期待のネット新技術

日本発の規格「Wi-SUN」、「IEEE 802.15.4g」としてスマートメーター向けに展開

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第9回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

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Low Rate WPAN「IEEE 802.15.4」に属するLPWA規格「Wi-SUN」

 免許不要なアンライセンスバンドのLPWA規格第2弾として、今回は「Wi-SUN」を紹介したい。Wi-SUNは、日本発の規格でありながら国際標準規格「IEEE 802.15.4g」として展開されている。同様に日本発の規格はいくつかあるが、そのほとんどが独自規格のままなので、ちょっと珍しいパターンである。

 IEEE 802.15.4g、という名前から推察できるように、この規格はIEEE 802.15.4の派生形とでもいうべきものである。元々「IEEE 802.15」は、無線を利用した近距離通信規格(WPAN:Wireless Personal Area Network)のためのもので、以下が既に仕様策定が完了しているものとなるが、このほかにも、進行中の物が多数ある。

  • IEEE 802.15.1 : WPAN/Bluetooth
  • IEEE 802.15.2 : Wi-Fiとの互換性を保つ仕様
  • IEEE 802.15.3 : High Rate WPAN
  • IEEE 802.15.4 : Low Rate WPAN
  • IEEE 802.15.5 : Mesh Network
  • IEEE 802.15.6 : Body Area Network
  • IEEE 802.15.7 : Visible Light Communication
  • IEEE 802.15.8: Peer Aware Communications

 Wi-SUNは、上記のうちLow Rate WPANに属する規格となるが、実はこのIEEE 802.15.4をブレイクダウンすれば、標準化が完了した規格だけでも、IEEE 802.15.4a/4b/4c/4d/4e/4f/4g/4j/4k/4m/4p/4r/4s/4t/4vがある。さらに、標準化作業中のものがIEEE 802.15.4md/4w/4x/4y/4xとなっている。

スマートメーター向けの無線技術としてNICTが開発

 これを全て細かく説明していると、Wi-SUNの話にたどり着かないので今回は割愛するとして、IEEE 802.15.4gについて解説していこう。これを開発したのはNICT(情報通信研究機構)である。

 元々NICTは建物内の電気・ガス・水道用メーターの自動検針や状況監視、動作制御といった、いわゆるスマートメーターの利用のための無線技術を開発しており、これをベースに「Wi-SUN(Wireless-Smart Utility Network)」というプロトコルを策定した。

 ただしNICTは、Wi-SUNを独自の規格として策定するのではなく、IEEEによって標準化された規格にしたいという意向を持っており、このWi-SUNもこれに則ったかたちだ。このあたりの経緯は、「スマートグリッドを実現する802.15.4g(SUN)の標準化動向を聞く!」として、スマートグリッドフォーラムに全5回の連載として掲載されているので、興味ある方はご覧いただきたい。

 NICTはこれと並行して、Wi-SUNを普及させるWi-SUN Allianceを立ち上げており、メンバーは原稿執筆時点でPromoterが9団体、Contributor Memberが77団体、Observerが8団体、Adapterが98団体という、結構な規模になっている。最終的にこのWi-SUNは、2012年5月に標準化を完了しており、その後は普及に向けた努力が行われている、という段階だ。

 そのWi-SUNであるが、基本はIEEE 802.15.4、つまりZigbeeなどとも同じ方式である。ただし、以下のようにいくつかの拡張がなされている。

  • 1GHz未満のISM Bandも利用。具体的には1GHz未満と2.4GHz帯の両方をサポートし、後は国別に利用する周波数帯を切り替える。全世界対応は2.4GHz帯のみ
  • 変調方式はIEEE 802.15.4の「OQPSK(Offset QPSK)」に加え、FSK/OFDMの3種類をサポートし、割り当て周波数帯に応じて細かいパラメーターを決めるかたち。国内では3種類とも利用可能だが、主にFSKが主流
  • PHYのフレーム構造を変更
  • 異なるPHY間の共存、あるいは干渉防止のため「CSM(Common Signaling Module)」を用いた「MPM(Multi-Physical Layer Management)」機構を搭載
世界各国における周波数帯の割り当て一覧。中国やアメリカでは400MHz帯が利用できるので、相当到達距離が伸びそうだ。出典はNICT児島史秀氏“NICTにおけるWi-SUN多様化のための取組み”(PDF)

 ちなみに、最後に出てきたMPMとは、CSMを利用して定期的に「EB(Enhanced Beacon)」を発信する仕組みである。このEBを発信するのは、「Coordinator」(IEEE 802.15.4で規定されたネットワークを構成する親機。Wi-Fiで言えばアクセスポイントに相当)だが、各々のCoordinatorは、自分とは異なるEBを受信することで、自らのネットワークの領域に自分以外のCoordinatorが存在することを認識できる。このため、タイミングをずらすなどの方法によって干渉を防ぐ、という仕組みだ。

