地図と位置情報
測位誤差1m以下の「みちびき」対応GNSSトラッカーを2万円以下で提供、株式会社フォルテの原動力は“IT技術の社会実装に対する、地方ならではのニーズ”
2018年9月13日 06:00
日本独自の衛星測位システムとして本格運用が始まろうとしている、準天頂衛星システム(QZSS)の「みちびき」。既存のGPSの測位精度を上回る誤差1m以下の高精度測位も実現するが、その“サブメーター級測位”の機能に対応したGNSS(全球測位衛星システム)トラッカーをいち早く製品化し、安価に提供しているベンチャー企業がある。
2005年に創業し、青森市を拠点に活動している株式会社フォルテだ。位置情報デバイスとあわせ、骨伝導ヘッドセットなどのウェアラブルデバイスの開発も手掛けており、2018年の「第3回JEITAベンチャー賞」も受賞している。
同社がこうした先端プロダクトを世に送り出す原動力となっているのが、“IT技術の社会実装に対する、地方ならではのニーズ”だと、フォルテ代表取締役の葛西純氏は語る。じつはGNSSトラッカーや骨伝導ヘッドセットなどの現在の主力事業の原点も、地方の観光振興のために車両の設計から含めて手掛けることとなった、観光音声ガイド/ナビ端末付き電動アシスト自転車「ナビチャリ」にあるという。
フォルテのGPS/GNSSトラッカーがどのような用途に活用されているのか、また、みちびきによる高精度測位が可能になることによってどのような活用の道が新たに開けるのか、そして同社のプロダクトが地方のニーズに対してどのようなソリューションを提供しているのか、話を聞いた。
「みちびき」の「L1S補強信号」に対応、誤差1m以下の高精度測位が可能
2017年に2号機・3号機・4号機と立て続けに3機が打ち上げられ、初号機と合わせて4機体制での本格運用が2018年に開始されようとしているみちびきには、GPS互換の衛星として機能する「GPS補完機能」、GPSを上回る高精度な測位を実現する「GPS補強機能」、そして災害情報や安否情報を配信する「メッセージ機能」と、大きく分けて3つの機能がある。
GPS補強機能には、誤差1m以下で測位できる「サブメーター級測位補強サービス」と、誤差数cmで測位可能な「センチメーター級測位補強サービス」の2つがある。いずれも従来のGPS受信機でそのまま利用できるわけではなく、各サービスに対応した受信機が必要となるが、高価な実験用・試作用の受信機がほとんどで、まだ市場にはあまり出回っていないのが実情だ。もちろん、スマートフォンで両サービスに対応した製品も見当たらない。
このような状況の中で、いち早くサブメーター級測位サービスに対応したGNSSトラッカーとしてフォルテが発売したのが、車載用GNSSトラッカー「FB102」と、FB102に防水機能を加えた携帯用のGNSSトラッカー「FB202」だ。みちびきのサブメーター級測位サービスを実現する「L1S補強信号」に対応しており、一般的なGPS受信機の誤差がおよそ10mであるのに対して、L1S信号を受信できる環境であれば誤差1m以下の高精度で測位できる。
測位した位置情報は3G(W-CDMA)回線によりインターネットのサーバーに送られ、クラウド上で位置を確認できる。これらの製品はSIMフリー端末で、NTTドコモおよびソフトバンクのSIMに対応している。すでに6000台ほど出荷されているという。
1台2万円を切る“サブメーター級”GNSSトラッカー
フォルテのサブメーター級測位サービス対応GNSSトラッカーの特長は、その価格の安さだ。FB102の場合、1000台の発注で1台あたり2万円を切る。サブメーター級測位サービスに対応していない一般的なGPSトラッカーの相場は、国内では約2~3万円だが、フォルテの製品はサブメーター級測位という付加価値を持っているにもかかわらず、2万円以下の低価格を実現しているのは驚異的と言えるだろう。
ちなみにフォルテでは、みちびき非対応のGPSトラッカーとして「FB100」という製品も販売しているが、FB100とFB102の価格差は2000円程度だという(100台購入の場合)。FB102については、この価格にとどまらず、より大ロットで提供する場合は1万5000~6000円くらいまでは価格を落としたいと考えている。
