地図と位置情報
活用が進むフリーWi-Fiユーザーの位置情報ビッグデータ
訪日外国人の行動ルート可視化、国別の傾向くっきり
2019年4月18日 06:00
今や各所で提供されている公衆無線LAN(Wi-Fi)サービスは、“ギガ”を節約したいスマートフォンユーザーはもとより、できるだけ通信費を安く抑えたい訪日外国人にとっても欠かせないインフラとなっている。
例えば、株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)が訪日外国人向けに提供するWi-Fi接続無料アプリ「TRAVEL JAPAN Wi-Fi(TJW)」では、アプリ経由で日本全国約20万カ所のWi-Fiアクセスポイント(AP)に無料で接続可能だ。Wi2が国内ユーザー向けに提供しているWi-Fi接続サービス「Wi2 300」「ギガぞう」で利用可能なAPのほぼ全てが、TJWでは無料で利用できるわけだ。
しかし、当然ながらTJWは、無償の善意で提供されているわけではない。TJWのユーザーがWi-Fi APに接続した履歴は、訪日外国人の位置情報ビッグデータとして蓄積され、特定の個人を識別することができないように加工した統計データを、自治体の観光課や旅行会社、飲食店、量販店、交通事業者、宿泊施設など、訪日外国人向けのビジネスを行っている企業に有料で提供している。特に自治体からのニーズは多く、Wi2はTJWのサービスを開始した4年前から今まで、全国各地の自治体へデータを提供してきたという。
もはや、フリーWi-Fiサービスの目的は、単にインターネット接続環境を整備するだけにとどまらない。その位置情報ビッグデータ活用ビジネスの最前線について、Wi2に話を聞いた。
接続したWi-Fi APを辿ることで、ユーザーの動向を可視化
2018年には年間3000万人を突破し、なおも増え続けている訪日外国人。そんな訪日外国人のインターネット接続を支えているのが、フリーWi-Fiサービスだ。利用可能なAPが、空港や鉄道、飲食店、宿泊施設、観光名所、ショッピングセンターなどさまざま場所に整備されている。
訪日外国人向けWi-Fiサービスは、NTT-BPの「Japan connected-free Wi-Fi」やソフトバンクの「FREE Wi-Fi PASSPORT」などいくつか存在するが、中でも、Wi-Fi APの接続データを活用して訪日外国人の行動分析に積極的に取り組んでいるのが、Wi2だ。
Wi2が提供するTJWの場合、登録にはFacebookおよびWeiboのアカウントを利用可能で、メールアドレスでの登録には対応していない。TJWは訪日外国人向けアプリであり、日本のApp Storeでは配信されていない。海外のアプリストアからダウンロードした上で、独自の認証方法を用いることで、訪日外国人が利用するアプリとしている。
一般的にスマートフォン向けのWi-Fi接続サービスは、アプリをインストールして、メールアドレスやSNSアカウントを登録することなどで使用可能となる。このアカウント登録によってユニークユーザーIDが生成される。Wi-Fi接続の際には、各ユーザーがどのAPに接続したかが記録されるほか、端末関連情報や接続日時、接続先SSIDなども記録される。
それぞれのAPには名称が付けられており、住所や緯度・経度などの位置情報が付加されている。APに接続したということはユーザーがその場所にいたということを意味するため、個々のユーザーがアクセスしたAPの位置情報を辿っていけば、ユーザーの動向を可視化することが可能となるわけだ。
また、TJWアプリにはコンテンツ配信機能が搭載されており、端末がAPの電波をキャッチすることで、近隣のリコメンド情報がプッシュ配信される仕組みになっている。このリコメンド情報は、時間や場所などを踏まえて最適化した情報が配信されるほか、各OSのマップ機能によってリコメンドした施設などへのルートをナビゲーションする機能も搭載している。Wi2営業本部副本部長の川名義輝氏は、「配信されるコンテンツは、その付近の店舗やイベントのお知らせなどが多いですが、例えば東京にいるユーザーを地方へ呼ぶために、地方の自治体が地元の情報を提供することもあります」と語る。
