地図と位置情報

“完全リモートワーク”の地図会社「Geolonia」が実践するオープンな働き方

きっかけはOSS活動――「WordPress」開発コミュニティとの関わりから

株式会社Geolonia取締役CEOの宮内隆行氏

 コロナ禍によるリモートワークの普及は企業における働き方にも大きな影響を与えているが、コロナ禍前からリモートワーク前提という企業もある。2019年9月に創業した「株式会社Geolonia」は、和歌山県串本町や、瀬戸内海に浮かぶ香川県の男木島、滋賀県米原市、そして東京都文京区と、日本各地に住むメンバーが完全リモートワークで結び付いているスタートアップだ。同社の働き方に大きな影響を与えたのは、取締役CEOの宮内隆行氏が関わった「WordPress」の開発コミュニティや、「OpenStreetMap(OSM)」を活用した地図システム開発の取り組みだったという。Geoloniaのメンバーに話を聞いた。

和歌山県串本町に移住してオープンソースソフトウェアの世界へ

 Geoloniaの代表取締役CEOを務める宮内隆行氏は、大阪市内で経営していたウェブ制作会社を10年前に畳んで、フリーランスのエンジニアとして和歌山県串本町に移り住み、起業した今もなお住み続けている。ただし串本町に住むのはこれが初めてではなく、若いころにダイビングのインストラクターとして住んだこともあった。

 「ダイビングって冬は暇なので、お店のウェブサイトを作っていたら、それを見たお客さんから『うちのホームページも作って』と頼まれるようになって、これがウェブの仕事を始めたきっかけですね。しばらくはダイビングの仕事と掛け持ちでやっていたのですが、その後、大阪に出てウェブ制作事務所を開設しました。この会社では、途中から行政向けのCMSを扱い始めて、これがけっこう売れました。ただし仕事はとにかく大変だったので、そろそろ辞めて引っ越そうかと妻と相談していたら、串本の海辺に良い家が見つかったので、会社を整理して移住することにしました。」(宮内氏)

 串本町に移住した当時、宮内氏は新しく始めたことがあった。オープンソースのCMS「WordPress」の開発へのコミットである。そして、これが宮内氏のその後を大きく変えることになる。

 「私が関わったのはWordPressのCLI(コマンドラインインターフェース)のプロジェクトでした。オープンソースソフトウェア(OSS)の活動にコミットすることの魅力は、海外のものすごく優秀なエンジニアと一緒に開発の仕事ができることです。彼らの考え方にはいろいろと学ぶことが多く、とにかく開発スピードが速くて人格もすばらしい。むしろこちら側からお金を払ってもいいくらいでした。私はそれまで英語が話せなかったのですが、オープンソースに関わったことがきっかけで友達が世界中にできて、どこの国に行っても会ってくれる人がいるような状態になったのは夢みたいです。」(宮内氏)

OSMの地図データを使ってベクトルタイル形式の地図データを開発

 Geoloniaの設立もまた、OSS活動の延長線上にあった。きっかけは、フリーでオープンな地図データを作るプロジェクト「OpenStreetMap(OSM)」の地図データを使ってベクトルタイル形式の地図データを作ったことだった。

 「OSSに関わる中で、次第にOSMなどの地図を活用してシビックテックに取り組む人たちの知り合いが増えていきました。ちょうどそのころ、地図データのベクトルタイル化に関する話題が盛んで、その動きを興味深く見ながら海外のドキュメントなどを見ていたら、自分でもベクトル形式の地図タイルを作れるのではないかと思ったのです。試しにやってみたのだけど、最初はできなかった。でも、1年くらい経ってからもう1回やってみたらできてしまったので、『これをSaaSで提供すれば需要がある』とエンジニアの知り合いに声を掛けて、一緒に地図の会社を始めることになりました。」(宮内氏)

 宮内氏が地図システムの開発に取り組んでいたのは、ちょうど2018年にGoogleがGoogle マップのAPIを有料化したころだったため、安価な地図APIに可能性を感じたのだという。

