地図と位置情報
“高さ”のスマホ位置情報サービスが登場。果たして「東京タワー」や「あべのハルカス」に通用するのか!?
「Pinnacle」の垂直測位アプリを持ってエレベーターに乗り込んでみた結果
2022年11月30日 06:00
既存のスマートフォンをそのまま使用して建物内の正確なフロア位置を特定できる垂直測位サービス「Pinnacle」がいよいよ10月31日に提供開始された。Pinnacleの提供元となるMetCom株式会社は、防火・防災への意識を高めることを目的とした「119番の日」となる11月9日、同サービスのオープニングセレモニーを東京タワー(東京都港区)のメインデッキ内イベントスペースにて実施。お笑い芸人の木曽さんちゅう氏が司会となり、Pinnacleの体験デモやパートナー企業による活用事例の紹介が行われた。
街中の基準点とスマホの気圧センサーを比較・分析して「高さ情報」を取得
Pinnacleは、気圧センサーを内蔵した「基準点」を街中に設置することにより、スマートフォン内蔵の気圧センサーの情報と近隣の基準点が測定した気圧情報を比較・分析して高精度な高さ情報を取得できるサービス。取得できる高さの誤差は約3mで、オフィスフロアでは1フロア以内の誤差に収まる。Pinnacleは米NextNavが開発した技術によるサービスで、日本ではこのたび、MetComが基準点の整備も含めてサービスを提供することになった。
米国では2022年4月に米連邦通信委員会(FCC)が救急や消防、警察への通報に用いられる携帯電話の緊急発信において、従来の2D位置情報(緯度・経度)に加えて、新たに高さの情報(垂直情報)を通知することを義務化したこともあって垂直測位サービスのニーズは高く、NextNavは携帯電話サービスを展開するAT&Tを通じて、2021年3月から全米4400市町村において緊急通報にPinnacleを提供している。
日本では、MetComが2021年秋からベータ版サービスとして、Pinnacleの垂直測位機能をアプリに組み込めるSDKを提供開始。すでに垂直測位を行えるアプリを開発し、検証を行っている企業もある。
例えば日本電気通信システム株式会社(NEC通信システム)は、今回のオープニングセレモニーが行われた同日、Pinnacleを活用した建設DXに向けた技術実証を、MetComや株式会社竹中工務店、株式会社アルモとともに実施した旨のプレスリリースを発表しており、この中で「作業現場において垂直測位は十分な精度で実施可能」と評価している。4社は今後、スマートフォンではなく気圧測定と通信機能に絞った小型デバイスをモノに貼付してクラウド上から集中管理するシステムの開発を予定しているという。
Pinnacleの展開エリアは、東京・横浜・大阪の中心部からスタートし、2023年内にはその周辺地域および全国政令指定都市にも拡大させる予定。また、MetComは気圧による高さ情報だけでなく、GPSのように電波を使うことにより水平(X軸・Y軸)の測位も屋内外シームレスに行える「MBS(Metropolitan Beacon System)」の提供も予定している。
「Pinnacle」のデモアプリによる垂直測位を「東京タワー」で実際に体験
オープニングセレモニーでは、メディア向けにPinnacleのSDKを使って作成されたデモアプリの体験会も行われた。アプリでは東京タワーの屋内3D地図が表示され、エレベーターに乗って上下するのに連動して自己位置が上下するのを確認できた。
アプリには地上高(地表面を基準とした高さ)と標高(平均海水面を基準とした高さ)、楕円体高(地球楕円体を基準とした高さ)の3つの高さとともに、エレベーターなどの移動方法や、「東京タワーメインデッキ2階」といった高度に基づいて判別された現在地名も表示される。
端末を見ながらエレベーターに乗って移動すると、1秒ごとに移動した軌跡が点となって可視化され、エレベーターの移動スピードが上がるにつれて点の間隔が広くなる様子が分かる。このような縦方向の移動による軌跡は一般的な地図アプリなどでは高精度に記録するのが難しく、Pinnacleならではの結果といえる。
人命救助への「Pinnacle」活用を――社会へのメッセージを込めて「119番の日」にオープニングセレモニー
オープニングセレモニーは、お笑い芸人の木曽さんちゅう氏の司会によって進められた。冒頭ではMetComの代表取締役を務める平澤弘樹氏があいさつした。
「日本国内においては階数を特定するだけでも、新たな位置情報として価値があると考えており、緊急通報や防災、建設、位置情報広告、ゲームなどさまざまな分野で利用できる技術として期待しています。また、既存の方式でWi-Fiやビーコンを使った屋内測位においても、Pinnacleで測定した垂直情報を組み合わせることで水平方向の精度が向上することが確認されていますので、その分野での利用も期待しています。当社が建設するインフラ設備を、重要な社会インフラとしてぜひ活用していただきたいと思います。
