地図とデザイン

ゼンリンが地図柄ビジネスに本腰!? 「事業本部」新設で見据える“マップデザイン”の可能性とは

 株式会社ゼンリンが今年4月、新たな事業部「マップデザイン事業本部」を発足させた。

 ゼンリンといえば、全国の調査スタッフによって得られた情報をもとに作成する「住宅地図」を全国展開するとともに、「Google マップ」「Yahoo!地図」「マピオン」などの主要地図サービスにも地図データを提供する国内最大手の地図会社だ。そのゼンリンが2016年に突如、「mati mati(マチマチ)」というシリーズの文具製品を販売開始した。“地図柄デザイン”をあしらった、女性をターゲットにした文具だ。

 新しく発足したマップデザイン事業本部では、このmati matiシリーズをはじめ、法人向けノベルティや学習用教材、書籍など、地図をテーマとしたさまざまな製品を扱い、その領域は単なる“地図柄”にとどまらないという。ゼンリンの考える“マップデザイン”とは何なのか? 何を目指しているのか? マップデザイン事業本部の本部長を務める扇隆志氏に話を聞いた。

さまざまな要素の組み合わせが、地図を使ったデザインの本質

 マップデザイン事業本部のルーツとなった「mati mati」シリーズが市場に投入されたのは、2016年1月のこと。東京の「丸の内」「表参道」「吉祥寺」および「福岡・天神」という実際の街の地図をデザインとして用いたそれらの文具は、地図の“レイヤー”をイメージしたデザインの3ポケットクリアファイルや、切り離すとラッピングにも使えるノートパッド、道路をデザインしたマスキングテープ、旅の記録に使える付せんなどのアイテムをラインアップ。その後、広島、那覇など他の街も展開し、現在は15エリアをラインアップしている。

 「当社はmati mati以前から地図の表現の可能性を研究開発してきており、さまざまな試作を行っていました。mati matiという1つのシリーズを2年前にスタートしたわけですが、マップデザイン事業本部では、mati matiに限らず、いろいろなデザインを切り口に商品開発に取り組んでいこうと考えています。」

株式会社ゼンリンマップデザイン事業本部長の扇隆志氏

 背景には、「これまでのような“品質や機能が良ければモノが売れる”という時代ではなくなってきたことが大きくあります」と扇氏は語る。モノの品質が横並びとなった今の時代は、ユーザー自身が意識していないような、潜在的なニーズに刺さるような商品設計にしないと、単なる価格勝負になってしまう。それは、ゼンリンが扱っている“地図”という商材についても同じことが言える。そのために発足したのが、マップデザイン事業本部だ。

 同事業部に所属するスタッフは約30名。そのうちの半分が女性で、ゼンリンの他の部署に比べて女性が占める割合はかなり高い。また、スタッフの年齢層も20代~30代と若い世代が多く、積極的にアイデアを出し合っているという。

 「今は事業部が発足したばかりということで、さまざまな試作品を作っている段階です。開発にあたっては、“地図の特性が生かされるモノとは何なのか”ということを大事にしています。単純にいろいろなモノに地図柄を配するのではなく、コンセプトから入る場合もあれば、ターゲットから入る場合もあります。例えば、すでに商品化されているmati matiシリーズは、“20~30代の働く女性向け”というターゲットから入った例です。さまざまな要素の組み合わせが、地図を使ったデザインの本質だと考えています。」

地図柄を生かすには“ストーリー”が大切、メモリアルグッズや伝統工芸にも可能性

 地図の特性を生かしたモノとして扇氏が注目しているのが、ギフトや土産物、ノベルティなどの分野だ。ある程度の数を生産し、定価を付けて販売するmati matiシリーズのようなやり方もあるが、結婚や出産、引っ越しといったメモリアルギフトを提供することも検討している。

