期待のネット新技術

20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」は国内で普及進まず

【Wi-Fi高速化への道】(第1回)

 現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。

 一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている

 スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelQualcomm東芝が2018年度の出荷などを発表している。

 2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている

 そこで今回は、最初期からのWi-Fi規格である「IEEE 802.11」と、これに続く「IEEE 802.11a」の詳細や当時の普及状況について解説する。今後は、それ以降に策定されていく各Wi-Fi規格について解説していく。(編集部)

 2017年のゴールデンウイークの時分、編集部のある神保町にほど近いJR水道橋駅そばに、知人の会社が引っ越して来た。引っ越しのついでに、社内用のWi-Fiルーターも新調したそうなのだが、そのルーターにつなぐと、pingでパケットが70%ほどロスするという状況になったそうだ。

 マンションの上層階に位置する新オフィスの窓の向かいには、キャリアの公衆無線LANのアンテナが鎮座しているのだそうで、2.4GHz帯/5GHz帯ともに、えらいことになっていたそうだ。だからといって窓にシールドを噛ましたりすると、今度は携帯電話が繋がらなくなるという困ったことになり、ちょっと前に話題になった“無線LANケーブル”でも導入するしかないのでは? という状況らしい。

 問題は、これがこの知人のオフィスだけの問題ではないこと。そうでなくてもこの周波数帯は、Wi-FiとBluetoothと電子レンジが共存している上、Wi-Fiでしか繋がらないデバイスも山のようにあるわけで、これを何とかしないといけない、というのが、ここ10年ほどのWi-Fiにおける課題となっている。

「IEEE 802.11n」に至るまでの長い道のり

 現在もっとも広く利用されている規格は、おそらく「IEEE 802.11n」と思われる。“おそらく”というのは、IEEE 802.11n規格に対応したデバイスは、従来のIEEE 802.11a/g/bとの後方互換性を持っているからだ。実際にはIEEE 802.11b相当で接続されているが、規格としてはIEEE 802.11n、という場合もIEEE 802.11nと見なしているためで、どの規格相当で接続されているかという実際のデータは存在しない。その結果として、冒頭の話のようにIEEE 802.11n対応ルーターでも、実際にはIEEE 802.11b未満の接続環境だったりするわけだ。

 さて、簡単に従来のWi-Fiの規格とその特徴をまとめると、以下のようになる。

標準化年度周波数帯変調方式バンド幅速度
IEEE 802.111997年2.4GHzDSSS/FHSS22MHz1/2Mbps
IEEE 802.11a1999年5GHzOFDM20MHz6~54Mbps
IEEE 802.11b1999年2.4GHzDSSS22MHz1~11Mbps
IEEE 802.11g2003年2.4GHzOFDM20MHz6~54Mbps
IEEE 802.11n2009年2.4/5GHzMIMO-OFDM20/40MHz~600Mbps

2.4GHz帯で実効1Mbpsの「IEEE 802.11」

 まず最初に標準化されたのが「IEEE 802.11」である。2.4GHz帯を使い、変調方式は「DSSS(Direct-Sequence Spread Spectrum:直接スペクトル拡散)」ないし「FHSS(Frequency-Hopping Spread Spectrum:周波数ホッピングスペクトル拡散)」という方式を採用。通信速度は1Mbpsないし2Mbpsとされた。ちなみに実効速度は40%程度、1Mbps出るか出ないかというあたりだ。

 もっともこの当時、有線LANはまだ10Mbps(100BASE-TXの標準化は1995年)が主流だった。1998年1月に宮村優子の声を搭載した100BASE-TXスイッチが7万8000円で発表されたという時期にも、その価格が示す通り、まだ100BASE-Tの普及には遠かったから、あくまでも最初のステップはこれでもよし、とされた。とはいえ、この802.11準拠の製品は価格も高く、ほとんど普及に至っていない。

5GHz帯で最大54Mbpsへ高速化した「IEEE 802.11a」

 これに続き、IEEE 802.11のワーキンググループは「IEEE 802.11a」と「IEEE 802.11b」という2つの規格を1999年に標準化する。このうちIEEE 802.11aの方は5GHz帯を用いるともに、変調方式を「OFDM(Orthogonal Frequency-Division Multiplexing:直交周波数分割多重)」に変更することで、最大で54Mbpsへ大幅に高速化することに成功する。

 これは特に欧米、中でも主にアメリカから要望があったもので、それもあって海外ではそれなりにマーケットが立ち上がった。またいくつかのベンダーは勝手に仕様を拡張し、2つのバンドを使って同時に通信することで帯域を倍にする「Turboモード」に対応させたりしていた。

 筆者の知る範囲では、Athelos Communicationsのチップを使った製品に搭載されており、Turboモードを使うと、通信速度を伸ばすほかに、速度は同じでも到達距離が伸ばせる(場合もある)という触れ込みだったが、国内では後述する電波法との絡みで利用なかったこともあり、どの程度効果があったのかは分からない。

気象レーダーと同じ周波数が問題、国内で普及進まず

 ただし、このIEEE 802.11a、海外ではともかく日本ではほとんど普及しなかった。理由の1つは電波法にある。日本では5.24GHz~5.35GHzの範囲を気象レーダーが利用していたからだ。

 IEEE 802.11aでは、5GHz~6GHz帯を5MHz刻みのチャネルに区切った上で、欧米では、JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)が「W52」と呼ぶ、36(5.18GHz)、40(5.20GHz)、44(5.22GHz)、48(5.24GHz)の4チャネルと、「W53」と呼ぶ52(5.26GHz)、56(5.28GHz)、60(5.30GHz)、64(5.32GHz)の4チャネルの計8チャンネルを利用可能としていた。

 ところが日本では、気象レーダーとの干渉を防ぐため、「J52」と呼ばれる34(5.17GHz)、38(5.19GHz)、42(5.21GHz)、46(5.23GHz)の4チャネルしか利用できないことになっていた。日本向けのチャネルが10MHzずつずらされた理由は、それぞれが中心周波数から上下に10MHzほどスロープが広がるためだ。つまり、5.24GHzに干渉させないためには、48チャネルは利用不可能で、46チャネルへとずらす必要があり、そこから20MHz刻みにした結果となっている。

 こうなると、技適の問題は別としても、海外の機器をそのまま利用することができず、設計の手直しが必要になってしまう。これは当然高コストにつながるわけだ。また電波法では、気象レーダーとの干渉を防ぐため、現在でも5GHz帯での屋外利用を禁じており、アクセスポイントなどに5GHz帯を利用することができなかった。

 日本家屋特有の事情として、5GHz帯は2.4GHz帯に比べて直進性が強く、また壁などを通過する際の減衰も大きかったことが挙げられる。木造2階建て住宅程度ならともかく、木造の3階建てで1階にアクセスポイントを置いても、3階ではつながらないことも少なくなかった。ソニーなどでは早くからIEEE 802.11a対応のルーターやネットワークカードをリリースして需要の喚起に努めたものの、そんなわけで、ほとんど盛り上がらないままになってしまった。

 次回は、現在の普及への足掛かりとなった「IEEE 802.11b」と「IEEE 802.11g」の規格と当時の状況について、解説していきます。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/