スマートフォンのユーザー属性情報をもとに「国籍」「言語」を判別
TJWの場合、アプリインストール時は任意でSNSアカウントを登録するだけで、詳しい個人情報を入力する必要はない。TJWでは、アプリインストール時に「取得した情報は個人を特定する目的では使用しない」と、個人情報の保護に十分配慮していることを利用規約上で説明。ユーザーの同意を得た上で、端末のユーザー属性情報をもとに「国籍」と「言語」を判別し、これをもとに行動データが生成される。アプリインストール時にユーザー側が情報を登録する必要がないかたちにしているのは、できるだけインストール時のハードルを下げるための措置だ。
Wi2企画本部副本部長の畠山聖氏は、「外国人の方は自分の情報を大事にしている方が多く、性別さえも言いたくないという方もおられます。一般の方が考える以上に、訪日外国人から位置情報を取得するのは難易度が高いです。」と語る。「例えば自分が海外に行ってアプリを入れようとしたときに、知らない会社からいろいろと情報を聞かれたら、やはり嫌だと思います。できるだけ多くのユーザーに私どものアプリの良さを理解していただいて、スムーズに使っていただくために、必要な情報以外は無理に取得しないように配慮しています」(畠山氏)。
なお、アプリインストール時に、任意回答として年代・性別・旅の目的(個人旅行/団体)のアンケートは採っているが、こちらはユーザーの傾向を知るために行っていることで、行動データとしては提供していないという。また、個別のテーマについてコンテンツ配信のときにアンケートを募集することもあるという。
Wi-Fi接続なら、特定の属性に偏らない情報を取得可能
前述したように、TJWは基本的に訪日外国人向けアプリであるため、“訪日外国人の行動データ”としては、かなり純度の高い情報ソースだと言える。
「取得している属性情報は国籍と言語の2つだけですが、訪日外国人向けスマホアプリから位置情報を取得して、その属性を持っているというTJWのビッグデータにはユニークな価値があります。これは、私どもが公衆Wi-Fiという通信インフラを保有しているからこその強みであると言えます。」(畠山氏)
訪日外国人の行動を分析するためのデータというと、外国人向け経路検索アプリやSNSの投稿解析サービスなどが挙げられるが、用途別のアプリはユーザーが特定層に偏重する可能性がある。それに対して、Wi-Fiという通信インフラに接続するユーザーのデータの方が、幅広い層の情報を得ることが可能であるとWi2はアピールしている。「海外旅行の渡航先で、お金のかかる通信SIMを使わず、できるだけWi-Fi接続を使ってお得にインターネットを利用したい」と考える多くの訪日外国人のニーズに応えることで、精度の高い行動データを取得している点がWi2の特徴だ。
これに加えてTJWアプリでは、Wi-Fi接続による位置情報のほかに、GPSの位置情報もアプリ経由で取得している。GPSによる位置情報の取得は、アプリが起動している間は一定間隔で行われている。
Wi-FiのAPは施設ごとに設置されており、接続しているとき以外のユーザーの移動軌跡を追うのには向かない。一方、GPSによる位置情報は店舗内や駅構内、ショッピングモール、地下街などGPSの電波が届かない場所では測位が難しく、測位できたとしても精度が悪くなるため、このような場所ではWi-Fi接続によるデータのほうが有利だ。
行動データを地図上に可視化、レポートツールを提供
Wi2は、TJWのアプリによって得られたWi-Fi接続の位置情報データをもとに、訪日外国人旅行者の行動を分析・比較できる「インバウンド動態分析レポート(Webレポートツール)」を有料で提供している。同レポートでは、訪日外国人の位置情報を、地域別(最小で大字(町丁目)単位)・国籍別・言語別・時間帯別など、さまざまな条件で地図上に視覚的に表現するとともに、集計表で細かい数値を表示できる。
なお、ここで提供される数値は、Wi-Fi接続で得られる位置情報と、GPSによって得られる位置情報の両データをユーザーごとに統合させて、1人の位置情報データとした上で算出したものだ。同ツール上では、Wi-FiとGPSの両データの区別は分からないようになっている。
