地図と位置情報
電波強度がGPSの10万倍、GNSSの弱点を補う「MBS」とは? 屋内外シームレスに測位できる“地上波システム”構築へ
2022年9月28日 06:00
前回『“スマホ位置情報”が高精度化、“高さ”特定可能に。日本で10月より「垂直測位サービス」提供開始~MetCom』でお伝えしたように、高精度な垂直測位サービス「Pinnacle」を提供している米NextNavおよびMetCom株式会社だが、実はPinnacleの普及が最終目標というわけではない。両社は垂直測位サービスの先に、高さ(Z軸)だけでなく水平(X軸・Y軸)の測位も行える「MBS(Metropolitan Beacon System)」による3次元測位サービスの展開を見据えている。
「GPSなどのGNSS(全球測位航法システム)の構造的な問題として、衛星電波が屋内や地下に届かないことや、ジャミング(妨害)やスプーフィング(なりすまし)などセキュリティ面で弱いことが挙げられます。このような課題を、セキュリティの確保された強い電波を地上から発することで解決するのがMBSです。垂直測位サービスはその最初のステップとして提供開始するもので、最終的な目的は、GPS/GNSSの弱点を補う3次元測位サービスであるMBSを社会インフラとして提供することです。」(MetCom株式会社の荒木勤氏)
MBSは、都市の各所に基地局を設置し、GPS/GNSSと同様に、電波を使って基地局から時刻情報を発信することで、基地局から発信した時刻と端末で受信した時刻の差分をもとに直線距離を割り出し、複数の基地局と端末との距離から現在地を推定する技術だ。前述の気圧分析技術も含めたソリューションとなっている。
GPS/GNSSとの最も大きな違いは、基地局からの電波の受信強度が衛星測位に比べて10万倍と強いため、屋内や地下においても測位が可能である点で、屋内外でシームレスな測位が可能となる。それでいてWi-Fi測位やBLEビーコン測位のように建物や地下の内部に数多くのアクセスポイントや受信機などを設置する必要はなく、基地局の設置は数kmおき程度で済むという。
「MBSは電波測位に加え気圧分析のPinnacleも併用するシステムなので、高さ方向の精度がGPS/GNSSに比べて高いのも特徴です。また、測位に使用する時刻情報がマイクロ秒以下の精度であることを活用して、高精度な時刻配信サービスの提供も予定しています。」(荒木氏)
ただし、Pinnacleとは異なり、MBSは受信機として既存のスマートフォンがそのまま使えるわけではなく、MBSに対応した専用受信機を使う必要がある。日本においては、MBSで使用する電波はWi-Fiよりも低い周波数帯の900MHz帯で、MetComは現在、電波免許の取得準備を進めており、2024年から東名阪などにおいてサービス開始を予定している。
【お詫びと訂正 2022年9月29日 14:35】
記事初出時、MBSの電波強度についての記述に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
誤:基地局から発する電波の強度が衛星測位に比べて10万倍と強いため、
正:基地局からの電波の受信強度が衛星測位に比べて10万倍と強いため、
MBSは、測位サービスの“地上波システム”。GPS/GNSSのバックアップとしても期待
荒木氏はMBSの活用例として、警察・消防での利用やセキュリティ、高齢者や子どもの見守り、屋内や駐車場でのナビゲーション、カーナビ、ロケーション広告などの用途を挙げている。
また、火災現場における消防隊員の位置を把握する用途では大きなニーズがあり、すでに米国15の消防署でMBSの導入が始まっているという。MBSを使うことで、屋内外に関係なく、複数の消防隊員の位置を指揮本部から把握できるようになり、負傷したり、倒れて意識を失ってしまったりした消防隊員の位置を把握して救出に向かうことが可能となる。「日本でも、ある消防本部から話を伺った際に、『仲間を助けるための技術としてMBSには期待が持てる』というコメントをいただきました。」と荒木氏は語る。
このほか、MBSでは電波が暗号化されているため、GPS/GNSSで課題とされているジャミングやスプーフィングにも強く、そのためGPS/GNSSのバックアップとしての活用も期待されている。
例えばドローンによる宅配を行う場合に、着陸時にGPS/GNSSが受信困難になったり精度低下が発生したりした場合に、バックアップシステムとしてMBSを活用するといった使い方も考えられる。米国ではNASAが都市部におけるドローン自律飛行試験プログラム(City Environment for Range Testing of Autonomous Integrated Navigation:CERTAIN)においてNextNavのMBSの技術を採用している。
このほか、NextNavはすでに全米において920MHz帯の周波数獲得済みで、一部エリアで3次元測位サービス「TerraPoiNT」を提供開始している。2021年10月にはNASDAQ上場も果たし、基地局建設資金として約450億円を調達した。
荒木氏によると、NextNavはPinnacleやTerraPoiNTのグローバル展開も重視しており、今後展開を予定している国として日本、英国、ドイツを挙げている。中でも特に日本は最重要視している市場であり、NextNavとのパートナーシップを組んでいるMetComがPinnacleを日本で提供開始することは、NextNavのグローバル戦略の第一歩とも言える。
「例えばテレビでは衛星を使ったBS放送やCS放送があり、そして地上波放送があります。通信では衛星電波を使った衛星携帯電波と、地上波を使った一般的な携帯電話があり、そしてローカルシステムとしてWi-Fiがあります。ところが測位の分野は、世界規模で測位を行うGPS/GNSSと、Wi-Fi測位やビーコン測位などのローカルシステムとの両極端で、テレビの地上波放送や通信分野における携帯電話に相当するような、都市ごとに展開するような規模の中間的な仕組みがありません。この分野で高品質なサービスを提供できるのは、日本では当社だけであると自負していますし、高い価値を社会に提供できると考えています。」(荒木氏)
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。