地図と位置情報

HEREが本気を出してきたかも! 近く正式リリースの「HERE We Go」は地図アプリの新たな選択肢となるか?

BMW/アウディ/インテル/NTTらが出資する世界的地図会社の日本市場戦略とは

一般ユーザー向けの地図アプリ「HERE We Go」(ベータ版)

 HERE Technologies(ヒアテクノロジーズ)が近いうちに、一般ユーザー向けの地図アプリ「HERE We Go」の正式版を提供開始する予定があるという。同社は欧米やアジアなど世界各国に向けてカーナビ向けの地図データやロケーションデータ、地理空間情報を活用したサービスなどを提供している地図会社で、そのマップを搭載している自動車は世界200カ国で1億7000万台に上るという。

 このアプリでHEREが提供する日本エリアの地図のデザインを担当したのは、元Appleのカートグラファーであり、HEREの日本法人HERE Japanの社員でもある森亮氏。森氏は地図配信サービス「MapTiler」の日本向けサービスとして2020年1月末にスタートした「MapTiler.JP」のデザイン担当者でもあり、MapTiler.JPを運営する株式会社MIERUNEの社外取締役も務めている。

 HERE Japanは1996年の設立以来、日本の自動車メーカー向けにグローバルの地図データを提供してきた。一方で同社は数年前から物流向けのフリートマネジメント(車両管理)システムなど、カーナビ以外の領域でも日本市場において本格的にビジネス展開を開始している。その一環として今回、日本エリアの地図デザインについて改良を図った。

 HEREではどのような製品やサービスを提供し、その日本法人であるHERE Japanはこれから日本においてどのようなビジネスを展開しようと考えているのか――。同社が8月末に東京都内で初開催したパートナー企業向けイベント「HERE Partner Day 2023 SUMMER」の模様とあわせてお伝えする。

欧米のカーナビ向けデジタル地図市場でシェア85%

 HEREは、1985年に米国にてNavigation Technologies(NAVTEQ)として創業。上場を果たした2004年以降は欧米におけるカーナビ向けデジタル地図の市場において約85%のシェアを達成した。

 その後は2007年にNokiaに買収され、一時期はブランド名が「Ovi Maps」や「Nokia Maps」に変わったが、2012年に現在のHEREに変更され、2015年にNokiaからドイツの自動車メーカー連合に売却された。現在はAudi、Bosch、BMW Group、Continental、Intel Capital、三菱商事、Mercedes-Benz、NTT、パイオニアの9社から出資を受けており、オランダを本拠地として欧米やアジアなど世界各国にオフィスを展開している。

HEREの沿革

 HEREは世界各国で調査車両を走行させて道路の画像や3Dの点群データなどを取得し、それをもとにSDマップ(カーナビなどで使用する従来型の地図)やHDマップ(自動運転などで使用する高精度3次元地図)の整備を行っている。

 また、地図データのほかにPOI(地点情報)や住所データ、インドア(屋内)地図、EV充電施設、交通情報などの地理空間コンテンツ、地図表示やルート検索などのAPI・SDK、そしてこれらのコンテンツやソフトウェアを組み合わせて管理・編集・分析などを行えるプラットフォームを提供している。HEREのコンテンツはクラウドでの提供に加えてセルフホスト型での提供も行っているのも特徴だ。

HRERの製品ポートフォリオ

次世代アーキテクチャー「UniMap」で、よりリアルタイムにデータ更新が可能に

 日本市場向けには、ここ数年の間にクラウドベースの位置情報管理システム「HERE Workspace」およびフリートマネジメントやジオコーティング、屋内地図などの「Location Services」、位置情報データをさまざまな企業と交換・収益化するためのプラットフォーム「HERE Marketplace」、基幹プロダクトであるナビゲーション用SDK「HERE SDK Navigate」などを提供開始している。APIサービスの提供基盤も立ち上げ、これによりサーバーリクエストのレスポンスタイムが大幅に向上した。

近年、日本で提供開始したサービス

 さらにHEREは今年1月、CESにおいて次世代のアーキテクチャー「UniMap」を世界市場に向けて提供開始すると発表した。UniMapでは自動車のセンサーデータを活用して地図制作の自動化を進めることで、よりリアルタイムにデータ更新可能になるとともに、顧客が保有するプローブやPOI、道路属性情報などを地図に重畳させて、ユーザーごとにカスタマイズした地図を提供可能にする。

「UniMap」の概要

「HERE Map Making」日本でも提供へ。ユーザーが保有するデータから独自の地図を簡単に作成

 UniMapを活用したサービスとしては、顧客が難しいコーディングなどの作業を行うことなく、HEREが提供するライブラリやテンプレートを使って顧客が保有するデータから簡単にオリジナルの地図を作成できる「HERE Map Making」というサービスがある。

