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MCT向けの省電力LPWA規格「LTE Cat.M1」、国内提供は免許が必要で携帯電話キャリアが中心に

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第5回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧

省電力性を高めたMCT向けのLPWA規格「LTE Cat.M1」

 今週の「LTE Cat.M1」は、消えてしまった「LTE Cat.0」を、いわば作り直したというべき規格である。前回も書いたが、「LTE Cat.1」はLow Powerと呼べるかどうかギリギリ、というあたりの規格で、その分到達距離も長いし、通信速度も高い。だが、到達距離はともかく、通信速度はこんなに要らないから、その代わりもっと安くできる規格を、という声が、LTE Cat.1の制定前後から多く聞かれた。

 そうした声を受けて、2015年3月の「3GPP Release 12」で追加されたのが、LTE Cat.0(正式名称はLTE UE Category 0)である。もっともキャリアの発表を見ると、「LTE-M」という表記を利用している場合も多い。分類としては「MCT(Machine-Machine-Type Communications)」向けとなっており、主要な特徴として以下が挙げられる。

  • データレートを最大1Mbpsに制限
  • FDD Half Duplexのサポート
  • 1アンテナでの受信のサポート
  • PSM(Power Save Mode)の追加
2015年3月に完成した「3GPP Release 12」

 ただし、チャネル幅は引き続き18MHzのままで、送信出力も最大23dBmとなっている。とりあえず送信できる時間を減らすとともに、待機時の消費電力を下げることで、平均的な消費電力をLPWAの水準にまで引き下げた、というものになっている。

 このLTE Cat.0であるが、どうやら当初はLTE Cat.4対応のモデムをそのまま流用することで低価格化できると見込んでいだ節がある。ただし、実際に仕様が策定されるとともに、各キャリアがサービスに向けて検討を開始したものの、どうやっても数千円程度までにしかモデムの価格は下がらなかった。

 要するに、量産効果が思ったほど期待できなかったわけだ。どうやら、LTE Cat.4のモデムをベースにしたのがむしろ悪手だったようだ。LTE Cat.4は当初、プレミア付きサービスとしてスタートしたケースが多く、モデムが高価でもさして問題はなかった。そして時間の経過とともに、より高速なCat.6以降へとトレンドが推移したのだが、Cat.4は普及価格帯にはならず、より高速なCat.6以降で低価格化が進んだということらしい。

 そうしたこともあり、Cat.0のサービスを開始する通信キャリアは結局出現しなかった。国内だけでなく、海外でも結局サービスインした事業者の話は全く聞かないままで、立ち消えになってしまった。ただ、LTE Cat.0の目指したマーケットが存在しないわけではなく、より現実的なソリューションを求める声は引き続き高かった。そこで、2016年の「3GPP Release 13」で「Cat.M1」(LTE UE Category M1)というかたちで対応がなされた。

2016年3月に完成した「3GPP Release 12」

「Cat.M1」、単3電池2本で10年以上の寿命へ省電力性能を向上

 Cat.0とCat.M1の最大の違いは送受信帯域だ。Cat.0の18MHzに対し、Cat.M1はこれを1.08MHzにまで絞った。これにより、モデムの価格をおよそ半分まで下げることが可能、という目論見である。

 アンテナは1本だが、送受信はHalf Duplexに加えてFull Duplexのオプションも復活しているが、送受信のデータレートは1Mbpsで変わらない。送信出力は20dBmもしくは23dBmということで、おおむねCat.0の仕様を引き継ぎながら、より低価格化を目指した規格となっている。

 ちなみに送信電力に20dBmが追加されたのは省電力への対応であるが、20dBmの場合は到達距離が減ってしまう危険がある。これに対応するため、Cat.M1では複数のサブフレームを使って、同一のデータを繰り返し送信することで、特にSNRの悪い状況で15dB程度のカバレッジ拡張を実現するという実装が行われている。