Pinnacleが社会貢献できる事例として、緊急通報や人命救助の利用が挙げられます。米国ではすでにPinnacleのサービスが4400市町村で開始され、特に緊急機関や人命救助で位置測位が使用されています。日本でもPinnacleを人命救助に活用できるものとして、現在、消防当局にも実現に向けて提案しています。本日は社会へのメッセージも込めて『119番の日』の本日、開催することにしました。」(平澤氏)
次に、MetComの株主の1社であり、Pinnacleの開発元であるNextNavのCEOであるGanesh Pattabiraman氏によるビデオレターが紹介された。
「14年前にNextNavを立ち上げたとき、私たちの目標は、拡張性のあるネットワークにより都市部におけるGPSの課題を解決することでした。日本では高層ビルが建ち並んでいるため、GPSのような衛星測位が制限されてしまいます。MetComがパートナー企業とともにこのような課題の解決に向けて日本でPinnacleのサービスを開始することをとてもうれしく思います。垂直位置情報サービスを立ち上げるのに、世界でもこれほど適した市場はないと思います。
私たちは緊急救助に関わるパートナーとともに、米国でこの技術を展開しています。緊急時に要救助者が建物内のどこにいるのかを正確に把握し、救急隊員が早く駆けつけることができるようになり、より多くの人命が救われることが分かりました。日本市場では、ゲームや消費者体験を含む多くの新しいイノベーションが生まれると確信しています。この技術は変革を可能にします。私は新たな未来を心待ちにしています。」(Ganesh氏)
式辞に続いて、平澤氏をはじめMetComの株主であるNextNavや京セラコミュニケーションシステム株式会社、ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社、セコム株式会社、サン電子株式会社、DRONE FUND株式会社の代表者によるテープカットが行われ、その後、NEC通信システムの執行役員を務める笠原淳至氏によるスピーチも行われた。
「デジタルツインの取り組みの中で特に重要だと思っていたのが位置情報で、縦(方向)の課題を解決できないかと悩んでいるところにPinnacleを見つけて、パートナーとして手を挙げて1年半ほど一緒にやらせていただいています。本日発表しましたが、竹中工務店さんと、ビルの建設現場での実証実験をやらせていただいて、とても好評を得ました。建設現場の中で、工具や資材などの重要なものが何階のどこに置かれているかというのを、今までは人が探していたのですが、Pinnacleを使えばすぐに分かります。
建設業界だけでなくいろいろな分野で使えると思っていますし、これから国内のさまざまなお客様に展開していきたいと思います。人やモノの位置情報の把握から、コトの見える化も進めてDXに活用し、働きやすい社会を実現していきたいと考えています。」(笠原氏)
観測方程式における「Z拘束測位」で1.5倍以上の精度向上を実現、Wi-Fiと組み合わせた独自の高精度3次元屋内測位への活用も
続いて、PinnacleのSDKを使ったデモアプリを開発したPOC-DC株式会社代表取締役の横田智紀氏によるデモが行われた。1つ目のデモは、東京タワー内で複数のスタッフがPinnacleのアプリがインストールされたスマートフォンを持って移動するのを3D地図上で可視化したもので、エレベーターに乗った人が上下に移動する様子などをリアルタイムで確認することができた。
Pinnacleを使うことにより、どの人がどのフロアにいるかを常に把握することが可能であるだけでなく、移動の軌跡や速度を見ることでエレベーターに乗っているのか、エスカレーターを使っているのか、階段を上り下りしているのか、移動手段を判別することもできる。
さらに「119番の日」ということで、急病人が119番緊急通報を行う際に高さ情報が送信されるデモも行われた。通報を受ける消防の通信指令室のオペレーター役は木曽さんちゅう氏が務めた。頭をぶつけて「助けてください」と救急を求める急病人に対して、「今いる場所の住所を教えてください」と応答する木曽氏。しかし発呼者はその場所の住所を知らず、困った挙げ句に木曽氏が住所とそのフロア階を言い当てて事なきを得たという寸劇が行われ、参加者の笑いを誘っていた。
また、横田氏はPinnacleによって収集された3次元の位置情報を使用したビッグデータ解析の事例についても紹介した。Pinnacleでは前述したように、基準局の気圧とスマートフォンが測定した気圧とを比較・分析することで高さを推定しているが、建物ごとに階高は異なり、場合によっては同じ建物内でもフロアによって階高が違うこともある。
