期待のネット新技術
20万台もの対応デバイスが強み、3ホップまでのメッシュに対応する「WirelessHART」
【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第13回)
2019年6月4日 06:00
LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。
この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。
「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧
- 省電力で広範囲であればLPWA、新規格も次々登場、LTEやWi-SUNの一部も?
- 世界各地で広範に利用できるLPWAの老舗「SIGFOX」
- おおむね10kmをカバーする「LoRa」、51カ国で100事業者が提供
- M2M向け規格「LTE Cat.1」、最大10MbpsでLTE同様のカバレージのハイエンドLPWA?
- MCT向け省電力規格「LTE Cat.M1」、国内提供は要免許で携帯電話キャリアが中心に
- 単三2本で約10年稼働の省電力規格、“NB-IoT”こと「LTE Cat.NB1」
- 2Gしか通信インフラのない地域向けのLPWA「EC-GSM-IoT」
- 1km超で通信可能な「Wi-Fi HaLow」こと「IEEE 802.11ah」
- 日本発の規格「Wi-SUN」、スマートメーター向けに展開
- メッシュ対応で最大300kbpsの「Wi-SUN HAN」
- 広範囲カバー時のコストパフォーマンスに優れる「RPMA」
- 通信の冗長性を確保するLPWAらしからぬ通信技術「FlexNet」
- 20万台ものデバイスが対応、3ホップメッシュが可能な「WirelessHART」
- 柔軟さと相互接続性を確保した工場向け通信規格「ISA100.11a」
- バッテリーレスで動作する“超”低消費電力の「EnOcean」
- 周波数利用効率が高く、微弱な信号で通信可能な「Weightless-P」
- 4ホップまでのメッシュをサポート、今後の立ち上げを狙う「ZETA」
- ソニー開発の「ELTRES」、274kmの到達距離、時速40kmでも通信可能
- メッシュ前提の転送方式「CTF」を採用した「UNISONet」
- 最大150kbps、単三で電池寿命20年のIoTアプリ向け「Milli 5」
- 433MHz帯の利用で到達距離と低消費電力を両立した「DASH7」
- IoTはレッドオーシャン? LPWAはコストと期間での評価へ
- UNISONet 7つの特徴、今後と海外への展開は?~ソナスインタビュー前編
- LoRaやNB-IoTでカバーできないニッチメジャーを目指す ~ソナスインタビュー後編
WirelessHARTのもとになった「HART」
今週紹介する「WirelessHART」は、LPWAというよりは「FAN(Factory Area Network)」、あるいは「FieldBus」として分類されることが多い。
ただし、LPWAの要件を満たさないかというと、そうでもない。何しろIEEE 802.15.4をそのまま使っているので低消費電力だし、工場などでの利用が前提とされ、敷地内ではあっても屋外での利用も想定されていて、ワイドエリアもサポートしているあたりから、LPWAの仲間として扱っても差し障りないと筆者は考えている。
では、なぜこれがLPWAとして分類されないかというと、何しろLPWAという概念が生まれる前から普及していて、先に書いたFANやFieldBus、あるいはWireless Sensor Networkなどにカテゴリー分けされていたため、今さらLPWAとする必要もないと判断されたのかもしれない。
さて、そのWirelessHARTという名前からも分かるように、大元は「HART(Highway Addressable Remote Transducer)」という規格で、これを無線化したものとなる。HARTを開発したのは米Rosemountであり、正確には不明ながら、その時期は、おおむね80年代中盤とされている。
HARTの物理層は「Bell 202」という2線式モデム
WirelessHARTのもとになったHARTそのものは、プロトコル層の名称で、物理層は「Bell 202」という2線式のモデムであった。要するに4~20mAのカレントループを利用した電話線そのものである。
この電話線のインフラを利用し、デジタルデータの上にアナログ信号を通すことで音声通話やデータ通信が行われていたわけだ。これをそのまま流用してデータ通信を行うなら、「Bell 202をそのまま使えばいいじゃないか」となりそうな話である。