 「“柄”というのはあらゆるモノに配することができますが、地図と親和性が高いのは何なのかを考えると、やはり“土地”に関係したモノになると思います。お客さまの思い出の場所の地図を配した柄が入ったメモリアルグッズを作るとか、旅行先の特産品にその地域の地図柄を配した土産物を制作するとか、さまざまなやり方が考えられます。」

 メモリアルグッズとしては、地図柄が入ったタンブラーを試作したほか、ワイングラス、カップ&ソーサーなどに地図柄を配することも検討している。結婚して初めて住んだ街の地図や、還暦のお祝いに自宅周辺の地図を描いたりといったことも考えられる。

地図柄が入ったタンブラー

 土産物としては、地図柄の入った風呂敷を試作した。カラフルな柄の上に、東京都内の道路が細かく描かれたデザインで、上質な布が使われている。

 マップデザイン事業本部ではこのほかに、壁紙やカーテンなどについても、地図柄のデザインを使うことを検討している。「新築や引っ越しなどの記念のほか、子どもに家の周辺を理解させるために子ども部屋のクロスに地図柄を使うとか、そのような動機付けとして地図を使う手もあると思います。この場合、ハウスメーカーと組むなど、売り方を工夫する必要はあると思います。」(扇氏)

 もう1つ注目している分野として、扇氏は“伝統工芸”を挙げる。

東京都内の道路地図が描かれた風呂敷
3D地図が描かれた風呂敷

 「伝統工芸はその土地に根ざしたものであり、1つの土地で受け継がれて育まれてきたものなので、地図との親和性は高いと思います。ただし、地図柄のデザインをどのように使うかについては、伝統の技法を邪魔しないように、お互いが生きるような表現を模索する必要があると思います。一口に伝統工芸と言っても、紙や布、織物、焼き物、塗り物といろいろあるし、商品ごとに展開するのか、エリアごとに展開するのかという切り口についてもさまざまなやり方が考えられるので、その点はマーケティングしながら検討したいと思います。」

 試作品ではなく、すでに市販されているものとしては、ゴルファー向けアパレルブランド「MASTER BUNNY EDITION」が、ゼンリンの地図データを採用したポロシャツを2017年2月に発売した。あしらわれている地図のエリアは、ゼンリンに所属するゴルファーの木戸愛選手が生まれ育った場所から近い神奈川県の江の島周辺。湘南海岸と陸続きになっている江ノ島の特徴的な形を生かしたデザインとなっている。

 「このポロシャツの場合は木戸選手のゆかりのある場所を配したわけですが、地図柄を生かすには、このような“ストーリー作り”が大事だと思います。この商品はマップデザイン事業本部が企画したものではなく、当社はデータを提供しただけですが、当社自らがウェアやグッズのメーカーに注文して作る場合もあります。そうして地図とモノ作りの親和性についてのノウハウを蓄積していくことが大事と考えています。」

「MASTER BUNNY EDITION」のポロシャツ

“地図柄クリアファイル”がノベルティとして人気、その理由とは?

 もう1つのアプローチとして考えているノベルティについては、すでにさまざまな学校や自治体、企業などで採用例がある。例えば早稲田大学生協では、大学周辺の地図の柄が入ったトートバッグを販売している。

 「トートバッグは通販でよく売れているそうで、OBや父母が好んで買われているそうです。早稲田大学というブランドを生かした商品だと思います。」

 ノベルティグッズの中でも特に受注が多いのが、クリアファイルだ。クリアファイルはmati matiシリーズでも提供しているアイテムだが、ノベルティで提供する場合は、学校など提供元の建物を地図の中で強調したり、駅からのルートを表す線を入れたりすることで、アクセス方法の案内も兼ねることができる。クリアファイルというアイテムは捨てられにくいこともあり、特に学校のオープンキャンパスで配るグッズとして人気があるという。

