地図と位置情報

ロードバイクの盗難対策デバイスをSigfoxで実現、IoTで愛車を守る「AlterLock」発売

農業データ連携基盤も手掛けるITベンチャー「ネクストスケープ」が開発

 ロードバイクブームの中、年間20万件以上も発生しているという自転車の盗難。このような課題を解決するためのグッズが発売された。自転車のフレームのボトルケージ(飲料用ボトルを搭載するためのホルダー)部に取り付けるIoTデバイスを使った盗難対策サービス「AlterLock(オルターロック)」だ。

「AlterLock」公式サイト

所有者が愛車から離れると“ガード状態”に移行、振動を検知してアラーム&GPS位置情報を「Sigfox」で送信

 「AlterLock」は、Bluetoothでスマートフォンと接続し、所有者が自転車から離れるとスマートフォンとデバイスのBluetooth接続が切れて、自動的にガード状態に移行する。ガード状態のときに衝撃が加わり、振動や移動を検知するとデバイスからアラームが鳴って周りに知らせる。

 デバイスからアラームが発せられると同時に、「Sigfox」のIoTネットワークを介してクラウドにデータを送信し、所有者のスマートフォンに通知する。その際に、離れた自転車の位置を内蔵のGPSで測位し、その位置情報も一緒に送信する。これにより、所有者はアプリのマップ上で移動した地点を確認できるほか、位置情報の履歴も確認できる。

「AlterLock」(写真提供:株式会社ネクストスケープ)
アプリ上でガード状態と解除の設定を行える(画像提供:株式会社ネクストスケープ)
盗難を検知するとSigfoxで位置情報が送信される(画像提供:株式会社ネクストスケープ)
アプリ上で位置情報の送信位置を確認できる(画像提供:株式会社ネクストスケープ)

 Sigfoxは、欧米を中心に53カ国で展開されており、日本国内では京セラコミュニケーションシステム株式会社(KCCS)がインフラ構築およびネットワークサービスの提供を行っている。KCCSの発表によると、Sigfoxは日本国内における利用可能エリアを人口カバー率90%まで拡大している(12月3日現在)。さらに2019年3月末に95%、2019年夏には97%まで拡大する予定だ。AlterLockの使用可能エリアも、Sigfoxのカバーエリアに準じている。

2018年11月現在のカバーエリア(画像提供:株式会社ネクストスケープ)

 なお、所有者のスマートフォンが再び自転車の近くに戻るとガード状態が解除される。専用アプリから手動でガード状態と解除を切り替えることも可能で、アラームが鳴る時間を限定することもできる。デバイスの充電はMicro USBケーブルを使って行うことが可能で、1回の充電でおよそ1カ月間使用できる。

 AlterLockのデバイスの価格は8900円(税込・送料込)。別途サービス利用料として、月額390円(税込)または年額3900円(税込)がかかる。

軽量なスポーツ車で、頑丈なU字ロックなど持ち運びたくはない――サイクリストの社員の悩みが開発のきっかけ

 AlterLockの提供元である株式会社ネクストスケープは、1999年設立のIT企業で、もともとは慶應義塾大学でデータマイニングをテーマとした研究室にいた3名によって立ち上げられた。代表取締役社長の小杉智氏も創業メンバーの1人。小杉氏はデータベース分野に強いエンジニアであり、残るり2人はそれぞれネットワークとウェブデザインを得意としていた。

 現在はクラウド開発やデジタルマーケティング、音楽・動画配信など幅広い分野を手がけており、クラウドインテグレーション事業部では2010年の時点でいち早くAzure開発への取り組みを始めた。また、音楽・動画配信においては国内において数多くのミュージックストアや動画配信サイトのバックエンドサービスの開発を手がけるなど、さまざまな分野においてシステム開発を牽引してきた。

 そんな同社が今後のIT分野の動向を見据えて、新規事業を模索し始めたのは2年半ほど前のこと。「これからはSIだけでやっていく時代ではなく、IT×農業とか、IT×医療とか、いろいろな分野に取り組んでいく必要があるというメッセージを出したところ、従業員のみなさんからいくつかのアイデアが提案されました。その中から行けそうだと思ったのがAlterLockでした」(小杉氏)。

株式会社ネクストスケープ代表取締役社長の小杉智氏(右)とプロダクトマネージャーの照山聖岳氏(左)

 企画を出したのは、現AlterLock事業開発チームのプロダクトマネージャーを務める照山聖岳氏だ。照山氏はロードバイクを趣味としており、以前からスポーツ自転車のセキュリティについて課題を感じていた。細いワイヤーロックでは工具を使って簡単に切断されてしまうので高額な自転車を守るには不安だし、かといって、せっかく軽量なスポーツ自転車に乗っているのにもかかわらず、1kgを超える頑丈なU字ロックなどを持ち運びたくはない。そんな悩みを解決するために考えたのがAlterLockだ。

 「“位置情報を追跡できる自転車用の防犯システム”というアイデアは以前から考えてはいたのですが、LPWAのない時代にそれを実現するには、スマホのSIMカードを挿してデータを送るしか方法がありませんでした。しかし、それでは月額基本料が高くなってしまうので、コンシューマー向けの事業としては成り立ちません。そんな折に登場したのがLPWAです。LPWAにもいろいろありますが、その中でも全国規模で公衆サービスとして展開しているSigfoxを使ってサービスを実現しようと考えました。」(照山氏)

フレームに密着させながらも電波状態を良好にする構造、インスタ映えにもちゃんと配慮?