 「例えば観光案内サイトや地域ポータルサイトの場合、全体のトラフィックがそれほど多くなくても、全てのページに地図があるから、Google マップの料金体系ではトータルコストが高くなってしまう場合があります。そのようなケースでも、当社の地図であれば格安で提供できます。また、地図の上にたくさんの情報を表示させたい場合、既存のCMSでは行うのは大変なのですが、SaaS形式で当社のサーバー上に位置情報を付与したデータを登録してもらえば、あとは簡単なJavaスクリプトAPIを使うだけでウェブサイトにその地物を表示できる仕組みも提供しています。」(宮内氏)

OSMのデータをベースに作った「Geolonia地図」

 このほか、事業のもう1つの柱として取り組んでいるのが、一般社団法人不動産テック協会と協力して行っている「不動産ID」の開発だ。日本の住所表記は明確なルールがなく、表記揺れが多いため、あらゆる地物に対して重複のない不動産IDを付与するという試みで、その前段階としてGeoloniaと不動産テック協会は日本全国の町丁目レベル18万9540件の住所データと代表点の緯度経度のデータなどが記録された「Geolonia 住所データ」をオープンデータとして2020年8月に公開した。不動産IDについても、ベータ版を今年4月15日にリリースした。

「Geolonia 住所データ」

非エンジニアでも瀬戸内海の男木島からフルリモートで参加

 会社の設立時に宮内氏が声を掛けた中には、宮内氏がGeoloniaを設立する前にメンバーとして所属していたタロスカイ株式会社のCEOを務める吉川敦文氏や、エンジニアの鎌田遼氏がいる。鎌田氏は滋賀県米原市に住み、リモートでGeoloniaの製品開発を行いながら、立命館大学の非常勤講師も務めている

 設立時の3名に加えて、Geoloniaは2021年1月に、取締役COOとして西川伸一氏、取締役CMOとして甲斐祐樹氏が就任し、新体制でのスタートとなった。実はこの2人も、もともとはWordPressの開発コミュニティで知り合った10年来の仲間だった。現在、西川氏は香川県男木島で、甲斐氏は東京都文京区のオフィスまたはリモート環境から仕事を行っている。

株式会社Geolonia取締役COOの西川伸一氏(右)(写真:Junko Nukaga)

 遠隔地からのリモートワークというとエンジニアの事例が多いが、西川氏が担当するのは人材採用や営業、売上管理などの非開発部門だ。前職はWordPressの開発エージェンシーであるHuman Made社で、そのころから仕事をリモートで行っていたという。

 「海外のOSSのカンファレンスに行ったり、海外から日本のカンファレンスに来た人に会ったりしているうちに、いろいろな開発者や、ビジネスを行っている人たちと知り合いになって、そのつながりで参加したのがHuman Madeでした。会社の中の仕事は全てリモートで、年に1回、世界のどこかで集まるという感じでした。

 私はバンコクに2年半ほど住んでから、娘が小学校に上がるタイミングで男木島へ引っ越してきました。今は基本的に島から出ることなく過ごし、フェリーで40分ほど乗ると高松に着くので、ときどき買い出しに行くという生活です。通販もAmazonが届きますし、近所からご飯や野菜などをお裾分けしてもらったりもするので、特に不自由は感じていません。

 仕事についても、コロナ禍になってお客様側の意識が変わったため、対面で過ごす必要も無くなっています。以前の仕事だと、月に1回くらいのペースで東京へ出張していたのですが、今だったら3カ月に1回くらいでもいいのではないでしょうか。出張したときに、まとめていろいろな人にお会いしてあいさつし、『実は言いたいことがあったんです』という話はすると思うのですが、普段のヒアリングとか、契約の内容などについて話す場合は、リモートで不自由はしていません。そういう意味で、今の世界は私から見ると、良くなった面もあります。」(西川氏)