「ここまで安く提供できる理由は、当社が端末で利益を出そうとしていない点が大きいです。当社はプラットフォームのシステム構築や利用料、通信料など、端末以外の面で利益が出ればそれでいいと考えているからです。中間業者を挟まずに、中国の製造業者と直接連携して製品を作っている点も安価な理由の1つです。みちびきのように新しいデバイスを普及させていくためには、やはり端末のコストを下げることが必要です。みちびき非対応の製品との価格差が少なければ顧客は高精度なものを選ぶでしょうし、そうして多くの人が使い始めれば新たな市場が形成されることが期待できます。
みちびきは日本だけでなく、補完機能をアジアやオセアニアでも利用が可能です。日本の技適マークのように各国でそれぞれ技術認証制度があるので、それらを取得するのはなかなか大変ですが、海外に展開することで生産量を増やし、よりコストを下げていきたいと考えています。」(葛西氏)
サブメーター級測位による交通安全分析も登場、自転車乗りへのGPSトラッカー提供も
フォルテのGPSトラッカーは、ポスティング業務の配布員に持たせて配布状況や配布エリア、誤配、トラブル発生などをリアルタイムに確認したり、除雪車両に取り付けて除雪作業の運行管理に利用したりと、さまざまなシーンで活用されている。特に除雪作業に導入した自治体では、運行管理を効率化することで年1.5億円の費用を軽減させたほか、地域住民が除雪状況をリアルタイムに把握できるようになり、利便性も向上したという。
ほかにもトラックの車両管理やバスロケーションサービス、電気自動車の管理、工場無人搬送車両の管理など、さまざまな導入事例がある。それぞれの業種に合わせたシステムの構築やクラウドアプリの利用料金で十分に利益が得られるため、フォルテでは端末の売上で利益を得る必要がないのだ。
さらに最近では、システムの構築・カスタマイズにとどまらず、ハードウェアについても業種に合わせてカスタマイズして提供する事例も増えている。例えば横浜市のベンチャー企業であるジェネクスト株式会社では、業務車両にフォルテ製のGNSSトラッカーを搭載して位置情報を取得し、軌跡ログをもとに交通安全分析を行うサービスを提供している。使用しているトラッカーはシガーソケット給電が可能で、トラッカーにコードで接続されたプラグをシガーソケットへ差し込むだけで、誰でも簡単に車両へ搭載できる。
衛星測位の軌跡ログをもとに交通安全分析を行う技術はジェネクスト独自のもので、他社の類似サービスは見当たらない。同社はこれまでドライブレコーダーの映像をもとに交通安全分析を行うサービスを提供してきたが、みちびきのサブメーター級測位サービスによって高精度な測位が可能となったことで軌跡ログをもとに分析することが可能となり、ドライブレコーダーを使うよりも大幅に安くサービスを提供できるようになった。フォルテがいち早くみちびきの高精度測位に対応した安価な製品を世に送り出したことにより、ジェネクストのような今までにないサービスが生まれつつある。
業務用途だけでなく、視覚障害者向けのナビゲーション端末などの試作も行っている。また、コンシューマー向けの活用も考えられ、例えば、7月に北海道のニセコで開催された自転車の大会にGPSトラッカーを提供し、参加者の自転車すべてに搭載することで運営管理に役立てるといった活用事例もある。
「自転車の大会において、コース上のどの区間を何人が通過したのかを人が判断するとなると人件費がかかりますが、GPSトラッカーを導入して監視すれば大幅にコストを下げられます。同時に、参加者も自分の区間タイムや順位を知ることができます。最終的には、参加者それぞれが自分のGPSトラッカーを持ち、年間を通じて利用するというかたちにできれば、BtoCの製品として提供できるかもしれません。また、この技術を活用すれば登山者の遭難防止対策グッズとしても使えます。」(葛西氏)
自律航法で屋内でも使用できる“次世代トラッカー”を開発中
