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神戸市がやってくれました! 全国規模の人口移動・就業状況の「ダッシュボード」、全国の誰にでも無料公開

Tableau使いの市職員が作成、オープンデータの可視化・活用方法として提案

 神戸市は10月26日、2020年の国勢調査に基づいて作成した人口移動や就業状況に関するダッシュボード(複数の情報をまとめて表示するツール)を同市のウェブサイトにて公開した。神戸市だけでなく全国のデータを参照することが可能で、神戸市民に限らず誰でも無料で利用できる。同市はオープンデータ利活用の一環として2023年2月にも同様のダッシュボードを公開しており、今回はその第2弾となる。公開にあたって神戸市が報道向けのラウンドテーブル(意見交換会)を東京都内で開催したので、その内容もあわせてお伝えする。

ダッシュボードの公開にあたって、東京都内で報道向けのラウンドテーブルを開催

公式サイト内の「神戸データラボ」で6つのダッシュボードを公開中

 ダッシュボードは、神戸市の公式サイトのメニューの中から「データラボ」を選ぶと一覧が表示される。「全国のデータ」には現在公開されているものとして、以下の6つのダッシュボードが並んでいる。

1. 国勢調査 人口等基本集計(市区町村)

市区町村別の人口ピラミッドや世帯人員別世帯数、住宅所有関係別(持ち家/民営借家)の世帯数、住宅の建て方別(一戸建て/共同住宅)の世帯数などをグラフで表示。複数の市区町村を選択して合計の人数を調べることも可能。

国勢調査 人口等基本集計(市区町村)

2. 国勢調査 人口等基本集計(小地域)

人口ピラミッドや各種世帯数を小地域単位で集計してグラフに可視化できる。複数の小地域をまとめて選択することも可能。

国勢調査 人口等基本集計(小地域)

3. 国勢調査 通勤通学分析(市区町村)

市区町村別の通勤・通学人口を可視化したダッシュボード。昼間人口と夜間人口、昼夜間人口比率、流入人口、流出人口のほか、流入出計(流入人口+流出人口)と流入超過(流入人口-流出人口)をマップとランキングで見ることができる。

国勢調査 通勤通学分析(市区町村)

4. 国勢調査 就業状態分析(小地域)

産業別・職業別の就業者数などを可視化したダッシュボード。従業上の地位別(雇用者/自営業者/家族従業者)就業者数や、世帯の経済構成別(非農林漁業就業者世帯/非就業者世帯/農林漁業就業者世帯/農林漁業・非農林漁業就業者混合世帯)の一般世帯数などが分かる。

国勢調査 就業状態分析(小地域)

5. 国勢調査 人口・就業状態等(兵庫県・小地域)

年齢別人口や就業者、住宅の建て方、世帯の状況などをまとめて見られるダッシュボード。

国勢調査 人口・就業状態等(兵庫県・小地域)

6. 国勢調査 人口の移動状況(50万人以上の市)

現住地と5年前の常住地の比較状況をまとめたダッシュボード。都道府県や大都市を指定すると、そこへの転入者総数と転出者総数や、転入超過数を調べられる。都道府県ごとの転入超過数の一覧も表示され、どの都道府県からの転入が多いのかがひと目で分かる。

国勢調査 人口の移動状況(50万人以上の市)

 上記のうち、1~3が2023年2月に公開したもので、4~6が今回公開した第2弾となる。いずれのダッシュボードも、2020年の国勢調査の分析結果が地図やグラフを使って視覚的に分かりやすくまとめられており、PDFやPowerPoint形式でダウンロードすることも可能なので、行政職員だけでなく個人や事業者などが幅広く資料として活用できる。

