地図と位置情報

モバイル圏外でも端末のGPS位置情報を追跡できる「SPOT」が日本上陸、Globalstarの通信衛星で山奥・洋上までカバー

 人里から遠く離れた山岳地や陸地から遠く離れた海域など、携帯電話基地局の電波が届かないようなエリアでも使える衛星GPSトラッカー「SPOT」シリーズが、ついに日本でも発売された。

GlobalstarのGPSメッセンジャー「SPOT Gen3」

「GPSトラッカー」って何?「SPOT」は普通の製品と何が違う?

 「GPSトラッカー」とは、GPSで取得した位置情報をクラウドに送信し、PCやスマートフォンで現在地をリアルタイムに確認するための機器で、その多くは、通信回線として3G/4Gモバイルネットワークを使用する。最近では、低消費電力で広域をカバーできるIoT向けの通信技術「LPWA(Low Power Wide Area Network)」を採用する製品も山岳エリアなど一部のフィールドで実用化されているが、いずれにせよ、GPSトラッカーとして機能するのは、こうした地上の通信ネットワークがカバーしているエリアに限られる。

 これに対して米Globalstar(グローバルスター)が提供するSPOTシリーズは、同社の衛星システムを使って通信する。そのため、モバイルネットワークが圏外になってしまう山奥や洋上なども含む、地球上の広いエリアで使用可能。高所登山や沖合での船舶監視などで使うには最適と言える。海外ではトレイルランニングなど、さまざまなスポーツで活用されているほか、自動車や乗り物の盗難防止にも利用されているという。

人用の「SPOT Gen3」とモノ用の「SPOT Trace」をラインアップ

 Globalstarが発売した衛星GPSトラッカーは、人が身に付ける用途を想定した「SPOT Gen3(スポット・ジェン3)」と、自動車やオートバイなどモノに搭載することを目的とした「SPOT Trace(スポット・トレース)」の2つ。いずれも技適認証済みであり、日本で正式に使用できる。SPOT Gen3は登山専門店などで販売されており、買ってきてパッケージを開けて、専用サイトからオンラインアクティベートを行えばすぐに使用開始できる。

 なお、後述するが、SPOTシリーズは位置情報のトラッキングだけでなく、あらあじめクラウドに登録したメッセージを設定した宛先に送信する機能を搭載しているため、Globalstarでは“GPSトラッカー”ではなく“GPSメッセンジャー”と呼称している。

「SPOT Gen3」のパッケージ

 SPOT Gen3は、一定時間(最短で2分30秒間隔)ごとに位置情報を送信することが可能で、緊急時にボタン1つでSOSを知らせる機能や、平常時に無事を知らせるために利用する「チェックインボタン」、あらかじめ設定したメッセージを知らせる「メッセージボタン」などを備えている。バッテリーは単4形リチウム電池4本。サイズは87.2×65×25.4mm、重量は114g(バッテリー含む)。

「SPOT Gen3」にはカラビナストラップ付き

 SPOT Traceは、振動を感知して移動している間、一定時間ごとに位置情報を送信できる。水上で保管されている資産などの場合は、「ドックモード」により無駄な通信を抑えることが可能。SPOT Traceを装着した資産が安全であることを1日1回のアラートで通知する機能や、SPOT Traceの電源が切られた際やバッテリーが低下した際にアラートを通知する機能も搭載する。バッテリーは単4形リチウム電池4本。サイズは51.3×68.3×21.4mm、重量は87.9g。オプションにより、外部電源を供給する専用ケーブルの利用も可能。

「SPOT Trace」

 価格は、SPOT Gen3が2万4800円(税別)、「SPOT Trace」が2万800円(税別)で、いずれも初期設定費用込み。このほかに通信使用料としてGen3の場合は月額2580円(不課税)、Traceの場合は月額2000円(不課税)かかる。最低利用期間は12カ月。

「SPOT」の利用・動作イメージ(画像提供:株式会社Globalstar Japan)

登山家・竹内洋岳さんのダウラギリ登頂、「24時間テレビ」イモトアヤコさんの立山登頂の際にも活用

 このSPOTシリーズは、2012年に登山家の竹内洋岳さんが、8000m峰全14座制覇の最後の1座としてネパールのダウラギリに登頂した際に、この機器を使ってインターネット上でリアルタイムに位置情報を発信したことでも知られている。

 日本国内ではこれまで、技適認証を取得した機器が販売されていなかったため使用できなかったが、Globalstarの日本法人である株式会社Globalstar Japanが今年7月、SPOTシリーズを正式に発売し、日本でもSPOTの機器とサービスを利用できるようになった。これを受けて、8月に放送された日本テレビの「24時間テレビ」では、イモトアヤコさんと義足の少女が立山登頂に挑戦した際に、スタッフの位置情報を追跡するためにSPOT Gen3を使用した。

「24時間テレビ」のときに記録したSPOTのログ(画像提供:株式会社Globalstar Japan)

Globalstarの低軌道衛星32基を使用、地上局は世界中に23カ所

 米国本社のGlobalstarは、1991年に創業した衛星通信サービスを提供する通信キャリアだ。現在は全世界120カ国以上において、衛星携帯電話と衛星GPSメッセンジャー、衛星通信IoTソリューションをあわせて約75万ユーザーに利用されている。静止衛星を使用するインマルサットやワイドスター、低軌道衛星を使用するイリジウムと並ぶ世界的な移動衛星通信キャリアとして知られている。

