地図と位置情報
日本の“浅海域”を航空レーザー測深で詳細な地形図にするプロジェクトが始動
海岸線3万2000kmを測量、10年かけて「海の地図」整備へ
2022年11月2日 06:15
総延長が約3万5000kmにも及ぶ日本の海岸線。その海岸に続く“浅海域”と呼ばれる水深0~20mのエリアを航空測量し、地図化する「海の地図PROJECT」がスタートした。実施するのは公益財団法人日本財団と一般財団法人日本水路協会。今後10年で日本の総海岸線の約90%の整備を目指しており、予算規模は200億円を予定している。
浅海域の地形はこれまで、船による音響測深によって測量されてきたが、船の場合は浅い海域に入れない。詳細な海底地形図を作成することができず、現在のところ総海岸線の約2%弱しか把握されていないという。しかし、長い海岸線を持つ日本において、浅海域の海底地形図の不備は水難事故や自然災害の防止、生態系の保全、海岸浸食への対策など、さまざまな分野の研究・技術の向上を停滞させる恐れがある。
海岸や浅海域では省庁や行政の管理・所管体制が複雑ということもあり、これまでは技術的・基幹的に全国の浅海域を測定するのは難しかったが、このたび日本財団と、海に関する地図の取り扱いに精通する日本水路協会が協働で実施することになった。
「陸地と海の境目付近」の測量、航空レーザー測深により実現
海の地図PROJECTでは、海底地形図を作成する方法として航空レーザー測深(Airborne LiDAR Bathymetry:ALB)という技術を使う。ALBは、航空機に搭載したレーザー測距装置から地表に向けてレーザー光を照射し、XYZの位置座標を持つ点群データを取得する方法。海底の微細な地形を詳細に把握できる。
今回使用するレーザー測距装置では、海底の地形を測量するための緑レーザー(レーザー波長:515nm)と、陸地用の近赤外レーザー(レーザー波長:1064nm)の両方を搭載。緑レーザーは毎秒3万5000点、赤外線レーザーは20万点のレーザーパルスを照射する。
測深船では海岸近くの岩礁や浅瀬では座礁する危険性があるため調査できないが、航空機を使うことによって海岸の地形に関係なく調査することが可能となり、これまで“空白域”だった陸地と海の境目付近を50cmメッシュの解像度で詳細に計測することができる。固定翼の航空機で広範囲を効率良く計測できるほか、海岸の険しい崖の場合は回転翼の航空機で調査することも可能だ。
また、今回のプロジェクトでは、緑レーザーと赤外線レーザーを併用することにより、陸地と海岸線に続く浅海域をレーザーでシームレスに計測できる。船舶による音響測深の場合、毎秒25平方メートルの範囲しか計測できないのに比べて、航空測量では毎秒2250平方メートルの計測が可能だ。
例えば和歌山県白浜町周辺の測量結果を見ると、船舶による調査では約1.3平方キロメートルを調査するのに7時間かかったのに対して、航空測量では面積が約49平方キロメートルの範囲を計測するのに2時間半で済んだ。航空測量の場合はALBは船舶による調査に比べて、調査効率が90倍にもなるという。
同プロジェクトでは今年8月下旬、福井県高浜町にある若狭和田ビーチにてプレ調査を行った。既存の地図は粗い地形情報しか存在しないが、これまでは等深線でしか表現されていなかったのに対して、ALBで取得したデータを使用すると3D表現が可能となり、海底の微細な地形を把握できる。例えば底の滑らかな部分は砂地で、細かい凹凸がある部分は岩礁といった具合に、底質も把握することが可能だ。今回取得したデータは50cmメッシュで、かなり細かく地形が描写されている。
一方、神奈川県藤沢市の江ノ島の測量結果では、東西で地形が異なる様子がよく分かる。東部にある片瀬漁港の出入口付近にて、船が座礁しないように浚渫が行われた跡が見える。また、中央上部の片瀬東浜海岸ではサンドバー(砂の堆積)が見られ、陸側が高く沖側が低く凹んでおり、足が取られやすく、遊泳禁止区域を設ける場合の参考にしやすい。また、西側では断層や褶曲(圧力のため地層が波状に曲がること)などがあるのが分かる。
防災、海難事故防止、海洋生態系研究など、さまざまな用途に活用可能
10月24日に東京都内で行われた記者発表会では、日本財団の笹川陽平会長が以下のようにコメントした。
