでも眺めてしまいそう! 全国の流域を網羅した「YAMAP 流域地図」公開
- 神戸市さん、データ利活用しすぎ……無料で誰でも使える「統計ダッシュボード」拡充
- 「登記所備付地図」の電子データを法務省が無償公開→有志による「変換ツール」や「地番を調べられる地図サイト」など続々登場
- スマホ位置情報の精度が向上、“高さ”特定可能に。日本で10月より「垂直測位サービス」
- 電波強度がGPSの10万倍、GNSSの弱点を補う「MBS」とは?
- スマホの「北」は「真北」「磁北」どっち? 8月11日「山の日」を前に考えてみよう
- Googleマップも未踏の領域!? 海の地図アプリ「ニューペックスマート」が本気すぎる
- 海岸線3万2000kmを測量、日本の“浅海域”を航空レーザー測深で詳細な地形図に
INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。