葛西氏は今後も、同社を支える事業の1つとして、みちびきの高精度測位を活用した衛星測位機器の開発を進めていく方針だ。
「今後はデッドレコニング(自律航法)機能を実装していきます。気圧センサー、加速度センサーなどを付けることにより、駐車場やトンネルなど測位衛星の電波を受信できない環境でも位置情報を取れるようにする予定です。例えば消防職員などが屋内で消火活動を行う際に、屋内でも位置情報を取得できるトラッカーがあれば、センターでサポートしている人たちが消防員の動きをリアルタイムに把握することが可能となります。この取り組みは内閣府が行っている『内閣府オープンイノベーションチャレンジ2017』に採択され、現在、実証実験を進めています。」(葛西氏)
さらに、より高精度なセンチメーター級測位サービスに対応した製品の開発にも取り組むという。
「モジュールメーカーと情報交換しながら、精度が向上することでどんなメリットがあるかといった情報を早めにウォッチしていく予定です。センチメーター級測位用の端末は、まだアンテナが大きいので、自動車や農機などにしか搭載できませんが、アンテナがダウンサイジングしてコストが下がれば、小型の端末の試作機も作れると思います。」(葛西氏)
原点は「ナビチャリ」――音声ガイド/ナビ端末を搭載した電動アシスト自転車を独自開発
フォルテがGPS機器を手掛けるようになったのは9年前のこと。NTTで研究所や大学と組んで通信の実証実験プロジェクトなどに携わっていた葛西氏は、NTTを辞めて、青森発のベンチャー企業として創業して間もないフォルテの代表取締役に就任。観光案内用の音声ガイド/ナビ端末を搭載した電動アシスト自転車「ナビチャリ」の開発を始めた。
ナビチャリに搭載された端末は、GPSにより位置情報を定期的に取得することで、観光スポットに近付くと音声で観光案内するほか、ナビゲーション機能も搭載していた。このナビゲーション機能は、曲がり角で右左折を音声で指示するだけでなく、ハンドルに搭載した振動ユニットによって曲がる方向をバイブレーションで知らせるというユニークなものだった。
開発を始めた当時、電動アシスト付き自転車はまだバリエーションが少なかったため、フォルテでは、ノーパンクタイヤを採用したり、災害時にバッテリーを外してスマートフォンを充電できるようにしたりと、レンタサイクルに適した電動アシスト付きのミニベロタイプの自転車を自前で設計した。
サイクリング中の音声案内には、鼓膜を使わずに軟骨を使って聴くことができる骨伝導スピーカーを採用した。骨伝導を使うことで、難聴の人でもしっかりと聴くことが可能となるほか、ヘッドホンのように耳をふさぐこともなく、バランス感覚も失われない。この骨伝導技術は、衛星測位機器と並んでフォルテの事業の柱となり、今では骨伝導ヘッドセットなども販売しているわけだ。
「観光スポットに近付くと、GPSが取得した位置情報をもとにさまざまな情報が骨伝導スピーカーでプッシュ配信されるので、観光振興には大いに役立ちます。現在、日本全国で10の自治体にナビチャリを導入いただいており、最近ではインバウンド向けに多言語化したコンテンツも配信しています。このシステムを活用することで、タブレット端末から自分のチームに指令を与えてたどり着かせるなど、位置情報を活用したゲームなども可能となります。」(葛西氏)
電動アシスト付き自転車や骨伝導スピーカー、位置情報を活用した観光案内サービスがまだ十分に普及していなかった9年前に、これらの技術を組み合わせた観光ガイドソリューションを提供したのは、かなり先進的だと言えるだろう。新しい技術を積極的に取り入れていく同社のこのような姿勢が、いち早くみちびきの高精度測位に対応した端末を実用化させることができた一番の理由と言える。
「自動車と違って、自転車や歩行者が移動する場合は、道路の右と左のどちらにいるかというだけでも配信するコンテンツや道案内の情報が違ってくるので、最低でも肩幅くらいの誤差で測位できることが望ましいです。当社の場合、ナビチャリという位置を活用したサービスを展開する中で、高精度測位へのニーズを最初から持っていたからこそ、みちびきで位置の精度が上がると聞いて、いち早く開発を始めることができたのだと思います。」(葛西氏)