ただし、HARTではこれに加えて、アナログデータの送信も可能だった。要するに、4~20mAの電流値をサポートするので、例えばリニアな温度センサーを繋いで0℃で4mA、100℃で20mAと設定してやった上で、電流値を測って値が読み取れる、というような仕組みも用意されていた。
今だったら、こんな仕組みはむしろ不便だろう。高速かつ高精度な「ADC(Analog Digital Converter)」が簡単に手に入るし、温度センサーにADCを取り付けてデジタルで値を拾うことも簡単だ。さらに言えば、最初からADCを内蔵して、デジタルで温度データが取れる温度センサーも多数出ている。だが、まだ80年代には、アナログデータをそのまま送れる方が便利だった、という時代背景を考えれば、これは納得できる点だ。
HARTのプロトコル層はシンプルなMaster/Slave方式
ここまでは物理層の話だが、HARTのメインであるプロトコル層は、基本的にはシンプルなMaster/Slave方式である。要するにネットワーク上にMaster(基本は1台だが、Primary/Secondaryの2つのMasterを置くことも許される)があり、同じネットワークにぶら下がるSlave機器に対してCommand(Request)を送ると、Slaveがこれに対してResponseを返すという方式だ。I2CやUSBなど、実装例も多い。
先に電話線がベースと書いた通り、基本はPoint-to-Pointでの接続、つまりMasterとSlaveが1:1で繋がる。ただし、Secondary Masterを追加したり、複数台のSlaveを同じネットワークにぶら下げる(Multi Dropモードと呼ばれ、オプション扱い)ことも可能だった。
Commandには、大きくUniversal/Common Practice/Device Specificの3種類があり、Universalは全てのMaster/Slaveがサポートすべきもの、Common Practiceは必須ではない(のでオプション扱い)が多くの機器でサポートされているもの、Device Specificは、もう名前の通りである。
この当時だから、相互互換性を維持するといった意識はまだ低く、個別での対応が多くなるのは致し方ないところだ。それでも、実はあまり困ることはなかった。
プラント制御大手の米Emerson Electricがセンサーネットワークの構築にHARTを利用
HARTを開発したRosemountの親会社である米Emerson Electric Companyは、プラント制御の大手で、発電所や石油精製所、化学プラントなどを手掛けるメーカーだ。プラントのような大規模なシステムでは、さまざまな箇所で温度や圧力、流量、振動etc……などの各種情報を取得する必要があったため、プラント中にはさまざまなセンサーがばら撒かれることになる。
Emerson Electricは、このセンサーネットワークの構築にHARTを利用し、Masterにあたる機器を用意した。そして多数の企業が、ここに繋がるさまざまなセンサーを開発してEmerson Electricに納め、プラントに設置されるという流れとなっていた。
こうなると各社とも、Emerson Electricの提供するMasterにあたる機器と、確実に通信できるようにするわけで、現実問題として相互接続性はそれほど問題とならなかった。
その後、Rosemountは、HARTプロトコルをオープン化する。1993年にHART Communication Foundationを設立し、ここが仕様策定などに携わることとなった。そのHART Communication Foundationは、2014年に同じくFieldBusの標準化を行っていたFieldbus Foundationと合併し、新たに立ち上げられたFieldcomm Groupが、現在はHARTの仕様策定を行っている。
オープン化されたHARTプロトコルがベースの「Wireless HART」物理層にはIEEE 802.15.4を採用
ここでようやくWireless HARTに話が戻る。HART Communication Foundationに加盟していたメンバーに、Dust Networkという企業があった。同社は2011年にLinear Technologyに買収され、その後Linear TechnologyがAnalog Devicesに買収されたことで、現在はAnalog Devicesの一部になっている。そのDust Networkが2007年に開発したのが、プロトコル層はHARTのまま、物理層をIEEE 802.15.4に置き換えた無線接続のHARTとなるわけだ。