 特筆すべきなのが、これらのダッシュボードは神戸市や兵庫県だけでなく、全国の市区町村や都道府県のデータを調べられること(5を除く)。例えば6の「人口の移動状況」では、神戸市に転入してきた人の数(転入者数)や神戸市から転出した人の数(転出者数)、そして転入者数から転出者数を差し引いた「転入超過数」の3項目について人数を調べることが可能だが、神戸市を基点とした結果だけでなく、「滋賀県から京都市への転入者数」など神戸市以外の自治体の組み合わせでも分析結果を表示できる。

滋賀県から京都市への転入者数

EBPMの実現へBIツール活用、職員自らがダッシュボードを作成して情報分析

 実はこれらのダッシュボードは今回新たに作成されたものではなく、もともとは神戸市の職員が政策立案のために作成したものを一般公開したかたちとなる。

 神戸市は、職員が地図やグラフによって可視化されたさまざまなデータにアクセスできるポータルサイト「神戸データラウンジ」を2022年6月にオープンしており、現在では約90種類のダッシュボードを用意している。これらのダッシュボードは庁内のグループウェアを通じて全職員が簡単にアクセスすることが可能だ。

「神戸データラウンジ」の概要

 神戸市の庁内には住民基本台帳(住基)や税、国民健康保険、介護保険などさまざまなシステムがあり、そこで使われているデータは業務で利用されているだけで、ビッグデータ分析による利活用はほとんど行われてこなかった。そこで、これをダッシュボードとして可視化することでデータの扱いに不慣れな職員でも手軽に分析を行えるようにしたのが神戸データラウンジだ。これによりEBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)の実現を目指している。

 この神戸データラウンジは、2016年12月に政府によって施行された「官民データ活用推進基本法」に沿った取り組みとなる。同法では自治体に対して、個人情報の保護に配慮しつつ、自治体が保有する多種多様なデータを部局・分野横断的に活用して効果的な政策立案や住民サービス向上に取り組むことを求めている。神戸市ではこの方針に沿って、基幹系システムに格納されている個人情報を含むデータに対して、抽象化など個人が特定されにくくするための加工を行い、そのうえで、AWS(Amazon Web Services)上の庁内データ連携基盤に保管・蓄積している。

 この庁内データ連携基盤は、データを保管するクラウド上のデータサーバー(データレイク)と、BIツールの「Tableau」のサーバーで構成されており、行政機関専用の閉域網「LGWAN」上で構築されているため高いセキュリティを実現している。なお、庁内データ連携基盤で利用できるデータベースは、住基や税、福祉などのデータのほか、政府統計ポータルサイト「e-Stat」や、人流データサービス「KDDI Location Analyzer」など民間企業が提供するデータも含まれる。

 このデータ連携基盤を介することで、職員は大元となる個人情報を含んだデータに一切触れることなく、ダッシュボードで統計情報のみを安全に閲覧することが可能となる。例えば社会動態のダッシュボードでは、特定の小学校区を指定することで「当該小学校区は兵庫県内からの子育て世帯の転入が多い」とか、移動の年代を選択して分析することで「20~24歳の就職の年代は西日本からの転入と東京圏への転出が多い」といった分析が可能となる。

 なお、「どのようなダッシュボードであれば共有可能なのか」という点についても、有識者会議で意見を聞きながら慎重に対応しているという。

ダッシュボードを使った分析事例

 神戸データラウンジが整備される以前は、データを政策立案に活用する場合、データの入手や整備・分析、資料作成などの準備には手間と時間がかかってしまい、肝心の政策議論にあまり時間を割くことができなかった。BIツールの導入とデータの共有により、これらの作業を大幅に効率化することで、実質的な政策の議論に長い時間をかけることが可能となった。

 特にデータの入手や整備・分析については業者に外注する必要があるため、以前は1カ月ほどかかることもあったそうだが、神戸データラウンジの開設によって、これらの作業は数日で行えるようになり、資料作成についてもBIツールで作成した資料をそのままウェブブラウザー上で共有できるため、飛躍的に生産性が向上したという。また、市の職員自らが作成するようになったため、外注のコストがほぼかからなくなった。クラウドサービスやBIツールの利用料はかかるものの、内製化によるコストダウンの分でほぼ賄えるという。