天気にいい日は屋外で仕事することもある

 Geoloniaに参加したのは、宮内氏と一緒に仕事するのを魅力に感じたことに加えて、地図や位置情報に可能性を感じたこともあるという。

 「住所データなどについては、『やってみたらできた、公開してみたら反響があった』というところがスタート地点なので、もしかしたらすごく意義のあることに取り組んでいるのではないか、という意識があります。位置情報というととても抽象的な概念ですが、その分野で、何らかのロールを担える可能性があるという点に面白さを感じています。」(西川氏)

DIY好きの西川氏。仕事場も自分で作ったという

副業によって情報量が増えて能力向上にもつながる

 一方、宮内氏や鎌田氏、西川氏などの地方在住組とは異なり、東京都内で活動しているのが、PRやマーケティングを担当する甲斐氏だ。

 「2020年にフリーランスになったころに、前職でPRをやっていた関係で、『Geolonia 住所データ』のリリースのときに宮内から『スポットでPRを手伝ってください』と頼まれました。これがきっかけで業務委託としてもう少しコミットが増えて、今年の1月から取締役というかたちで参加することになりました。地図や位置情報というのは、知っているようで知らなかった業界で、ビジネス的にも可能性があるし、IoTの普及などによって位置情報を活用すると面白いことができる、そのビジネスが動き始めているな、と感じました。

 また、私は仕事については、職場の雰囲気が合うかどうかを重要視しており、数カ月間一緒に働いてみて、リモートワーク前提であるということと、何でもとりあえずスピード重視でやっていこう、失敗してもいいから失敗を糧に進んでいこう、というメンバー間の空気が自分に合っていたのだと思います。ジオという業界への魅力と、リモートワークを中心としたオープンな働き方の2つに魅力を感じたのがGeoloniaに参加した理由です。」(甲斐氏)

株式会社Geolonia取締役CMOの甲斐祐樹氏

 甲斐氏はGeoloniaの取締役CMOを務めながらも、一般社団法人Next Commons Labから業務委託を受けるなど、別の仕事も並行している。

 「1つの仕事に限定されることなく、自由にやらせてもらえるのもGeoloniaの魅力です。私は、副業は会社のためにもなると考えていて、本業に影響を及ぼさないのであれば、ほかの仕事をやっているほうが情報量も増えるし、本業に対してフィードバックもいろいろとできます。どこまでが本業でどこまでが副業というのをきちんと社内でオープンにした状態でしっかりと両方をこなせれば、その人の能力向上にもつながると思いますし、ほかの社員が副業を持つのも大歓迎ですね。」(甲斐氏)

オフラインでのコミュニケーションも大切に、「オフィスで働く」選択肢も用意

 甲斐氏が今、取り組んでいるのが、地図・位置情報をテーマとしたオウンドメディア「graphia」の立ち上げだ。「オウンドメディアやブログを使って、われわれがどのようなことに興味を持ち、どのような働き方をしているのか、情報をどんどん出していくことで、会社のブランディング向上につながればいいと考えています。このような取り組みは採用活動にも効果があるのではないかと思います」と甲斐氏は語る。

 宮内氏によると、同社は4年後に社員数を60人程度に増やす予定で、そのうち3分の1はエンジニアで、ほぼ全員リモートワークを想定している。

 「エンジニアの採用については、コードを書ける人材がそもそも少ないので、場所的な制約を設けてしまうとますます人材の確保が難しくなると思うのです。当社はフルリモートでかまいませんし、働き方はできるだけ自由にしたいですね」と宮内氏。

 一方で、宮内氏はリモートワークのデメリットも指摘する。

 「チャットのほうがうまくやれるコミュニケーションもあるとは思いますが、実際に会って話したほうがうまくいくコミュニケーションもたくさんあると思います。例えばエンジニア同士でアイデアを出し合うときに、課題自体をうまく言葉にできず、可視化されていないケースがあります。