 例えばオーストラリアの鉱山ではHERE Map Makingを利用して、現場を移動する重機やトラックのプローブデータをHEREのプラットフォームに取り込み、それをもとに道路ネットワークを自動的に生成して動的な地図を作成した。このサービスはユーザーが独自のPOIや私道を追加したり、私道と公道をまたがってルート検索ができるようにしたりと、さまざまな使い方が可能。鉱山だけでなく物流拠点や港湾、災害時の被災地などでも利用できる。HERE Map Makingは今年中に日本でもベータ版をリリースする予定だ。

 HERE Map Makingは、HEREが保有する高度な地図作成のノウハウや技術を顧客がそのまま利用できるサービスだ。これにより独自の地図を短期間で制作し、HEREの地図と組み合わせて利用することが可能となる。POIやルート検索も含めて自由度の高い地図編集を簡単に行えるサービスは他社にはあまり見られないものであり、自動運転化が進む建設や工事の現場において、日々刻々と変わる現場の状況を地図化して自動運転のベースマップとして利用するなど、これから高まるであろうニーズを見据えたものと思われる。

「HERE Map Making」の概要
「HERE Map Making」のユースケース
オーストラリアの鉱山で作成されたオリジナル地図

住所表記が充実、「丁目」「番地」に加えて「号」も。B2Bの“スタンダード地図”目指す

 HEREは世界各国で調査車両を走行させて独自に情報収集する一方で、日本エリアについてはジオテクノロジーズ株式会社が提供する地図データをベースに独自のトラフィック(交通)データやPOI(地点情報)を加えたうえで提供している。

 スタイリング作成を担当した森氏によると、日本エリアの地図については、日本におけるB2Bの“スタンダードマップ”として、多様な業務に利用可能な汎用性のある地図を目指したという。「ズームレベルの変化に応じて地域の全体像から詳細街区までの情報を高い次元で整理するとともに、住所や施設名、ビル名、駅出入口名なども詳細に表示しています。色のトーンも背景地図としての用途を想定し、全体的に控えめに設定しています」と森氏は語る。

 色使いについてはHEREのグローバルのデザインポリシーに沿っているが、日本向けにグローバルの地図とは変えた部分もある。例えば日本にしかない高速道路のSAやPA、鉄道の駅の出入口や学校、消防署、寺社などは日本独自のアイコンや色を採用している。また、鉄道駅については街中の重要なランドマークとして目立たせる必要があるため、海外ではあまり使わないサーモンピンクのような色になっている。

HEREの地図

 森氏によると、HEREには各国それぞれの文化や生活様式をリスペクトしながら採り入れていこうと努力する姿勢があり、「なぜそのような変更が必要なのか」をグローバルの開発チームにきちんと説明することで、デザイン変更を理解してもらうことができたという。

 HEREの地図の特徴について、森氏は以下のように語る。

 「HEREはGAFAなどの大企業とは独立した中立的な存在のため、顧客が特定のプラットフォームに囲い込まれるリスクがなく、他社サービスと組み合わせる際の制限は厳しくありません。例えばHEREのルート検索やジオコーディングのレイヤーは、他社の地図と重ねて表示したり、使用したりすることが可能です。

 また、他社ではロケーションサービス自体が広告メディアとなっていたり、特定のOSに依存したりしている場合がありますが、HEREにとってB2Bはコアビジネス領域であるため、HEREはB2Bのソリューションに最適なコンテンツや機能を開発・提供しています。」

森亮氏

 B2B向けということで他社の地図と大きく違うのが、住所に関する情報量の多さだ。丁目・番地に加えて、拡大していくと号に至るまで細かく数字が表示され、建物名についても小規模のビルの名前までかなり細かく載っている。さすがに住宅地図レベルとまではいかないものの、配送業の人はかなり重宝するだろうし、ビジネス用途だけでなく趣味の街歩きなども含めて幅広い人に勧めたい。

丁目・番地が細かく表示される

スマホアプリ「HERE We Go」はナビ機能も搭載、Apple CarPlay/Android Autoにも対応

 このようなHEREの日本の地図を使った地図アプリが、冒頭で紹介した「HERE We Go」だ。HEREの地図やルート検索などの技術の高さを広く知ってもらうためのプロモーション用という位置付けで、すでにAndroid向けのベータ版がGoogle Playで公開されており、無料で使用可能だ。

 同アプリではフリーワードによる施設検索のほか、「レストラン・飲食店」「カフェ・喫茶」「ATM」「ショッピング」「ガソリンスタンド」「駐車場」「ホテル・旅館」などジャンルごとに現在地周辺の施設を検索することもできる。

 Google マップのような日本語音声付きのターン・バイ・ターンのナビゲーション機能も搭載しており、渋滞情報を加味したルート案内が可能だ。ナビゲーション機能ではルート設定(最短時間/最短距離)、制限速度の警告の有無などを設定することが可能で、Apple CarPlayとAndroid Autoにも対応している。また、地図画面については「日中」と「夜間」も切り替え可能で、自動的に切り替えることもできる。

 地図データをダウンロードしてオフライン環境で使うことも可能だが、残念ながら日本エリアは未対応となっている。正式版ではオフライン使用が可能になることを期待したい。

「HERE We Go」のルート検索結果
「HERE We Go」のナビゲーション中の画面
「HERE We Go」のナビゲーション中の画面

HEREは日本の地図市場にどう挑む?