データ利活用の高速化・効率化を実現

なぜ神戸市が“全国版”のダッシュボードを? 公開に至った2つの目的

 この「神戸データラウンジ」において庁内で共有されているダッシュボードの中から、オープンデータをソースとするものをピックアップして公開しているのが「神戸データラボ」だ。公開にあたっては見た目を一部変えただけで、神戸データラウンジで共有しているものをほぼそのまま流用しているため、余計なコストや手間はほとんどかかっていない。

 なぜ神戸市だけでなく全国の自治体のデータが分かる“全国版”のダッシュボードを公開しているのかといえば、その目的は2つある。

 1つ目は、神戸市民や神戸市に関わる人々に活用してもらうことで、神戸市政を良くすることだ。例えば他の自治体と神戸市を比較した課題分析を行ったり、メディアに取り上げられている話題の自治体について年齢構成や住民の就業地など地域の背景を分析したりと、他の自治体のデータを可視化することは神戸市の政策議論を行ううえで有用と言える。

 もう1つの目的は、神戸市以外の自治体や政府関係者も含めたさまざまな人にダッシュボードを活用してもらうことで、全国のオープンデータやEBPMの取り組みを推進することだ。地方自治体は、官民データ活用推進基本法によってオープンデータに取り組むことが義務付けられており、神戸市もオープンデータの取り組みに関わる一主体として、オープンデータの可視化・活用方法を提案することが求められている。有用性の高い情報を、分かりやすく誰もが分析しやすいかたちで共有することは、社会的に意義があると考えている。

 神戸市デジタル監/企画調整局局長(DX担当)の正木祐輔氏は、ダッシュボードを作る手間について以下のように語る。

 「神戸市のデータだけをもとにダッシュボードを作るのと、全国規模で作るのとでは、データの量や見せ方が多少異なるだけで、職員の手間そのものはあまり変わりません。Tableauでは簡単なマウス操作と関数の指定をするだけで、ノーコードでダッシュボードを作成することができるし、ほとんど手間やコストがかかっていないからこそ全国版のダッシュボードを一般公開することが可能なのです。」(正木氏)

神戸市デジタル監/企画調整局局長(DX担当)の正木祐輔氏

 神戸市は一般公開したこれらのダッシュボードを、行政職員が政策立案時に用いる参考資料や、個人や事業者が事業促進のために活用するための資料、報道関係者の取材資料として活用してもらうことを想定している。

 現在は国勢調査をもとにしたダッシュボードだけを公開しているが、今後はほかのオープンデータを使ったダッシュボードの公開も検討しており、2023年中には国立社会保障・人口問題研究所が2023年中に公表を予定している「日本の地域別将来推計人口」についても、データが公表され次第、全国版のダッシュボードを作成して年度内に公開を予定している。

 「神戸市では、人口減少社会の中でどのように対応していくかという問題が市政の議論の中でも多くを占めているのですが、そのような状況は神戸市だけでなく全国的な課題だと思います。ダッシュボード化することで全国の自治体にご活用いただきたいと思っています。」(正木氏)

Tableau本格活用のきっかけはコロナ禍でのデータ公開。今ではスペシャリスト育成の研修プログラムも

 BIツールを活用した神戸市の取り組みは、コロナ禍がきっかけで始まったという。神戸市企画調整局政策課課長の大漉実氏は以下のように語る。

 「Tableauを本格的に活用するきっかけとなったのは、コロナ禍で人が集まっているところはできるだけ避けていただきたいなど、市民の皆さんに対して行動変容を促すために、交通データや人流データ、市内の感染者発生状況といったデータを積極的にウェブサイトで公開しようと考えたのが最初です。Tableauについては、最初は企画調整局で使い始めたのが次第に他の部局へと広がり、現在では神戸市全体で70程度、ライセンス数が増えました。」(大漉氏)