 『何か違う、しっくりこない』という思いをいかに共有してプロダクトの改善につなげるかというのは、リモートだけではなかなか難しい。また、エンジニアというのは黙々と1人で作業するので、いつのまにか心にストレスがかかることもあります。リモートだと稼働しているのが普通になってしまうので、『今日はお疲れ』といったやり取りもなく、ストレスがどうしても発生します。

 海外だと、ビデオメッセージのやり取りをすることがあって、OSSの世界でも『今回のリリースでは、おまえはこれくらい貢献してくれたんだよ』といった内容で、ちょっと格好付けたようなメッセージをもらうことがあるのですが、そういう工夫が必要なのがリモートのしんどいところですね。」(宮内氏)

 Geoloniaは今年に入って、新たに東京都文京区に新オフィスを開設した。リモートワークを前提としてはいるものの、「オフィスで働く」という選択肢を用意することも必要だと考えたからだという。

 「あくまでもリモートワークが前提なのですが、それだけで済ませようとは思っていなくて、対面での営業も大事だし、コミュニケーションも大事なので、コロナの様子もうかがいつつ、リアルなコミュニケーションも取らないといけないとは思っています。

2021年1月に開設したばかりの東京オフィス(最上階)

 Geoloniaでは2020年秋に、スタッフ一同で沖縄に集まって宿泊所一棟を貸し切り、3泊4日の合宿を行いました。宮内とは10年来の知り合いとはいえ、ここ最近は会っていませんでしたし、エンジニアの鎌田とは初対面だったので、やはりリアルで4日かけてコミュニケーションすると、一気に距離を縮めて価値観も共有できますね。オンライン前提なんだけど、オンラインでは絶対にできないこともあるので、そこはオフラインを使いつつ取り組んでいきたいと思います。一方で、オフラインでしかできないことをオンラインでできるようにするという課題も、とてもやりがいのある挑戦だと思います。」(甲斐氏)

オープンソースのコミュニティで知った「挑戦する姿勢」の大切さ

 リモートワークで遠隔地のメンバーが結び付きながら、多様性のある働き方を目指しているGeolonia。では、同社はどのような人材を必要としているのだろうか。

 「とにかくOSSのワークフローに慣れている方がいいですね。あとは失敗を積極的にできる人、いろいろと挑戦できる人。現状、当社でマネタイズできている案件というのは、失敗する可能性が高いものが多いんですよ。不動産IDもその1つで、『できるかどうか分かりません』と最初から言ってますし、周囲でも、できるとは思っていない人もいると思います。でも、何らかのアイデアがあったら、そこに挑戦することは大事だと思っています。

 頭良く立ち回ろうとすると、それができない理由を並べてしまいがちですが、それではまずいということをWordPressのコミュニティにいたときに学びました。OSSに関わっているエンジニアは、ネガティブな意見を徹底的に無視します。何らかのアイデアに対して技術的な課題が並べられても、それを全く相手にしない。『ああ、こういうスタンスが大事なんだ』と思って感心したのですが、そういう意識を持った人が欲しいですね。」(宮内氏)

 「まだ当社には組織文化がないので、そういうものを持ち込んでくれる方が欲しいですね。『短い時間で働きたい』とか、働き方の面でもいいです。そういう人が来て会社の制度が刷新されると、会社としても強くなるような気がします。そういう意味では、『お膳立てされた場所にスポッとはまって働きたいです』という人よりは、今から作っていかなければいけないので、積極的に提案してくれる人がいいですね。」(西川氏)

 「何もないことを面白がって、自分で作っていけて、あとは割り振られた仕事だけではなく、ほかの人が大変そうだったら『これはぼくができます』と、どんどん首を突っ込んでくれる人が欲しいです。例えると、文化祭の実行委員とか、店のオープニンスグスタッフとかが好きなタイプの人ですね。大変だけど、何もないところから一所懸命に作り上げていくことを面白がれる人のほうが、今のGeoloniaの状況には向いていると思います。」(甲斐氏)

串本町の自宅にて仕事する宮内氏

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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。