地図と位置情報

ヤフーも採用した地図サービス「mapbox」とは何か? OSMの中に生き続ける旧アルプス社の地図データの行方は?

 ソフトバンク・ビジョン・ファンドのグループとして日本での事業を開始したウェブ地図サービスの米mapboxと、mapboxが地図データとして採用している「OpenStreetMap(OSM)」のコミュニティとの交流イベント「mapbox/OpenStreetMap meetup & hands-on」が10月4日、ヤフー株式会社のオープンコラボレーションスペース「LODGE」にて行われた。同イベントは、mapbox.jpが青山学院大学・古橋研究室およびNPO法人CrisisMappers Japanと協力して開催したもの。OSMの日本コミュニティの一員であり、以前よりmapboxのスタッフとの交流を深めていた青山学院大学の古橋大地教授の協力により実現した。

青山学院大学の古橋大地教授

OSMの中に生き続ける「Yahoo!地図」の旧データ

 古橋氏は冒頭のあいさつで、「ウェブの地図がこれから大きく変わろうとしているタイミングで、技術的にもビジネス的にも情報の共有の場が大事だと思っています。そんな中、先日、OSMのコミュニティの中で、mapboxのCEOであるエリック・ガンダーセン氏から『日本のコミュニティをもっと盛り上げたい』とリクエストが来まして、コミュニティの立場でmapboxを応援しようと、この場を設定させていただきました。mapboxと、その周辺につながるいろいろな地図の仕組みを皆で情報を共有し合って、未来の地図を語れる場がここから生まれるといいと思います」と語った。

 続いて古橋氏は、OSMとmapbox、そしてヤフーのこれまでの関わりについて語った。

 OSMの日本コミュニティは2008年3月に、現OSMFJ(OpenStreetMap Foudation Japan)代表理事の三浦広志氏がOSMのメーリングリストとウェブサイトをローンチし、それに呼応して集まった有志が巣鴨や鎌倉などのエリアで地図を描き始めたのが最初だった。古橋氏はそのときに集まった最初のOSMマッパー(地図製作者)の1人であり、そのときからずっとOSMの地図を世にどうやって広めていくかを考えながら活動してきた。

 一方、地図会社のアルプス社は、2004年にヤフー株式会社に買収され、ヤフーグループの一員となる。これにともなってウェブ地図サービス「Yahoo!地図」は当初、アルプス社の地図データを使っていたが、2008年にヤフーはアルプス社を吸収し、その後しばらくしてYahoo!地図は地図データがゼンリン製に切り替わり、旧アルプス社の地図データは使用されなくなった。

 2010年ごろに、OSMFJメンバーはヤフーから「旧アルプス社の地図データを何らかのかたちで世の中に還元できないか」という相談を受ける。そこで、ヤフーの法務担当と細かくディスカッションした上で、このデータをOSMに寄付することになった。そして2011年3月6日にOSMFJとヤフーの間で契約が締結され、それから3年間ほどかけてOSMコミュニティ有志が旧アルプス社の地図データをOSMにインポートする作業を行った。

 以降、現在に至るまで、OSMの中の旧アルプス社のデータは、マッパーによって更新されながら生き続けている。一方で、ウェブ版のYahoo!地図でも、ゼンリン製の地図とは別にOSMのレイヤーが用意されている。OSMの地図データを編集したい場合は、Yahoo!地図からワンクリックでOSMのエディターが起動するようになっているし、ヤフーが提供する地図API・SDK「YOLP(Yahoo! Open Local Platform)」の中でもOSMレイヤーは利用されている。

 このように、この10年間、OSMとヤフーはさまざまな連携を取ってきたという歴史がある。

 ほかにも、OSMは国土交通省の許諾のもとで「国土数値情報」をインポートするなど、市民のボランタリーな取り組みによって地図データが整備されてきた。

「Yahoo!地図」のOSMレイヤー

 このようにして作製されたOSMのデータは、mapboxが地図API/SDKで提供している約130種類のデータソースのうちの1つとして使われている。

 「そのmapboxが日本にやってきて、ヤフーと連携し、新しいYahoo!地図を作ろうとしている。OSMはYahoo!地図の中で利用されているし、Yahoo!地図から継承されてきた旧アルプス社のデータもOSMの中に生き続けています。Yahoo!地図がmapboxベースでリニューアルされるときは、おそらく品質の高いゼンリンのデータが使われると思いますが、その場合は今後、OSMのデータはYahoo!地図の中でどのように活用されるのか、という疑問は僕らも持っていて、このイベントはそのような情報を交換する場としても活用してもらえればいいなと考えています。」(古橋氏)

 ヤフーの地図データのリニューアルについては、10月16日に「Yahoo!地図ブログ」にて、スマホアプリ版「Yahoo! MAP」の地図表示システムをmapbox社製に変更したことが正式発表された。古橋氏の予想通り、地図はゼンリン社製を引き続き使用しており、デザインについても従来のものをほぼ踏襲している。

 一方で、ヤフーの発表によると、地図表示システムの変更により、スクロール時の通信量は約30%削減されて、従来よりも滑らかな操作感になっているという。また、スケールバーを分かりやすいデザインで常時表示するようにしたほか、地番とバス停アイコンのサイズを大きく、くっきりとした表示にするなど、細かい改良が施されている。

