期待のネット新技術

433MHz帯の利用で到達距離と低消費電力を両立した「DASH7」

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第21回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

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433MHz帯利用のRFIDタグ用プロトコル「ISO/IEC 18000-7」がベース

 「DASH7」も日本では全く話を聞かない規格だが、なにしろ生い立ちが生い立ちだけに、米国では既にそれなりのシェアを抱えているLPWAである。

 DASH7の元になるのは「ISO/IEC 18000-7」である。これが何かというと、433MHz帯を利用するRFIDタグの通信プロトコルで、在庫管理や貨物追跡などに幅広く利用されている。日本においても2006年、総務省告示第654号による周波数割当計画改正により、433.92MHzがRFIDタグ用に利用可能となっている。

 このISO/IEC 18000-7は、現在もそのまま広く利用されているわけだが、2008年に米陸軍が、このRFIDタグを利用した資産管理システムの構築を、RFP(Request For Proposal:提案依頼書)を出すかたちで「RFID III」という名称で公募。最終的に2009年、Savi Technology、Northrop Grumman Information Technology、Unisys、Systems & Processes Engineeringの4社によるシステム導入が決定した。ちなみにシステム全体では4億2900万ドルという壮大な金額である。

 問題はこのシステムについて、米陸軍がベンダーに対して相互運用性を求めたことだ。これは当然の話で、例えばSavi Technologyが納入したパートとUnisysが納入したパートで、互換性がないという話になったら目も当てられない。

 ただし、ISO/IEC 18000-7は、単にPHY層とMAC層を規定するのみで、その上の層に関しての定義は何もないし、そもそも相互運用性を保つための試験方法なども一切規定されていない状況だった。このため、RFID IIIを満足するシステムを構築するには、ISO/IEC 18000-7をベースとした上位の規格が必要となった。

 この結果として開発されたのが「DASH 7」である。具体的には、プロトコルや仕様を定める非営利業界団体「DASH7 Alliance」がSavi Technologyを中心に結成され、具体的に作業が始まった。ちなみにDASH7の名称の由来は、ISO/IEC 18000"-7"(英語では18000-7はEighteen thousand "dash seven"と発音する)から取られたそうだ。

 2010年には最初の相互接続性テストの仕様を立ち上げるとともに、ISO/IEC 18000-7への仕様改定のリクエスト(「Mode 2」と呼ばれる新たな転送モードの追加)を発表。「Extended Mode」と言うかたちで追加された。

 さて、米陸軍に納めるRFID IIIは、このDASH7をベースにしたもの(というか、正式仕様になる前のプレリリース版を利用したらしい)で納入したが、DASH7 Allianceはこれで終わりにするつもりはなく、より広範にDASH7を利用することを目論んだ。

 実際に現在、DASH7の仕様書の正式名称は"D7A:DASH7 Alliance Wireless Sensor and Actuator Network Protocol"となっている。実のところ、米軍向けのビジネスはそれほど長続きするわけでもなく、またCOTS(Commercial Off-The-Shelf:民生向けの機器を軍用で利用する)という動きが、2000年代から次第に盛んになりつつあった。軍用に特化するのではなく、その技術を使って民生向け市場でマーケットを獲得しよう、というものだ。

 そしてSavi Technologyは、その後にやはり軍需向けの大手であるLockheed Martinに買収されて同社の子会社となり、このタイミングでDASH7も脱退した。Lockheed Martinは当時この分野にそれほど強くなく、買収によって、RFIDポートフォリオの強化と民生向けマーケットへの参入を同時に果たした格好だ。

433MHz帯の低周波数利用で、競合より1桁大きい到達距離と低消費電力を両立

 話を戻すと、まずDASH7は433MHzのRFID向けをベースにした通信プロトコルとして成立した。その仕様は以下の通りだ。

  • 利用周波数:433.04MHz~434.79MHz
  • チャネル幅:150KHz、最大で5チャンネル
  • 変調方式:FSKないしGFSK
  • 転送速度:ピーク100Kbps、実効27.8Kbps
  • 到達距離:250m(0dBmの場合)

 到達距離はLPWAとしてはやや短いところだが、当初DASH7が競合と目していたBLE、Low-Power Wi-Fi、ZigBeeといった規格と比較すると1桁大きい。これらの規格が競合である理由は、そもそもDASH7 Alliance設立当時はまだLPWAという概念がなかった、という話もあるが、これらの規格が同じ程度の消費電力のレンジに入っていたからだ。

 DASH7 Allianceの資料によれば、毎日256Bytesのメッセージを10回送信した場合の平均消費電力は、BLEが50μW、DASH7が42μW、Low Power Wi-Fiが570μW、ZigBeeが414μWとされている。