 神戸市ではTableauを使ってデータの分析や利活用を行える人材の育成にも努めており、上級(Aランク)・中級(Bランク)・初級(Cランク)の3つのランクに分けてデータ利活用の研修プログラムを行っているほか、eラーニングや神戸市のDX研究ポータルサイトなどを整備し、職員がいつでも学べるオンライン研修の環境を整備している。

 2023年度の研修プログラムは、政策立案のために既存のダッシュボードを活用するためのスキルを学べる「データユーザー研修」が3回、ダッシュボード作成のスキルを学べる「データアナリスト研修」が5回、Tableauのスペシャリストを育成する「データエキスパート研修」が1回という予定で進められている。

2023年度研修プログラム

 特にデータアナリスト研修の第3回で実施した各局KPIダッシュボード作成研修では、庁内全ての19局室から41名が受講し、現在は少なくとも各局に2名程度、主に各局の政策立案部門にダッシュボードを作成できる人材を育成できたという。

各局のダッシュボード作成研修の受講者数

 「神戸市はDXの一環として“内製化”というキーワードを掲げており、外部人材も積極的に登用していますが、内部人材の育成はとても重要視しています。今年度の研修では各局でダッシュボードを作成してもらって、受講生と講師による投票を行い、最終的に選ばれた5つのダッシュボードを作成したチームに、市長へプレゼンを行う場を設けました。

 もちろん専門的で高度なスキルが求められる複雑なシステムの場合は外部に委託しますが、コロナ対策などスピードが求められる作業は内製化したほうがいいと考えています。予算を確保して外部に委託するとなると時間もコストもかかりますが、職員自らがダッシュボードを作れば、自分の作りたいように作れるので、ローコードやノーコードでできることは可能な限り内製化するように努めています。」(正木氏)

神戸市のデータ利活用ノウハウが学べるイベント開催、12月8日に「Data Literacy for All in KOBE」

 このような神戸市の取り組みは、総務省による地方公共団体の統計データ利活用の表彰制度「Data StaRt Award」でも3年連続で表彰されている。第6回(2021年)では統計局長賞、第7回(2022年)では総務大臣賞、第8回(2023年)では特別賞を受賞しており、他の自治体からも多くの視察依頼を受けるなど注目が集まっている。

 こうした反響に応えて、神戸市では12月8日、一般社団法人コード・フォー・ジャパンおよび株式会社セールスフォース・ジャパンの主催により、自治体協働型のデータ利活用イベント「Data Literacy for All in KOBE」の開催を予定しており、神戸市は同イベントの後援を行っている。

神戸にてデータ利活用イベントを開催予定

 同イベントは神戸市のDXに関する取り組みに関心がある官公庁や自治体職員に向けたもので、昨年も第1弾を神戸市で初開催した。今回はその第2回で、神戸市によるデータ利活用の内製化について解説するほか、Tableauによるダッシュボードの作成をハンズオン形式で学べるセッションや、Tableauを活用した可視化・分析手法を学べるワークショップも行う。神戸データラボで公開した「国勢調査 人口・就業状態等」は兵庫県のみに限ったものだが、ハンズオン形式で学べるセッションでは各地の自治体がそれぞれの所在地のダッシュボードを作成するための手順をレクチャーする。

 「神戸データラウンジやデータラボで公開しているダッシュボードは、神戸市だけでなくどの自治体でもできることなので、イベントを通じてそのやり方を知っていただきたいと考えています。例えばハンズオンに神奈川県の方が来たら、神奈川県のデータをダウンロードして、そのデータをもとにダッシュボードを作っていただき、それを“お土産”として持って帰っていただこうと考えています。

 データ利活用というのは、いろいろな創意工夫や試行錯誤をしながら皆で一緒に高め合っていくことが重要なので、神戸市が持つ知見を積極的に発信して、自治体間で高め合いながらデータ利活用を推進したいと思っています。」(大漉氏)

ハンズオンでダッシュボードの作成手順をレクチャー

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。