地図柄が入ったトートバッグ
大学のノベルティとして作成したクリアファイル

 また、複数のレイヤーを重ねて表現できるクリアファイルの特長を生かして、古地図の紙を挟んで、現代の地図との違いを表現した事例もある。この古地図を使ったクリアファイルは、門司区役所、門司港レトロ倶楽部の協力を得て作成したもので、歴史のある門司という街ならではのグッズといえるだろう。

 「古地図を重ねるというアイデアは、横浜や神戸などでも使えると思います。例えば、港町の表情の変化を楽しめる“港三点セット”のようなかたちで商品展開するのもいいかもしれません。“過去の地図”というのは、差別化を図る上での1つの方法で、そこをどう表現するかは今後の課題になると思います。このようなアイデアはできるだけ大切にして、提案型の企画案件にしていきたいですね。」

古地図の紙を挟んだ門司のクリアファイル

“マップデザイン”を教育分野でも、白地図を活用した「自由研究キット」を発売

 このほかに扇氏が注目しているのが、教育分野だ。マップデザイン事業本部では今年6月、地図を使った社会科の自由研究キット「地図作りで発見!まちたんけんキット」を発売した。このパッケージを購入することにより、ゼンリンの地図データを使った、文字や記号のない詳細な白地図を日本全国どこでも大縮尺でプリントアウトできる。

 出力した白地図にシールを貼ったり、施設名を書き込んだり、色を塗り分けたりすることで、オリジナルの地図を作ることができる。小学生2・3年生で学ぶ「まちたんけん」を題材にしたもので、夏休みなどの自由研究などで活用できる。

「地図作りで発見!まちたんけんキット」
プリントアウトした白地図に情報を記載

 「この商品は、地図デザインを活用したモノとは切り口が異なり、地図を使って何かをする“コト”的な商品展開と言えます。2020年の学習指導要領の改訂に向けて、『調べる』『考える』という学習に変わっていくことに向けて、地図についても『調べる』という教材が必要だと考えて発売しました。文部科学省の方からも良い評価をいただきましたし、夏休みの自由研究として各地の学校に提出されれば、学校への認知度も高まるのではないかと期待しています。」

 ゼンリンでは9月28日まで、同キットを使用して作った地図のコンクールも開催していた。全国からどのような作品が集まるか楽しみだ。

 「シニア層にも街歩きに興味のある人が多いので、今後は大人向けにこのような商品を出すことも検討しています。ケアハウスなど、高齢者が集まる施設でワークショップなどを開催のも良いかもしれません。」

「mati mati」の男性版も? モノ自体の特長を生かした地図デザインを追求

 地図を使ったさまざまな商品開発を模索しているマップデザイン事業本部。すでに展開しているmati matiシリーズは、9月に新エリア「なんば」を追加するなど、さらに広がりを見せている。その一方で、mati matiとは別の新たなシリーズも検討中だ。

 「mati matiシリーズの男性版を商品化することも検討しています。男性の場合、mati matiのようにクリアファイルや付せんなどの安価な文具よりも、ペンや万年筆などの高級な、コレクションとなる商品のほうが受け入れられるかもしれません。また、前述したように、過去の地図と組み合わせるのも1つの手で、例えばOB会などで昔の地図をデザインにしたグッズを配るなど、いろいろな展開方法が考えられます。」

 最後に、さまざまな商品展開を検討しているマップデザイン事業本部の今後の方針を聞いてみた。

 「デザインにこだわった商品は世の中にあふれていますが、その中でも売れているモノというのは、デザインだけで人気が出たというわけではないと思うんですね。売れているモノは、モノ自体の特長や良さが最も生かされたデザインとなっているから受け入れられたのであり、そのような商品作りをしていく必要があると考えています。単純にグラフィックの題材として地図を使うだけでなく、今までにない地図の使い方も生み出していきたいですね。」

マップデザイン事業本部が手がける2020年東京オリンピックの公式ポスター
マップデザイン事業本部では「道の駅 旅案内全国地図」など書籍も発行している

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。