 Globalstarの特徴は、高度約1414kmの低軌道衛星を32基使用する通信方式。イリジウムが低軌道衛星同士で通信しながらデータを送信し合うのに対して、Globalstarの場合はデータをいったん地上局に送り、遠方との通信は地上のネットワークを使用する。衛星通信はデータをやりとりするだけの“パイプ”として使用し、システムの頭脳は地球上に置くというこの方式を、Globalstarは「ベントパイプアーキテクチャー」と呼んでいる。

 インマルサットなどの高軌道静止衛星を使った方式や衛星間通信を行うイリジウムと比べて、通信の遅延が少なく、安定した通信品質を実現できる。また、Globalstarのベントパイプアーキテクチャーはシステムのアップデートなどを行う際に衛星自体を更新する必要がなく、地上局の設備だけをアップデートするだけで済むというメリットがある。

衛星通信の方式の違い(画像提供:株式会社Globalstar Japan)

 Globalstarはこのような仕組みを採用しているため、地球上の各所に多くの地上局を配置している。現在、Globalstarの地上局は世界中に23カ所にあり、日本周辺は韓国とロシアに設置された地上局がカバーしている。

Globalstarの施設一覧。赤丸と青丸が地上局(画像提供:株式会社Globalstar Japan)

 Globalstar Japanの取締役CMOを務める小林盛人氏によると、Globalstarの衛星は2010~2013年に第2世代の衛星の打ち上げがすべて完了しており、現在は第2世代の衛星が24基、残りの8基が第1世代となる。いずれも高度1414kmを飛ぶ低軌道の周回衛星で、第1世代がおよそ7年半のライフサイクルなのに対して、第2世代は15年のライフサイクルとなっている。

 周回衛星のため、地球上のほとんどのエリアにおいて、空が開けている状態であれば、絶えず2~3基の衛星と通信することが可能で、1つの衛星で直径約5000kmのエリアをカバーするという。

「片方向通信」で位置情報を発信、「SOSボタン」で救助要請も可能

 Globalstarのもう1つの特徴は、一般的な衛星携帯電話のような双方向通信に加えて、地上から衛星にデータを送るだけの片方向の通信サービスを用意していること。Globalstarではこの片方向の通信サービスを「simplex(シンプレックス)」と呼んでおり、SPOT Gen3やSPOT Traceなどの衛星GPSメッセンジャーは、これを利用している。

Globalstarの衛星通信のカバーエリア。左がsimplex(片方向通信)で、右が衛星携帯電話などの双方向通信の利用可能エリア(画像提供:株式会社Globalstar Japan)

 Globalstar Japanの執行役員CTOを務める菱倉仁氏によると、衛星に送信できるデータの容量は1回あたりわずか9バイトしかないが、位置情報などのメッセージを送信するだけでなら十分。このため、SPOTの場合は1つのメッセージを送信する際は20分間に3回送信する仕組みになっている。なお、前述した通り、SPOTにはメールやSNSに送る文面をあらかじめクラウドに登録しておいて、ボタンを押すことで指定されたアドレスにメールを送付する機能も搭載されている。

 緊急時にSOSボタンを押すと、その通報は「GEOS Search and Rescue」という米国にあるレスキューコーディネーションセンターに送られる。GEOSはそれを受けて各国の関係各所に連絡し、現地にレスキュー部隊が向かうように調整してくれる。

 また、月額257円(不課税)で利用できるGEOSの会員制給付制度に申し込むと、Search and Rescueの費用に対して最大10万ドルの払い戻しが受けられるオプションもある。

「SPOT」シリーズは電波法の制限により、日本国内では、1)JAXA臼田宇宙空間観測所および国立天文台野辺山宇宙観測所の周囲30km内、2)NICT鹿島宇宙技術センターの陸側30km内・海側50km内――の2つのエリアでは位置情報を送信することができない。山岳地としては、八ヶ岳の一部において使用できないので注意が必要だ。ただしこの制限エリア内においても、緊急性の高いSOS信号に限っては送信することができる

キーボード搭載でメッセージ送信できる最新機種も登場、今後はIoTにも注力

 Globalstar Japanの代表取締役を務める安藤浩氏は今後の方針として、「当社が目指しているのは、山岳地や海上など地上通信設備がない世界中のエリアにおいて通信網を提供することと、大規模災害時で地上の通信インフラが使えない場合に代替ネットワークを提供することです。また、衛星通信システムの特徴を生かしたIoT市場にも注力しており、対応する通信モジュールを搭載するだけで、世界中のほとんどの地域において追跡し管理することができます」と語る。

(左から)株式会社Globalstar Japan取締役CMOの小林盛人氏、代表取締役社長の安藤浩氏、執行役員CTOの菱倉仁氏

 同社では現在のところ、GPSメッセンジャーのSPOT Gen3およびSPOT Traceの2機種のほか、衛星携帯電話「GSP-1700 Global Phone」、衛星通信Wi-Fiホットスポット「Sat-Fi(サットファイ)」について日本の技適認証を取得している。さらに、小型のM2M衛星通信端末「SmartOne C」や、ソーラーバッテリーを搭載した「SmartOne Solar」などの発売も予定している。

 また、米国ではSPOTシリーズの最新機種として、キーボードを搭載し、メッセージを送受信できる「SPOT X」も販売中だ。この製品についても今後、日本市場での発売を検討している。

「GSP-1700 Global Phone」
「Sat-Fi」
「SmartOne C」(左)と、「SmartOne Solar」(右)

 Globalstar Japanは、10月16日~19日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催される展示会「CEATEC JAPAN 2018」の特別テーマエリア「Co Creation Park」に出展予定だ。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。