地方にいるとニーズが見える
高精度衛星測位や骨伝導などの技術もさることながら、これらを製品として実用化した上で、ナビチャリのように自治体や観光業者、大学との連携で地域振興に取り組んでいるのがフォルテのもう1つの強みであるといえる。このような企業姿勢が評価され、同社は一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が表彰する「第3回JEITAベンチャー賞」(2018年3月発表)を受賞した。
フォルテは現在、開発・試作チームが青森の本社に、研究チームが岩手県盛岡市の岩手大学内に、営業・SEチームが東京支社に在籍。JEITAベンチャー賞の審査では、「今後、地方発からEXITを目指すベンチャーのロールモデルとしても期待される」と評価されている。
「東京に比べて地方は不便で、“ニーズだらけ”の状況です。ナビチャリも、もともとは地方の観光振興というニーズから生まれました。そのような状況だからこそ、例えば自転車の大会にGNSSトラッカーを導入することで人件費を下げるなど、新しい技術を導入することで赤字を黒字に転換できる可能性があります。
課題が山積している地方に身を置かないと、そのようなニーズへの感覚が鈍化していくため、当社は青森に身を置いて、自分たちで課題を見ながら試作していくことにしています。そうして目の前の課題を直に見ながら研究開発し、試作機を作って、ソリューションとして提供できるようになる段階までは地方で行い、そこから先は東京で幅広く展開していくというビジネスモデルを描いてます。
地方は東京に比べると財政が厳しく、人材も少ないですが、外国人観光客が増えていることでチャンスも生まれており、ビジネスも作りやすくなってきています。青森にはグローバルに展開する企業がほとんどないので、ここを拠点にビジネスを拡大できるように頑張っていきたいですね。」(葛西氏)
スマートフォンが普及した今、ナビチャリのような位置情報と連動した観光ガイド/ナビの機能は、専用機を使わなくとも、アプリでも実現できるようになった。また、GPSトラッカーについても、最近ではスマートフォンにトラッキング(追跡)アプリをインストールすることで、専用端末を使わなくても遠隔地から位置を確認することが可能となっている。
しかし、業務用途としてはスマートフォンなどによる汎用デバイスでは不十分な場合も多く、堅牢性が高くて電池持ちのいい専用端末の必要性も依然として高い。
専用機ならば防水・防塵性を高めたり、温度センサーや衝撃センサーなどの付加機能を搭載したり、ボタンの機能を業務に合ったものに割り振るなど、用途に合わせてハードウェアをカスタマイズできる。同様のメリットは、機器の操作に慣れていない不特定多数の人に貸し出すことになる観光ソリューションや、今後、高齢者の見守り用途など、コンシューマー向けでも生きてくる。
さらに、FB102やFB202のように、サブメーター級測位などの最新技術をいち早く取り入れられる点も大きい。「多くの人が使い始めれば新たな市場が形成されることが期待できます」という前述の葛西社長の言葉通り、この製品が“呼び水”となって高精度測位に対する認知が高まり、コンシューマー向け製品への普及につながることも考えられる。
いち早く高精度測位に対応したGNSSトラッカーを安価に世に送り出し、注目を集めているフォルテが今後、地方の強みを生かしながら、衛星測位や骨伝導の分野でどのような新しい取り組みを実現していくのか興味深い。
【追記 2018年10月4日 15:00】
JEITAなど業界3団体の主催で10月16日~19日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催される展示会「CEATEC JAPAN 2018」に、フォルテも出展する。場所は、特別テーマエリアの「スタートアップ&ユニバーシティエリア」。
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