このDust Networkが開発したWireless版HARTは、HART Communication Foundationで標準技術として採用され、WirelessHARTと名付けられた。この際、例えば冒頭で説明したようなアナログ量の伝達などが、WirelessHARTのMESHでは削除されている。
そもそもMESHプロトコルそのものがいくつかあるのだが、最も普及しているのがRevision 5、そのRevision 5のデジタル通信機能を強化したのがRevision 6で、そのRevision 6にIEEE 802.15.4を組み合わせたのが、WirelessHARTの初代バージョンとなる。
その後、有線から無線に切り替えたことで遅延やエラーへの対策が必要になり、これに加えてさまざまな機能を追加したのがHART Revision 7となる。現在の最新版はRevision 7.5で、Common Practice Commandがいくらか追加されたほか、Discrete/Hybrid Deviceの追加などがなされている。
最大転送速度は250kbps、3ホップのメッシュで700mをカバー、電池寿命は32秒ごとの通信で10年
さてそのWirelessHARTについて、ほかのLPWA同様に特徴を列挙すれば、以下のようになる。
- 最大転送速度そのものは、おおむね250Kbps程度
- 転送頻度は8秒ごとに1回
- 到達距離は最大200m、平均では100m程度。3ホップまでのメッシュ構成で700m前後を実現
- 電池寿命は8秒ごとの通信で5年、32秒ごとで10年
転送速度については、もともとのHARTは1200bps、RS-485経由のものでも38400bps程度だったことを考えると、それなりに十分高速とは言える。転送の頻度は(バッテリー寿命とのバーターであるが)、最も高い場合で8秒ごとに1回の通信が可能だ。もともとのHARTが1時間に1回の通信という頻度だったことを考えれば、これも十分に高速だろう。
カバレッジについては、障害物の多い屋内ではこれよりもう少し距離が縮まる一方、見通せるような屋外では200mを超える(理論上Point to Pointでは225mが上限)。ただし、3ホップまでのメッシュ構成が可能で、これをフルに使えば、理論上700mほどのカバレッジが獲得できるとする。敷地内の距離が1kmを超えるような工場では、複数のマスター(ゲートウェイ)が必要になるだろうが、そうでなければ1台のマスターでも、ぎりぎりまかなえるだろう。
消費電力は、上にも書いた通り通信頻度とのバーターになるので、データ量などにもよるが、通信が8秒ごとなら5年、32秒ごとなら10年だという。こうした電池寿命についての数字は、ワイヤレスメッシュ対応製品の提供ベンダーであるABB Technologyから示されたものだ。
膨大な対応デバイスがWirelessHARTの強み下位層はIEEE 802.15.4のまま、上位層を置き換えた「SmartMesh」も
強いてLPWAらしくないところを挙げれば、上位プロトコルがHARTとなる点だろう。TCP/IPとの互換性はないため、あくまでHARTで利用するしかない。ただ、WirelessHARTそのものは、一応は標準規格(IEC 62591:2016)になっている。
ただこの点について言えば、WirelessHARTを開発したDust Networkが、下位層は同じIEEE 802.15.4のままで、上位層を「TCP/IP(6LowPAN+UDP)」へと置き換えた「SmartMesh」という製品を開発しており、現在もAnalog Devicesがこれを提供している。「Dust Consortium」という標準団体まで策定されているが、これはLinear Technologyが立ち上げたもので、Analog Devicesの買収後は動きが止まっているようだ。
そのWirelessHARTの強みは、膨大な数の対応デバイスが既に世の中にあることだろう。やや古い数字だが、2014年の時点でネットワーク総数が1万7000、設置済機器の数は20万台とされている。さらに古い数字で言えば、2012年におけるWireless Field Networkの87%を、このWirelessHARTが占めていたそうだ。
これもあり、プラントなどでは、すでに標準的な規格となっている(Emersonが受注したプラントには自動的にWirelessHARTが入る格好になっている)。プラントという、直接一般人が目にする機会がないものだけに認知度は低いが、下手なLPWAよりもはるかに普及しているのがWirelessHARTというわけだ。
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