期待のネット新技術
2Gしか通信インフラのない地域向けのLPWA「EC-GSM-IoT」
【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第7回)
2019年4月16日 06:00
LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。
この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。
「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧
- 省電力で広範囲であればLPWA、新規格も次々登場、LTEやWi-SUNの一部も?
- 世界各地で広範に利用できるLPWAの老舗「SIGFOX」
- おおむね10kmをカバーする「LoRa」、51カ国で100事業者が提供
- M2M向け規格「LTE Cat.1」、最大10MbpsでLTE同様のカバレージのハイエンドLPWA?
- MCT向け省電力規格「LTE Cat.M1」、国内提供は要免許で携帯電話キャリアが中心に
- 単三2本で約10年稼働の省電力規格、“NB-IoT”こと「LTE Cat.NB1」
- 2Gしか通信インフラのない地域向けのLPWA「EC-GSM-IoT」
- 1km超で通信可能な「Wi-Fi HaLow」こと「IEEE 802.11ah」
- 日本発の規格「Wi-SUN」、スマートメーター向けに展開
- メッシュ対応で最大300kbpsの「Wi-SUN HAN」
- 広範囲カバー時のコストパフォーマンスに優れる「RPMA」
- 通信の冗長性を確保するLPWAらしからぬ通信技術「FlexNet」
- 20万台ものデバイスが対応、3ホップメッシュが可能な「WirelessHART」
- 柔軟さと相互接続性を確保した工場向け通信規格「ISA100.11a」
- バッテリーレスで動作する“超”低消費電力の「EnOcean」
- 周波数利用効率が高く、微弱な信号で通信可能な「Weightless-P」
- 4ホップまでのメッシュをサポート、今後の立ち上げを狙う「ZETA」
- ソニー開発の「ELTRES」、274kmの到達距離、時速40kmでも通信可能
- メッシュ前提の転送方式「CTF」を採用した「UNISONet」
- 最大150kbps、単三で電池寿命20年のIoTアプリ向け「Milli 5」
- 433MHz帯の利用で到達距離と低消費電力を両立した「DASH7」
- IoTはレッドオーシャン? LPWAはコストと期間での評価へ
- UNISONet 7つの特徴、今後と海外への展開は?~ソナスインタビュー前編
- LoRaやNB-IoTでカバーできないニッチメジャーを目指す ~ソナスインタビュー後編
通信インフラが2Gのみ地域で利用できるLPWA「EC-GSM-IoT」
免許が必要なライセンスバンドを利用したLPWAとして、もう1つ落とせないものに「EC-GSM-IoT(Extended Coverage-GSM-IoT)」がある。日本では全く話題にならないのは、GSMつまり2G世代のインフラをベースとした通信規格であるためだ。
日本には、GSMのインフラがそもそも存在しない(全世界で日本・韓国・北朝鮮・ツバルのみがGSMのサービスを提供しなかった)ため、利用しようがないというのが実情である。
もっとも、ほかの国での状況を見ても、例えばシンガポールと台湾では2017年にGSMのサービスを全面的に終了しており、米国やオーストラリアなどでも2016年以降、順次サービスが終了しつつある。
ただ、逆に言えばGSMが現状で使えない国や地域はこの程度だ。例えばWorld Time Zoneの一覧を見ると、ほとんどの国でGSMはまだ利用可能(900/1800/1900/850のいずれかが有効ならばGSMが使えることになる)となっている。中には3G/LTEが存在しないGSMだけの地域も、中央アフリカ共和国、クリスマス諸島、ディエゴガルシア、フォークランド諸島、グレナダ、モントセラト島、ニジェール、ノーフォーク島、パラウ、西サハラなど、いくつか散見される。
こうした地域も、いずれは4Gなり5Gなりに移行していくのだろうが、その展開はゆっくりとしたものになるだろう。要するに、先進国ではいち早くLTEから5Gへの移行が進んでいる一方、それ以外の地域ではまだまだGSMが広く使われており、またそうした地域でのLTEへの移行はゆっくりとしたものになると考えられる。
こうした地域では、まずLTEの基地局を展開するところから始めないといけないため、そもそもLTE Cat.1/Cat.M1/Cat.NB1のサービスは期待できないと考えられる。EC-GSM-IoTは、こうした2Gしかインフラのない地域で利用できるLPWAとして策定されたわけだ。
1基地局あたり5万台、低速ながら高い省電力性と低コスト
このEC-GSM-IoTの仕様策定は、やはり3GPPで実施されており、Ericssonの提案した「EC-GSM(Extended Coverage for GSM)」と、Nokiaが提案した「N-GSM(NarrowBband GSM)」を比較の上、EC-GSMベースでの仕様策定が行われた。仕様そのものの基本部分は「3GPP Release 13」で確定しており、若干の拡張部分(3GPPの表現では"Various radio interface enhancements")のほか、位置情報サービスの追加などが、Release 14で策定されている。
そのEC-GSM-IoTの特徴をまとめたのが以下の表だ。
- 送信出力は33dBmもしくは23dBm。33dBmではLTE Cat.NB1と同等の半径15km程度、オプション扱いの23dBmは、LTE Cat.M1とほぼ同じ半径10km程度のカバレッジ