「日本財団ではさまざまな海に関する課題を調査・研究するとともに、国民に海の大切さの啓蒙活動を行っています。世界的に見ても、人間は陸上の地形については厳密な調査を行い、宇宙にも大きな関心を持っていますが、地球の70%を占める海の地形については地図が全くできておりません。これは大変なロスであり、日本財団は世界中の海底地形図を作ろうと努力しています。もし地球から海水を全て抜いたらどのような形をしているのか、大変興味があります。
伊能忠敬が測量を終えたのは1816年の10月23日で、本日は10月24日です。奇しくも我々はここをスタートラインとして、海岸線の水深20mまでの範囲を調査しようと考えています。なぜもっと(海の)奥まで行かないかというと、20mくらいまでが太陽の光が通るところで、ほとんどの微生物はここに棲んでいます。ここをきちんと管理していかないと、海の健康な状態を継続することは不可能だろうと。そしてこの範囲は微生物の宝庫というだけでなく、さまざまな岩礁があり船の安全に役立つし、津波など防災や海難事故の防止といった観点からも、今回しっかりしたものを作ろうということで、これを10年かけて作成しようと考えています。」
一方、同プロジェクトのパートナーとなる日本水路協会の加藤茂理事長は以下のように語った。
「日本水路協会は、船の航海に必要な海図や、海の情報の提供を行っています。このたびは浅い海を測量し、地図化してさまざまな方面で利用していただくデータを整備するという画期的な仕事を担当します。これまで海の地形というと船から音響を使って行うのがほとんどでしたが、このプロジェクトでは航空測量という新しい技術を使います。これまで空白域となっていた海岸に隣接する浅い海域を対象として、航空機からレーザー光を使って海底地形のデータを取得し、これを解析し、地図化して利活用を図ります。日本水路協会はこのプロジェクトを円滑に進めて、目的としている海の諸問題の解決・改善に貢献できればと考えています。」
記者発表会ではこのほかに、海に関する有識者らも登壇した。以下、海の地図PROJECTに対する期待について語ったコメントを紹介する。
巽好幸氏(神戸大学海洋底探査センター 客員教授)
「津波の影響力は浅海域の地形に大きく依存しているため重要です。また、海底に断層があるかどうかも見えてくるので、地震の発生についても含めて分かってくる。これは非常に重要なことで期待しています。」
風間隆宏氏(日本ライフセービング協会 常務理事/DHI Japanマーケティング&サポート マネージャー)
「今回、非常に細かい海底地形データが取れるということは、どこで離岸流が発生する可能性があるか事前に分かるということで有効ですし、事前にどこが安全でどこが危険なのか分かることにより、事故の未然防止にも期待しています。」
小菅結香氏(釣り船 丸十丸)
「細かい海底地形が分かると、魚がどこに集まっているのかを読みやすくなるので、釣り船にはとても役に立つし、座礁事故も少なくなると思うので楽しみにしています。」
災害や水難事故など緊急性の高いエリアから調査を開始
海の地図PROJECTは今後、事業を3期に分けて、測定および地図化の方法や体制の構築、計測に適した気象・海象や海水透明度、災害が起きる可能性などにより実施エリアを定めて、順次測定を行っていく予定だ。
第1期は地震による津波や海難・水難事故など緊急性が高いエリアで調査を実施し、第2期は学術研究やレジャーなどにおいて重要性・応用性が高いエリアで調査を行う。第3期は、第1期と第2期で未取得の海域を調査して、最終的には測定に向いていない箇所を除き、日本の海岸線のうち約90%となる約3万2000km(重要施設周辺等を除く)を測定して詳細な地形図を作成する。
海底地形情報については測量が終了したエリアから順次公開していく。公開の仕方としては、基本的には地図情報として提供する予定。詳細な水深データについては提供方法を関係機関と協議しながら検討していく方針とのこと。
また、10年かけて整備が完了したあとのデータ更新については、どのようなかたちで継続していくかはまだ決定していないが、まずはベースとなるデータを完成させて、それをもとに自治体や政府関係機関が利活用を進め、データの更新体制も構築していく流れになることを期待しているという。
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。