 ここまでは主にPHY層の話なのだが、MAC層にも若干の変更が加わった。この変更はIEEE 802.15.4eとして規定されている。これもあってWi-SUNはIEEE 802.15.4g/4eなどと表記される場合もある。このMAC層の変更は、Wi-SUN関連で言えば省電力向けの拡張に相当するものだ。

MAC層関連の変更。上にもある通りIEEE 802.15.4eは、Wi-SUNのためだけでなく、ほかの規格向けの拡張も内包している

 Superframeを拡張したLE Superframeは、同期用のビーコン信号を休止することで省電力化を図る。ただし「BI(Beacon Interval)」を利用したTDMA制御はそのまま残す。また、送信可能な期間である「Active Period」を超えての送信も可能にする。ただし、これは受信側がそれを希望する場合のみ受信可能だ。

 CSLは、省電力通信のために追加されたプロトコルだ。受信側が定期的に短時間の受信待機を行う一方で、送信側はData Frame送信の前に、Wakeup Frameを連続送信して、受信側に送信データがあることを通知し、それからData Frameを送信するという仕組みである。これにより、送信までのレイテンシーを、以下のRITよりも短縮できる一方、Wakeup Frameを連続送信するので、多少余分な消費電力を必要とする。

 一方のRITも同様に追加されたプロトコルだが、受信側からDataReq Frameを定期的に送信、その後に受信待機を行うという、受信側がイニシアチブを握る方式である。送信側にデータがある場合は、このDataReq Frameを受信したら直ちにデータを送信し、さもなくば何もしないというかたちで、CSLよりも消費電力を下げやすい一方、Latencyはやや増える傾向にある。

到達距離は最大500m、50Kbps~200Kbpsの転送速度、単三電池2本で10年稼働

 さて、このWi-SUNのターゲットは、先にも書いたようにスマートメーターなどだ。このため、転送速度は50Kbps~200Kbps程度(利用する周波数帯や変調方式による)ながら、到達距離は最大500m程度(これも利用する周波数帯による)で、消費電力は単三電池2本で10年程度の電池寿命が実現できることが目標とされた。

 到達距離の500mはかなり難しい気もするが、実際にNICTによる実証実験では、1ホップあたり500mの距離の通信に成功しているという。

見通しのいい屋外なら、500mの到達距離は実現可能な模様。ビルの複数階に跨る場合も通信できるので、高層マンションでネットワークを分割せずに、といった無茶を言わなければ問題はなさそうだ

 ちなみに、Wi-SUNそのものは、主にPHY層とMAC層のプロトコルで、その上位に関しては基本的に特にベースとなるものは定められていない。ただ、国内ではこのWi-SUNの上に「ECHONET Lite」というスマートホーム向けのプロトコルが載ることが想定されている。

Wi-SUNプロファイルに何を含むかは、上位のアプリケーション次第だ。例えば「ECHONET Lite」向けには、6LoWPANとIPv6、TCP/UDPの各プロトコルに加え、認証プロトコルの1つである「PANA(Protocol for Carrying Authentication for Network Access)」が実装される

 ただ、ECHONET Lite以外は載らないという意味ではなく、Wi-SUNを利用する最初のアプリケーションはECHONET Liteを載せている、という意味である。こちらは既に国内のスマートメーターに広く採用されており、その意味ではこれまで説明してきたどのLPWA方式よりも広く国内で使われている、という言い方もできる。

 ちなみに、あまり知られていない話だが、スマートメーターの情報は、自分の契約している回線に限り、Wi-SUN経由で取得できる。基本的に国内の電力会社は、全てBルートサービス(電力メーター情報発信サービス)を提供している。このため、例えば東京電力などの電力会社に申し込めば、自分の家のスマートメーターにアクセスするためのIDとパスワードが無料で入手できるのだ。

 あとは、このIDとパスワードを使ってスマートメーターにアクセスすれば、電力の使用状況などがリアルタイム(といっても30分間隔だが)で取得できるというものだ。ただその場合にはWi-SUNでのアクセスが必要になる。

 IIJではこれに向けて「SA-M0」というアダプターを発売しているが、残念ながら法人向けサービスである。個人向けでは、NextDriveのCUBEというゲートウェイが個人で購入できる。

IIJのWi-SUN対応スマートメーターBルートアダプター「SA-M0」
NextDriveのゲートウェイ「CUBE」

 腕に自信のある人は、ロームのWi-SUNモジュールを入手して、自分でプログラムを書いてもいいだろう。モジュール及び評価用ボード向けのサンプルプログラムなどは、ロームから提供されている。

 少しスマートメーター関連で寄り道してしまったが、次回はこのWi-SUNの発展形の話をしたい。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/