 この際には、サブフレームの再送を、同一周波数を利用し、連続して行うのではなく、周波数ホッピングを利用して、1つのLTE送受信帯の中のあちこちの周波数で再送を掛けることで、効率よくカバレッジを改善するという仕組みが用意されている、これにより、到達距離を補うようになっている。

 省電力に関して言えば、Cat.0で定義された「PSM」がさらに拡張されることになった。まずは「eDRX(extended DRX)」。もともとLTE Release 8の時点で「DRX(Discontinuous Reception)」と呼ばれる仕組みが追加されていた。これは、モデムの受信部で常時受信待機するのではなく、間欠的に受信を行うようにして、受信を行わない待機中はRF部を停止することで省電力化する仕組みである。

 eDRXでは、この待機の時間を大幅に伸ばしており、Cat.M1では最大43.96分まで待機可能となっている。ちなみに通常のLTEの場合は、この待機時間は最大でも10.24sec(Cat.M1では5.12sec)となっており、トランシーバーの消費電力に関して言えば、eDRXを利用することで単3電池2本で4.7年のバッテリー寿命が確保できるという試算も出ている。

 PSMは、さらに長期間待機させたい場合に利用するもので、最大では10日以上通信をしないことが可能になっている。こちらを利用すると、単3電池2本で10年以上のバッテリー寿命が確保できるとされている。

免許が必要なCat.M1の国内提供は携帯電話キャリアが中心

 幸いにも、このCat.M1は、モデムメーカーやキャリアの支持を得て、無事にサービスが立ち上がることになった。比較的動きが早かった携帯電話キャリアは国内だとKDDIだ。2016年中にイスラエルのAltairの装置を利用したテストをデモしたり、2017年中には「KDDI、福島でIoT向け通信規格『LTE Cat.M1』の屋外実験」や、「KDDI、沖縄でLTE-Mを活用したIoTごみ箱の実証実験」などいくつかの試験サービス提供を行っており、この知見を基に、2017年11月には「KDDI IoTコネクトLPWA」を発表している。

「KDDI IoTコネクトLPWA」のイメージ

 次いで、ソフトバンクが2018年4月にやはりCat.M1のサービスを開始。これにやや遅れて、ソラコムNTTドコモも、それぞれ2018年9月にサービス開始を発表している。

 これまでに紹介した「LoRa」や「Sigfox」と異なり、免許が必要な帯域を利用したサービスとなるので、基本的には既にLTEの免許を取得しているキャリアでないとサービスを提供しにくいという側面はある。なお、ソラコムはKDDIの子会社で、事実Cat.M1の回線そのものはKDDIのものを利用している。

 ただ、MVNOでありながらCat.M1のサービスに向けて準備を開始するIIJのようなメーカーもあるわけで、今後はこうした展開も増えてくる可能性がある。

 一方、モデムもそれなりに安価になりそうだ。今のところは通信キャリアが認証済のモジュールをサービスとともに提供する、というビジネスモデルになっているため、モデムを単体で入手するのは現実的ではない。

 しかし、例えばTelitの「ME910C1」というCat.M1向けモジュールは、NTTドコモが日本向けとなる「ME910C1-J1」を認証済なのだが、この北米向けモデルであれば、モジュール単体ではおよそ1つ27.5ドルほどで購入できる。

TelitのCat.M1向けモジュール「ME910C1」

 この手の製品の価格は、通常はまとめて数千とか数万個からのロットが前提で、ディストリビューターから1個単位で購入すると1000個の2~3倍となる価格が平気で付くことを考えれば、キャリアの購入価格は1個あたり10ドルを切っているのは確実だろう。ほぼ、3GPP Release 13での目論見がうまくいった例としてもいいだろう。

 ちなみに3GPP Release 13では、今回のCat.M1に加えて「LTE Cat.NB1」(NB-IoT)という規格も定められている。次回はこれを紹介したい。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/