 GPSで位置情報を取得し、それをSigfoxのネットワークでクラウドに送信するためのデバイスを開発するにあたっては、まずどのような形状にするかを検討した。盗難対策という目的を考えると、できれば自転車のフレーム内に取り付けるのがベストではあるが、自転車のフレームの素材はスチールやアルミ、カーボンなど、電波を吸収したり跳ね返したりする素材ばかりのため、GPSやSigfox、Bluetoothなどさまざまな電波を送受信する際にトラブルが起こりやすい。

 いろいろと検討した結果、最終的に決まったのが、ボトルケージの台座部分に取り付ける案だった。「自転車のパーツを取り付けるためのネジにはさまざまな規格がありますが、その中でもボトルケージ用のボルトはロードバイクもマウンテンバイクもすべて規格が同じなので、この台座部分に取り付ける方法が一番いいと思いました」(照山氏)。

ボトルケージの台座部分に装着

 ただし、デバイスを外に出すにしても、フレームに密着させることで電波の吸収や反射が生じるため、なにかしら対策を講じる必要がある。そこで、フレームの湾曲に完全に沿った形状ではなく、自転車の左サイドに張り出した形状にした。これにより、電波の送受信の状態が格段に良くなったという。左サイドに出っ張らせた理由は、自転車の写真は変速機などのパーツが見える右側から撮ることが多く、左側に広げるほうが目立たないからだ。「AlterLock」のロゴマークも左側面に入っている。

左サイドに張り出した形状となっている(写真提供:株式会社ネクストスケープ)

 また、ボトルケージの台座に取り付けて、その上にボトルケージを重ねるとなると、ボトルをケージに差し込むときに干渉しないように、デバイスをできるだけ薄くする必要があった。そのために、バッテリーを基板の中に埋め込めるように基板を加工したり、バッテリーの分だけ膨らむ部分だけケースを削ったりと、細かい部分を調整し、最終的にはiPhoneとほぼ同じの厚さ8mmまで薄型化を実現した。

厚さ8mmの薄型デザイン

 GPSの測位やSigfoxの電波送信についても苦労したという。Sigfoxについては、試作を繰り返しては放射感度の測定器を使って、自転車に取り付けた状態でどれだけ放射状に電波が飛ぶかという試験を何度も繰り返し、目標に近付けていった。実際に位置情報の送信実験を行ったところ、自転車をクルマに載せて、時速100kmで移動しているときでも位置情報の送信を確認できたという。

 なお、ボトルケージのネジを外してAlterLockそのものを取り外されないように、セキュリティオプションとして防犯用のネジを提供することも予定している。防犯用ネジは専用の工具を使わないと外せないものにして、AlterLockの購入者が販売店に自転車を持ち込んで取り付けてもらう方式にする。

防犯用のボルトと専用工具を販売店に提供する予定

 このほか、ガード中の衝撃センサーの検知感度を変えられる点も便利だ。店の前などに設置されているサイクルラックは、サドル部分を棒に引っかけて浮かせた状態にするものが多く、感度が高すぎると隣の自転車が触れただけでアラームが鳴ってしまう。AlterLockでは検知感度を3段階に変えられるため、このようなトラブルを防げる。サイクリストである照山氏ならではの配慮と言えるだろう。

自転車乗りが“鍵”に出せる金額とは?綿密なマーケティングで価格を決定

 ネクストスケープがコンシューマー向け製品の開発・提供を行うのは、AlterLockが初めての試みとなるが、同社はBtoC事業に取り組むにあたって、これまで培ってきたデジタルマーケティングのノウハウをフルに活用した。中でも特にこだわったのは価格設定だ。

 スポーツ用自転車は10万円以下で買えるものから50万円以上する高額なものまで価格帯はさまざまだが、価格帯別にマーケット調査を行い、1000件にも及ぶサンプルを分析したところ、どの価格帯の自転車に乗っていても、“鍵”に出せる価格というのは変わらず、一定の金額を超えると購買意欲が極端に下がることが分かったという。本体が8900円、利用料が月額390円/年額3900円というのは、そこから導き出された価格である。

 「スポーツバイクのイベント『サイクルモード』にAlterLockを出展したところ、ブースを訪れた人の9割以上が『安い』と言ってくれました。値段的には受け入れられる水準になったと思いますし、この先、デバイスの量産が進めば、さらなる低コスト化も可能になると思います。」(小杉氏)