地域ごとの訪日外国人の訪問人数・滞在人数・宿泊人数を把握できる「訪問マップ」「滞在マップ」「宿泊マップ」のほか、地域内での訪日外国人の流動量を分析できる「地域内流動分析」、指定した出発地と到着地の間を移動する訪日外国人の周遊ルートを分析できる「周遊分析」、ある地域を訪問・宿泊した訪日外国人がその前後にどの地域を訪問・宿泊していたのかを分析できる「訪問地フロー」「宿泊地フロー」、指定した地域の訪問前地域・訪問後地域の傾向を分析できる「流入・流出分析」などさまざまなメニューがあり、これらのメニューについて、それぞれ国籍別・言語別・時間帯別に分析することが可能だ。
これらの機能により、「○○市は欧米の観光客が多いが、△△市はアジア圏の人数が多い」「オーストラリア人は○○町と△△間の流動量が最も多い」「○○市は12~24時間の滞在が最も多いが、△△市は3~6時間の滞在が最も多い」「○○~□□へ抜けるルートは観光ルートとしてプロモーションされており、狙い通りにその沿道の観光地が上位の立寄地になっている」といった多角的な分析を行える。
なお、Wi2は自社で分析ツールを提供するほか、KDDI株式会社および株式会社コロプラと共同で提供する「インバウンド調査レポート」や、ソリッドインテリジェンス株式会社と共同で訪日外国人の行動データとSNSビッグデータを組み合わせた分析・コンサルティングサービスを提供するなど、多くの企業と連携したサービスを提供している。
行動分析の結果を生かして施策を実行、PDCAサイクルを回す
Wi2は、企業や自治体のブランド名の無料Wi-Fi構築サービスを提供しており、これを「オリジナルWi-Fi」と呼んでいる。オリジナルWi-Fiを導入したロケーションオーナー(APが設置されている施設のオーナー)には、付帯サービスとして、設置したAPの言語別利用状況のレポートを定期的に提供している。
また、ロケーションオーナーとの契約状況にもよるが、Wi-Fi構築サービスとインバウンド動態分析レポートをセットのようなかたちで提供するケースもあるそうだ。ロケーションオーナーにとっては、訪日外国人の集客に結び付くTJWは大きな魅力であり、その動向情報を活用できることをメリットとして、Wi2にWi-Fi構築を依頼するケースは少なくないという。
「訪日外国人の行動データについて今後取り組みたいのは、動態分析のレポートを提供するだけでなく、プラスアルファとして何が提供できるかを考えることです。今までは分析した結果をお渡しするだけで終わってしまうことが多かったのですが、今後は分析して施策として実行し、その効果を分析するというPDCAサイクルが求められるので、それに対応できるパートナー企業と組んで一緒に提案していきたいと思います。また、今後は行動データをマーケティングに生かす取り組みも強化したい。例えばプッシュ配信のコンテンツ情報を見て、実際にその店舗や施設に行ったかどうかという点についても計測し、O2Oの最後までフォローできるようにしたいと考えています。」(川名氏)
TJWを提供し始めてからこれまで、Wi2は訪日外国人の利用が多い、鉄道や高速バス、空港からのリムジンバスなど、交通系のAPの整備を進めてきた。今後はこれらのインフラをどのように生かし、実際にどれだけ価値を生み出していけるかが問われる時代となる。
「TJWの場合、Wi-Fiにアクセスした段階で位置情報を取得できるので、アプリ経由のみで位置情報を取得しているサービスとは異なり、通信事業者としてのユニークなポジションにいると思います。Wi-Fiインフラを持っているからこそ可能となるビッグデータビジネスには大きな可能性がありますので、訪日外国人にとどまらず、インフラを有効活用した独自性のあるビジネスを展開できるかを追究していきたいと思います。」(畠山氏)
全国約20万カ所に設置されたWi-FiのAPというインフラを持つ強みを生かして、純度の高い訪日外国人の行動データを提供するWi2。Wi-Fiサービスの提供事業者が出そろい、そこから得られる位置情報ビッグデータの活用が進みつつある今、データの分析だけでなく、それをいかに実際のビジネスに活用させることができるかが今後の課題と言える。
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。