- チャネル幅は200KHz、変調方式はGMSK(Gaussian filtered Minimum Shift Keying)がメインで、8PSK(8 Phase Shift Keying)はオプション
- 通信多重化方式はTDMAとFDMAの両方をサポート
- 通信方式は半二重通信だが、「FDD(Frequency Division Duplex:送信と受信の周波数を変えた全二重通信)」もサポート
- 「PSM(Power Saving Mode)」「ext.I-DRX」の省電力機構をサポート
- 1基地局あたり最大5万台程度のデバイスを接続可能
チャネル幅と変調方式については、要するにGSMの音声ネットワークをそのまま流用するかたちで、200KHzの帯域に8回線分の音声チャネルを通す。GMSKだとフルレート22.8Kbps、8PSKだとフルレート28.8Kbpsとなる。EC-GSM-IoTでは、GMSKの場合は4 Timeslotを利用すれば理論上91.2Kbpsの帯域が期待できる計算になるが、実際には350bps~70Kbps(カバレッジに依存して変動)、8PSKの場合は8 Timeslotの利用で最大230.4Kbpsとなる。
省電力機構については、5Whの電池を用いた場合に最大10年程度の電池寿命が想定されており、ext.I-DRXでは最大52分程度と、LTE Cat.NB1よりも若干長い待機時間がサポートされる。5Whの電池は、通信頻度や送信出力によって異なり、消費電流が多いほど電池寿命は短くなるが、大まかに言えば単一電池が2本といったところ。
さすがにLTE Cat.NB1のように単三電池2本というのは難しいが、RF部に手を入れて省電力性を高めるよりも、既存の2G用のRFを流用できることによる低コスト化が優先されたのだろう。ちなみに、ターゲット価格は1台あたり5ドル程度で、LTE Cat.NB1とほぼ同じレベルだ。
セキュリティ拡張や超低レート通信などの新機能
そのほかに、セキュリティの拡張と超低レート通信の2つに大別できる各種の新機能も追加されている。セキュリティでは、保護機能の統合、相互認証機能、暗号化アルゴリズムの強化の各項目が挙げられている。
一方、超低レートでの通信では、これを実現するためのNASタイマー拡張、「SGSN(Serving GPRS Support Node)」モードで通信頻度を下げるためにカバレッジを保存する仕組み、省電力のために近隣の通信セルのモニタリング頻度を下げるRelaxed Idle Modeの導入、といった機能が追加されている。
これらは、いずれもLTEで導入された技術を転用したもので、基地局側も当然これに対応する必要はあるのだが、その難易度はそう高くないとされている。
アフリカ諸国や南アメリカの一部で高シェアのOrangeが、スマート農業向けなどで展開?
問題は、こうした機能を誰が使うのかという点だ。このEC-GSM-IoTに非常に前向きなのは、France Telecomを母体とする通信キャリアであるOrangeだ。Orangeはアフリカの各国で強い(元々フランスの植民地がアフリカに多く存在したことと無縁ではないだろう)こともあり、フランスはもちろんだが、主にアフリカと、ブラジルなど南アメリカの一部で、直接オペレーションを行っている。
要するに、途上国での高いシェアが同社の特徴で、こうした国ではまだ現役でGSMのサービスが提供されている。同社はLTE Cat.M1にも注力しており、先進国や、途上国でも都市部などに関しては、LTE Cat.M1のサービスを展開するにしても、途上国の農村部などでの提供は、まだ当分先になる。
例えばOrangeがサービスを提供しているマリ共和国の場合、3G基地局は首都のBamako周辺にあるだけで、とてもマリ全土はカバーできていない。これが2Gとなると、Bamakoから東北東へ200kmほど離れたSegouでもサービスが提供されている状況だ。なお、900km以上離れたGao州都のGaoでも、2Gのサービスがあるらしい。このような国では、LTE Cat.M1など夢のまた夢であり、EC-GSM-IoTが事実上唯一の解となるわけだ。
ただ、こう書くと、「そんなネットワークがないところで何をするつもり?」という声も上がりそうだ。だが、「GSMA(GSM Association)」のウェブサイトでは、農耕地の温度や湿度、空気の汚染度などを定期的にセンサーで測定し、その結果を収集したり、食料の冷凍輸送の際のモニタリングなどにEC-GSM-IoTが利用できるとされている。
つまり、途上国だからこそ、それこそ情報通信技術を取り入れた“スマート農業”などの方策が効果的である、という議論もあるわけで、そうした施策を行う際のネットワークインフラとして期待されているわけだ。
Orangeは、Sierra WirelessおよびNokiaと共同で、研究所ベースでのEC-GSM-IoTの実験を2016年末までに完了しており、2017年第1四半期からは、中央ヨーロッパでフィールドテストを開始している。
同社はターゲットを明確に「インドとサハラ砂漠以南のアフリカ、及びラテンアメリカ」と規定しており、このマーケットに向けて2018年の商用サービス開始を計画していた。ただ、現状ではまだEC-GSM-IoTのサービスは開始されておらず、Orange自身も今はLTE Cat.M1のサービス開始に注力している。
これは、とりあえずビジネスがより成立しやすいところからスタートするという現実的な判断による模様だ。その意味ではLTE Cat.M1の普及が一段落した時点で、改めてEC-GSM-IoTの商用サービスを開始するか否かの決断が下されることになるだろう。
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