そのため、PinnacleのSDKを使って現在地が何階なのかを調べるアプリを開発するのにあたって、POC-DCは都内のビルを1軒ずつ回って足を使ってそれぞれ階高の調査を行った。その数は東京都内だけで6000件を超える数となったが、全国各地で同じ調査を行うとなると膨大な件数となるため実施は難しい。そこでPOC-DCでは、大量の3次元位置情報ビッグデータを使えばAIにより階高を推測できるのではないかと考えた。
その例として横田氏は、東京タワーを何度も訪れる中で記録した3次元位置情報ビッグデータを活用し、エレベーターやエスカレーター、階段などを使ってフロア間を移動する軌跡をクレンジング処理により削除したうえで、層ごとに分けてクラスタリングを行うことにより階高を分析した。
「3次元の位置情報ビッグデータを自力で集めるのは難しいので、これはぜひPinnacleのエコシステムの中でデータを収集していただければ、階高推定だけでなく、高速道路が上下に重なっている地図を作成するなど、さまざまな使い方ができるのではないかと思います。」
さらに、同社はWi-Fi測位による屋内測位とPinnacleを組み合わせた独自の高精度3次元屋内測位についても紹介した。3次元測距測位アルゴリズムにおいてPinnacleによる高さ情報を使って観測方程式上の「Z」の値を拘束することにより、1.5倍以上の精度向上が実現できる「Z拘束測位」と、エレベーターやエスカレーター、階段などの位置を基準に位置を補正する「3Dマップマッチング」などの技術を使うことで実現している。
POC-DCはこれらの測位技術や2D・3D地図サービス、ナビ/ルート検索、AI解析などの機能を持ったプラットフォーム「add3」を2023年春に正式リリースする予定だ。
標準大気による高度推定の「理論式」vs「Pinnacle」、日本一高いオフィスビル「あべのハルカス」での検証結果は?
続いて、屋内測位の専門家として知られる立命館大学の西尾信彦教授による講演も行われた。西尾氏は、日本一の高さを誇るオフィスビル「あべのハルカス」(大阪市)におけるPinnacleの検証結果を報告。地上の屋内と屋外に気圧計を設置して測定しながら、ビル内を移動する際の気圧を測定したうえで、国際民間航空機関(ICAO)が定めた標準大気による高度推定の算出式を使った理論値と、Pinnacleが推定した高度とを比較した。
移動経路は、1)エレベーターで1階から16階へ移動する、2)エレベーターで16階から60階へ移動する、3)エスカレーターで60階から屋外の展望エリアのある58階へ移動する――の順に行った。その結果、60階での正解高度に対してはPinnacleの値のほうが理論値に比べてかなり近く、Pinnacleと理論値の差は約10mでおよそ2.5階分に相当することが分かった。
「検証結果を見ると、Pinnacleはけっして単純な計算をしているわけではないことが分かります。また、グラフにおけるPinnacleの線が波打っていますが、これは気圧の変動に応じてPinnacleはそのときの状況に応じた修正値を持っていることを意味しており、それに合わせて少しずつ修正をかけているわけです。そして、これを日本で一番高いビルの階層推定に対してもきちんと対応できているということを分かっていただければと思います。」(西尾教授)
西尾教授はこのほかに、Pinnacleの次に提供が予定されている、MBSによる3次元測位サービス「TerraPoiNT」の実証実験についても紹介した。
「総務省の認可を得たうえで大学構内に5基の基地局を建てて、高さを推定するPinnacleと、X・Y軸を推定するTerraPoiNTの両方を動かして評価実験を行いました。7階からスタートし、フロアごとに1周回りながら階段を使って下へ降りている様子が分かります。TerraPoiNTはもうすぐ実用化されるので、どうぞご期待ください。
また、TerraPoiNTでは基地局からナノセカンドレベルの精密な時刻情報を屋内外シームレスに配信するTaaS(Timing as a Service)も提供する予定です。TerraPoiNTは国内初となる、ユーザーが施設内に設備を用意しなくても屋内外シームレスに3次元測位を行えるサービスとして期待されます。」(西尾教授)
最後に、京セラコミュニケーションシステムの代表取締役を務める黒瀬善仁氏があいさつした。
「当社はSigfoxというIoTサービスを展開しています。Sigfoxには水平の位置情報が得られるサービスがあるのですが、MetComさんから『これに高さ情報を加えれば付加価値の高いサービスとなる』とご提案いただきまして、一緒にやりましょうということで出資させていただきました。ぜひ新しい時代の生活に無くてはならないサービス、そしてイノベーションを作っていただきたいと思います。」
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。