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地図づくりはAIに凌駕されるか? 地図製作のプロが集い、シンポジウム開催
2019年12月19日 09:00
一般社団法人地図調製技術協会が11月22日、技術シンポジウム「これからの地図づくりを考える」を測量年金会館(東京都新宿区)にて開催した。同協会は、地図製作専業社が中心となって1975年に発足した協会で、地図調製(地図の編集から最適化、公開・印刷までの一連の業務)をはじめ、地理情報全般について幅広い活動を行っている。今回のシンポジウムでは、「地図づくりはAIに凌駕されるのか」というテーマについて、地図製作に関わるさまざまな識者が登壇した。
ディープラーニングで地物の分類に取り組む国土地理院
基調講演では、国土地理院企画部の藤村英範氏(地理空間情報政策調整官)が登壇し、「地図づくりはイノベーションで安堵されるか」と題して講演を行った。
国土地理院が提供するウェブ地図「地理院地図」のシステムの開発に携わった藤村氏は、国土地理院で進めているイノベーションへの取り組みとして、ディープラーニングを用いて画素単位で地物を分類する「セマンティック・セグメンテーション」という手法を紹介した。この手法では、学習データの多い自然植生や道路、建物、水域、既耕地については良好な結果が得られる一方で、学習データの少ない擁壁や水制(海岸や河岸が削られるのを防いだり、流れを調整したりするために設けられた工作物)、雪覆いなどの認識は難しいという。
国土地理院のAIによる地図作製の自動化への取り組みは現在、5年計画の2年目を迎えている。地図作製へのAI導入のメリットは更新が早くなることであり、そのメリットを生かすため、災害対応により成果を先行公表する可能性もあるとのこと。まずは、修正・更新した部分を検査する工程など、一部の工程に自動化を先行導入するほか、公共測量へ水平展開するなど、段階的に導入することを検討している。
一方、地図データの生産やホスト、スタイル、最適化など地図の“刊行”の面においても、従来のラスターデータによる配信から、データ量が少なく動作の速いベクトルタイルによる配信に切り替えていくことでイノベーションを図っている。藤村氏は数年前に国連に出向し、各国の地図データのベクトル化を支援するためのオープンソースソフトウェアを集めた「国連ベクトルタイルツールキット」を創設して、その普及に取り組んできた。
同ツールキットは、地図の専門家ではない各国の行政職員が自国の地図のベクトルタイルを生産・提供できるようにパッケージしたもので、現在は国連グローバルサービスセンター(UNGSC)のウェブサイトで使用されているほか、国土地理院でも今年7月に同ツールキットを用いて開発した「地理院地図Vector」というサイトを試験公開している。
「われわれが“地図屋”であるにもかかわらず、ソフトウェアのプロジェクトを行っている理由は、われわれの武器はコンテンツや表現であり、そのための道具をコモディティ化することでわれわれの強みを伸ばし、結果として地図の多様性を守ることにつながると考えているからです。」(藤村氏)
最近では同ツールキットを使って統計データを表現したり、土地利用管理への応用を検討したりと、さまざまな分野への展開を進めている。また、同ツールキットや地図データをRaspberry Piなどの超小型PCに搭載し、デモや技術移転を可能にする取り組みも進めている。
「AIやベクトルタイルなどのイノベーションはあくまでも道具に過ぎませんが、(先に進んだら)誰も後戻りはできません。重要なのは人の意思であり、イノベーションという道具を使って、あるいは使わずに、“自分が何をどのようにするのか”を考えることが大切です。大事なのは“いい地図を作る”ことであり、その地図がしっかり伝わること。伝わるまでが“地図”なんです。」(藤村氏)
航空写真や調査車両による画像をもとに、家形や変化情報を検出
基調講演に引き続き、AI技術などを用いた地図づくりの今後について、さまざまな企業・組織による講演が行われた。その中の1つとして、インクリメントP株式会社の米澤秀登氏(第二技術開発本部長)による「地図づくりの未来~AIの活用に地図の作成更新の自動化やその課題~」と題した講演を紹介する。
米澤氏は、インクリメントPの地図工程では、全国の現地調査画像や航空写真を目視確認して変化箇所を発見することに多大な労力が使われているため、同社では人手による工程を最小限にして地図整備の工程を効率化し、地図更新の即時性を向上させることを目標にさまざまな取り組みを行っていると語った。その1つとして、自動運転向けに開発している3次元の高精度地図(HDMap)や、ADAS(先進運転システム)向けの物体を認識する技術を、標準地図(SDMap)の作製にも適用することを検討している。
AIを活用した地図整備工程の自動化については、航空写真をトレースして家形(建物の外形)を描く際に、対象家形のポリゴンを自動生成させて、複雑な家形で間違った形になってしまった場合は補正し、それを学習させて、育成したニューラルネットワークを利用して次の編集作業に活かす研究を行っている。ただし、まだ品質面に問題があることや、自動化を導入することでどれだけ工程が改善されるかが不透明なので、実用には至っていない。