 このような地図やルート検索に関する技術力の高さや、HERE Map Makingのような他社にはないユニークなサービスはHEREの強みではあるものの、それだけでは日本においてビジネスを成功させるのは難しい。同社は日本におけるビジネスを推進するのにあたって、パートナー企業との連携強化も図っている。

 その一環として8月末に開催したのが、日本のパートナー企業に向けたイベント「HERE Partner Day 2023 SUMMER」だ。HERE Japanとパートナー企業がお互いの近況や成功事例、最新の話題などを情報交換することを目的としたカジュアルな雰囲気のイベントで、当日はパートナー企業から50人以上が参加した。同社はこれまで顧客企業を招いて大規模なイベントを行ってきたが、パートナー企業向けのイベントを開催するのは今回が初となる。

「HERE Partner Day 2023 SUMMER」の様子

 パートナー向けイベントを初開催した背景には、自動車関連の事業以外の領域で地理空間情報を活用したビジネスを強化するのにあたって、さまざまな業種に対してノウハウを持つパートナー企業との連携を強めたいという狙いがある。イベントでは冒頭にて、HERE Japanの代表取締役社長を務める枝隆志氏があいさつし、以下のように語った。

 「HEREがかつて大きく成長できた理由は、自動車メーカーに向けてセールスを行うのではなく、一次部品メーカー(Tier1)と強力なパートナーシップを結んだことが大きく、それは『ドライバーがいかに最短かつ安全に目的地にたどり着けるか』という自動車メーカーのニーズとHEREとの間には距離があるため、ナビゲーションサービスの実現にはTier1の皆様の協力が不可欠だったからです。

 私が社長に就任し、今後の方針を考えた際に、自動車関連事業で成功したときの振り返りをしたところ、重要なのはやはりパートナーの皆様であると考えました。我々自身はさまざまな業種の知見を持っているわけではなく、日々お客様のニーズを把握してカスタマイズし、ビジネスを行っているパートナー様を下支えすることこそが我々の使命であるので、パートナー様が仕事をしやすい環境を作るためのお手伝いをしたいと考えて今回この場を設けさせていただきました。」

HERE Japan代表取締役社長の枝隆志氏

 同イベントでは、パートナー企業の1社であるジオテクノロジーズによる発表も行われた。ジオテクノロジーズはHEREと2018年からパートナーシップを結び、日本地域の地図データをHEREへ提供。それととともに、位置情報データをさまざまな企業と交換・収益化するためのプラットフォーム「HERE Marketplace」に、ジオテクノロジーズのデータセットも提供している。さらに、HEREのプラチナパートナーとして、HEREから海外地図データの提供を受けて、ESRI経由で株式会社MIXIが提供するゲーム「モンスターストライク」や、株式会社トリドールホールディングスが海外の市場把握のために使用する地図データなどにもサービスを提供している。

 また、HEREのSDKを使用して物流向けスマートフォンアプリ「スグロジ」も開発・提供している。HERE SDKを採用した理由は、大型車規制データを考慮したルート検索機能を備えていることや、地図表現が見やすく3D地図表示も滑らかに動作すること、ルート検索に対するサーバーリクエストのレスポンスが早いことなどを挙げており、開発サポートサイトのUIが分かりやすく、SDKの使い方に関する問い合わせへの回答も早いことや利用ガイドが充実していることも評価している。

 イベントの最後には、株式会社MIERUNE、都築電気株式会社、エクシオグループ株式会社、株式会社村田製作所の4社がパネリストとなり、ディスカッションも行われた。

 MIERUNEは2022年にHEREのグローバルパートナーネットワークに参画し、HEREのRouteAPIをQGIS上で使えるプラグインを提供している。同プラグインを使うことにより、地図上の道路の位置をもとにGPSで取得した軌跡データを補正することが可能だ。

 一方、村田製作所はインドネシアのジャカルタにて市内の複数箇所にIoTセンサーを設置し、測定した交通量データを販売しており、このデータを他のデータと組み合わせて解析できるようにするためにHEREのプラットフォームを活用している。

 イベントにはこのほかにもAmazon Web ServiceやNTTコミュニケーションズ、日本マイクロソフト、日本電信電話、パスコ、三菱商事など多彩な企業が訪れている。

 森亮氏はイベントの中で、HEREの強みは「グローバル企業でありながらローカルマーケットにコミットしている点」であると語った。グローバルなプラットフォームのスケーラビリティや安定性、技術力を持ちながらローカルマーケットのニーズにも積極的に応える姿勢を持つHEREがパートナー企業と密に連携することにより、日本において今後、新たなサービスやコンテンツが生まれることが期待される。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。