 AlterLockは当初から、日本だけでなくグローバル展開を見据えて開発された。まずは日本でサービスインし、次は欧州での展開も検討している。

 「Sigfoxはもともとフランスの企業なので、欧州に行くと人口カバー率は極めて高い。欧州は自転車の盗難件数も多いので、AlterLockのような防犯サービスのニーズは高いと考えており、現在、EU域内でどれくらいの価格にするかマーケティングを行っている状況です。また、AlterLockの技術を使って、ベビー用品の企業と提携し、レンタルのベビーカーにトラッカーを搭載して防犯サービスを提供することも検討しています。将来的には農機の防犯に活用するなど、さまざまな分野のアセット管理に活用できる可能性を持っています。」(小杉氏)

 同社は既存のSI事業も継続して力を入れつつ、今後はAlterLockのようなBtoCへの取り組みも積極的に進めていく方針だ。

 「今回最も学びが多かったのは、やはりマーケティングの部分ですね。『顧客にどのようなニーズがあるのか』『価格をいくらにするのか』『いかに消費者に訴求していくか』といったマーケティングの知見が得られたので、今後はこの経験を生かし、LPWAとGPSだけでなく、さまざまなセンサーを組み合わせたソリューションを展開したいと考えています。個々の技術だけでは全用途では使えないので、やはり複数の技術を組み合わせて1つのソリューションを作り上げることが大事だと思います。」(小杉氏)

農業データ連携基盤「WAGRI」にも参画、データを登録すると自動でAPI生成、システム連携が容易に

 ネクストスケープにとって、SI事業以外の分野への取り組みはAlterLockだけでなく、ほかにもさまざまな分野に関わろうとしている。その中の1つが、10月に開催されたイベント「CEATEC JAPAN 2018」にも出展した農業データプラットフォーム「WAGRI(農業データ連携基盤)」の実証実験プロジェクトへの参画だ。

「WAGRI」公式サイト

 WAGRIとは、これまでさまざまな企業や組織がバラバラに保有していた農業に関わるデータを集約・蓄積する農業支援プラットフォーム。ベンダーやメーカーが組織の壁を越えて、農業ICTや農機・センサーなどによって得られたデータを共有・連携させることが可能となる。

 このプラットフォームでは、多方面から集まったデータをもとにさまざまなAPIを利用可能で、各APIを組み合わせることでさまざまな分析を行える。用意しているAPIは、圃場の形状をデータ化した「地図API」や、天気・雨量などの過去データや予測データなどを収録した「気象API」、農地面積や農地種別など農地に関するデータを参照・更新する「農地API」、AIなどを利用して農作物の生育予測を行う「生育予測API」、農研機構などが提供する土壌に関するデータを収録した「土壌API」など多種多様だ。

「WAGRI」のデータフロー(画像提供:株式会社ネクストスケープ)

 さらに、WAGRIの参加企業が自社のデータをAPIでWAGRIに連携させようとした場合に、どの組織のデータと連携させるかどうかをユーザー自らが管理することもできる。例えば農機メーカーが農機の走行実験データをWAGRI上に登録する際、他の農機メーカーにそのデータを見られないようにしたまま、農業分析ツールを持つシステム会社や研究組織などは見られるようにするといった制御が可能となる。

 また、日本全国の水稲の生育予測を地域ごとに細かく分析し、「この作物を植えたらいつごろに発芽して、刈り取りの時期はいつぐらいか」という情報を管理し、刈り取る時期が集中しないように植える時期を分散させた営農計画を作ることも可能だ。このような研究は以前から農研機構などの研究組織が行っていたが、WAGRIを使うことによって地域ごとにさらに細かく分析できるようになる。

 「WAGRIのシステムの特徴は、データを登録すると自動的にAPIが生成され、API同士でシステム間連携を容易に行える点です。加盟企業のみなさんがWAGRIの管理画面上でデータ登録やデータ連携などの操作を自由に行うことで、新しいAPIが続々と作られており、現在は約200のAPIを利用可能です。」(小杉氏)

 WAGRI協議会には二百数十社が参加を表明している。現在は試験運用の段階で、来年の4月から本格稼働する予定だ。

 従来のSI事業だけでなく、AlterLockやWAGRIなど多様な分野に取り組んでいるネクストスケープ。一見するとこれらの取り組みにはそれぞれあまり関連がないようにも見えるが、その根底にある思いは全て同じだ。

 「当社は本当にいろいろな事業を展開していて、よく『何の会社かよく分からない』と言われますが、どのような時代、どのような分野であっても、常に『お客さまに必要とされる会社になりたい』と考えています。とにかく新しい技術でお客さまのイノベーションを促進すること、そして自分たちそのものがイノベーションを起こすこと。そのようなことができる企業を目指しています。」(小杉氏)

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。