スケールバーを常に表示
地番とバス停をくっきりと表示

 さらに、mapboxとの連携の取り組みとして、匿名化したユーザーの位置情報をmapboxに提供することになった。この位置情報は、特定の個人を識別することができないように加工した状態でmapboxへ提供されるが、ユーザーの操作によって提供しない設定にすることもできる。

 なお、ウェブ版の「Yahoo!地図」についても近日中に新システムを導入する予定で、こちらも「Yahoo! MAP」のデザインを全面的に踏襲するとのこと。また、現在提供している地図種類の「ビビット」「ボールド」「OSM」など一部の表示機能が終了となるともコメントしている。ウェブ版「Yahoo!地図」ではこれまでOSMレイヤーが提供されてきたが、今後、OSMとの関わりがどのようになるかは気になるところだ。

mapboxの強みは、詳細にカスタマイズが可能なベクトル地図

 古橋氏のスピーチに続いて、mapbox社のアジアパシフィック地域事業開発担当であるベン・ツルセール氏が登壇し、「State of the mapbox.jp」と題してスピーチを行った。「今回、日本において初めてのイベントを企画していただき、古橋さんとヤフーのみなさんには感謝しています。私たちは日本でビジネスをスタートできることを非常にうれしく思っています。私たちは地図を作るツールを提供し、パートナーであるゼンリンやヤフー、ソフトバンクなどからのサポートを受けながら、これからビジネスを発展させていきたいと考えています」とあいさつした。

mapboxアジアパシフィック地域事業開発担当のベン・ツルセール氏

 次に、アカウントマネージャーの矢澤良紀氏が登壇し、mapboxの日本での活動について説明した。mapboxは現在、MAU(月間アクティブユーザー数)が約6億で、約160万人の開発者が同社の地図APIやSDKを使用している。また、月に90億マイルのデータが更新されている。本社はサンフランシスコで、本部はワシントンD.C.にあり、ミンスクにOSMに関わるチームがいるほか、上海や北京、ヘルシンキにもオフィスがある。現在、mapboxの社員数は総勢500人弱で、こうした状況の中でこれから日本法人がスタートする。

mapboxアカウントマネージャーの矢澤良紀氏

 mapboxのプラットフォームは、地図API/SDKに加えて、「検索」「ナビゲーション」「アトラス」と、大きく分けて4つある。「検索」については、住所やPOIの検索をAPI経由で行うことが可能で、地図上で位置を確認できる。「ナビゲーション」については、スマートフォンアプリでのナビゲーションをAPIで提供しており、出発地と目的地を入力するとルートを地図上に表示できる。「アトラス」では、オンプレミスで地図サーバーを設置できる。これらのサービスは、Android、iOS、Qt、Unity、ウェブ上でのJavaScriptをサポートしている。

mapboxのプラットフォーム

 また、SDKから取得しているテレメトリデータの情報は、地図の更新にも利用しており、ユーザーが使用すればするほど、テレメトリデータの情報をもとに地図が進化する仕組みになっている。

 「mapboxの地図の強みはベクター地図であり、それを非常に詳細にエディットできる点にあります。地形や衛星情報、道路情報、ユーザーの独自情報などな情報がレイヤーとしてベクター地図の中に入っており、それらにスタイリングを付け加えることが可能です。mapboxを選ぶべき理由は、非常にフレキシブルで動作が速いことです。さらに、テレメトリデータをもとに、トラフィック情報などを従来の情報源に頼らずに取得することもできます。『mapbox studio』ではデザインのカスタマイズ方法が分かりやすく、道や海の色などを変えたり、重ね順を変えたり、ズームレベルによって表示の有無を選べたりと、細かく編集できます。また、開発者にとっては、API経由でスタイルを全てコントロールできることが強みです。」(矢澤氏)

mapboxを選ぶ理由

 矢澤氏は最後に、mapboxを採用している事例として、楽天のAIRMAP、カシオのProTrek Smart、RENESAS製カーナビの3Dマップ、Snapchat、Facebook、The Weather Companyなどさまざまなサービスやデバイスを紹介した。

今後も定期的にミートアップとハンズオンを開催予定

 mapboxによる発表のあとは、古橋氏による「mapbox studio」のハンズオンセッションも行われた。mapbox studioは地図を細かくカスタマイズできるウェブアプリだ。古橋研究室に所属する学生も同ツールを使って、多彩なデザインの地図を作製する課題に取り組んでいる。このmapbox studioを使って道路や施設、水部などさまざまな部分の色を変更する方法などを解説したあとに、課題として、五輪マークに使用されている青・黄・黒・緑・赤を使って地図をカスタマイズして、オリンピックをイメージした地図の作製に取り組んだ。

「mapbox studio」の編集画面

 このほか、mapboxのスタッフへの質疑応答や、mapboxやOSMに関わる地図サービスなどを発表するライトニングトークも行われた。後半は会食しながらのミーティングとなり、参加者とmapboxスタッフとの間で活発な交流が行われた。

mapboxスタッフへの質疑応答

 古橋氏は今後も継続してこのようなミートアップを開催したいと考えている。なお、次回イベントは11月6日に「@WeWork 日比谷」にて開催する予定だ。ハンズオンを13時~17時に、ミートアップを18時~20時に行うことを予定している。ミートアップでは、ゲストとしてドローンマッピング向け写真測量ツールを提供するPix4D社が参加する予定だ。また、同イベントはFacebookグループも開設しており、こちらも参加者を募集している。

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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。