 DASH7が、消費電力が低い割に到達距離が長いのは、1つはスペクトル分布が非常に狭い範囲に集中しており、結果としてSN比が非常に大きく取れることとしている。これに加えて433MHz帯という低い周波数を利用しているため、ほかの2.4GHz帯を使う規格と比べ、そもそも電波の到達性がずっと良好な点も挙げられると思う。

ZigBee及びBLEとDASH7のスペクトル分布比較。もっともこれ、2.4GHz帯と433MHz帯という違いを考えれば、BLEやZigBeeも十分健闘している。出典はDASH7 Allianceによる"DASH7 Technical Overview Webinar"

アプリケーション層まで含んだプロトコルを規定ファイル転送のかたちでデータのハンドリングも可能

 DASH7の特徴は、単にRFIDの信号をそのまま使うということだけではない。アプリケーション層まで含んだプロトコルが規定されていることにある。これは、ほかのLPWAとはちょっと異なる点でもある。

 DASH7はもともと、資産管理や資産追跡を目的としたものだ。要するに、目的の荷物あるいはその荷物を積んだコンテナがどこにあり、どう搬送されているかを把握するため、その荷物やコンテナに付けられたRFIDタグと通信を行うことを主目的としている。

 特に、米陸軍向けのRFID IIIは、これを主目的としているが、民生向けではSensor and Actuator Network Protocolに衣替えをしているわけで、民生向けにあわせて、単に通信だけでなく、より上位のアプリケーションに向けたプロトコルも用意されることになった。

別にD7AやALPがOSIに準拠しているというわけではなく、D7A/ALPをOSIの階層構造に当てはめるとこうなる、という表だ。出典は"D7A DASH7 Alliance Wireless Sensor and Actuator Network Protocol VERSION 1.2"

 右は、D7A Version 1.2におけるプロトコル階層図だ。ここではOSIの7階層モデルにあわせて説明されているが、第1~第5層はD7A(Dash7 Alliance Protocol)として規定される一方、第6~第7層はALP(Application Layer Programming Interface)という別の仕様として提供される。

 まずD7Aの方。Physical LayerとData Link Layerは“基本的に”IEC/ISO 18000-7そのままである。ただし、その上層のNetwork Layerでは、メッシュ向けのルーティング、P2P向けのAd-hocプロトコル、Access Profile、さらに認証および暗号化の機能が追加される。

 また、Transport LayerではRequest-Responseの実装とグループ管理機能が、Session Layerではセッションの概念に加えて優先順位やこれに基づくQoSが実装されるという、LPWAとは思えない充実した機能が搭載される。

 一方のALPでは、まずData ElementsでFile Managementが、Application LayerではFile Accessがそれぞれ実装されるという構造だ。DASH7では、ファイル転送というかたちでデータのハンドリングが可能で、必要に応じてこれに割り込みなどの実行制御を組み合わせることで、センサーなどからのデータの吸い上げやアクチュエーターの制御を、ファイルに書き込むという動作で可能にした。

ピアツーピア構造ながらN対Nの通信も可能採用事例などの情報は少なく、積極的には選びにくいか

 ちなみにDASH7は基本的にPeer-to-Peerの構造で、ルーターやゲートウェイといった概念はそもそも存在しない。ただ、では通信は必ず1対1になるのかというとそうでもなく、N対1や1対N、N対Nの通信も可能になっている。

 ところで先ほど「Physical LayerとData Link Layerは“基本的に”IEC/ISO 18000-7そのまま」と書いたが、先ほどのプロトコル階層図からも分かるように、860MHz帯および915MHz帯の周波数帯が追加されている。

 860MHzはヨーロッパ向けのSRD860(863~870MHz)という免許不要の周波数帯である一方、902~928MHzはいわゆるISM Bandで、後追いのかたちで追加されたものだ。追加された理由は簡単で、433MHzだけでは当然帯域が不足する場合があるからだ。そのエリア内にDASH7のネットワークが1つだけなら問題ないが、複数のネットワークが混在していると、433MHz帯ではさすがに狭すぎる。それもあって、これらの周波数帯が追加されたかたちだ。

 さてそのDASH7であるが、その活動や採用状況は今一つ不明だ。2018年4月にはSpecificationのVersion 1.2がリリースされ、ほぼ同時期にフランスのProcessor IPを提供するCortusが「CIoT25」というCPU+RFのIPのサンプルをリリース。また2019年4月には、パリでミーティングを開催している。

 このように、DASH7 Allianceそのものに動きはあるのだが、採用事例については(公開しにくい場合はあるとしても)一切情報がなく、やや判断が難しい部分がある。

 このDASH7について、オープンソースのインプリメントを行っているOpenTagにしても、アップデートは2015年あたりで終わっており、あまり活発とは言い難い状況だ。ソフトウェアスタックや評価キットなども、一応はまだ入手可能なので、技適の問題は別にすれば、自分で試すことはできる規格ではあるのだが、あまり積極的に選ぶべき理由はない、というのが現状だろうか。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/