このほか、航空写真をもとに家形や道路、山林・植生、水部などをAIを使って自動的に分類し、色分けしたラベル画像に変換する研究も行っている。この研究については、教師ペアを逆にすることで、色分けしたラベル画像から航空写真のような画像へと逆方向に変換する実験も行っている。
同社は全国各地の道路を走行して撮影した調査画像をもとに信号などの位置を抽出し、変化情報をクラウドで分析した上で、マスター地図を更新し、差分情報をユーザーに配信して地図の鮮度を維持するというエコシステムの実現を目指している。将来的には、道路標識や信号機情報の自動検出、車線情報の自動認識、信号など地図データの変化点を自動検出させることを検討しているほか、プローブ情報を活用して地図を更新することも検討している。
「AIを利用することで整備効率化を図ることについて、一定のめどは付いていますが、規制情報など映像には写らない情報については、まだ労働集約型の工程が必要です。地図更新の即時性を向上させることについてもめどが付きそうではありますが、カーナビ会社など顧客ごとに仕様の異なる地図コンテンツを提供する場合は、手元に届くまでのタイムラグが課題となります。また、整備効率化によって、従来のカーナビ向けの品質基準を維持できるかどうかも重要な点で、実際に導入するにあたっては品質基準の面でまだ課題があります。」(米澤氏)
LiDAR搭載車両が取得したデータやプローブ情報を活用し、地図更新に取り組むHERE
インクリメントPに引き続き、同社と日本においてパートナーシップを組んでいるHERE Japan株式会社の山下順司氏(APACプロダクトシニアプロダクトポートフォリオマネージャー)による講演も行われた。同社は約30年の歴史を持つ地図会社で、世界200カ国で地図製作に関わってきており、欧米において、特にナビゲーションシステム向けの地図では高いシェアを誇っている。
同社は2020年に地図製作の大部分を自動化するために大きな投資をしており、3Dデータの取得、画像認識や機械学習、ワークフローの自動化、コミュニティの活用、ビッグデータ解析などの手法の導入を進めている。これは、いかに早く、効率よく地図の変化点を検出し、迅速に地図を更新するかを追及するための取り組みである。
3Dデータの取得については、「TRUE drivers」というLiDAR(レーザースキャナー)やカメラを活用した車載システムを保有しており、この車両によって膨大なデータを収集し、すばやく加工して地図に反映していくことを目指している。これにより、従来のプロセスと比較してコーディング作業が大幅に効率化されているという。
また、位置情報付きの路上画像を投稿・公開できるサービス「Mapillary」を活用した取り組みも行っており、同サービスの画像から、ディープラーニングによるピクセルレベルのセグメンテーションなどを行うことで、道路標識や建造物の高さ、店舗名、道路名などの変化を検出できる。近年、特に英語圏においては処理の精度が非常に高くなってきているという。
プローブを活用した地図更新の自動化も進めており、取得したプローブ情報を使って、機械学習を活用することにより、新規開通道路などの地図の変化点を検出し、検証まで行うことも可能になっている。同社は世界各国から収集した膨大なプローブデータをもとに、変化点を自動検出して地図に反映しているという。
さらに、衛星写真をもとに、ビルや駐車場の形状を検出して補正するというプロセスの自動化も進めている。この処理の精度は技術改良を経て年々高まっており、最後の確認は人手を介することで品質を保っているが、この確認作業についても、いずれは自動化したいと考えている。このほか、データ収集の自動化も強化しており、データ収集から地図の反映までの全行程の自動化を推進している。
同社はこの5年間で、地図会社から、データとプラットフォームを扱う会社へと変革を進めている。現代の複雑化する課題に対応するためには、さまざまな企業や個人が保有するデバイスや車両から膨大なデータを取得し、それを解析して幅広く共有することが必要であり、この核となるのが同社の「Open Location Platform(OLP)」だ。OLPは、自動車のセンサーやIoT機器からデータを収集し、基盤にある地図データと関連付けながらビッグデータの解析を行い、そこで新たな価値が付与されたデータを配信することを狙いとしている。
OLPはオープンで中立なプラットフォームを目指しており、位置情報に関わるさまざまな企業や、HEREと競合関係にある企業にも参加してほしいと考えている。あくまでもデータの所有者はデータ提供企業であり、公開範囲を決めて売買することもできるため、参加する企業はOLPを利用することで、付加価値を高めて効率よくデータの価値を高めてマネタイズできる。
「HEREは地図を作る会社から、ロケーションデータを使って課題解決をする会社へと、自ら再定義して変革を行っています。そのために地図作りの自動化を進めていますし、OLPという基盤も立ち上げました。ロケーションデータによる課題解決は、1つの政府や企業が単独で成し遂げることはできません。それぞれの組織や個人が得意とする領域の中でデータを持ち寄り、連携を深めることが大事です。当社は多くの組織と連携を密に取ることで、位置情報による課題解決に貢献していきたいと考えています。」(山下氏)
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。